風雅和歌集。卷第三春哥下。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第三
春哥下
西園寺に御幸ありて翫花といふ題を講せられけるに
後嵯峨院御歌
萬代の春日をけふになせりとも猶あかなくに花や散るらん
花の御歌の中に
崇德院御歌
年ふれとかへらぬ色は春ことに花に染てし心なりけり
花をたつねてともなひ侍ける人につきの日つかはしける
後光明院前關白左大臣
けふも猶ちらて心に殘りけりなれし昨日の花のおもかげ
花の歌に
從二位隆博
あちきなくあたなる花の匂ひゆへうき世の春にそむ心かな
三月に閏ありける年よめる
修理大夫顯季
常よりものとけくにほへ櫻花春くはゝれる年のしるしに
千五百番歌合に
前大僧正慈鎭
春の心のとけしとても何かせん絕て櫻のなき世なりせば
惜花といふことを
後西園寺入道太政大臣
老か身は後の春とも賴まねは花もわか世もおしまさらめや
持明院にうつりすませ給て花の木ともあまたうへそへられて三とせはかりの後花咲たるを御覧して
伏見院御歌
うへわたす我世の花も春はへぬましてふる木の昔をそ思ふ
雨のうちに花を思ふといふ事をよみ侍ける
權中納言定賴
雨のうちにちりもこそすれ花櫻おりてもかさゝん袖はぬるとも
源師光家にて人々歌よみ侍けるに花を
俊惠法師
おらすとてちらてもはてし櫻花この一枝は家つとにせん
山家花をよめる
平忠盛朝臣
尋くる花もちりなは山里はいとゝ人めやかれんとすらん
屏風の繪に旅人道行に櫻の花のちる所
藤原元眞
行てたにいかてとくみん我宿の櫻はけふの風にのこらし
題しらす
中納言家持
たつた山見つゝこえこし櫻花ちりか過なんわかかへるとき
花の歌の中に
二條院參河内侍
見る人のおしむ心やまさるとて花をは風のちらす成けり
寶治百首歌中に落花
藻壁門院但馬
雲まよふ風にあまきる雲[・雪(イ)]かとてはらへは袖に花のかそする
後京極攝政左大將に侍ける時家に六百番歌合し侍けるに志賀山越をよめる
前中納言定家
袖の雪空吹風もひとつにて花に匂へる志賀の山こえ
正治二年後鳥羽院に奉りける百首歌の中に
式子内親王
今朝みれは宿の梢に風過てしられぬ雪のいくへともなく
千五百番歌合に
皇太后宮大夫俊成女
高砂の枝のみとりもまかふまて尾上の風に花そちける
春歌の中に
前中納言爲相女
あしからの山の嵐の跡とめて花の雪ふむ竹の下道
落花をよめる
前大納言爲兼
一しきり吹みたしつる風はやみてさそはぬ花も長閑にそちる
入道二品親王法守
春風のやゝ吹よはる梢より散をくれたる花そのとけき
院位におはしましける時南殿の花の比いらせ給へかりけるをさはる事ありて程へ侍けるに花のちりかたに奉られける
うらみはや賴めし程の日數をもまたてうつろふ花の心を
御返し
院御歌
あたなれとさきちる程はある物をとはれぬ花や猶うらむらん
花の比北山に御幸あるへかりけるをとゝまらせ給て次の日つかはさせ給ける
伏見院御歌
賴みこし昨日の櫻ふりぬともとはゝやあすの雪の木の本
御返し
後西園寺入道前太政大臣
花の雪あすをまたす賴めをきしそのことのはの跡もなけれは
落花を讀侍ける
從二位爲子
梢よりよこきる花を吹たてゝ山本わたる春のゆうかせ
徽安門院
吹わたる春の嵐の一はらひあまきる花にかすむ山本
正三位知家
