風雅和歌集。卷第四夏哥。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第三
夏哥
後鳥羽院よりめされける五十首歌の中に
後京極攝政前太政大臣
昨日まてかすみし物を津の國の難波わたりの夏の曙
首夏を
後伏見院御歌
春くれし昨日もおなし淺みとりけふやはかはる夏山の色
寶治百首歌の中におなし心を
前大納言爲家
夏きてはたゝひとへなる衣手にいかてか春を立へたつらん
正治二年後鳥羽院に奉りける百首歌の中に
式子内親王
櫻色の衣にもまたわかるゝに春をのこせる宿の藤波
百首歌の中に更衣を
二條院御歌
櫻色の衣はうへにかふれとも心に春をわすれぬものを
四月のはしめによませ給ける
院御歌
花とりの春にをくるゝなくさめにまつ待すさふ山郭公
後鳥羽院奉ける五十首歌の中に
從二位家隆
時鳥まつとせしまにわかやとの池の藤なみうつろひにけり
千五百番歌合に
前中納言定家
時しらぬ里は玉川いつとてか夏のかきねをうつむ白雪
前大納言兼宗家歌合に卯花を
前大納言經房
朝またき卯花山を見わたせは空はくもらてつもるしら雪
題しらす
前大納言爲兼
夏淺きみとりの木立庭遠み雨ふりしむる日くらしの宿
夏の朝の雨といふ事を
權大納言公宗
うすくもる靑葉の山の朝明にふるとしもなき雨そゝく也
夏歌に
後一條入道前關白左大臣
もろかつらまた二葉よりかけそおめていく代かへぬる賀茂のみつかき
院に三十首歌めされける時葵
兵衞督
あはれとや神もみあれにあふひ草二葉よりこそ賴そめしか
寶治百首歌の中に待郭公
前大納言爲家
葵草かさす卯月のほとゝきす人の心にまつかゝりつゝ
鷹司院按察
我ための聲にもあらし郭公かたらへとしもなとおもふらん
四月はかりに人のもとにいひやりける
源賴實
待わひて聞やしつるとほとゝきす人にさへこそとはまほしけれ
時鳥をよめる
刑部卿賴輔
年をへておなし聲なる郭公きかまほしさもかはらさりけり
徽安門院
年をへておなしなく音を時鳥何かは忍ふなにかまたるゝ
百首歌奉し時
左兵衞督直義
いつとてもまたすはあらねとおなしくは山時鳥月になかなん
權大納言公䕃
郭公さやかにをなけ夕附夜雲まのかけはほのかなりとも
後嵯峨院に三首歌奉りけるに河郭公
前大納言資季
石はしる瀧津川波おちかへり山ほとゝきすこゝになかなん
郭公を
前大納言爲兼
おりはへていまこゝになく時鳥きよくすゝしき聲の色かな
右近大將道嗣
待えてもたとるはかりの一聲は聞てかひなき郭公かな
里郭公といふことを
入道二品親王尊圓
呉竹のふしみの里のほとゝきすしのふ二代のことかたらなん
伏見院に三十首歌奉りける時聞郭公
前大納言爲兼
ほとゝきす人のまとろむ程とてや忍ふる比はふけてこそなけ
題しらす
前中納言爲相
我ためときゝやなさまし霍公鳥ぬしさたまらぬをのか初音を
堀川院に奉りける百首歌に郭公を
京極前關白家肥後
山深くたつねきつれはほとゝきす忍ふる聲もかくれさりけり
夏歌の中に
前中納言定家
忘られぬこそのふる聲こひ〱て猶めつらしきほとゝきす哉
連夜待郭公といふ事を
俊賴朝臣
時鳥待夜の數はかさなれと聲はつもらぬ物にこそ有ける
聞郭公を
前參議俊言
郭公あかぬなこりをなかめをくる心も空にしたかひてそ行
藤原爲基朝臣
猶そまつ山時鳥ひとこゑのなこりを雲にしはしなかめて
鎌倉右大臣
足曳の山郭公深山出て夜ふかき月の影になくなり
正治二年後鳥羽院に奉りける百首歌の中に
式子内親王
時鳥よこ雲かすむ山のはの有明の月に猶そかたらふ
夏の御歌の中に
