新古今和歌集。卷第十八雜歌下。原文。(窪田空穗ニ依ル戦前ノ校本)
新古今和歌集
底本ハ窪田空穗挍訂。校註新古今和歌集。是昭和十二年一月二十日印刷。同年同月二十五日發行。東京武藏野書院發行。已上奧書。凡例ニ曰ク≪流布本を底本とし、隱岐本、及び烏丸本新古今集と校合≫セリト。
新古今和歌集卷第十八
雜哥下
山
菅贈太政大臣
足曳のこなたこなたに道はあれど都へいざといふ人のなき
日
天の原あかねさし出づる光にはいづれの沼かさえ殘るべき
月
月每に流ると思ひしますかがみ西の浦にもとまらざりけり
雲
山別れ飛びゆく雲の歸り來るかげ見る時はなほたのまれぬ
霧
霧立て照る日の本は見えずとも身は惑はれじよるべありやと
雪
花と散り玉と見えつつあざむけば雪ふる里ぞ夢に見えける
松
老いぬとて松はみどりぞまさりけるわが黑髮の雪の寒さに
野
筑紫にも紫生ふる野邊はあれどなき名かなしぶ人ぞ聞えぬ
道
刈萱の關守にのみ見えつるは人もゆるさぬ道べなりけり
海
海ならずたたへる水の底までも淸きこころは月ぞ照らさむ
鵲[※かさゝぎ]
彥星の行きあひを待つかささぎの渡せる橋をわれにかさなむ
浪
流れ木と立つ白波と燒く鹽といづれかからきわたつみの底
題しらず
よみ人知らず
さざ波や比良山風の海吹けば釣する海人の袖かへる見ゆ
白浪の寄する渚に世をつくす海人の子なれば宿もさだめず
千五百番歌合に
攝政太政大臣
舟のうち波の下にぞ老いにけるあまのしわざも暇なの世や
題しらず
前中納言匡房
さすらふる身は定めたる方もなしうきたる舟の浪に任せて
增賀上人
いかにせむ身をうき舟の荷を重みつひの泊やいづこなるらむ
人麿
蘆鴨のさわぐ入江の水の江の世にすみ難きわが身なりけり
能宣朝臣
あしがもの羽風になびく浮草の定めなき世を誰かたのまむ
渚の松といふことをよみ侍りける
源順
老いにける渚の松の深みどり沈める影をよそにやは見る
山水をむすびてよみ侍りける
能因法師
あしびきの山下水に影見れば眉しろたへにわれ老いにけり
尼になりぬと聞きける人に、裝束遣はすとて
法成寺入道前攝政太政大臣
馴れ見てし花の袂をうちかへし法の衣をたちぞかへつる
后に立ち給ひける時、冷泉院の后宮の御ひたひを奉り給ひけるを、出家の時返し奉り給ふとて
東三條院
そのかみの玉の簪をうちかへし今は衣の裏を賴まむ
返し
冷泉院太皇太后宮
盡きもせぬ光の間にもまぎれなで老いて歸れるかみのつれなさ
上東門院出家の後、黄金の裝束したる沈の數珠、銀の筥に入れて梅の枝につけて奉られける
枇杷皇太后宮
かはるらむころもの色をおもひやる淚や裏の玉にまがはむ
返し
上東門院
まがふらむ衣の珠に亂れつつなほまだ覺めぬここちこそすれ
題しらず
和泉式部
潮のまによもの浦浦尋ぬれど今はわが身のいふかひもなし
屏風の繪に、鹽竈の浦かきて侍りけるを
一條院皇后宮
古への海人やけぶりとなりぬらむ人目も見えぬしほがまの浦
少將髙光、横川に上りて頭おろし侍りにけるを聞かせ給ひて、遣はしける
天曆御歌
都より雲の八重立つおく山の横川の水はすみよかるらむ
御返し
如覺
ももしきのうちのみ常に戀しくて雲の八重立つ山はすみ憂し
世を背きて小野といふ所に住み侍りける頃、業平朝臣、雪のいと髙う降り積みたるをかき分けてまうで來て、「夢かとぞ思ふ思ひきや」とよみ侍りけるに
惟喬親王
夢かとも何かおもはむうき世をば背かざりけむほどぞ悔しき
都の外に住み侍りける頃、久しう音づれざりける人に遣はしける
女御徽子女王
雲ゐ飛ぶ雁の音近きすまひにもなほ玉章はかけずやありけむ
亭子院おりゐ給はむとしける秋よみける
伊勢
白露は置きてかはれどももしきの移ろふ秋はものぞ悲しき
殿上離れ侍りてよみ侍りける
