新古今和歌集。卷第十九神祇歌。原文。(窪田空穗ニ依ル戦前ノ校本)


新古今和歌集

底本ハ窪田空穗挍訂。校註新古今和歌集。是昭和十二年一月二十日印刷。同年同月二十五日發行。東京武藏野書院發行。已上奧書。凡例ニ曰ク≪流布本を底本とし、隱岐本、及び烏丸本新古今集と校合≫セリト。



新古今和歌集卷第十九

 神祇哥

知るらめや今日の子の日の姬小松生ひむ末まで榮ゆべしとは

    この歌は、日吉の社司、社頭のうしろの山に罷りて、子の日して侍りける夜、人の夢に見えけるとなむ

なさけなく折る人つらしわが宿のあるじ忘れぬ梅の立枝を

    この歌は、建久二年の春の頃、筑紫へ罷れりけるものの、安樂寺の梅を折りて侍りける夜の夢に見えけるとなむ

補陀落[ふだらく]のみなみの岸に堂たてていまぞ榮えむ北のふぢなみ

    この歌は、興福寺の南圓堂作り初め侍りける時、春日のえのもとの明神よみ給へりけるとなむ

夜や寒き衣や薄きかたそぎの行きあひの間より霜や置くらむ

    住吉の御歌となむ

いかばかり年は經ねとも住の江の松ぞふたたび生ひ變りぬる

    この歌は、或人の住吉に詣でて、「人ならば問はましものを住の江の松は幾度生ひ變るらむ」とよみて奉りける御返事となむいへる

むつまじと君はしらなみ瑞垣の久しき世より祝ひ初めてき

    伊勢物語に、住吉に行幸の時、おほん神現行し給ひて、としるせり

人知れず今や今やとちはやぶる神さぶるまで君をこそ待て

    この歌は、待賢門院堀河、大和の方より熊野へ詣で侍りけるに、春日へ參るべきよしの夢を見たりけれど、後に參らむと思ひて罷り過ぎにけるを、歸り侍りけるに託宣し給ひけるとなむ

道とほし程もはるかに隔たれり思ひおこせよわれも忘れじ

    この歌は、陸奧に住みける人の、熊野へ三年詣でむと願をたてて參りて侍りけるが、いみじう苦しかりければ、今二度をいかにせむと歎きて、御前に臥したりける夜の夢に見えけるとなむ

