新古今和歌集。卷第十六雜歌上。原文。(窪田空穗ニ依ル戦前ノ校本)
新古今和歌集
底本ハ窪田空穗挍訂。校註新古今和歌集。是昭和十二年一月二十日印刷。同年同月二十五日發行。東京武藏野書院發行。已上奧書。凡例ニ曰ク≪流布本を底本とし、隱岐本、及び烏丸本新古今集と校合≫セリト。
新古今和歌集卷第十六
雜哥上
入道前關白太政大臣家、百首歌よませ侍りけるに、立春のこころを
皇太后宮大夫俊成
年暮れし淚のつらら解けにけり苔の袖にも春やたつらむ
土御門内大臣家に、山家殘雪といふこころをよみ侍ける
藤原有家朝臣
山かげやさらでは庭に跡もなし春ぞ來にける雪のむらぎえ
圓融院くらゐさり給てのちふなをかに子日したまひけるにまいりてあしたにたてまつりける
一條左大臣
あはれなりむかしの人を思ふには昨日の野邊に御幸せましや
御返し
圓融院御歌
引きかへて野邊の氣色は見えしかど昔を戀ふる松はなかりき
月のあかく侍りける夜、袖の濡れたりけるを
大僧正行尊
春來れば袖の氷も解けにけり漏り來る月のやどるばかりに
鶯を
菅贈太政大臣
谷深み春のひかりのおそければ雪につつめるうぐひすの聲
梅
降る行きに色まどはせる梅の花うぐひすのみやわきてしのばむ
枇杷左大臣の大臣になりて侍りけるよろこび申すとて、梅を折りて
貞信公
遲くとくつひに咲きぬる梅の花たが植ゑ置きし種にかあるらむ
延長の頃ほひ、五位藏人に侍りけるを、離れ侍りて、朱雀院承平八年またかへりなりて、明くる年睦月に御遊侍りける日、梅の花を折りてよめる
源公忠朝臣
百敷にかはらぬものは梅の花折りてかざせる匂ひなりけり
梅の花を見給ひて
花山院御歌
色香をば思ひも入れず梅の花常ならぬ世によそへてぞ見る
上東門院世を背き給ひにける春、庭の紅梅を見侍りて
大弐三位
梅の花なに匂ふらむ見る人の色をも香をもわすれぬる世に
東三條院女御におはしける時、圓融院つねに渡り給ひけるを聞き侍りて、靫負[※ゆげひ]の命婦がもとに遣はしける
東三條入道前攝政太政大臣
春霞たなびきわたる折にこそかかる山邊のかひもありけれ
御返し
圓融院御歌
紫の雲にもあらで春がすみたなびく山のかひはなにぞも
柳
菅贈太政大臣
道の邊の朽木の柳春來ればあはれむかしとしのばれぞする
題しらず
淸原深養父
昔見し春は昔の春ながらわが身ひとつのあらずもあるかな
堀河院におはしましける頃、閑院左大將の家の櫻を折らせに遣はすとて
圓融院御歌
垣越しに見るあだびとの家櫻はな散るばかり行きて折らばや
御返し
左大將朝光
をりにこと思ひやすらむ花櫻ありしみゆきの春を戀つつ
髙陽院にて、花の散るを見てよみ侍りける
肥後
萬世をふるにかひある宿なればみゆきと見えて花ぞ散りける
返し
二條關白内大臣
枝ごとの末まで匂ふ花なれば散るもみゆきと見ゆるなるらむ
近衞司にて年久しくなりて後、うへのをのこども大内の花見に罷れりけるによめる
藤原定家朝臣
春を經てみゆきに馴るる花の䕃ふりゆく身をもあはれとや思ふ
最勝寺の櫻は、鞠のかかりにて久しくなりにしを、その木年經りて風に倒れたるよし聞き侍りしかば、そ[※儘]のこどもに仰せて、異木をその跡に移し植ゑさせし時、まづ罷りて見侍りければ、數多の年々暮れにし春まで立ち馴れにける事など思ひ出でてよみ侍りける
藤原雅經朝臣
馴れ馴れて見しはなごりの春ぞともなどしらかはの花の下䕃
建久六年、東大寺供養に行幸の時、興福寺の八重櫻盛りなりけるを見て、枝に結びつけ侍りける
よみ人知らず
故鄕と思ひな果てそ花櫻かかるみゆきに逢ふ世ありけり
籠り居て侍りける頃、後德大寺左大臣、白河の花見に誘ひければ、罷りてよみ侍りける
源師光
いさやまだ月日の行くも知らぬ身は花の春とも今日こそは見れ
敦道のみこのともに、前大納言公任の白川の家に罷りて、又の日みこの遣はしける使につけて申し侍りける
和泉式部
折る人のそれなるからにあぢきなく見しわが宿の花の香ぞする
題しらず
藤原髙光
見ても又またも見まくのほしかりし花の盛りは過ぎやしぬらむ
京極前太政大臣家に、白川院御幸し給ひて、又の日花の歌奉られけるによみ侍りける
堀川左大臣