藤原淸正
天つ風ふけひの浦にゐる鶴のなどか雲居にかへらざるべき
二條院菩提樹院におはしまして後の春、昔を思ひ出でて、大納言經信參りて侍りける又の日、女房の申し遣はしける
よみ人知らず
いにしへの馴れし雲居を忍ぶとや霞を分けて君たづねけむ
最勝四天王院の障子に、大淀かきたる所
定家朝臣
大淀の浦に刈りほすみるめだに霞にたえてかへる雁がね
最慶法師、千載集書きて奉りける包紙に、「墨をすり筆を染めつつ年經れどかきあらはせることの葉ぞなき」と書き付けてはべりける御返し
後白河院御歌
濱千鳥ふみ置く跡のつもりなばかひある浦に逢はざらめやは
上東門院、髙陽院におはしましけるに、行幸侍りて、せきいれたる瀧を御覧じて
後朱雀院御歌
瀧つ瀨に人の心を見ることはむかしに今もかはらざりけり
權中納言通俊、後拾遺撰び侍りける頃、まづ片端もゆかしく、など申して侍りければ、申し合せてこそ、とてまだ淸書もせぬ本を遣はして侍りけるを見て、返し遣はすとて
周防内侍
淺からぬ心ぞ見ゆる音羽川せき入れし水の流れならねど
歌奉れと仰せられければ、忠峯がなど書き集めて奉りける奧に、書きつけける
壬生忠見
言の葉の中なかをなくなく尋ぬれば昔の人に逢ひ見つるかな
遊女のこころをよみ侍りける
藤原爲忠朝臣
獨寢の今宵も明けぬ誰としもたのまばこそは來ぬも恨みめ
大江擧周初めて殿上許されて、草深き庭におりて拜しけるを見はべりて
赤染衞門
草分けて立ちゐる袖のうれしさに絕えず淚の露ぞこぼるる
秋の頃煩ひける、おこたりて、度々とぶらひにける人に遣はしける
伊勢大輔
嬉しさは忘れやはする忍草しのぶるものを秋のゆふぐれ
返し
大納言經信
秋風のおとせざりせば白露の軒のしのぶにかからましやは
或所に通ひ侍りけるを、朝光大將見かはして、夜一夜物語して歸りて又の日
右大將濟時
忍草いかなる露かおきつらむ今朝は根もみな顯はれにけり
返し
左大將朝光
淺茅生を尋ねざりせば忍ぶ草思ひ置きけむ露を見ましや
煩ひける人のかく申し侍りける
よみ人しらず
長らへむとしも思はぬ露の身のさすがに消えむ事をこそ思へ
返し
小馬命婦
露の身の消えばわれこそさきだためおくれむものか森の下草
題しらず
和泉式部
命だにあらば見つべき身のはてを忍ばむ人のなきぞ悲しき
例ならぬ事侍りけるに、知れりける聖のとぶらひにまうで來て侍りければ
大僧正行尊
定めなき昔がたりを數ふればわが身もかずに入りぬべきかな
五十首歌奉りし時
前大僧正慈圓
世の中の晴れゆく空にふる霜のうき身ばかりぞおきどころなき
例ならぬ事侍りけるに、無動寺にてよみ侍りける
賴み來しわが古寺の苔のしたにいつしか朽ちむ名こそ惜しけれ
題しらず
大僧正行尊
繰返しわが身のとがを求むれば君もなき世にめぐるなりけり
淸原元輔
憂しといひて世をひたぶるに背かねば物思ひ知らぬ身とやなりなむ
よみ人しらず
背けどもあめの下をし離れねばいづくにもふる淚なりけり
延喜の御時、女藏人内匠白馬節會見侍けるに、車より紅の衣を出したりけるを、検非違使の糺さむとしければ云ひ遣はしける
女藏人内匠
大空に照るひの色をいさめても天の下には誰か住むべき
かく云へりければ、糺すさずなりにけり
例ならで太泰に籠りて侍りけるに、心細く覺えければ
周防内侍
かくしつつ夕べの雲となりもせばあはれかけても誰か忍ばむ
題しらず
前大僧正慈圓
思はねど世を背かむといふ人の同じ數にやわれもなりなむ
西行法師
數ならぬ身をも心のありがほにうかれてはまに歸り來にけり
おろかなる心のひくに任せてもさてさば如何につひの思ひは
年月をいかでわが身に送りけむ昨日の人も今日はなき世に
うけがたき人の姿にうかび出でてこりずや誰もまた沈むべき
