新勅撰和歌集。撰者藤原定家。卷第四秋歌上。原文。

新勅撰和歌集

新勅撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年五月十三日印刷。同十六日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。

新勅撰和歌集卷第四

　秋哥上

　　はつ秋の心をよみ侍ける

　　曾禰好忠

久かたのいはとのせきもあけなくに夜半にふきしく秋のはつ風

　　大納言師氏

かさゝきのゆきあひのはしの月なれは［とイ］猶わたすへき日こそとをけれ

　　大納言師賴

きのふにはかはるとなしにふく風のをとにそ秋は空にしらるゝ

　　題しらす

　　西行法師

玉にぬくつゆはこほれて武蔵野の草の葉むすふ秋の初風

　　正三位家隆

くれゆかは空のけしきもいかならんけさたにかなし秋の初かせ

　　右衞門督爲家

をとたてゝ今はた吹ぬ我宿の荻のうは葉の秋のはつかせ

　　うへのをのこともはつ秋の心をつかうまつりけるに

　　藤原資季朝臣

あしひきの山したかせのいつのまにをとふきかへて秋はきぬらん

　　家に百首哥よみ侍けるに早秋の心を

　　關白左大臣

夏すきてけふやいくかに成ぬらんころもてすゝし夜半の秋風

　　内大臣

あまつかせ空ふきまよふゆふくれの雲のけしきに秋はきにけり

　　藤原信實朝臣

よる波のすゝしくもあるかしきたへの袖師のうらの秋のはつかせ

　　千五百番哥合に

　　宜秋門院丹後

まくす原うらみぬそてのうへまても露をきそむるあきはきにけり

　　法性寺入道前關白中納言中將に侍ける時山家早秋といへる心をよませ侍けるに

　　菅原在良朝臣

やま里は葛のうらはをふきかへすかせのけしきにあきをしる哉

　　殷富門院大輔三輪社にて五首哥人ゝによませ侍けるに秋哥

　　土御門内大臣

秋といへはこゝろのいろもかはりけりなにゆへとしも思ひそめねと

　　題しらす

　　曾禰好忠

さくらあさのかりふの原をけふみれはとやまかたかけ秋かせそ吹

　　鎌倉右大臣

ゆふくれは衣手すゝしたかまとのおのへの宮のあきのはつ風

ひこほしのゆきあひをまつ久方のあまのかはらに秋風そ吹

　　殷富門院大輔

かさゝきのよりはの橋をよそなから待ちわたる夜に成にける哉

　　法印猷圓

あまのかはわたらぬさきの秋風にもみちのはしのなかやたえなん

　　百首哥めしける時

　　崇德院御製

あまの河やそせの波もむせふらんとしまちわたるかさゝきのはし

　　淸輔朝臣家に哥合し侍けるに七夕の心をよみ侍ける

　　藤原敦仲

天の川うきつの波にひこほしのつまむかへ舟いまやこくらし

　　後三條院御時うへのをのことも齊院にて七夕哥讀侍けるに

　　前中納言基長

おもへともつらくも有かなたなはたのなとかひと夜と契りをきけん

　　法性寺入道前關白家にて七夕の心をよみ侍ける

　　菅原在良朝臣

天河ほしあひの空もみゆはかりたちなへたてそよはの秋きり

　　宇治入道前關白家にて七夕哥よみ侍けるに

　　権大納言經輔

織女のわかこゝろとやあふことを年にひとたひ契りをきけん

　　百首哥よみ侍ける秋哥

　　正三位家隆

草のうへの露とるけさの玉つさにのきはのかちはもとつはもなし

　　七夕後朝の心をよみ侍ける

　　權中納言伊實

たなはたのあまのかは波たちかへりこのくれはかりいかてわたさん

　　藤原淸輔朝臣

あまの河みつかけくさにをく露やあかぬわかれの淚なるらん

　　八條院髙倉

むつこともまたつきなくにあき風にたなはたつめや袖ぬらすらん