なからへん物ともしらて老か世にことしも花のちるをみるらん
春御歌の中に
後鳥羽院御歌
我身世にふるの山邊の山さくらうつりにけりななかめせしまに
宇治にて山家見花といっふ心を
大納言經信
白雲の八重たつ山のさくら花ちりくる時や花とみゆらん
百首歌奉りしに
入道二品親王尊圓
櫻花うつろふ色は雪とのみふるの山風ふかすもあらなん
落花を
從二位宣子
いかにせん花もあらしもうき世かなさそふもつらしちるもうらめし
鎌倉右大臣
春ふかみあらしの山の櫻花さくと見しまにちりにけるかな
左京大夫顯輔
ちる花をおしむはかりや世中の人のこゝろのかはらさるらん
寶治百首歌に惜花といふ事を
安嘉門院髙倉
一すちに風もうらみしおしめともうつろふ色は花のこゝろを
題しらす
前參議敎長
ちらさりしもとの心は忘られてふまゝくおしき花の庭哉
前中納言定家
散ぬとてなとて櫻をうらみけんちらすは見ましけふの庭かは
春の歌とて
從三位親子
すみれさく道のしはふに花ちりて遠かたかすむ野への夕暮
永福門院内侍
ちり殘る花おちすさふ夕暮の山のはうすき春雨の空
閑庭落花を
前中納言淸雅
つく〱と雨ふる鄕のにはたつみちりて浪よる花のうたかた
題不知
藤原爲顯
吹よする風にまかせて池水のみきはにあまる花のしら浪
百首御歌の中に
院御歌
梢よりおちくる花ものとかにて霞そをもき入逢の聲
三井寺へまかりけるかへさに[※儘]白川わたりにもとすみ侍ける所へよりたりけるに花のみ散にけれは
前大納言公任
故鄕の花はまたてそちりにける春よりさきにかへると思へは
花留客と云事を
皇太后宮大夫俊成
尋ねくる人は都をわするれとねにかへり行山さくらかな
花の歌の中に
大宰大貮重家
根にかへる花とはきけとみる人の心のうちにとまるなりけり
前參議爲實
櫻花うき草なからかたよりて池のみさひにかはつ鳴なり
永福門院
瀧津瀨や岩もとしろくよる花はなかるとすれと又かへるなり
水上落花と云ことを
從三位賴政
芳野川岩瀨の波による花やあをあねか峯にきゆる白雲
題しらす
法橋顯昭
駒とめて過そやられぬ淸見かた散しく花や波の關もり
雨中花を
後伏見院御歌
雨しほるやよひの山の木かくれに殘るともなき花の色かな
山花末落といふ事を
大納言經信
うらみしな山の端かけの櫻花をそくさけともをそく散けり
花の一枝ちりのこれるを人のそれおりてといひけれはよめる
道因法師
風たにもさそひもはてぬ一枝の花をはいかゝ折てかへらん
題しらす
前中納言定家
おもたかや下葉にましるかきつはた花ふみ分てあさる白鷺
百首御歌に
院御歌
やふしわかぬ春とやなれも花のさくその名もしらぬ山の下草
苗代を
安嘉門院四條
山川をなはしろ水にまかすれは田面にうきて花をなかるゝ
儀子内親王
櫻ちる山した水をせき分て花になかるゝ小田のなはしろ
九條左大臣女
春の田のあせの細道たえまおほみ水せきわくる苗代の比
百首歌の中に
太上天皇
みなそこのかはつの聲も物ふりて木深き池の春の暮かた
建保四年百首御歌に
後鳥羽院御歌
せきかへる小田のなはしろ水すみてあせこす波にかはつ鳴なり
春の歌の中に
西行法師
ますけおふあら田に水をまかすれはうれしかほとに鳴かはつかな
殷富門院大輔
みかくれてすたくかはつの聲なからまかせてけりな小田の苗代
蛙鳴苗代といふ事をよめる
前大僧正慈鎭
