風雅和歌集。卷第一春哥上。原文。
風雅和歌集
風雅倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年八月二十五日印刷。同三十日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
風雅和謌集卷第一
春哥上
春たつ心をよめる
前大納言爲兼
足引の山のしら雪けぬかうへに春てふけふは霞たなひく
文治六年正月女御入内の屏風に小朝拜
皇太后宮大夫俊成
九重や玉しく庭にむらさきの袖をつらぬる千世の初春
元日宴を
後法性寺入道前關白太政大臣
立そむる春のひかりとみゆるかな星をつらぬる雲の上人
建仁元年太神宮へ奉られける百首の御歌の中に
後鳥羽院御歌
朝日さすみもすそ川の春の空長閑なるへき世の氣色哉
早春霞をよみ侍りける
後西園寺入道前太政大臣
山の端を出る朝日のかすむより春の光は世にみちにけり
初春の心をよませ給ける
伏見院御歌
霞たち氷もとけぬ天地のこゝろも春ををしてうくれは
春の御歌の中に霞
院御歌
我心春にむかへる夕くれのなかめの末も山そかすめる
おなし心を
進子内親王
長閑なるけしきを四方にをしこめて霞そ春の姿なりける
題しらす
前中納言定家
何となく心そとまる山の端にことし見そむる三日月のかけ
天曆の御時大きさいの宮にてこれかれ子日して歌讀侍りけるに
大中臣能宣朝臣
みな人の手ことにひける松のはの葉數を君かよはひとはせん
子日に
中務
野へに出てけふ引つれは時わかぬ松の末にも春は來にけり
若菜をよめる
小辨
けふも猶春とも見えすわかしめし野へのわかなは雪やつむらん
源順
めもはるに雪まも靑く成にけり今日こそ野へにわかな摘てめ
題しらす
藤原基俊
はる山のさきのゝすくろかき分てつめるわかなに淡雪そふる
源俊賴朝臣
春日野の雪の村消かきわけてたかためつめる若な成らん
住吉神社に奉りける百首歌の中に若菜を
皇太后宮大夫俊成
いさやこら[・こ(イ)]わかな摘てんね芹生るあさゝは小野は里遠くとも
おなし心を
崇德院御歌
春くれは雪けの澤に袖たれてまたうらわかき若なをそつむ
前大納言爲家
朝日山のとけき春の氣色より八十氏人も若菜つむらし
百首歌奉りし中に春の歌
民部卿爲定
若なつむいく里人の跡ならん雪まあまたに野は成にけり
霞を
太上天皇
天のはらおほふ霞ののとけきに春なる色のこもる成けり
題しらす
後鳥羽院御歌
松浦かたもろこしかけて見わたせはさかひは八重の霞なりけり
伊勢嶋や鹽ひのかたの朝なきに霞にまかふわかの松原
九條左大臣女
ふかくたつ霞のうちにほのめきて朝日こもれる春の山のは
前大納言爲兼家に歌合し侍けるに春朝を
前中納言爲相
出る日のうつろふ峯は空晴て松よりしたの山そかすめる
承久元年内裏百番歌合に野徑霞といふことを
順德院御歌
夕附日かすみ末野に行人のすけの小笠に春風そふく
春の御歌の中に
伏見院御歌
夕暮の霞のきはに飛鳥のつはさも春の色にのとけき
題しらす
前大納言爲兼
しみはつる入日のきはにあらはれぬかすめる山のなを奧の峯
從二位爲子
長閑なる霞の空のゆふつくひかたふく末にうすき山の端
寶治二年後嵯峨院に百首歌奉りける時山霞を
常盤井入道前太政大臣
なかめこし音羽の山も今さらにかすめはとをき明ほのゝ空
後京極攝政左大臣に侍けるとき家に歌合し侍りけるに曉霞といふことを
初瀨山かたふく月もほの〱と霞にもるゝ鐘の音かな
春の歌の中に
柿本人麿
こし[・ち(イ)]かてをまきもく山に春されは木の葉しのきて霞たなひく
紀貫之
みよしのゝよし野の山の春霞たつをみる〱猶雪そふる
春雪をよませ給ける
後伏見院御歌
たまらしと嵐のつてに散雪にかすみかねたる槇の一村
後京極攝政左大將に侍ける時家に六百番歌合し侍けるに餘寒の心をよめる
前中納言定家
かすみあへすなをふる雪に空とちて春物ふかき埋火のもと
おなし歌合に春氷
從二位家隆
春風にした行波の數見えて殘るともなきうす氷かな
百首歌の中に
順德院御歌
ちくま川春行水はすみにけり消ていくかの峯のしら雪
千五百番歌合に春歌
前大納言忠良
花や雪霞やけふり時しらぬふしのたかねにさゆる春風
春の歌あまたよませ給ける中に早春を
伏見院御歌
春へとは思ふ物から風ませにみ雪ちる日はいともさむけし
餘寒の心を
永福門院
朝嵐は外面の竹に吹あれて山の霞も春さむき比
春雪を
圓光院入道前關白太政大臣
かつきゆる庭には跡も見えわかて草葉にうすき春の淡雪
土御門院御歌
春もいまたあさるきゝすの跡みえてむら〱殘る野への白雪
題しらす
安嘉門院四條
日影さす山のすそ野の春草にかつ〱ましるした蕨哉
早春柳といふことをよませ給ける
伏見院御歌
