新勅撰和歌集。撰者藤原定家。卷第三夏歌。原文。
新勅撰和歌集
新勅撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年五月十三日印刷。同十六日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
新勅撰和歌集卷第三
夏哥
題しらす
相摸
かすみたに山路にしはしたちとまれ過にしはるのかたみとも見ん
二條太皇太后宮大貮
なつころもたちかへてけるけふよりは山ほとゝきすひとへにそまつ
夏のはしめの哥とてよみ侍ける
二條院皇后宮常陸
けふはまついつしかきなけほとゝきす春のわかれもわするはかりに
家の百首哥に首夏の心を讀侍ける
前關白
けふよりは波におりはへなつころもほすやかきねの玉河の里
題しらす
よみ人しらす
ちはやふる賀茂の卯月になりにけりいさうちむれてあふひかさゝん
文治六年女御入内屏風に
後德大寺左大臣
いくかへりけふのみあれにあふひ草賴みをかけて年のへぬらん
寛喜元年女御入内屏風に
權中納言定家
久かたのかつらにかくるあふひ草そらのひかりにいくよなるらん
中納言行平家哥合に
よみ人しらす
すむ里はしのふのもりのほとゝきすこのしたこゑそしるへなりける
題しらす
田原天皇御製
神なひのいはせのもりのほとゝきすならしの岡にいつかきなかん
祐子内親王家紀伊
きゝてしも猶そまたるゝほとゝきすなくひとこゑにあかぬこゝろは
郭公哥[哥イ無]十首よみ侍けるに
法性寺入道前關白太政大臣
よしさらはなかてもやみねほとゝきすきかすは人も忘るはかりに
題しらす
大藏卿行宗
いつのまに里なれぬらんほとゝきすけふを五月のはしめとおもふに
建保六年内裏哥合夏哥
參議雅經
ほとゝきすなくやさ月の玉くしけふたこゑきゝてあくる夜もかな
寛喜元年女御入内屏風五月沼江菖蒲宴ところ
前關白
ふかき江にけふあらはるるあやめ草年の緒なかきためしにそひく
入道前太政大臣
いくちよといはかき沼のあやめ草なかきためしにけふやひかれん
寛平御時きさいの宮の哥合の哥
よみ人しらす
をしなへて五月の空をみわたせは水も草葉もみとりなりけり
題しらす
つらゆき
ほとゝきす聲きゝしよりあやめ草かさすさ月としりにしものを
時鳥哥とて讀侍けるに
正三位家隆
ほとゝきすこそやとかりしふる鄕の花たちはなに五月わするな
祝部成茂
いまははやかたらひつくせほとゝきすなかなく比の五月きぬなり
白河院御時うへのおのこともきさいの宮の御方にくたもの申けるたまふとてうへに花立花をおりてをかれたりけるはこのふたかへしまいらすとてよみ侍ける
源師賢朝臣
ほとゝきすこよひいつこにやとるらん花たちはなを人におられて
返し
康資王母
ほとゝきすはな橘のやとかれてそらにや艸の枕ゆふらん
久安百首哥奉りける夏哥
大炊御門右大臣
おほつかなたれそまやまのほとゝきすとふになのらてすきぬなる哉
皇太后宮大夫俊成
さらぬたにふすほともなき夏の夜をまたれても鳴ほとゝきすかな
十首哥奉りける時
右兵衞督公行
さ夜ふかみ山ほとゝきすなのりして木のまろとのを今そすくなる
文治六年女御入内屏風に
後德大寺左大臣
ほとゝきす雲のうへよりかたらひてとはぬに名のるあけほのゝそら
寛喜元年十一月女御入内屏風に時鳥をよみ侍ける
右衞門督爲家
なかき日のもりのしめ繩くりかへしあかすかたらふほとゝきすかな
故鄕郭公といへる心をよみ侍ける
權中納言長方
あれにける髙津の宮のほとゝきすたれとなにはのことかたるらん
後法性寺入道前關白百首哥よませ侍ける時五月雨をよめる
皇太后宮大夫俊成
ふりそめていくかになりぬすゝか河やそせもしらぬさみたれの比
五月雨をよみ侍ける
後德大寺左大臣
五月雨にむつたのよとの河柳うれこす波や瀧のしら糸
六條入道前太政大臣
さみたれに伊勢おのあまのもしほ草ほさてもやかてくちぬへき哉
前右近中將資盛
五月雨の日をふるまゝにひまそなき芦のしのやの軒のたまみつ
左近中將公衡
さみたれの比もへぬれはさはた河袖つくはかり淺きせもなし
源家長朝臣
うちはへていくかかへぬる夏ひきの手ひきの絲の五月雨の空
題しらす
春宮權大夫良實
橘のしたふくかせやにほふらんむかしなからの五月雨のそら
藤原光俊朝臣
さみたれのそらにも月はゆくものをひかり見ねはやしる人のなき
宇治入道前關白家哥合に
相摸
さみたれはあかてそ過るほとゝきす夜ふかくなきし初音はかりに
たいしらす
前大僧正慈圓
郭公きゝつとや思ふ五月雨の雲のほかなる空の一聲
時鳥の哥あまたよみ侍けるに
橘俊綱朝臣
ほとゝきすきくともなしに[なイ]あしひきの山路にかへるあけほのゝ聲
源師賢朝臣
たか里にまたてきくらんほとゝきすこよひはかりの五月雨のこゑ
百首哥に
後京極攝政前太政大臣
ほとゝきす今いく夜をかちきるらんをのかさ月の有明の比
前中納言師仲五月のつこもり人ゝさそひて右近馬場にまかりて郭公待侍けるに
祐盛法師
けふことに聲をはつくせほとゝきすをのか五月も殘りやはある
堀川院御時きさいの宮にて潤五月時鳥といふ心を讀侍ける
權中納言師時
雲路よりかへりもやらすほとゝきす猶さみたるゝそらのけしきに
俊賴朝臣
やよや又きなけみそらの時鳥さ月たにこそをちかへりつれ
題しらす
覺盛法師
みなつきの空ともいはしゆふたちのふるからをのゝならのしたかけ
よみひとしらす
草ふかきあれたる宿のともしひの風にきえぬは螢なりけり
家に五十首哥よみ侍けるに江螢
入道二品親王道助
しらつゆのたま江の芦のよひよひに秋風ちかくゆくほたるかな
參議雅經
難波めかすくもたくひのふかき江にうへにもえてもゆく螢哉
法成寺入道前攝政家哥合に
祭主輔親
夏の夜の雲路はとをく成まされかたふく月のよるへなきまて
夏月を讀侍ける
正三位顯家
夜もすからやとる淸水のすゝしさに月も夏をやよそにみるらん
題しらす
如願法師
あけぬるか木の間もりくる月かけのひかりもうすき蟬の羽衣
石山にて曉ひくらしのなくをきゝて
藤原實方朝臣
葉をしけみ外山のかけやまかふらんあくるもしらぬひくらしのこゑ
寛喜元年女御入内屏風杜邊山井流水ある所
正三位知家
ゆふくれは夏よりほかをゆくみつのいはせのもりの陰そすゝしき
海邊松下行人納凉の所
正三位家隆
夏衣ゆくてもすゝしあつさ弓いそ邊のやまの松の下風
みな月はらへの心をよみ侍ける
後京極攝政前太政大臣
はやき瀨のかへらぬ水にみそきしてゆくとし波のなかはをそしる
寛喜元年女御入内屏風
前關白
よしのかは河波はやくみそきしてしらゆふ花のかすまさるらし
正三位家隆
風そよくならの小川のゆふ暮はみそきそ夏のしるしなりける
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