風雅和歌集。卷第五秋哥上。原文。


風雅和歌集

風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。



風雅和謌集卷第五

 秋哥上

  後京極攝政左大將に侍ける時家に六百番歌合し侍けるに殘暑を

  前中納言定家

秋きてもなを夕風を松かねに夏を忘れしかけそ立うき

  寶治二年百首歌人々にめされけるついてに早秋を

  後嵯峨院御歌

風の音の俄にかはるくれはとりあやしと思へは秋はきにけり

  藻壁門院但馬

白露はまたきをあへぬうたゝねの袖におとろく秋の初風

  題しらす

  正二位隆敎

露ならぬ淚ももろく成にけり荻の葉むけの秋の初風

  秋歌とて

  入道二品親王法守

おちそむる桐の一葉の聲のうちに秋の哀を聞はしめぬる

夕暮の雲にほのめく三か月のはつかなるより秋そ悲しき

  前大納言爲家

夕ま暮秋くるかたの山のはに影めつらしくいつるみか月

初秋露を

  權大納言公䕃

秋きてはけふそ雲間に三か月の光まちとる荻のうは露

  正治二年百首歌に

  式子内親王

はかむれは木のまうつろふ夕つくよやゝ氣色たつ秋の空かな

  名所百首歌中に泊瀨山

  從二位家隆

秋の色はまたこもりえのはつせ山何をかことに露もをくらん

  題しらす

  前中納言定家

山里は蟬のもろ聲秋かけて外面の桐の下葉おつなり

  從三位客子

色うすき夕日の山に秋みえて梢によはる日くらしの聲

  權中納言俊實

䕃よはき木のまの夕日うつろひて秋すさましき日晩のこゑ

  永福門院

むらすゝめ聲する竹にうつる日の影こそ秋の色になりぬれ

  七月七日讀侍ける

  凡河内躬恒

けふははやとく暮なゝん久方の天の川霧たちわたりつゝ

  文保三年奉りける百首に

  後山本前左大臣

心をはかすともなしにあまの川よそのあふせにくれそまたるゝ

  文永十年内裏にて七夕七首歌講せられけるに

  前參議隆康

逢事をまとをに賴む七夕の契りやうすき天の羽衣

  題しらす

  淸輔朝臣

思ひやる心もすゝし彥星の妻まつよひの天の川風

  讀人しらす

天の原ふりさけみれは天の川霧たちわたり[・る(イ)]君はきぬらし

  尚侍貴子四十賀民部卿淸貫し侍ける屏風に七月七日たらひに影見たる所

  伊勢

めつらしくあふ七夕はよそ人も影みまほしき夜[・空(イ)]にそ有ける

  七夕の歌の中に

  紫式部

大かたを思へはゆゝしあまの川けふの逢瀨はうらやまれけり

  前中納言匡房

天の川あふせによするしら波はいくよをへてもかへらさらなん

  大宰大貮重家

七夕のあふせはかたき天の川やすの渡りも名のみなりけり

  後光明照院前關白左大臣

七夕の契りは秋の名のみしてまたみしか夜は逢程やなき

  源義詮朝臣

年をへてかはらぬ物は七夕の秋をかさぬる契りなりけり

  百首歌の中に

  太上天皇

更ぬなり星合の空に月は入て秋風うこく庭のともし火

  七夕の心を

  後嵯峨院御歌

たなはたに心をかして歎くかな明かたちかきあまの河風

  後宇多院大覺寺におはしましける比七夕百首歌中に野女郎花を

  前大納言實敎

いくとせかさか野の秋の女郎花つかふる道になれてみつらん

  顯昭久しくをとつれさりけれは申つかはしける

  前左兵衞督惟方

秋くれは萩もふるえに咲物を人こそかはれもとのこゝろは

  返し

  法橋顯昭

我心またかはらすよ初萩の下葉にすかる露はかりたに

  草花露深といふ事を

  俊賴朝臣

あたし野の萩の末こす秋風にこほるゝ露や玉川の水

  萩をよめる

  安嘉門院四條

さこそわれ萩のふるえの秋ならめもとの心を人のとへかし

  秋の御歌に

  永福門院

眞萩ちる庭の秋風身にしみて夕日の陰そかへに消行

風ふけは枝もとをゝにをく露のちるさへおしき秋萩の花

  乾元二年伏見院五十番歌合に秋露を

  九條左大臣女

しほれふす枝吹かへす秋風にとまらすおつる萩のうは露

  題不知

  藤原公直朝臣母

一しほり雨はすきぬる庭の面に散てうつろふ萩か花すり

  從三位盛親

秋ふかみ花ちる萩はもと過[・透(イ)]て殘る末葉の色そさひしき

  籬薄を

  前大納言尊氏

露にふすまかきの萩は色くれて尾花そしろき秋風の庭

  秋歌あまたよませ給ける中に

  伏見院御歌

庭の面に夕への風は吹きみちて髙き薄の末そみたるゝ