伏見院御歌
郭公なこりしはしのなかめよりなきつる峯は雲あけぬなり
ひえの山にあひしりたる僧の里へいては必をとせんと契り侍けるに里に出なから音せす侍けれは四月十日比につかはしける
祝部成仲
里なるゝ山郭公いかなれはまつ宿にしも音せさるらん
尋郭公歸路聞といふことを
正三位季經
たつねつるかひはなけれと時鳥かへる山路に一聲そなく
題しらす
後鳥羽院御歌
尋いるかへさはをくれほとゝきすたれゆへくらす山路とかしる
前中納言定家
なをさりに山ほとゝきす鳴すてゝ我しもとまる杜の下かけ
藤原仲實朝臣
ゆふかけていつち行らんほとゝきす神なひ山に今そなくなる
延喜の御時古今集えらひはしめられけるに夜更るまて御前にさふらふに時鳥の鳴けれは
貫之
こと夏はいかゝ鳴けんほとゝきすこよひはかりはあらしとそきく
郭公を
從三位賴政
ほとゝきすあかて過ぬるなこりをは月なしとてもなかめやはせぬ
待賢門院堀川
問人もなき故鄕のたそかれに我のみ名のるほとゝきすかな
千五百番歌合に
前中納言定家
またれつゝ年にまれなるほとゝきす五月はかりの聲なおしみそ
前大納言經繼
あやめ草ひく人もなし山しろのとはに波こす五月雨の比
伏見院の御時五十番歌合に夏雨を讀侍ける
前大納言經親
樗さく梢に雨はやゝはれて軒のあやめにのこるたま水
夏歌の中に
院冷泉
あやめつたふ軒のしつくも絕々に晴間にむかふ五月雨の空
百首歌奉し時
左近中將忠季
夕月夜かけろふ窓はすゝしくて軒のあやめに風わたるみゆ
前大納言公泰
暮かゝる外面の小田のむらさめにすゝしさそへてとる早苗かな
早苗を
前大僧正慈鎭
またとらぬ早苗の葉末なひくなりすたくかはつの聲のひゝきに
寶治百首歌の中におなし心を
從二位行家
三輪川の水せきいれてやまとなるふるのわさ田はさなへとるなり
冷泉前太政大臣
今よりは五月きぬとやいそくらん山田のさなへとらぬ日そなき
前參議忠定
早苗とる田面の水の淺みとりすゝしき色に山風そふく
百首歌奉し時
藤原爲忠朝臣
夕日さす山田のはらを見わたせは杉の木かけに早苗とるなり
夏御歌に
後伏見院御歌
小山田やさなへの末に風見えて行てすゝしき杉のした道
太上天皇
風わたる田面の早苗色さめていり日殘れる岡の松はら
さなへとる山本小田に雨はれて夕日の峯をわたる浮雲
院一條
雨はるゝ小田のさなへの山本に雲おりかゝる杉のむら立
山家五月雨をよみ侍ける
從二位爲子
山陰や谷よりのほる五月雨の雲は軒まて立みちにけり
嘉元百首歌に五月雨を
後山本前左大臣
かはつなく沼の岩かき波こえてみくさうかるゝ五月雨の比
河五月雨を
正二位隆敎
五月雨に岸の靑柳枝ひちて梢をわたる淀の川舟
寶治百首の歌の中に溪五月雨
源俊平
流れそふ山のしつくの五月雨にあさ瀨もふかき谷川の水
夏歌とて
藤原淸輔朝臣
田子の浦のもしほもやかぬ五月雨に絕えぬは富士の煙なりけり
兵部卿成實
河やしろしのに波こす五月雨に衣ほすてふひまやなからん
後宇多院に奉りける百首歌の中に
法印定爲
五月雨の晴ま待出る月影に軒のあやめの露そすゝしき
題しらす
後京極攝政前太政大臣
五月雨の雲をへたてゝ行月の光はもらて軒の玉水
二品法親王承覺
さみたれにあたら月夜を過しきて晴るかひなき夕やみの空
蘆橘を
修理大夫顯季
我宿の花たちはなや匂ふらん山ほとゝきす過かてになく
文保三年後宇多院へ奉りける百首歌の中に
民部卿爲藤
月影に鵜舟のかゝりさしかへて曉やみの夜川こくなり
鵜川を
中務卿宗尊親王
大井河鵜ふねはそれと見えわかて山本めくる篝火のかけ
弘安百首歌奉りける時
