風雅和歌集。卷第七秋哥下。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第七
秋哥下
九月十三日夜月をみて
左京大夫顯輔
暮の秋月のすかたはたらねとも光は空にみちにけるかな
仁和寺よりあからさまに京へ御幸ありて九月十三夜山家月を
院御歌
深山出し秋の旅ねの夜比へて宿もる月やあるしまつらん
九月十三夜住吉社にてよみ侍ける
前參議俊言
住吉の神のおまへの濱きよみこと浦よりも月やさやけき
秋歌とて
從二位宣子
しはしみんかたふく方は空晴てふけはと賴む村雲の月
山里にて月を見てよめる
永福門院内侍
露ふかき籬の花はうすきりて岡への杉に月そかたふく
院五首歌合に秋風月といふ事を
儀子内親王
風におつる草葉の露もかくれなく籬にきよき入方の月
題しらす
前大僧正慈鎭
入月をかへすあらしはなかりけり出る峯には松の秋風
月歌とてよめる
太宰大貮重家
なかめやる秋の山風心あらはかたふく月を吹やかへさぬ
前大納言經顯
月はなを半天髙くのこれとも影うすくなる有明の庭
月前草花を
院御歌
風になひく尾花か末にかけろひて月遠くなる有明の庭
百首歌奉りし時秋歌
宣光門院新右衞門督
影きよき有明の月は空すみて鹿の音髙きあかつきの山
嘉曆二年九月十五日内裏歌合に曉月聞鹿といふ事を
萬秋門院
有明の月はかたふく山の端に鹿の音髙き夜半の秋風
秋天象といふことを讀侍ける
西園寺前内大臣女
月ならぬ星の光もさやけきは秋てふ空やなへてすむらん
元亨元年内裏にて三首講せられけるに霧問曉月
前中納言秀雄
あり明のつきはたえ〱影見えて霧吹わくる秋の山風
題しらす
後西園寺入道前太政大臣
村雲の隙行月の影はやみかたふく老の秋そかなしき
大齊院の女房春秋のあはれをあらそひ侍けるに中將春曙は猶まさるなと申けるか秋の比山里にこもりゐて侍けるにいひつかはしける
選子内親王家中務
山里に有明の空をなかめてもなをやしられぬ秋の哀は
秋御歌の中に
伏見院御歌
山風も時雨になれる秋の日にころもやうすき遠の旅人
永福門院
さすとなき日影は軒にうつろひて木の葉にかゝる庭の村雨
百首歌奉し時
宣光門院新右衞門督
もろくなる柳の下葉かつちりて秋物さむきゆふくれの雨
百首御歌の中に
順德院御歌
村雨の雲吹すさふ夕風に一葉つゝちる玉のをやなき
題しらす
昭訓門院權大納言
一しきり嵐は過て桐の葉のしつかにおつる夕くれの庭
秋歌に
太上天皇
ぬれておつる桐の枯葉は音をゝもみ嵐はかろき秋の村雨
百首歌奉し時
大納言公重
おちすさふ槇の下露猶ふかし雨のなこりの霧のあさ明
藤原爲秀朝臣
立そむる霧かとみれは秋の雨のこまかにそゝく夕暮の空
題しらす
徽安門院
しほりつる野分はやみてしのゝめの雲にしたかふ秋のむらさめ
院一條
吹みたし野分にあるゝ朝あけの色こき雲に雨こほるなり
野分を
前大納言爲兼
野分たつ夕の雲のあしはやみ時雨ににたる秋の村雨
藤原爲名朝臣
草も木も野分にしほる夕暮は空にも雲の亂れてそ行
秋歌に
院一條
鳩のなく杉の木すゑのうす霧に秋の日よはき夕暮の山
卅首御歌の中に秋山を
永福門院
山陰や夜のまの霧のしめりよりまたおちやまぬ木々の下露
秋朝の心を
薄霧の朝けの梢色さひて虫の音のこすもりの下草
野霧
彈正尹邦省親王
津の國のゐなのゝ霧の絕々にあらはれやらぬこやの松風
百首歌奉し時
權大納言資明