守覺法親王、五十首歌よませ侍りけるに
寂蓮法師
背きても猶憂きものは世なりけり身を離れたる心ならねば
述懷のこころをよめる
身の憂さを思ひ知らずはいかがせむ厭ひながらも猶過ぐすかな
前大僧正慈圓
なにごとを思ふ人ぞと人問はば答へぬさきに袖ぞ濡るべき
いたづらに過ぎにし事や歎かれむうけがたき身の夕暮の空
うちたえて世に經る身にはあらねどもあらぬ筋にも罪ぞ悲しき
和歌所にて、述懷のこころを
山里に契りし庵や荒れぬらむ待たれむとだに思はざりしを
右衞門督通具
袖に置く露をば露としのべどもなれ行く月や色を知るらむ
定家朝臣
君が代にあはずば何を玉の緒の長くとまでは惜しまれじ身を
家隆朝臣
おほかたの秋の寢覺の長き夜も君をぞ祈る身をおもふとて
和歌の浦や沖つ潮合に浮び出づるあはれわが身のよるべ知らせよ
その山とちぎらぬ月も秋風もすすむる袖に露こぼれつつ
雅經朝臣
君が代に逢へるばかりの道はあれど身をば賴まず行末の空
皇太后宮大夫俊成女
惜しむともなみだに月も心から馴れぬる袖に秋をうらみて
千五百番歌合に
攝政太政大臣
浮き沈み來む世はさてもいかにぞと心に問ひて答へかねぬる
題しらず
われながら心のはてを知らぬかな捨てられぬ世のまた厭はしき
をしかへし物を思ふは苦しきに知らずがほにて世をや過ぎまし
五十首歌よみ侍りけるに、述懷のこころを
守覺法親王
長らへて世に住むかひはなけれども憂きにかへたる命なりけり
權中納言兼宗
世を捨つる心は猶ぞなかりける憂きを憂しとは思ひ知れども
述懷のこころをよみ侍りける
左近中將公衡
捨てやらぬわが身ぞつらきさりともと思ふ心に道をまかせて
題しらず
よみ人知らず
憂きながらあればある世に故鄕の夢をうつつにさましかねつつ
源師光
憂きながらなほ惜しまるる命かな後の世とても賴みなければ
賀茂重保
さりともとたのむ心の行末も思へば知らぬ世にまかすらむ
荒木田長延
つくづくと思へばやすき世の中を心と歎くわが身なりけり
入道前關白太政大臣家、百首歌よませ侍りけるに
刑部卿賴輔
河舟ののぼりわづらふ綱手繩くるしくてのみ世を渡るかな
題しらず
大僧都覺辨
老らくの月日はいとど早瀨川かへらぬ浪に濡るる袖かな
よみて侍りける百首歌を、源家長がもとに見せに遣はしける奧に、書き付けて侍りける
藤原行能
かき流す言の葉をだに沈むなよ身こそかくてもやまがはの水
身の望かなひ侍らで、社の交らひもせで籠り居て侍りけるに、葵を見てよめる
鴨長明
見ればまづいとど淚ぞもろかづらいかに契りてかけ離れけむ
題しらず
源季景
同じくはあれないにしへ思ひ出のなければとても忍ばずもなし
西行法師
いづくにも住まれずば唯住まであらむ柴の庵の暫しなる世に
月のゆく山に心を送り入れてやみなる跡の身をいかにせむ
五十首の歌の中に
前大僧正慈圓
思ふことなど問ふ人のなかるらむ仰げは空に月ぞさやけき
いかにして今まで世には有明のつきせぬものを厭ふこころは
西行法師、山里より罷り出でて、昔出家し侍しその月日に當りて侍る、と申したりける返事に
八條院髙倉
うき世出でし月日の影のめぐり來てかはらぬ道をまた照らすらむ
太神宮歌合に
太上天皇
おほぞらに契る思ひの年も經ぬ月日もうけよ行末の空
前僧都全眞、西國の方に侍りけるに遣はしける
承仁法親王
人知れずそなたを忍ぶ心をばかたぶく月にたぐへてぞやる
前大僧正慈圓、ふみにては思ふ程の事も申し盡しがたきよし申し遣はし侍りける返事に
前右大將賴朝
陸奧のいはでしのぶはえぞ知らぬかき盡してよつぼの石ぶみ
世の中の常なき頃
大江嘉言
今日までは人を歎きて暮れにけりいつ身の上にならむとすらむ
題しらず
淸愼公
道芝の露に爭ふわが身かないづれかまづは消えむとすらむ
