新勅撰和歌集。撰者藤原定家。卷第二春歌下。原文。
新勅撰和歌集
新勅撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年五月十三日印刷。同十六日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
新勅撰和歌集卷第二
春哥下
みこにおはしましける時の御哥
光孝天皇御製
山櫻たちのみかくす春霞いつしかはれて見るよしもかな
題しらす
赤人
神さひてふりにし里に住人はみやこににほふ花をたに見す
つらゆき
あつさ弓はるのやま邊にいる時はかさしにのみそ花はちりける
源重之
いろさむみはるやまたこぬと思まて山の櫻を雪かとそみる
山花未落といへる心をよみ侍ける
橘俊綱朝臣
またちらぬ櫻なりけりふる鄕のよしのゝやまの峯のしら雲
月あかき夜花にそへて人につかはしける
和泉式部
いつれともわかれさりけり春のよは月こそ花のにほひなりけれ
尋花遠行といふ心をよみ侍ける
藤原顯仲朝臣
かへりみる宿はかすみにへたゝりて花のところにけふもくらしつ
百首哥奉りける時
髙砂のふもとの里はさえなくにおのへのさくら雪とこそみれ
堀川院御時女房ひんかし山の花たつねにつかはしける日よみ侍ける
權中納言俊忠
今日こすはをとはの櫻いかにそと見る人ことにとはまし物を
權中納言師時
たちかへり又やとはましやまかせに花ちるさとのひとのこゝろを
藤原敦兼朝臣
駒なめて花のありかをたつねつゝよものやま邊のこすゑをそ見る
その日逢坂こえてたつね侍けるに花山のほとにたれともしらぬ女車の花をおりかさして侍ける道のかたはらにたちてかんたちめの車にさし入させ侍ける
よみ人しらす
あさまたきたつねそきつる山櫻ちらぬ木すゑの花のしるへに
おなし御時中宮女房花見につかはしける日花爲春友といへる心をよみ侍ける
權中納言國信
花さかぬ外山の谷の里人にとははや春をいかゝくらすと
おなし御時鳥羽殿に行幸の日池上花といへる心をよませ給けるに
中納言實隆
さくら花うつれる池のかけみれは波さへけふはかさしおりけり
法性寺入道殿關白家にて雨中花といへる心をよみ侍ける
基俊
やまさくら袖にゝほひやうつるとて花のしつくに立そぬれぬる
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
よみひとしらす
春なから年はくれなんちる花をおしとなくなる鶯の聲
色ふかく見る野へたにも常ならは春はすくとも形見ならまし
延喜六年月次御屏風三月たかへす所
つらゆき
山田さへ今はつくるをちる花のかことは風におほせさらなん
左兵衞督朝任花見にまかるとて文つかはして侍ける返叓に
大貮三位
誰もみな花のさかりはちりぬへきなけきのほかの歎きやはする
後冷泉院御時月前落花といへる心をよませ給うけるに
大納言師忠
春の夜の月もくもらてふる雪はこすゑに殘る花やちるらん
建曆二年の春内裏に詩歌をあはせられ侍けるに山居春曙といへる心をよみ侍ける
六條入道前太政大臣
月かけの木すゑに殘るやまのはに花もかすめるはるの明ほの
權中納言定家
名もしるし峯の嵐も雪とふる山櫻戶を明ほのゝ空
暮山花といへる心をよみ侍ける
藤原行能朝臣
あすもこん風しつかなるみよしのゝ山の櫻はけふくれぬとも
五十首哥奉りけるに花下送日といへる心を
後京極攝政前太政大臣
ふるさとのあれまく誰かおしむらんわか世へぬへき花の䕃哉
關路花
あふさかの關ふみならすかち人の渡れとぬれぬ花のしら波
題しらす
西行法師
風ふけは花のしら波岩こえてわたりわつらふ山川の水
あはれわかおほくの春の花を見てそめをくこゝろたれにつたへん
權中納言長方
はる風のやゝふくまゝにたかさこの尾上にきゆる花のしら雲
前關白家哥合に雲間花といへる心を讀侍ける
右衞門督爲家
たちのこす梢も見えす山櫻花のあたりにかゝるしら雲