　　前大納言隆房

たまさかにあきのひと夜を待ちえてもあくるほとなき星あひの空

　　百首哥の中に

　　式子内親王

あきといへは物をそおもふ山のはにいさよふ雲の夕くれのそら

　　二條院讚岐

今よりの秋の寢覺をいかにとも荻のはならてたれか問へき

　　秋哥よみ侍けるに

　　入道二品親王道助

荻の葉にかせのをとせぬあきもあらはなみたのほかに月は見てまし

　　入道前太政大臣

おきの葉にふきと吹ぬるあきかせの淚さそはぬ夕くれそなき

　　題しらす

　　さかみ

いかにしてものおもふ人のすみかには秋よりほかのさとをたつねん

　　大納言師氏

しら露と草葉にをきて秋の夜をこゑもすからにあくる松虫

　　秋哥よみ侍けるに

　　左近中將公衡

よひよひのやまのはをそき月かけを淺茅かつゆにまつむしの聲

　　藤原敎雅朝臣

かれはてゝ後はなにせんあさちふに秋こそ人をまつむしのこゑ

　　うへのをのことも隣庭萩といふ心をつかうまつりけるに

へたてこし宿のあしかきあれはてゝおなし庭なる秋萩の花

　　題しらす

　　よみ人しらす

白露のおりいたすはきのした紅葉衣にうつる秋はきにけり

この比のあきかせさむみ萩の花ちらすしら露をきにけらしも

あすかゝはゆきゝの岡の秋はきはけふゝるあめにちりか過なん

　　柿本人麿

しらつゆとあきの花とをこきませてわくことかたき我心かな

　　祐子内親王家小弁

さほ鹿のこゑ聞ゆなり宮城野のもとあらのこはき花盛かも

　　白河院にて野草露滋といへる心ををのこともつかうまつりけるに

　　大藏卿行宗

かり衣はきの花すりつゆふかみうつろふいろにそほち行哉

　　家に秋の哥よませ侍けるに

　　鎌倉右大臣

みちのへのをのゝゆふ霧たちかへり見てこそゆかめ秋はきの花

ふるさとのもとあらのこ萩いたつらに見る人なしにさきかちるらむ

　　藤原基綱

しらすけのまのゝ萩はらさきしよりあさたつしかのなかぬ日はなし

　　雲居寺譫西上人哥合し侍けるに

　　權中納言師時

あさまたきたおらてを見む萩の花うは葉のつゆのこほれもそする

　　權中納言經定哥合し侍けるに讀てつかはしける

　　按察使公道

をみなへしゝめゆひをきしかひもなくなひきにけりな秋の野風に

　　題しらす

　　二条院讃岐

尋ねきて旅ねをせすは女郎花ひとりや野へにつゆけからまし

　　菅家萬葉集哥

　　よみ人しらす

名にしおはゝしゐて賴まん女郎花ひとのこゝろの秋はうくとも

　　式部卿あつよしのみこの家に人ゝまうてきてあそひなとし侍けるにをみなへしをかさして讀侍ける

　　三條右大臣

をみなへしおる手にかゝるしらつゆはむかしのけふにあらぬなみたか

　　久安百首哥奉りける秋哥

　　左京大夫顯輔

わきもこかすそのにゝほふ藤はかま露はむすへとほころひにけり

　　題しらす

　　權中納言長方

さらすとてたゝにはすきし花すゝきまねかて人のこゝろをも見よ

　　參議雅經

花すゝき草の袂をかりそなく淚の露やをきところなき

　　源具親朝臣

こゝろなき艸のたもとも花すゝきつゆほしあへぬ秋はきにけり

　　閑庭薄といへる心をよみ侍ける

　　藤原信實朝臣

まねけとてうへし薄のひともとにとはれぬ庭そしけりはてぬる

　　閑庭荻をよめる

　　藤原成宗

いく秋のかせのやとりと成ぬらんあとたえはつる庭の荻原

　　題しらす

　　前大僧正慈圓

ぬしはあれと野と成にける籬哉をかやかしたにうつらなくなり

　　よみ人しらす

おほつかな誰とかしらむ秋きりの絕えまにみゆるあさかほの花

