風雅和歌集。卷第六秋哥中。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第六
秋哥中
初雁をよめる
俊賴朝臣
初かりは雲井のよそに過ぬれと聲は心にとまるなりけり
院五首歌合に秋視聽といふことを
藤原爲基朝臣
色かはる柳かうれに風過て秋の日さむみ初雁の聲
儀子内親王
吹しほる千種の花は庭にふして風にみたるゝ初かりの聲
雁を
前大僧正道玄
このねぬる朝風さむみはつ雁の鳴空みれはこさめふりつゝ
題しらす
後西園寺入道前太政大臣
村雲によこきる雁の數見えて朝日にきゆる峯の秋霧
百首御歌の中に
伏見院御歌
朝ほらけ霧の晴まのたえ〱にいくつら過ぬ天津かりかね
伏見院に三十首歌奉りける時霧中雁を
從三位爲信
霧うすき秋の日影の山のはにほの〱見ゆるかりの一つら
秋歌に
後伏見院中納言典侍
夕日影さひしくみゆる山もとの田面にくたるかりのひとつら
百首歌奉し時
覺譽法親王
夕霧のむら〱はるゝ山きはに日影をわたる雁の一行
大納言公重
しほれきて都もおなし秋霧につはさやほさぬ天津雁金
和歌所にて暮山遠雁といふことを講せられけるに
皇太后宮大夫俊成
小倉山ふもとの寺の入あひにあらぬ音なからまかふ雁かね
從二位家隆
晴そむるをちの外山の夕霧に嵐をわくる初雁の聲
秋御歌の中に
伏見院御歌
うちむれてあまとふ雁のつはさまて夕にむかふ色そかなしき
百首御歌に
院御歌
雲遠き夕日の跡の山きはに行とも見えぬかりの一行
關白右大臣
雲間もる入日の影に數見えてとをちの空を渡る雁かね
秋歌とて
徽安門院
雁のなくとをちの山は夕日にて軒はしくるゝ秋の村雲
前大納言爲兼
夕日うつる柳の末の秋かせにそなたの雁の聲もさひしき
大江宗秀
秋風のうす霧はるゝ山の端をこえてちかつく雁の一行
永福門院内侍
雁のなく夕の空のうす雲にまた影見えぬ月そほのめく
二品法親王尊胤
秋風のたかきみ空は雲はれて月のあたりに雁の一行
雁を
伏見院御歌
つれてとふあまたのつはさよこきりて月の下行夜はのかりかね
正治二年後鳥羽院に奉ける百首歌の中に
式子内親王
萩のうへに雁の淚のをく露はこほりにけりな月にむすひて
百首歌奉しに
徽安門院一條
窓白きねさめの月のいりかたに聲もさやかに渡る雁かね
秋歌の中に
賀茂保憲女
秋の夜のねさめの程をかりかねの空にしれはや鳴わたるらん
和泉式部
雁かねのきこゆるなへに見わたせは四方の梢も色つきにけり
題しらす
讀人しらす
雲のうへに鳴つる雁のさむきかなへに木々の下葉はうつろはんかも
穗積皇子
今朝の朝け雁かねきゝつ春日山紅葉にけらし我心いたし
貫之
朝霧のおほつかなきに秋の田のほに出て雁そ鳴わたりける
春日社に奉りける百首歌の中に
前大納言爲家
色かはる梢をみれはさほ山の朝霧かくれ雁は來にけり
霧中雁を
後伏見院御歌
天津雁霧のあなたに聲はして門田の末そ霜に明行
月前虫といふ事を
永福門院
きり〱す月をやしたふ庭とをくかたふく方のかけに啼なり
夜虫を
前左大臣
宵のまはまれに聞つるむしのねも更てそしけき蓬生の庭
題しらす
章義門院
わきてなとよるしもまさるうれへにてあくるをきはに虫の鳴くらん
接心院内談人
野への色もかれのみまさる淺茅生に殘るともなき松虫の聲
百首歌奉し時
權大納言公䕃
きり〱すをのかなくねもたえ〱にかへのひまもる月そかなしき
秋歌とて
後京極攝政前太政大臣
虫のぬはならの落葉にうつもれて霧の籬にむらさめのふる
從二位兼行
蛬なく夜をさむみをく露に淺茅かうへそ色かれて行
伏見院御時六帖題にて人々歌よませさせ給けるに秋雨を
前大納言爲兼
庭のむしは鳴とまりぬる雨の夜のかへに音するきり〱すかな
文保三年後宇多院に奉りける百首歌の中に
今出川前右大臣
夜さむなる枕のしたのきり〱す哀に聲のなを殘りける
題しらす
西行法師
何となく物かなしくそみえわたる鳥羽田の面の秋のゆふくれ
建仁元年百首御歌の中に
後鳥羽院御歌
露しけき鳥羽田の面の秋風にたまゆらやとる宵の稲妻
秋歌に
大納言公重
秋の田のまたはつかなるほのうへをはるかに見する宵の稲妻
院に卅首歌めされし時秋山を
權大納言公䕃
夕日さす外山の梢秋さひてふもとの小田も色付にけり
百首歌奉りし時
前内大臣
小山田の露のおくてのいなむしろ月をかたしく床のひとりね
題しらす
前大納言經房
何となく山田のいほのかなしきに秋風さむみうつらなくなり
正治百首歌に
式子内親王
うちはらひ小野の淺茅にかる草のしけみか末にうつら立なり
稲妻を
藤原爲秀朝臣
稻つまのしはしもとめぬ光にも草葉の露の數は見えけり
從三位實名
秋の雨の晴行跡の雲まよりしはしほのめくよひのいなつま