老いにける白髮も花ももろ共に今日のみゆきに雪と見えけり
後冷泉院の御時、御前にて、翫(二)新成櫻花(一)といへるこころを、をのこどもつかうまつりけるに
大納言忠家
櫻花折りて見しにも變らぬに散らぬばかりぞしるしなりける
大納言經信
さもあらばあれ暮れ行く春も雲の上に散る事知らぬ花し匂はば
無(レ)風散花といふ事をよめる
大納言忠敎
櫻ばな過ぎゆく春の友とてや風のおとせぬ世にも散るらむ
鳥羽殿にて花の散りがたなるを御覧じて、後三條内大臣にたまはせける
鳥羽院御歌
惜しめども常ならぬ世の花なれば今はこのみを西に求めむ
世を遁れて後、百首歌よみ侍りけるに、花の歌とて
皇太后宮大夫俊成
今はわれ吉野の山の花をこそ宿のものとも見るべかりけれ
入道前關白太政大臣家歌合に
春來れば猶この世こそ忍ばるれいつかはかかる花を見るべき
同じ家の百首歌に
照る月も雲のよそにぞ行きめぐる花ぞこの世の光なりける
春の頃、大乘院より人に遣はしける
前大僧正慈圓
見せばやな志賀の唐崎ふもとなる長良の山の春のけしきを
題しらず
柴の戶に匂はむ花はさもあらばあれ眺めてけりな恨めしの身や
西行法師
世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせむ
東山に花見に罷り侍るとて、これかれ誘ひけるを、さしあふ事ありて留まりて申し遣はしける
安法法師
身はとめつ心はおくる山ざくら風のたよりに思ひおこせよ
題しらず
俊賴朝臣
さくらあさのをふの浦波立ちかへり見れどもあかず山梨の花
橘爲仲朝臣陸奧に侍りける時、歌數多遣るはしける中に
加賀左衞門
しら波の越ゆらむすゑのまつ山は花とや見ゆる春の夜の月
おぼつかな霞たつらむたけくまの松の隈もる春の夜の月
題しらず
法印幸淸
世をいとふ吉野の奧のよぶこ鳥ふかき心のほどや知るらむ
百首歌奉りし時
前大納言忠良
折にあへばこれもさすがにあはれなり小田の蛙の夕暮の聲
千五百番歌合に
有家朝臣
春の雨のあまねき御代を賴むかな霜に枯れ行く草葉もらすな
崇德院にて、林下春雨といふ事をつかうまつりけるに
八條前太政大臣
すべらぎの木髙き䕃にかくれてもなほ春雨に濡れむとぞ思ふ
圓融院位去り給ひて後、實方朝臣、馬命婦と物語し侍りける所に、山吹の花を屏風の上より投げ越し給ひて侍けりれば
實方朝臣
八重ながらいろもかはらぬ山吹のなど九重に咲かずなりにし
御返し
圓融院御歌
九重にあらで八重咲く山吹のいはぬ色をば知る人もなし
五十首歌奉りし時
前大僧正慈圓
おのが浪に同じ末葉ぞしほれぬる藤咲く田子のうらめしの身や
世を遁れて後、四月一日、上東門院太皇太后宮と申しける時、衣がへの御裝束奉るとて
法成寺入道前攝政太政大臣
唐衣花のたもとに脱ぎかへよわれこそ春のいろはたちつれ
御返し
上東門院
から衣たちかはりぬる春のよにいかでか花の色を見るべき
四月祭の日まで、花散り殘りて侍りける年、その花を使の少將の挿頭に賜ふ葉に書きつけ侍りける
紫式部
神代にはありもやしけむ櫻花今日のかざしに折れるためしは
いつきの昔を思ひ出でて
式子内親王
ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞわすれぬ
左衞門督家通、中將に侍りける時、祭の使にて神館にとまりて侍りける曉、齊院の女房の中より遣はしける
よみ人知らず
立ち出づる名殘ありあけの月影にいとどかたらふ時鳥かな
返し
左衞門督家通
いく千世と限らぬ君が御代なれどなほ惜しまるる今朝の曙
三條院御時、五月五日菖蒲の根を時鳥のかたに作りて、梅の枝に据ゑて人の奉りて侍りけるを、これを題にて哥仕うまつれ、と仰せられければ
三條院女藏人左近
梅が枝にをりたがへたる時鳥聲のあやめも誰か分くべき
五月ばかり物へ罷りける道に、いと白く梔子の花の咲けりけるを、かれは何の花ぞ、と人に問ひ侍りけれど申さざりければ
小辨
打ちわたす遠方[※をちかた]人にこととへば答へぬからにしるき花かな
梅雨の空晴れて、月明く侍りけるに
赤染衞門
五月雨の空だに澄める月かげに淚のあめは晴るる間もなし
述懷百首の歌の中に、五月雨
