風雅和歌集。卷第二春哥中。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第二
春哥中
百首御歌の中に
院御歌
みとりこき霞のしたの山の端にうすき柳の色そこもれる
題しらす
權大納言公䕃
春雨にめくむ柳の淺みとりかつ見るうちも色そそひ行
五十首御歌の中に柳を
伏見院御歌
いつはとも心に時はわかなくに遠の柳の春になるいろ
文保三年後宇多院に奉りける百首歌の中に
前大納言爲世
一かたに吹つる風やよはるらんなひきもはてぬ靑柳の糸
柳をよみ侍ける
西園寺前内大臣女
霞わたる岡の柳の一もとにのとかにすさふ春のゆふ風
儀子内親王
吹となき風に柳はなひき立て遠近かすむ夕くれの春
百首歌奉し時
權大納言公宗母
はつかなる柳の糸の淺みとりみたれぬ程の春かせそふく
名所柳を
土御門院御歌
舟つなくかけもみとりに成にけり六田の淀の玉のをやなき
春歌の中に
前大納言爲家
廣澤の池の堤の柳かけみとりもふかく春さめそふる
法印定圓
芳野川岩波はらふふし柳はやくそ春の色は見えける
永福門院内侍
春はまつなひく柳のすかたより風ものとけくみゆるなりけり
權大納言公宗
雨そゝく柳か末はのとかにてをちの霞の色そくれゆく
古集一句を題にて歌よみ侍けるに黄梢新柳出城墻といふ事を
前中納言定家
此里のむかひの村の垣ねより夕日をそむる玉のを柳
柳をよめる
中務
くりかへし年へてみれと靑柳の糸はふりせぬ綠なりけり
大江嘉言
岸のうへの柳はいたく老にけり幾世の春を過しきぬらん
人丸
百師木の大宮人のかさしたるしたり柳はみれとあかぬかも
讀人しらす
梅花咲たる園のあをやきはかつらにすへく成にけらしも
貫之
よる人もなき靑柳の糸なれは吹くる風にかつみたれつゝ
春歌の中に
藤原爲基朝臣
淺みとり柳の糸のうちはへてけふもしき〱春雨そふる
徽安門院一條
昨日今日世は長閑にてふる雨に柳か枝そしたりまされる
春雨を
前大納言爲家
春の色をもよほす雨のふるなへに枯野の草もしためくむ也
土御門院御歌
淺みとり初しほそむる春雨に野なる草木そ色まさりける
權大納言公䕃
かきくれてふりたにまされつく〱としつくさひしき軒の春雨
從三位親子
みるまゝに軒のしつくはまされとも音にはたてぬ庭の春雨
住吉社に奉りける百首歌の中におなし心を
皇太后宮大夫俊成
春雨は軒のいと水つく〱と心ほそくて日をもふるかな
題しらす
前中納言定家
春雨よ[・に(イ)]木葉みたれしむら時雨それもまきるゝ方は有けり
前大納言爲兼
さひしさは花よいつかのなかめして霞にくるゝ春雨のそら
從二位兼行
なかめやる山はかすみて夕暮の軒端の空にそゝく春雨
藤原敎兼朝臣
かすみくるゝ空ものとけき春雨に遠き入相の聲そさひしき
徽安門院
晴ゆくか雲と霞のひまみえて雨吹はたふ春の夕かせ
春の御歌の中に
後伏見院御歌
春風は柳の糸を吹みたし庭よりはるゝ夕暮の雨
題をさくりて歌よみ侍けるに河上春月といふことを
前大納言爲兼
うちわたす宇治のわたりの夜深きに河音すみて月そかすめる
百首歌奉し時春歌
前大納言實明女
風になひく柳のかけもそことなく霞ふけ行春の夜の月
題しらす
永福門院
何となく庭の梢は霞ふけているかたはるゝ山のはの月
同院内侍
閨まても花の香ふかき春の夜の窓にかすめる入方の月
きゝすをよめる
俊惠法師
狩人のあさふむ小野の草わかみかくろへかねてきゝす鳴なり
題しらす
人麿
朝霧にしのゝにぬれてよふこ鳥み舩の山を鳴渡る見ゆ
喚子鳥を
前大納言尊氏
人もなき深山のおくのよふこ鳥いく聲なかは誰かこたへん
百首歌中に
太上天皇
つはくらめ簾の外にあまたみえて春日のとけみ人影もせす
題しらす
儀子内親王
春日影世は長閑にてそれとなくさえつりかはす鳥のこゑ〱
春御歌の中に
後二條院御歌
雲雀あかる山のすそのゝ夕暮にわか葉のしはふ春風そふく
永福門院
何となき草の花さく野への春雲にひはりの聲ものとけき
前大僧正慈鎭