皇嘉門院
何とかや壁に生ふなる草の名よそれにもたぐふわが身なりけり
權中納言資実
來し方をさながら夢になしつれは覺る現のなきそぞ悲しき
松の木の燒けたるを見て
性空上人
千歳經る松だにくゆる世の中に今日とも知らで送るわれかな
題しらず
後賴朝臣
數ならで世にすみの江の澪標[みをつくし]いつをまつともなき身なりけり
皇太后宮大夫俊成
憂きながら久しくぞ世を過ぎにけるあはれやかけし住吉の松
春日社の歌合に、松風といふことを
家隆朝臣
春日山谷の埋れ木朽ちぬとも君に告げこせ峯のまつかぜ
宜秋門院丹後
なにとなく聞けばなみだぞこぼれぬる苔の袂に通ふ松風
草子に、蘆手長歌など書きて、奧に
女御徽子女王
皆人のそむきはてぬる世の中にふるの社の身をいかにせむ
臨時の祭の舞人にて諸共に侍りけるを、共に四位して後、祭の日遣はしける
實方朝臣
衣手のやまゐの水に影見えしなほそのかみの春ぞこひしき
返し
藤原道信朝臣
古への山ゐの衣なかりせば忘らるゝ身となりやしなまし
後冷泉院の御時、大嘗会に日かげの組緒して、實基朝臣のもとに遣はすとて、先帝の御時思ひ出でて添へていひ遣はしける
加賀左衞門
たちながらきてだに見せよ小忌[をみ]衣あかぬ昔の忘れがたみに
秋夜聞(レ)蛬といふ題をよめと人人に仰せられて。おほとのごもりにける朝に、その歌を御覧じて
天曆御歌
秋の夜のあかつきがたのきりぎりす人づてならて聞かましものを
秋雨を
中務卿具平親王
眺めつつわが思ふことはひぐらしに軒の雫の絕ゆるよもなし
題しらず
大中臣能宣朝臣
みづぐきの中にのこれる瀧の音いとも寒き秋のこゑかな
小野小町
木枯の風にもみぢて人知れずうき言の葉のつもる頃かな
述懷百首の歌よみ侍りける時、紅葉を
皇太后宮大夫俊成
嵐吹く峯のもみぢの日に添へてもろくなりゆくわか淚かな
題しらず
崇德院御歌
うたたねは荻吹く風に驚けどながき夢路ぞ覺むる時なき
宮内卿
竹の葉に風吹きよわる夕暮の物のあはれは秋としもなし
和泉式部
夕暮は雲のけしきを見るからにながめじと思ふ心こそつけ
暮れぬめり幾日をかくて過ぎぬらむ入相の鐘のつくづくとして
西行法師
待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらば聞かむとすらむ
曉のこころを
皇太后宮大夫俊成
あかつきとつげのまくらをそばだてて聞くもかなしき鐘の音かな
百首の歌に
式子内親王
曉のゆふつけ鳥ぞあはれなる長きねぶりを思ふまくらに
尼にならむと思ひ立ちけるを、人のとどめ侍りければ
和泉式部
かくばかり憂きを忍びて長らへばこれよりまさる物もこそ思へ
題しらず
たらちねのいさめし物をつれづれと眺むるをふぁに問ふ人もなし
熊野へ參りて大峯へ入らむとて、年頃養ひたてて侍りける乳母のもとに遣はしける
大僧正行尊
あはれとてはぐくみたてし古へは世をそむけとも思はざりけむ
百首歌奉りし時
土御門内大臣
位山あとをたづねてのぼれども子をおもふ道になほ迷ひぬる
百首歌よみ侍けるに、懷舊の歌
皇太后宮大夫俊成
昔だに昔と思ひしたらちねのなほ戀しきぞはかなかりける
述懷百首の歌よみ侍りけるに
俊賴朝臣
ささがにのいとかかりける身の程を思へば夢の心地こそすれ
夕暮に蜘蛛のいとはかなげにすがくを、常よりもあはれと見て
僧正遍昭
ささがにの空にすがくも同じごとまたき宿にも幾世かは經む
題しらず
西宮前左大臣
光待つ枝にかかれる露の命消えはてねとや春のつれなき
野分したる朝に、稚き人をだに問はざりける人に
赤染衞門
荒く吹く風はいかにと宮城野のこ萩が上を人の問へかし
和泉式部、道貞に忘られての後、程なく敦道親王かよふと聞きて遣はしける