思ふこと身にあまるまでなる瀧のしばしよどむを何恨むらむ

    この歌は、身の沈めることを歎きて東の方へ罷らむと思ひ立ける人、熊野の御前に通夜して侍りける夢に見えけるとぞ

われ賴む人いたづらになしはてばまた雲わけて昇るばかりぞ

    賀茂の御歌となむ

鏡にもかげみたらしの水の面にうつるばかりの心とを知れ

    これまた、賀茂に詣でたる人の夢に見えけるといへり

ありきつつきつつ見れどもいさぎよき人の心をわれ忘れめや

    石淸水の御歌といへり

西の海立つ白波の上にしてなに過ぐすらむかりのこの世を

    此歌は、稱德天皇の御時、和氣淸麿を宇佐宮に奉り給ひける時、詫宣し給ひけるとなむ

  延喜六年日本紀竟宴に、神日本磐余彥天皇

  大江千古

白波に玉よりひめの來し事はなぎさやつひのとまりなりけむ

  猨田彥

  紀淑望

ひさかたの天の八重雲ふりわけて下りし君をわれぞ迎へし

  玉依姫

  三統[みむね]理平

飛びかけるあまの磐舟たづねてぞ秋津島には宮はじめける

  賀茂の社の午の日うたひ侍りける歌

やまとかも海にあらしの西吹けばいづれの浦に御舟つながむ

  神樂をよみ侍りける

  紀貫之

置く霜に色もかはらぬ榊葉の香をやは人のとめて來つらむ

  臨時祭をよめる

宮人の摺れるころもに木綿襷[※ゆふたすき]かけて心を誰によすらむ

  大將に侍りける時、勅使にて太神宮に詣でてよみ侍りける

  攝政太政大臣

神風や御裳裾川のそのかみに契りしことの末をたがふな

  同じ時、外宮にてよみ侍りける

  藤原定家朝臣

契ありて今日みや川のゆふかづら長き世までもかけて賴まむ

  公繼卿、公卿勅使にて太神宮に詣でて歸り上り侍りけるに齊宮の女房の中より申し贈りける

  よみ人しらず

うれしさもあはれもいかに答へまし故里人に訪はれましかば

  返し

  春宮權大夫公繼

神風や五十鈴川波かず知らずすむべき御代にまたかへりこむ

  太神宮の歌の中に

  太上天皇

ながめばや神路の山に雲消えてゆふべの空を出でむ月かげ

神風やとよみてぐらに靡くしでかけてあふぐといふも畏し

  題しらず

  西行法師

宮柱したつい岩ねにしきたててつゆも曇らぬ日の御影かな

神路山月さやかなる誓ありて天の下をば照らすなりけり

  伊勢の月讀の社に參りて、月をみてよめる

さやかなる鷲の髙嶺の雲井より影やはらぐる月よみの森

  神祇歌とてよめる

  前大僧正慈圓

やはらぐる光にあまる影なれや五十鈴河原の秋の夜の月

  公卿勅使にて歸り侍りけるに、壹志の驛にてよみ侍りける

  中院入道右大臣

立ちかへり又も見まくのほしきかな御裳裾川の瀨瀨の白波

  入道前關白家、百首歌よみ侍りけるに

  皇太后宮大夫俊成

神風や五十鈴の河の宮ばしら幾千世すめとたちはじめけむ

  俊惠法師

神風や玉串の葉をとりかざしうちとの宮に君をこそ祈れ

  五十首歌奉りし時

  越前

神風や山田の原のさかき葉に心のしめをかけぬ日ぞなき

  社頭納凉といふことを

  大中臣明親

五十鈴川空やまだきに秋の聲したつ岩ねの松のゆふかぜ

  香椎の宮の杉をよみ侍りける

  よみ人知らず

ちはやぶる香椎の宮の綾杉は神のみそぎに立てるなりけり

  八幡宮の權官にて年久しかりけることを恨みて、御神樂の夜參りて、榊に結び付け侍りける

  法印成淸

榊葉にそのいふかひはなけれども神に心をかけぬ間ぞなき

  賀茂に參りて

  周防内侍

年を經て憂き影をのみみたらしの變る世もなき身をいかにせむ

  文治六年、女御入代の屏風に、臨時祭かける所をよみ侍りける

  皇太后宮大夫俊成

月さゆるみたらし川に影見えて氷に摺れるやまあゐの袖

  社頭雪といふこころをよみ侍ける

  按察使公通

ゆふしでの風に亂るる音さえて庭しろたへに雪ぞつもれる

  十首歌合の中に、神祇をよめる

  前大僧正慈圓

君を祈るこころの色を人問はばただすの宮のあけの玉垣

  みあれに參りて、社の司おのおの葵をかけけるによめる

  賀茂重保

跡埀れし神にあふひのなかりせば何に賴みをかけて過ぎまし

  社司ども貴布禰に參りて、雨乞し侍りけるついでによめる

  賀茂幸平

大御田のうるほふばかりせきかけてゐぜきにおとせ河上の神

  鴨社の歌合とて人人よみ侍りけるに、月を

  鴨長明

石川のせみの小河の淸ければ月もながれを尋ねてぞすむ

  辨に侍りける時、春日祭に下りて、周防内侍に遣はしける

  中納言資仲

萬代を祈りぞかくるゆふだすき春日の山の峯のあらしに

  文治六年、女御入代屏風に、春日祭

  入道前關白太政大臣

今日まつる神のこころや靡くらむしでに波立つ佐保の川風

  家に百首歌よみ侍りける時、神祇の心を

あめの下みかさの山の䕃ならで賴む方なき身とは知らずや

  皇太后宮大夫俊成

春日野のおどろの道のうもれ水末だに神のしるしあらはせ

  大原野の祭に參りて、周防内侍に遣はしける

  藤原伊家

千世までも心して吹けもみぢ葉を神もをしほの山おろしの風

  最勝四天王院の障子に、小鹽山かきたる所

  前大僧正慈圓

小鹽山神のしるしをまつの葉に契りし色はかへるものかは

  日吉社に奉りける歌の中に、二宮を

やはらぐる影ぞふもとに曇りなきもとの光は峯に澄めども

  述懷のこころを

わがたのむ七の社の木綿襷かけても六の道にかへすな

をしなべて日吉の影はくもらぬに淚あやしき昨日けふかな

もろ人のねがひをみつの濱風にこころ凉しきしでの音かな

  北野によみて奉りける

覺めぬれば思ひあはせて音をぞ泣く心づくしの古への夢

  熊野へ詣で給ひける道に、花の盛りなりけるを御覧じて

  白河院御歌

咲きにほふ花のけしきを見るからに神の心ぞ空に知らるる

  熊野に參りて奉り侍りし

  太上天皇

岩にむす苔ふみならすみ熊野の山のかひある行末もがな

  新宮に詣づとて、熊野川にて

熊野川くだす早瀨のみ水馴れ棹さすが見なれぬ浪のかよひ路

  白河院熊野に詣で給へりけるに、御供の人人鹽屋の王子にて歌よみ侍りけるに

  德大寺左大臣

立ちのぼる鹽屋の煙うらかぜに靡くを神のこころともがな

  熊野へ詣で侍りしに、岩代の王子に人人の名など書付けさせて暫し侍りしに、拜殿の長押に書き付け侍りし歌

  よみ人知らず

岩代の神は知るらむしるべせよたのむうき世の夢のゆく末

  熊野の本宮やけて、年の内に遷宮侍りしに參りて

  太上天皇

契あればうれしきかかる折に逢ひぬ忘るな神もゆく末の空

  加賀守にて侍りける時、白山に詣でたりけるを思ひ出でて、日吉の客人の宮にてよみ侍りける

  左京大夫顕輔

年經とも越の白山忘れずばかしらの雪をあはれとも見よ

  一品聰子内親王、住吉に詣でて、人人歌よみ侍りけるによめる

  藤原道經

すみよしの濱松が枝に風吹けば浪の白木綿[※しらゆふ]かけぬ間ぞなき

  或所の屏風の繪に、十一月、神祭る家の前に、馬に乘りて人の行く所を

  能宣朝臣

榊葉の霜うちはらひかれずのみすめとぞ祈る神のみまへに

  延喜の御時、屏風に、夏神樂のこころをよみ侍りける

  貫之

河社しのにをりはへほす衣いかにほせばか七日ひざらむ







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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