前大納言爲氏
をしかまつさつおのほくしほの見えてよそに明行は山しけ山
照射を讀侍ける藤原義孝
五月やみそこともしらぬともしすとは山かすそにあかしつる哉
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成
ますらおやは山わくらんともしけち螢にまかふ夕暗の空
三十首御歌の中に夏鳥といふことを
永福門院
かけしけき木のしたやみのくらき夜に水の音して水鷄鳴なり
水鷄を
後伏見院御歌
心ある夏のけしきのこよひかな木の間の月に水鷄聲して
百首歌奉し時
前大納言實明女
水鷄なく森一むらは木くらくて月に晴たる野への遠方
夏の歌の中に
郁芳門院安藝
まきの戶をしゐてもたゝく水鷄かな月の光のさすとみる〱
祝子内親王
松のうへに月のすかたもみえそめて凉しくむかふ夕くれの山
後京極攝政前太政大臣
雨はるゝ軒のしつくに影みえてあやめにすかる夏の夜の月
前關白右大臣
茂りあふ庭の梢を吹わけて風にもりくる月のすゝしさ
百首歌奉し時
前中納言重資
うたゝねにすゝしき影をかたしきて簾は月のへたてともなし
夏歌の中に
從三位盛親
はしちかみうたゝねなから更る夜の月の影しく床そ凉しき
伏見院新宰相
秋よりも月にそなるゝすゝむとてうたゝねなから明すよな〱
前大僧正道意
山水の岩もる音もさ夜更て木の間の月の影そすゝしき
藤原隆祐朝臣
宵のまにしはしたゝよふ雲間より待出てみれはあくる月影
水上夏月を
賀茂重保
夏の夜は岩かき淸水月さえてむすへはとくる氷なりけり
雨後夏月と云ことを
後京極前太政大臣
夕立の風にわかれて行雲にをくれてのほる山の端の月
千五百番歌合に
後鳥羽院御歌
またよひの月まつとても明にけりみしかき夢のむすふともなく
夏の御歌の中に
伏見院御歌
月や出る星の光のかはるかな凉しき風の夕やみのそら
すゝみつるあまたの宿もしつまりて夜更てしろき道のへの月
夏夜といふことを
從二位爲子
星おほみはれたる空は色こくて吹としもなき風そ凉しき
題しらす
小野小町
夏の夜のわひしきことは夢をたにみる程もなく明るなりけり
千五百番歌合の中に
寂蓮法師
いにしへの野守のかゝみ跡たえてとふ火は夜半の螢なりけり
百首歌奉し時
前關白左大臣[基]
底きよき玉江の水にとふ螢もゆるかけさへ凉しかりけり
蛍を
式部卿恒明親王
月うすき庭のまし水音すみてみきはの螢䕃みたるなり
順德院御歌
池水は風も落とせてはちす葉のうへこす玉は螢なりけり
後一條入道前關白左大臣
螢とふかた山陰の夕やみは秋よりさきにかねて凉しき
寶治百首歌の中に水邊螢
皇太后宮大夫俊成女
秋ちかし雲井まてとやゆくほたる澤への水に影のみたるゝ
正治二年後鳥羽院に奉りける百首歌の中に
式子内親王
秋風とかりにやつくるゆふくれの雲ちかきまて行ほたるかな
凉しやと風のたよりを尋ぬれはしけみになひく野へのさゆりは
夏歌の中に
如願法師
山深み雪きえなはと思ひしに又道たゆるやとの夏くさ
建仁四年百首御歌の中に夕立
後鳥羽院御歌
片岡の棟なみよりふく風にかつ〱そゝくゆふ立の雨
千五百番歌合に
同院宮内卿
衣手にすゝしき風をさきたてゝくもりはしむるゆふたちの空
寶治百首歌の中に夕立
前大納言爲家
山本の遠の日影はさたかにてかたへ凉しき夕立の雲
百首歌奉りし時夏歌
前大納言經顯
外山には夕立すらし立のほる雲よりあまる稲妻の影
題しらす
前大納言爲兼
松をはらふ風はすそのゝ草におちて夕立雲に雨きほふなり
徽安門院
行なやみてる日くるしき山道にぬるともよしや夕たちの雨