前大納言爲家
夕やみにみえぬ雲まもあらはれてとき〱てらす宵の稲妻
秋御歌に
伏見院御歌
にほひしらみ月の近つく山のはの光によはるいなつまのかけ
徽安門院
月をまつくらき籬の花のうへに露をあらはす宵の稲妻
待月といふ事を
後伏見院御歌
聲たつる軒の松風庭のむし夕くれかけて月やもよほす
百首歌の中に
太上天皇
草むらの虫のこゑより暮れそめて眞砂のうへそ月になりぬる
秋歌に
院一條
草かくれ虫鳴そめて夕きりのはれまの軒に月そ見え行
伏見院新宰相
影うすき月みえそめて庭の面の草に虫なく宿の夕暮
祝子内親王
吹わくる竹のあなたに月みえて籬はくらき秋風の音
前大納言經顯
立ならふ松の木の間にみえそめて山のはつかに月そほのめく
百首歌奉し時秋歌に
關白右大臣
いましはやまたるゝ月そにほふらし村雲白き山のはの空
題しらす
徽安門院
くまもなく閨のおくまてさし入ぬむかひの山をのほる月影
前太宰大貮俊兼
月のほる夕の山に雲はれてみとりの空をはたふ秋風
百首御歌に
院御歌
暮もあへす今さしのほる山のはの月のこなたの松の一本
月歌の中に
媋子内親王
山のはを出ぬとみゆる後まてもふもとの里は月そまたるゝ
前大納言尊氏
程もなく松よりうへに成にけり木のまもりつる夕暮の月
藤原定宗朝臣
出るより雲もかゝらぬ山のはをしつかにのほる秋の夜の月
八月十五夜伏見に御幸ありて人々に月歌よませさせ給けるついてに
伏見院御歌
軒近き松原山の秋風に夕暮きよく月出にけり
秋歌とて
前中納言定家
月影を葎の門にさしそへて秋こそきたれとふ人はなし
月歌に
前關白左大臣
さ夜更て人はしつまる槇の戶にひとりさし入月そさひしき
伏見院萬葉のことはにて人々によま[・歌(イ)]せさせ給ける時秋のもゝ夜といふことを
前參議家親
なかしてふ秋の百夜をかさねてもなかめあくへき月の影かは
月を
從二位隆博
心こそあくかれやすく成にけれなかめうかるゝ月のしるへに
淸輔朝臣
ひたすらにいとひもはてし村雲の晴まそ月は照まさりける
正治二年百首歌めされける時
後鳥羽院御歌
薄雲のたゝよふ空の月影はさやけきよりもあはれなりけり
題しらす
從二位爲子
月影のすみのほる跡の山きはにたゝ一なひき雲の殘れる
千五百番歌合に
後久我前太政大臣
秋はたゞ荻の葉過る風の音に夜深く出る山の端の月
月前萩をよめる
權大納言實尹
眞萩原夜ふかく月にみかゝれてをきそふ露の數そかくれぬ
月前露を
前大納言實明女
うちそよき竹の葉のほる露ならて月更る夜の又音もなし
月をよみ侍ける
藤原爲基朝臣
月のゆく晴間の空はみとりにてむら〱白き秋のうき雲
平宗宣朝臣
絕々の雲まにつたふ影にこそ行とも見ゆれ秋の夜の月
題しらす
永福門院
村雲にかくれあらはれ行月のはれもくもりも秋そかなしき
吹しほり[・る(イ)]風にしくるゝ呉竹のふしなからみる庭の月かけ
月の歌とて
前大納言爲兼
月の色も空にひゝきて更る夜の梢に髙き深山への月
崇德院御歌
見る[・し(イ)]人に物の哀をしらすれは月やこのよの鏡なるらん
月のくまなき夜よみ侍ける
選子内親王
心すむ秋の月たになかりせは何をうき世のなくさめにせん
百首歌奉し時秋歌
民部卿爲定
秋をそへて淚落そふ袖の月いつを晴まとみる夜半もなし
見月といふ事を
院御歌
我心すめるはかりにふけはてゝ月を忘れてむかふ夜の月
おなし心を
前大納言忠良
雲晴てすめはすみけり見る人の心や月のこゝろなる[・か(イ)]らん
文保三年百首歌に
二品法親王覺助
我袖の露も淚もあまりある秋のうれへは月のみそとふ
月をよめる
西行法師
深き山にすみける月を見さりせは思出もなき我身ならまし
前大僧正道玄
心こそやゝすみまされ世中をのかれて月は見るへかりけり
山家月を
崇德院御歌
山里は月も心やとまるらんみやこにすきてすみまさるかな
月歌とて
西行法師
いつことてあはれならすはなけれともあれたる宿そ月や[・は(イ)]さやけき
庵にもる月の影こそさひしけれ山田はひたの音はかりして
藤原爲秀朝臣
霧はるゝ遠の山本あたはれて月影みかく宇治の川なみ
秋歌に
前中納言定資
影ははや遠きうらはにさきたちて磯山出る秋の夜の月
月前旅を
皇太后宮大夫俊成
淸見かた波をかたしく旅ころも又やはかゝる月をきてみん
海邊月明といふ事を
後鳥羽院御歌
淸見潟ふしの煙や消ぬらん月影みかくみほのうら波
遍昭寺にて人々月見侍けるに
平忠度朝臣
あれにける宿とて月はかはらぬとむかしの影は猶そ床しき
寶治百首歌に山月を
前大納言爲氏
常盤山かはる梢は見えねとも月こそ秋の色に出けれ
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