うつろはでしばし信太[※しのた]の森を見よかへりもぞする葛のうら風
返し
和泉式部
秋風はすごく吹けども葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ
病かぎりに覺えける時、定家朝臣中將轉任のこと申すとて、民部卿範光がもとに遣はしける
皇太后宮大夫俊成
小笹原風待つ露の消えやらでこのひとふしを思ひ置くかな
題しらず
前大僧正慈圓
世の中を今はの心つくからに過ぎにし方ぞいとど戀しき
世を厭ふ心の深くなるままに過ぐる月日をうち數へつつ
一方[※ひとかた]に思ひとりにし心にはなほ背かるる身をいかにせむ
何故にこの世を深く厭ふぞと人の問へかしやすく答へむ
思ふべきわが後の世はあるか無きか無ければこそはこの世には住め
西行法師
世を厭ふ名をふぁにもさばとどめ置きて數ならぬ身の思出にせむ
身の憂さを思ひ知らでややみなましそむく習のなき世なりせば
いかがすべき世にあらばやは世をも捨ててあな憂の世やと更に思はむ
何事にとまる心のありければ更にしもまた世の厭はしき
入道前關白太政大臣
昔より離れ難きはうき世かなかたみに忍ぶ中ならねども
歎くこと侍りける頃、大峯に籠るとて、同行どもも、かたへは京へ歸りねなど申してよみ侍りける
大僧正行尊
思ひ出でてもしも尋ぬる人もあらばありとないひそ定めなき世に
題しらず
數ならぬ身を何故に恨みけむとてもかくても過ぐしける世を
百首歌奉りしに
前大僧正慈圓
いつかわれみ山の里の寂しきにあるじとなりて人に訪はれむ
題しらず
俊賴朝臣
うき身には山田のをしねおしこめて世をひたすらに恨み佗びぬる
年頃修行の心ありけるを、捨て難き事侍りて過ぎけるに、親など亡くなりて心やすくお思ひ立ちける頃、障子に書きつけ侍りける
山田法師
賤[※しづ]の男[※を]の朝な朝なにこりつむるしばしの程もありがたの世や
題しらず
寂蓮法師
數ならぬ身はなきものになし果てつ誰か爲にかは世をも恨みむ
法橋行遍
たのみありて今行末を待つ人や過ぐる月日を歎かざるらむ
守覺法親王、五十首歌よませ侍りけるに
源師光
長らへて生けるをいかにもどかまし憂き身の程をよそに思はば
題しらず
八條院髙倉
うき世をば出づる日ごとに厭へどもいつかは月のいる方を見む
西行法師
なさけありし昔のみ猶忍ばれて長らへまうき世にも經るかな
淸輔朝臣
長らへばまたこの頃や忍ばれむ憂しと見し世ぞ今は戀しき
寂蓮法師、人人勸めて百首歌よませ侍りけるに、否びて熊野に詣でける道にて、夢に何事も衰へ行けど、この道こそ世の末に變らぬ物はあれ、猶この歌よむべきよし、別當湛快三位俊成に申すと見侍りて、驚きながら、この歌を急ぎ詠み出して遣はしける奧に、書きつけ侍りける
西行法師
末の世もこの情のみ變らずと見し夢なくばよそに聞かまし
千載集撰び侍りける時、古き人人の歌を見て
皇太后宮大夫俊成
ゆくすゑはわれをもしのぶ人やあらむ昔を思ふ心ならひに
崇德院に百首歌奉りけるに、無常の歌
世の中をおもひつらねてながむればむなしき空に消ゆる白雲
百首歌に
式子内親王
暮るる間も待つべき世かはあだし野の末葉の露に嵐たつなり
津の國におはして、汀の葦を見給ひて
花山院御歌
津の國の長らふべくもあらぬかな短き葦のよにこそありけれ
題しらず
中務卿具平親王
風はやみ荻の葉ごとに置く露のおくれさきだつ程のはかなさ
蟬丸
秋風になびく淺茅のすゑごとに置く白露のあはれ世の中
世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋もはてしなければ
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