院に三十首歌めされし時夏木を
前大宰大貮俊兼
虹のたつふもとの杉は雲に消て峯より晴る夕立の雨
夕立を
徽安門院小宰相
ふりはらふ雨を殘して風はやみよそになり行夕立の雲
夏歌の中に
宣光門院新右衞門督
夕立の雲吹をくる追風に木すゑの露そ又雨とふる
百首御歌の中に
院御歌
ゆふたちの雲飛わくる白鷺のつはさにかけて晴る日の影
文保三年後宇多院に百首歌奉ける時夏歌
後西園寺入道前太政大臣
月うつるまた[・さ(イ)]このうへの庭たつみ跡まてすゝし夕たちの雨
後山本前左大臣
さらに又日影うつろふ竹の葉に凉しさみゆるゆふたちの跡
題しらす
藤原爲守女
ふる程はしはしとたえてむらさめの過る梢の蟬のもろ聲
夏聲といふことを
今上御歌
風髙き松の木陰に立よれはきもすゝしき日くらしの聲
蟬を
進子内親王
雨はれて露吹きはらひ木すゑより風にみたるゝ蟬のもろこゑ
夏の歌の中に
二品法親王尊胤
蟬の聲は風にみたれて吹かへすならのひろ葉に雨かゝるなり
式部卿恒明親王
暮はつる梢に蟬は聲やみてやゝ影みゆる月そすゝしき
百首御歌の中に
院御歌
空晴て梢色こき月の夜の風におとろくせみのひとこゑ
後京極攝政左大臣に侍ける時家に六百番歌合し侍けるに蟬をよめる
藤原隆信朝臣
鳴すさふひまかときけはをちこちにやかてまちとる蟬のもろこゑ
納凉を
伏見院新宰相
なく蟬の聲やむもりに吹風のすゝしきなへに日も暮ぬなり
藤原爲秀朝臣
夕附日梢によはくなく蟬のは山のかけは今そすゝしき
建仁三年影供歌合に雨後聞蟬といふ事を
皇太后宮大夫俊成女
雨はれて雲ふく風になく蟬の聲もみたるゝもりの下露
題しらす
曾禰好忠
あしの葉にかくれてすめは難波なるこやの夏こそ凉しかりけれ
中務卿宗尊親王家の百首歌に
平政村朝臣
夏山のしけみかしたに瀧落てふもとすゝしき水の音かな
深夜納凉を
覺譽法親王
吹わくる梢の月はかけふけてすたれにすさふ風そ凉しき
夏の御歌の中に
後鳥羽院御歌
みたれあしの下葉なみより行水の音せぬ波の色そすゝしき
題しらす
今出川入道前右大臣
風かよふ山松かねのゆふすゝみ水のこゝろもくみてこそしれ
從二位兼行
夏の日の夕影をそき道のへに雲一むらのしたそ凉しき
祝子内親王
日の影は竹より西にへたゝりて夕風すゝし庭の草むら
權律師慈成
山川のみなそこきよき夕波になひく玉藻そ見るもすゝしき
權大納言公䕃
山本や木のしためくる小車の簾うこかす風そすゝしき
夜納凉といふ事を
進子内親王
もりかぬる月はすくなき木の下に夜ふかき水の音そ凉しき
題しらす
從二位兼行
苔靑き山の岩ねの松かけにすゝしくすめる水の色かな
前大僧正慈鎭
夏深き峯の松か枝風こえて月影すゝし有明のやま
寂蓮法師
淺茅生に秋まつ程や忍ふらんきゝもわかれぬ虫の聲々
永福門院
草の末に花こそみえね雲風も野分ににたる夕暮の雨
夏月を
大納言通方
結ふ手に月をやとして山の井のそこの心に秋やみゆらん
晩風似秋と云事を
前左大臣
松にふく風もすゝしき山陰に秋おほえたる日くらしのこゑ
夏御歌中に
伏見院御歌
鳴聲も髙き梢のせみのはのうすき日影に秋そ近つく
文保三年後宇多院に奉りける百首歌の中に
權中納言公雄
御祓する河瀨の波の白ゆふは秋をかけてそすゝしかりける
六月祓を
圓光院入道前關白太政大臣
御祓するゆくせの波もさ夜更て秋風ちかし賀茂の河水
順德院御歌
みなと川夏の行てはしらねともなかれてはやき瀨々のゆふして
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