春の田の苗代水をまかすれはすたくかはつの聲そなかるゝ
題しらす
伏見院御歌
さ夜ふかく月はかすみて水おつる木陰の池に蛙なくなり
中務
山吹の花のさかりはかはつなくゐてにや春も立とまるらん
太神宮へ奉りける百首の歌に款冬を
皇太后宮大夫俊成
むかしたれうへはしめたる山ふきの名をなかしけん井手の玉水
春御歌の中に
後鳥羽院御歌
芳野川櫻なかれし岩間よりうつれはかはる山吹の色
百首歌奉し時
大納言公重
すゑをもる花はさなから水にふして河せにさける井手の山吹
百首御歌に
順德院御歌
河のせに秋をや殘す紅葉はのうすき色なる山吹の花
屏風に井手の山吹むら〱見ゆる家の川の岸にも所々山ふきありおとこまかきによりてせうそこいひたる所
壬生忠見
折てたに行へき物をよそにのみ見てやかへらんゐての山吹
朱雀院の御屏風の繪に池のほとりに山吹櫻さけり女簾をあけて見てたてり
藤原元眞
我宿の八重山吹はちりぬへし花のさかりを人の見にこぬ
題しらす
讀人不知
うくひすのきなく山吹うたかたも君か手ふれす花ちらめやも
亭子院歌合に
藤原興風
吹風にとまりもあへす散る時はやへの山吹の花もかひなし
春の御歌の中に
後鳥羽院御歌
款冬の花の露そふ玉川のなかれてはやき春の暮かな
日吉社に奉りける百首歌に
前大僧正慈鎭
春深き野寺たちこむる夕霞つゝみのこせる鐘の音哉
暮春の心を
伏見院御歌
霞渡るとをつ山への春の暮なにのもよほすあはれともなき
三條關白こもりゐて侍ける比家の藤の咲はしめたるを見て讀侍ける
前大納言公任
年ことに春をもしらぬ宿なれと花咲そむる藤も有けり
朝藤といふことを
前大僧正覺圓
むらさきの藤さく比の朝くもり常より花の色そまされる
題しらす
俊賴朝臣
吹風にふちこの浦を見渡せは波は木すゑの物にそ有ける
兵部卿成實
藤の花思へはつらき色なれや咲と見しまに春そ暮ぬる
春の御歌の中に
永福門院
ちりうける山の岩根の藤つゝし色になかるゝ谷川の水
百歌奉し時
前大納言實明女
つゝしさくかた山陰の春のくれそれとはなしにとまるなかめを
樵路躑躅といふ事を
前大僧正慈鎭
山人の爪木にさせるいはつゝし心ありてや手折くしつる
題しらす
後伏見院御歌
何となく見るにも春そしたはしき芝生にましる花の色々
暮春浦と云事を
前大納言爲兼
春のなこりなかむる浦の夕なきに漕わかれ行舩もうらめし
百首歌の中に
太上天皇
此比の藤山吹のはなさかりわかるゝ春も思ひをくらむ
進子内親王
春もはやあらしの末に吹よせて岩ねの苔に花そ殘れる
春の歌の中に
藤原敎兼朝臣
花の後も春のなさけは殘りけり有明かすむしのゝめの空
春の暮によめる
殷富門院大輔
身にかへて何歎くらん大かたはことしのみやは春にわかるゝ
藤原長能
行てみん深山かくれのをそ櫻あかす暮ぬる春のかたみに
三月晦日人々歌よみけるに
俊賴朝臣
とゝまらん事こそ春のかたからめ行衞をたにもしらせましかは
彌生のつこもりに花はみな四方の嵐にさそはれてひとりや春のけふは行らんと法印靜賢申て侍けるに
皇太后宮大夫俊成
おしと思ふ人の心しをくれねはひとりしもやは春のかへらん
三月盡の心を
貫之
こんとしもくへき春とはしりなからけふの暮るはおそくそありける
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