朝日山また影くらきあけほのに霧のした行宇治の柴舩
題しらす
大江廣秀
うちわたす濱名の橋の明ほのに一むらくもる松の薄霧
前太宰大貮俊兼
朝日影うつる梢は霧おちて外面の竹にのこるうす霧
百首歌奉りしに
左近中將忠孝
日影さすいな葉かうへは暮やらて松原うすき霧の山本
文保三年後宇多院に奉りける百首歌中に
前中納言爲相
奧見えぬは山の霧のあけほのに近き松のみ殘る一むら
後西園寺入道前太政大臣
入かゝる遠の夕日は影きえてすそより暮るうす霧の山
秋歌とて
權中納言俊實
霧深き爪木の道のかへるさに聲はかりしてくたる山人
秋山といふことを
前大納言尊氏
入あひは檜原のおくにひゝき初て霧にこもれる山そ暮行
藤原爲基朝臣
立こめて尾上も見えぬ霧のうへに梢はかりの松のむら立
河霧を讀侍ける
前大納言爲兼
朝嵐の峯よりおろす大井河うきたる霧も流てそ行
前大僧正實超
伏見山ふもとの稻葉雲晴て田面に殘るうちの川霧
海邊霧を
前左兵衞督爲成
入海の松の一むらくもりそめて鹽よりのほる秋の夕きり
二條院參河内侍
難波かた浦さひしさは秋霧のたえまにみゆるあまの釣舟
秋歌の中に
從二位家隆
さえのほるひゝきや空に更ぬらん月の都もころもうつなり
月前擣衣といふことを
鎌倉右大臣
夜をさむみさめてきけは長月の有明の月に衣うつなり
建武二年内裏千首歌に擣衣
民部卿爲定
衣うつよその里人なれをしそあはれとは思ふ秋の夜寒に
秋夜を
九條左大臣女
今ははや明ぬと思ふ鐘のをとの後しもなかき秋の夜半かな
百首歌奉し時
永福門院内侍
染やらぬ梢の日影うつりさめてやゝかれわたる山の下草
院卅首歌めされし時秋木を
新室町院御匣
岡へなるはしの紅葉は色こくて四方の梢は露の一しほ
左兵衛督直義
をのれとや色つきそむるうす紅葉また此比はしくれぬ物を
侍從具定
見るまゝに紅葉色つく足引の山の秋風さむくふくらし
山紅葉を
中院入道前内大臣
まなくふる時雨に色やつくは山しけき梢も紅葉しにけり
岡紅葉と云事を
後宇多院御歌
いろ〱にならひの岡のはつ紅葉秋の嵯峨野のゆきゝにそみる
百首歌奉りし時
前大納言實明女
朝霧のはれ行遠の山もとにもみちましれる竹の一むら
題しらす
前大僧正道玄
志賀の山越て見やれは初時雨ふるき都は紅葉しにけり
讀人しらす
秋されはをく霧霜にあへすして都の山は色つきぬらむ
人々さそひて大井川にまかりて紅葉臨水と云事を讀侍ける
權大納言長家
大井川山の紅葉をうつしもてからくれなゐの波そ立ける
紅葉を
後京極攝政前太政大臣
時雨つる外山の雲は晴にけり夕日にそむる峯の紅葉は
紅葉映日と云事を
右大臣
日影さへ今一しほを染めてけり時雨の跡のみねのもみちは
伏見院に卅首歌奉りける時山紅葉を讀侍ける
前中納言淸雅
晴わたる日影にみれは山本の梢むら〱もみちしにけり
人々に三十首歌めされけるついてに秋山を
院御歌
霧はるゝ田面の末に山見えて稻葉につゝく木々の紅葉は
秋木
呉竹のめくれる里を麓にて煙にましる山のもみち葉
秋望といふことを
今上御歌
夕日うつる外面のもりのうす紅葉さひしき色に秋そ暮行
建長二年吹田に御幸ありて人々に十首歌よませさせ給けるついてに
後嵯峨院御歌
もろこしもおなし空こそしくるらめから紅にもちみする比
二品法親王覺助長月の末に長谷の山庄にまかりて紅葉の枝を折て奉り侍けるに此一枝の殘りゆかしくこそとてたまはせける
伏見院御歌
色ふかき宿の紅葉の一枝に折しる人のなさけをそみる