　　月の哥あまたよみ侍けるに

　　後京極攝政太政大臣

白雲のゆふゐる山そなかりける月をむかふるよものあらしに

　　權中納言經定中將に侍ける時哥合し侍けるによみてつかはしける月哥

　　大炊御門右大臣

あまつ空うき雲はらふあきかせにくまなくすめる夜半の月哉

　　題しらす

　　正三位家隆

さらしなやをはすてやまの髙ねよりあらしをわけていつる月影

　　延喜御時八月十五夜月宴哥

　　源公忠朝臣

いにしへもあらしとそおもふ秋の夜の月のためしはこよひなりけり

　　養和のころほひ百首哥よみ侍ける秋哥

　　權中納言定家

あまの原おもへはかはるいろもなし秋こそ月のひかりなりけれ

　　家に百首哥よみ侍ける月哥

　　關白左大臣

あしひきの山のあらしに雲きえてひとりそらゆく秋の夜の月

　　月哥とてよみ侍ける

　　藤原資季朝臣

見るまゝにいろかはりゆくひさかたの月のかつらの秋のもみちは

　　八月十五夜よみ侍ける

　　寂超法師

あまつ空こよひの名をやおしむらん月にたなひくうき雲もなし

　　登蓮法師

かそへねと秋のなかはそしられぬるこよひににたる月しなけれは

　　後京極攝政左大將に侍ける時月五十首哥よみ侍けるによめる

　　權中納言定家

あけは又秋のなかはもすきぬへしかたふく月のおしきのみかは

　　月哥讀侍けるに

　　左近中將基良

やまのはのつらさはかりや殘るらん雲よりほかにあくる月影

　　權律師公猷

いつくにか空行雲ののこるらんあらし待いつるやまのはの月

　　中原師季

待えてもこゝろやすむるほとそなきやまのはふけて出る月かけ

　　眞昭法師

袖のうへに露をきそめしゆふへよりなれていく夜の秋の月影

　　關白左大臣家百首哥よみ侍ける月哥

　　藤原賴氏朝臣

わけぬるゝ野原のつゆのそてのうへにまつしるものは秋の夜の月

　　入道二品親王家に五十首哥よみ侍けるに山家月

　　正三位家隆

松の戶ををしあけかたの山風に雲もかゝらぬ月をみる哉

　　文治六年女御入内屏風に駒迎の所

　　後京極攝政前太政大臣

あつまよりけふあふさかの山こえてみやこにいつる望月の駒

　　和歌所哥合に海邊秋月といへる心を讀侍ける

　　小侍從

おきつかせふけ井の浦による波のよるともみえす秋のよの月

　　百首哥に月哥

　　前關白

むら雲の峰にわかるゝあとゝめて山のはつかにいつる月影

　　うへのをのことも海邊月といへる心をつかうまつりけるついてに

　　御製

わかの浦あし邊のたつのなくこゑに夜わたる月の影そひさしき

　　秋哥奉りけるに

　　正三位家隆

すまのあまのまとをの衣よやさむき浦かせなから月もたまらす

　　名所月をよめる

　　藤原光俊朝臣

明石かたあまのたくなはくるゝより雲こそなけれ秋の月影

　　白河院鳥羽殿におはしましけるに田家秋興といへる心をゝのこともつかうまつりけるに

　　權大納言宗通

しつのおの門田のいねのかりにきてあかてもけふを暮しつる哉

　　題しらす

　　藤原道信朝臣

いとゝしくものおもふ宿を霧こめてなかむるそらもみえぬけさ哉

　　前大僧正慈圓

夜はにたくかひやか煙たちそひて朝霧ふかし小山田の原

もしほやく烟もきりにうつもれぬすまの關屋の秋の夕くれ

　　海霧といへるこゝろを

　　正三位知家

けふりたにそれとも見えぬゆふ霧に猶したもえのあまのもしほ火

　　題しらす

　　正三位家隆

ふみわけんものとも見えすあさほらけ竹のは山の霧のしたつゆ

　　西行法師

小倉山ふもとをこむるゆふきりにたちもらさるゝさをしかの聲