藤原隆祐
かつらきや髙ねの雲をにほひにてまかひし花の色そうつろふ
中宮但馬
たつねはや峯の白雲晴やらてそれとも見えぬ山さくらかな
建曆二年大内の花のもとにて[三首イ]哥つかうまつりけるに
大納言定通
歸るさの道こそしらね櫻はなちりのまよ[かイ]ひにけふはくらしつ
大宰大貮重家哥合し侍けるに花をよめる
源師光
さくら花としのひとゝせ匂ふともさてもあかてやこの世つきなん
題しらす
鎌倉右大臣
櫻花ちらはおしけん玉ほこの道行ふりにおりてかさゝん
内大臣
さもこそは春は櫻の色ならめうつりやすくも行月日哉
參議雅經
春の夜の月もありあけに成にけりうつろふ花になかめせしまに
藤原行能朝臣
うつろへは人のこゝろそあともなきはなのかたみはみねのしらくも
藤原信實朝臣
山櫻さきちるときの春をへてよはひは花のかけにふりにき
殷富門院大輔
さくら花ちるをあはれといひいひていつれの春にあはしとすらん
花哥讀侍けるに
前大僧正慈圓
花ゆへにとひくるひとの別まておもへはかなしはるの山風
散花のふるさとゝこそなりにけれわかすむ宿の春の暮かた
後京極攝政前太政大臣
はなはみな霞のそこにうつろひて雲にいろつくをはつせの山
たかさこのおのへのはなに春くれて殘りし松のまかひ行哉
建保六年内裏哥合春哥
入道前太政大臣
うらむへき方こそなけれ春風のやとりさためぬはなのふるさと
題しらす
權大納言公實
山さくらはるのかたみにたつぬれは見る人なしに花そちりける
後京極攝政家哥合に遲日をよみ侍ける
按察使兼宗
をのゝえもかくてや人はくたしけん山路おほゆる春の空かな
堀河院御時あさかれゐのみすに櫻のつくり枝にまりをつけてさゝけ給へりけるを見て讀侍ける
周防内侍
のとかなる雲井は花もちらすして春のとまりと成にける哉
寛喜元年女御入内屏風海邊あみひく所
正三位家隆
なみ風ものとかなる世のはるにあひてあみのうら人たえぬ日そなき
さとに出て侍けるころ春の山をなかめて讀侍ける
本院侍從
雲井にもなりにける哉はる山のかすみたち出てほとやへぬらん
歳時春尚少といへる心をよみ侍ける
大江千里
とし月にまさるときなしとおもへはや春しもつねにすくなかるらん
千五百番哥合に
二條院讚岐
はるの夜のみしかき程をいかにして八聲[※やこゑ]の鳥の空にしるらん
春の暮の哥
入道前太政大臣
しら雲にまかへし花はあともなしやよひの月そ空に殘れる
亭子院哥合に
つらゆき
ちりぬともありと賴まんさくらはな春ははてぬと我にしらすな
參議顯實か家の哥合に
よみ人しらす
見ぬ人にいかゝ[てイ]かたらんくちなしのいはての里のやまふきの花
故鄕款冬といへる心をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
ふりぬれとよしのの宮はかはきよみ岸の山吹かけもすみけり
題しらす
鎌倉右大臣
玉もかる井てのしからみ春かけてさくやかはせの山ふきの花
暮春の心を
入道二品親王道助
わすれしな又こん春をまつの戶にあけくれなれし花のおもかけ
はなちりてかたみ戀しきわかやとにゆかりの色の池の藤波
雨のうちの藤の花といへる心をよみ侍ける
俊賴朝臣
雨ふれはふちのうら葉に袖かけてはなにしほるゝわか身とおもはん
五十首哥奉りけるに
嘉陽門院越前
吉野河瀧津岩ねの藤の花たおりてゆかん波はかくとも
百首哥の春の哥
前關白
たちかへる春のいろとはうらむともあすやかたみの池のふちなみ
家に百首哥よみ侍ける[にイ]暮の春の哥
關白左大臣
なれきつるかすみのころもたちわかれ我をはよそに過る春哉
内大臣
けふのみとおしむこゝろもつきはてぬ夕くれかきる春のわかれに
久安百首哥奉りける時三月盡の哥
皇太后宮大夫俊成
ゆくはるのかすみの袖をひきとめてしほるはかりやうらみかけまし
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