御返し
一品親王覺助
色そへて見るへき君のためとてそ我山里の紅葉をも折
正治二年百首歌の中に
式子内親王
とけてねぬ袖さへ色にいてねとや露吹むすふ峯の木枯
長月の比すゝか山の紅葉を見て
能宣朝臣
下紅葉いろ〱になるすゝか山時雨のいたくふれはなるへし
九月九日を
花山院御歌
萬代をつむともつきし菊の花長月のけふあらんかきりは
寶治百首歌に重陽宴を
山階入道前左大臣
長月のきくのさかつき九重にいくめくりとも秋はかきらし
冷泉前政大臣
九重に千代をかさねてかさすかなけふ折えたる白菊の花
めくりあふ月日もおなし九重にかさねてみゆる千世の知ら菊
位の御時三首歌講せられたりけるついてに庭菊を
後醍醐院御歌
百敷やわか九重の秋の菊心のまゝにおりてかさゝん
題しらす
源光行
夜もすから光は霜をかさぬれと月には菊のうつろはぬかな
堀川院百首歌に菊を
前中納言師時
霜かれん事をこそ思へ我宿のまかきに匂ふしら菊の花
屏風にをんなの菊花見たる所
貫之
をく霜のそめまかはせるきくの花いつれかほんの色には有らん
秋歌に
前中納言定家
鵙[※もず]のゐるまさきの末は秋たけてわらやはけしき峯の松風
百首歌奉りし時秋歌
進子内親王
見るまゝにかへに消行秋の日の時雨にむかふうき雲の空
霜草欲枯虫思苦といへる心を
前中納言匡房
はつ霜にかれ行草のきり〱す秋は暮ぬ聞そ悲しき
崇德院よりめされける百首歌に
前參議敎長
ほに出てまねくとならは花薄過行秋をえやはとゝめぬ
秋の御歌の中に後鳥羽院御歌
窓ふかき秋の木の葉を吹たてゝ又時雨行山おろしの風
院五首歌合に秋視聽といふ事を
權大納言公宗女
秋の雨の窓うつ音に聞わひてねさむるかへにともしひの影
暮秋雨を
前大僧正覺圓
庭の面に荻の枯葉は散しきて音すさましき夕暮の雨
院に卅首歌めされし時秋木を
西園寺内大臣女
秋の雨にしほれておつる桐の葉は音するしもそさひしかりける
題しらす
永福門院
もろくなる桐の枯葉は庭におちて嵐にましる村雨の音
秋の比よみ侍ける
慶政上人
年へたる深山のおくの秋の空ねさめしくれぬ曉そなき
建仁四年百首御歌に
後鳥羽院御歌
何となく庭の蓬も下おれてさひ行秋の色そかなしき
暮秋虫を
伏見院御歌
夕日うすき枯葉の淺ちしたすきてそれかとよはき虫の一こゑ
後伏見院左京大夫
うらかるゝ淺茅か庭のきり〱すよはるをしたふ我もいつまて
正治百首歌に
式子内親王
しるきかなあさち色つく庭の面に人めかるへき冬のちかさは
百歌奉し時
侍從隆朝
いとはやもをしね色つく初霜のさむき朝けに山風そふく
秋霜をよませ給ける
後伏見院御歌
夕霧のふる枝の萩の下葉より枯行秋の色は見えけり
淺茅秋霜を
從二位爲子
長月や夜さむの比の有明のひかりにまかふ淺茅生の霜
秋歌に
前大納言長雄[・雅(イ)]
風わたる眞葛か原に秋暮てかへらぬ物は日數なりけり
九月盡によめる
登蓮法師
年ことにかはらぬけふのは歎かなおしみとめた[・さ(イ)]る秋はなけれと
前中納言爲相
山をこえ水をわたりてしたふともしらはそけふの秋の別ち
寶治百首歌に九月盡を
常盤井入道前太政大臣
行秋のなこりをけふに限るとも夕はあすの空もかはらし
おなし心を
後伏見院御歌
月もみず風も音せぬ窓のうちに秋を送りてむかふ燈
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