春深き野への霞の下風にふかれてあかる夕雲雀哉
千首歌よみ侍けるに
前大納言爲家
歸るかり羽うちかはす白雲のみちゆきふりはさくらなりけり
春の歌とてよめる
從二位家隆
かへる雁秋こし數はしらねとも寢覺の空に聲そすくなき
歸雁を
藤原爲秀朝臣
わかるらんなこりならても春の雁あはれなるへき明ほのゝ聲
永福門院内侍
入方の月は霞のそこにふけてかへりをくるゝ雁の一行
康資王母
雁かねの花の折しも歸るらんたつねてたにも人はおしむに
春日社に奉りける百首歌の中に同し心を
皇太后宮大夫俊成
何となく思ひそをくる歸る雁ことつてやらん人はなけれと
題しらす
西行法師
春になる櫻の枝は何となく花なけれともなつかしき哉
いまたさかさる花といふ事を
俊賴朝臣
めくむよりけしきことなる花なれはかねても枝のなつかしきかな
花を思ふ心をよめる
鴨長明
思ひやる心やかねてなかむらんまたみぬ花の面影にたつ
前關白右大臣母
さかぬ間のまちとをにのみおほゆるは花に心のいそくなるらし
春の歌の中に
朔平門院
さきさかぬ梢の花もをしなへてひとつかほりにかすむ夕暮
花の歌とて
永福門院右衞門督
見るまゝに軒はの花は咲そひて春雨かすむ遠の夕くれ
伏見院西園寺に御幸ありて花の歌人々によませさせ給ける時
前大納言爲兼
宿からや春の心もいそくらん外にまた見ぬ初さくらかな
題しらす
讀人しらす
うちなひき春はきぬらし山きはの遠き梢のさき行みれは
人麿
見渡せは春日の野へに霞たちひらくる花はさくら花かも
鶯の木つたふ梅のうつろへは櫻の花のときかたまけぬ
櫻を
中納言家持
春雨にあらそひかねて我宿の櫻の花は咲そめにけり
寶治百首歌の中に見花
後鳥羽院下野
山櫻またれ〱てさきしよりはなにむかはぬ時のまもなし
春の歌に
民部卿爲定
みよしのゝ芳野の櫻咲しよりひと日も雲のたゝぬ日そなき
光明峯寺入道前攝政左大臣
往すてし志賀の花園しかすかに咲櫻あれは春はきにけり
從二位家隆
行末の花かゝれとて吉野山たれ白雲のたねをまきけん
後鳥羽院に五十首歌めされける時深山花
後京極攝政前太政大臣
かへりみる山ははるかにかさなりて麓の花も八重の白雲
題しらす
前中納言匡房
白雲のやへたつ峯とみえつるはたかまの山の花さかりかも
延喜十四年女一宮の屏風の歌
貫之
山のかひたなひきわたる白雲は遠き櫻のみゆるなりけり
春の歌とて
前中納言定家
いつも見し松の色かははつせ山さくらにもるゝ春の一しほ
文保三年後宇多院に奉りける百首歌の中に
後西園寺入道前太政大臣
山遠き霞のにほひ雲の色花の外まてかほる春かな
春の歌の中に
權大納言公宗女
花かほるたかねの雲の一むらは猶あけのこるしのゝめの空
前參議雅有
花さかぬ宿の梢もなかりけり都の春は今さかりかも
花を
左兵衞督直義
花見にと春はむれつゝ玉鉾の道行人のおほくも有かな
延喜十六年齊院の屏風に人の花のもとにたちて見たる所
貫之
山櫻よそに見るとてすかのねのなかき春日を立くらしつる
天慶四年右大將の屏風に山里に人の花みたる所
またしらぬ所まてかくきてみれは櫻はかりの花なかりけり
寶治百首歌の中に見花
從三位行家
櫻はなあかぬ心のあやにくにみてもなをこそみまくほしけれ
花の歌の中に
藤原爲秀朝臣
咲みちてちるへくもあらぬ花さかりかほるはかりの風はいとはす
伏見院花の比所々に御幸ありて御覧せられけるにさかにてよみ侍ける
永福門院右衞門督
なかめ殘す花の梢もあらし山風よりさきにたつねつるかな
春歌とて
前中納言爲相
御吉野の大宮所たつねみんふるきかさしの花や殘ると
櫻をよめる
中務
いそのかみ故鄕にさく花なれは昔なからににほひけるかな
承平五年内裏御屏風に馬にのりたる人の故鄕とおほしき所に櫻の花見たる所
貫之
故鄕にさける物からさくら花色はすこしもあせすそ有ける
大炊御門右大臣いまた納言に侍ける時三條の家の櫻さかりに成ける比人々歌よみ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