春の色は柳のうへに見えそめてかすむ物から空そさむけき
題しらす
後伏見院御歌
花鳥のなさけまてこそ思ひこむる夕山ふかき春のかすみに
人麿
山きはに鶯なきて打なひき春と思へと雪ふりしきぬ
よみ人しらす
うちなひき春さりくれはさゝの葉におはうちふれて鶯なくも
鶯のをそく鳴とてよめる
道命法師
つれ〱とくらしわつらふ春の日になと鶯のをとつれもせぬ
鶯を
源信明朝臣
うくひすの鳴音をきけは山深み我よりさきに春は來にけり
土御門院御歌
霧にむせふ山の鶯出やらて麓の春にまよふころかな
春の歌の中に
正三位知家
たかためそしつはた山の永き日に聲のあやをる春のうくひす
前大納言爲兼
鶯のこゑものとかに鳴なしてかすむ日影はくれんともせす
徽安門院
つく〱と永き春日に鶯のおなしねをのみ聞くらすかな
題しらす
皇太后宮大夫俊成
我園を[・に(イ)]宿と[・り(イ)]はしめよ鶯のふるすは春の雲[・空(イ)]につけてき
讀人しらす
霞たつ野かみの方にゆきしかは鶯なきつ春になるらし
梅の花さける岡邊に家ゐせはともしくもあらし鶯のこゑ
梅の花ちらまくおしみ我蘭の竹のはやしに鶯なくも
嘉元二年後宇多院に百首歌奉りける時鶯を
後西園寺入道前太政大臣
さゝ竹の夜はやきつる閨ちかき朝けの窓に鶯のなく
文保三年奉りける百首歌に
前大納言爲世
明ぬれとをのかねくらを出やらて竹の葉かくれうくひすそなく
伏見院にめされける五十首歌の中に
從一位敎良安
長閑なる霞の色に春みえてなひく柳にうくひすのこゑ
春の歌の中に
後京極攝政前太政大臣
春の色は花ともいはし霞よりこほれてにほふ鶯の聲
前參議經盛家の歌合に鶯を
道因法師
花ならて身にしむ物はうくひすのかほらぬ聲のにほひなりけり
春歌とて
藤原爲基朝臣
梅の花匂ふ春への朝戶あけにいつしかきゝつ鶯の聲
梅をよませ給ける
伏見院御歌
道のへや竹ふく風のさむけきに春をませたる梅かゝそする
延喜十六年齊院の屏風に人の家に女ともの梅花見あるは山にのこれる雪をみたる所
貫之
梅の花さくとしらすやみよし野の山に友まつ雪のみゆらん
題しらす
中納言家持
雪の色をうはひてさける梅の花今さかりなりみん人もかな
梅を
永福門院
山本の里のつゝきにさく梅のひとへに世こそ春に成ぬれ
後宇多院御歌
二月やなを風さむき袖のうへに雪ませにちる梅の初花
百歌奉りしに春歌
權大納言公䕃
咲そめて春ををそしと待けらし雪の内より匂ふ梅が枝
早春梅と云ふことを
今上御歌
降つみし雪もけなくに深山へも春しきぬれや梅咲にけり
遠村梅を
徽安門院
一村の霞のそこに匂ひゆく梅の木すゑの花になる比
春の歌の中に
皇太后宮大夫俊成
梅かえにまつ咲花そ春の色を身にしめそむる始なりける
淸槇公の家の屏風に
貫之
春立てさかはと思ひし梅花めつらしみ[・う(イ)]にや人のおるらん
梅を
中務卿具平親王
梅のはな匂ひをとめて折つるに色さへ袖にうつりぬるかな
從一位倫子春日にまうてけるともに侍りけるに源兼資梅の花を折て車にさしいるとて手もたゆく折てそきつる梅花思ひしれともにみんとてといへりけれは
赤染衞門
山かくれにほへる花の色よりもおりける人の心をそみる
紅梅をよめる
源俊賴朝臣
くれなゐの梅かえになく鶯は聲の色さへことにそ有ける
題しらす
前大僧正慈鎭
咲ぬれは大宮人もうちむれぬ梅こそ春の匂ひなりけれ
春の御歌の中に
後鳥羽院御歌
百千鳥さえつる春の淺みとり野への霞ににほふ梅かえ
題しらす
人麿
いもかためほすえの梅を手折とてしつえの露にぬれにけるかも
讀人しらす
人ことに折かさしつゝあそへともいやめつらしき梅の花かも
寶治百首の歌の中に梅薰風といふ事を
前大納言爲家
かすめともかくれぬ物は梅の花風にあまれるにほひなりけり
春の歌とてよめる
祝部成仲
梅花にほふさかりは山かつのしつのかきねもなつかしき哉
夜梅を
中務
匂ふかのしるへならすは梅のはなくらふの山に折まとはまし
題しらす
前中納言定家
雲路ゆく雁の羽風もにほふらん梅さく山のあり明のそら
前大納言爲兼
梅か香は枕にみちてうくひすの聲よりあくる窓のしのゝめ
百首歌の中に
進子内親王
窓あけて月の影しく手枕に梅か香あまる軒の春風
梅を讀侍ける
前大納言尊氏
軒の梅は手枕近く匂ふなり窓のひまもる夜半の嵐に
題しらす
院御歌
たか里そ霞のしたの梅柳をのれ色なる遠かたの春
永福門院内侍
雨晴る風はおり〱吹いれてこすのま匂ふ軒の梅かえ
春の歌の中に
太上天皇
我なかめなにゝゆつりてむめの花さくらもまたてちらんとするらん
題不知
和泉式部
見るまゝにしつえの梅もちりはてぬさもまちとをにさくさくらかな
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