見わたせはすそ野の尾花吹しきて夕暮はけし山おろしの風

  進子内親王

秋さむき夕日は峯にかけろひて岡のお花に風すさふなり

  風後草花を

  從三位親子

まねきやむ尾花か末も靜にて風吹とまる暮そさひしき

  百首御歌の中に

  院御歌

吹うつりなひく薄のすゑ〱をのとかにわたる野への夕風

  九條前内大臣家百首歌に遠村秋夕といふ事を

  藤原隆祐朝臣

夕日さす遠山本の里みえて薄吹しく野への秋風

  薄を

  二品法親王慈道

身をかくす宿にはうへし花薄まねくたよりに人もこそとへ

  秋歌の中に

  前大納言爲兼

あはれさもその色となき夕暮の尾花は末に秋そうかへる

  源重之女

まねくとも賴むへしやは花すゝき風にしたかふ心なりけり

  後法性寺入道關白右大臣に侍ける時よませ侍ける百首の歌の中に草花を

  正三位季經

秋風のたよりならては花すゝき心と人をまねかさりけり

  題しらす

  前中納言定家

うちしめり薄のうれはをもりつゝ西吹風になひくむらさめ

  荻風を

  伏見院御歌

こゝにのみあはれやとまる秋風の荻のうへこす夕くれの宿

  前大納言爲兼

吹捨て過ぎぬる風のなこりまて音せぬ荻も秋そかなしき

  百首歌奉し時

  入道二品親王法守

庭白きいさこに月はうつろひて秋風よはき花のすゑ[・いろ(イ)]〱

  秋歌とて

  前太宰大貮俊兼

うす霧の空はほのかに明そめて軒の忍ふに露そみえ行

  藤原爲守女

秋そかしいかにあはれのとはかりにやすくもをける袖の露哉

  藤原重顯

ひかりそふ草葉のうへに數見えて月をまちける露の色かな

  庭草露と云ことを

  如願法師

ふみわけてたれかはとはん逢生の庭も籬も秋のしら露

  千五百番歌合に

  後鳥羽院御歌

哀むかしいかなる野への草葉よりかゝる秋風吹はしめけん

  題しらす

  前大僧正覺圓

村雲に影さたまらぬ秋の日のうつりやすくもくるゝ比かな

  從二位家隆

淺茅原秋風ふきぬあはれまたいかに心のならんとすらん

  伏見院御歌

秋風は遠き草葉をわたるなり夕日の影は野へはるかにて

  藤原爲基朝臣

鷺のゐるあたりの草はうら枯れて野澤の水も秋そさひしき

  秋の歌あまたよませ給ける中に

  院御歌

村雨のなかははれ行雲霧に秋の日きよき松原の山

  永福門院

夕附日岩ねの苺に影きえて岡の柳は秋風そふく

  前大納言爲兼

秋風に浮雲たかく空すみて夕日になひく岸の靑柳

  伏見院御歌

庭ふかき柳の枯葉散みちてかきほあれたる秋風の宿

  百首歌の中に

  太上天皇[・イニナシ]

川遠き夕日の柳岸はれて鷺のつはさに秋風そふく

  前中納言重資

影よはき柳かうれのゆふつくひさひしくうつる秋の色かな

  秋歌とて

  從二位家隆

玉嶋やおちくるあゆの河柳下葉うちちり秋かせそふく

  儀子内親王

うす霧の山本とをく鹿鳴て夕日かけろふ岡の邊の松

  さよの中山といふ所にて鹿の鳴を聞てよめる

  橘爲仲朝臣

旅ねするさや[・よ(イ)]の中山さよなかに鹿も鳴なり妻や戀しき

  題しらす

  藤原爲秀朝臣

くれうつるまかきの花は見えわかて霧にへたてぬさをしかの聲

  百首歌奉し時

  徽安門院一條

へたゝらぬをしかの聲はま近くて霧の色よりくるゝ山本

  秋歌に

  寂然法師

木枯に月すむ峯の鹿の音を我のみきくはおしくも有かな

  千五百番歌合歌

  後京極攝政前太政大臣

物思へとするわさならし木の間よりおちたる月にさをしかのこゑ

  野鹿を

  前大僧正範憲

いく秋の淚さそひつかすか野やきゝてなれぬる棹牝鹿のこゑ

  題しらす

  貫之

秋はきのみたるゝ玉はなく鹿の聲よりおつる淚なりけり

  掘川院百首歌に鹿を

  基俊

風さむみはたれ霜ふる秋の夜は山したとよみ鹿そ鳴なる

  おなし心を

  大納言成道

夜もすから妻とふ鹿を聞からに我さへあやないこそねられね

  正治二年百首歌に

  式子内親王

山里は峯の木の葉にきほひつゝ雲よりおろす棹鹿のこゑ

  文保三年後宇多院よりめされける百首歌の中に

  民部卿爲藤

小山田の庵もる床も夜さむにて稻葉の風に鹿そなくなる








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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