君かすむ宿の梢の花さかりけしきことなる雲そ立ける
そのゝちいくはくの年もへたてす近衞太皇太后宮立后侍けるとなん
寶治百首歌に翫花
前大納言爲氏
櫻花いさや手ことに手折もてともに千とせの春にかさゝん
花下日暮といへる心を
普光園入道前關白左大臣
すかのねのなかき日影を足引の山の櫻にあかて暮ぬる
永承五年賀陽院歌合に櫻を
藤原家經朝臣
さても猶あかすやあると山櫻花をときはにみるよしもかな
題しらす
西行法師
おなしくは月のおりさけ山櫻花見る春のたえまあらせし
百首歌に
太上天皇
かほり匂ひのときけ色を花にもて春にかなへる櫻なりけり
春歌とて
前左大臣
長閑なる鶯の音に聞そめて花にそ春のさかりをみはる
法橋顯昭
誰にかもけふをさかりとつけやらんひとり見まうき山櫻かな
祝部成茂
年ことになかめぬ春はなけれともあかぬは花の色やそふらん
壽成門院
今朝はなを咲そふ庭の花さかりうつろはぬまを問人もかな
寛治七年三月十日法勝寺の花御覧しけるについて常行堂のまへにて人々鞠つかうまつりけるに京極前關白太政大臣まりを奉るとてたつねときくにさそはれぬと奏し侍ける御返し
白川院御歌
山ふかくたつねにはこてさくらはななにし心をあくからすらん
髙倉院御時内裏より女房あまたいさなひて上達部殿上人花見侍けるに右京大夫折ふし風の氣あり[・て(イ)]とてともなひ侍らさりけれは花の枝につけてつかはしける
小侍從
さしはれぬ心の程はつらけれとひとり見るへき花の色かは
返し
建禮門院右京大夫
風をいとふ花のあたりはいかゝとてよそなからこそ思ひやりつれ
題しらす
源道濟
旅人のゆきゝの岡は名のみして花にとゝまる春の木のもと
前參議爲實
あすかゐの春の心はしらねともやとりしぬへき花の陰かな
糸櫻のさかりに法勝寺をすくとて
淨妙寺關白前右大臣
立よらて過ぬと思へと糸櫻心にかゝる春の木のもと
花歌あまたよみ侍ける中に
從二位爲子
見ぬ方の木末いかにと此里の花にあかりて花をこそ思へ
藤原爲基朝臣
尋行道もさくらをみよし野の花の盛のおくそゆかしき
百首歌奉りし時
大納言公重
こえやらてあかすこそみれ春の日のなからの山の花の下道
遠村花と云事を後伏見院御歌
櫻さくとをちの村の夕くれに花おりかさし人かへるなり
文保三年後宇多院に奉ける百首歌の中に
前大納言爲世
くれぬとて立こそかへれ櫻かり猶行さきに花を殘して
花御歌の中に
伏見院御歌
枝もなくさきかさなれる花の色に梢もをもき春の曙
從二位兼行
さかりとは昨日も見えし花の色の猶さきかほる木々の明ほの
從三位親子
花なれやまた明やらぬしのゝめの遠の霞の奧深き色
伏見院人々に花の歌あまたよませさせ給けるに
山のはの月はのこれるしのゝめに麓の花の色そめあけ行
春のあしたといふ事を
後伏見院御歌
花のうへにさすや朝日の影晴てさえつる鳥の聲ものとけき
進子内親王
ひらけそふ梢の花に霞みえて音せぬ雨のそゝく朝あけ
夕花を
永福門院
花のうへにしはしうつろふ夕附日いるともなしに影きえにけり
伏見院御時五十番歌合に春夕を
從三位親子
つく〱とかすみて曇る春の日の花しつかなる宿の夕暮
同歌合に春風を
前大納言家雅
吹となき霞のしたの春風に花の香ふかきやとの夕暮
題しらす
花山院御歌
足引の山にいり日の時しもそあまたの花は照まさりける
伏見院御歌
花のうへの暮行空にひゝきゝて聲に色ある入會の鐘
徽安門院
そことなき霞の色にくれなりて近き梢の花もわかれす
進子内親王
山うすき霞の空はやゝ暮て花の軒端に匂ふ月かけ
前大納言爲兼家に歌合し侍けるに春夜を
從二位爲子
花白き梢のうへはのとかにて霞のうちに月そふけぬる
千五百番歌合に
前大納言忠良
峯しらむ梢の空に影おちて花の雲間に有明の月
春の御歌の中に
後鳥羽院御歌
あたら夜のなこりを花に契りをきて櫻わけいる有明の月
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