皇太后宮大夫俊成
五月雨はまやの軒端のあまそそぎ餘りなるまで濡るる袖かな
題しらず
花山院御歌
ひとりぬる宿の常夏あさなあさななみだの露に濡れぬ日ぞなき
贈皇后宮に添ひて春宮に候ひける時、少將義孝久しく參らざりけるに、撫子の花につけて遣はしける
惠子女王
よそへつつ見れど露だになぐさまずいかにかすべき撫子の花
月明く侍りける夜、人の螢を包みて遣はしたりければ、雨の降りけるに申し遣はしける
和泉式部
思ひあらば今宵の空はとひてまし見えしや月のひかりなりけむ
題しらず
七條院大納言
思ひあれば露は袂にまがふかと秋のはじめをたれに問はまし
后の宮より、内に扇を奉り給ひけるに
中務
袖のうらの波吹きかへす秋風に雲のうへまで凉しかるらむ
業平朝臣の裝束遣はして侍りけるに
紀有常朝臣
秋や來る露やまがふと思ふまであるは淚の降るにぞありける
早くより童ともだちに侍りける人の、年頃經て行き逢ひたる、ほのかにて、七月十日頃、月にきほひて歸り侍りければ
紫式部
廻り逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隱れにし夜はの月かな
みこの宮と申しける時、少納言藤原統理、年頃馴れ仕うまつりけるを、世を背きぬべきさまに思ひ立ちけるけしきを御覧じて
三條院御歌
月影の山の端分けて隱れなばそむくうき世をわれやながめむ
題しらず
藤原爲時
山の端を出でがてにする月待つと寢ぬ夜のいたくふけにけるかな
參議正光、朧月夜に忍びて人のもとに罷れりけるを、見あらはして遣はしける
伊勢大輔
浮雲は立ちかくせども隙もりて空ゆく月の見えもするかな
返し
參議正光
浮雲にかくれてとこそ思ひしかねたくも月の隙もりにける
三井寺に罷りて、日頃過ぎて歸らんとしけるに、人人名殘惜しみてよみ侍りける
刑部卿範兼
月をなど待たれのみすと思ひけむげに山の端は出で憂かりけり
山里に籠りゐて侍りけるを、人の訪ひて侍りければ
法印靜賢
思ひ出づる人もあらしの山の端にひとりぞ入りし有明の月
八月十五夜、和歌所にてをのこども歌仕うまつり侍りしに
民部卿範光
和歌の浦に家の風こそなけれども波吹く色は月に見えけり
和歌所の歌合に、湖上月明といふことを
宜秋門院丹後
夜もすがら浦こぐ舟はあともなし月ぞのこれる志賀の辛崎
題しらず
藤原盛方朝臣
山の端におもひも入らじ世の中はとてもかくても有明の月
永治元年、讓位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
忘れじよ忘るなとだにいひてまし雲居の月のこころありせば
崇德院に、百首歌奉りけるに
いかにして袖に光のやどるらむ雲居の月はへだててし身を
文治の頃ほひ百首歌よみ侍りけるに、懷舊の歌とてよめる
左近中將公衡
心にはわするる時もなかりけり三代の昔の雲のうへの月
百首歌奉りける時、秋の歌
二條院讚岐
むかし見し雲居をめぐる秋の月いまいく年か袖にやどさむ
月前述懷といへるこころをよめる
藤原經通朝臣
うき身世にながらへばなほ思ひ出でよ袂にちぎる有明の月
石山に詣で侍りて月を見てよめる
藤原長能
都にも人や待つらむ石山のみねにのこれる秋の夜の月
題しらず
躬恒
淡路にてあはと遙かに見し月の近きこよひは所がらかも
月の明かりける夜、あひ語らひける人の、此頃の月は見るや、といへりければよめる
源道濟
徒らに寐てはあかせどもろともに君が來ぬ夜の月は見ざりき
夜ふくるまで寢られず侍りければ、月の出づるをながめて
增基法師
天の原はるかにひとりながむれば袂に月の出でにけるかな
能宣朝臣、大和國待乳の山近く住みける女のもとに夜更けて罷りて、逢はざりけるを恨み侍りければ
よみ人しらず
たのめこし人をまつちの山の端にさ夜更けしかば月も入りにき
百首歌奉りし時
攝政太政大臣
月見ばといひしばかりの人は來で槇の戶たたく庭の松風
五十首歌奉りしに、山家月のこころを
前大僧正慈円
山里に月は見るやと人は來ず空ゆく風ぞ木の葉をもとふ
攝政太政大臣、大將に侍りし時、月の歌五十首よませ侍りけるに
有明の月のゆくへを眺めてぞ野寺の鐘は聞くべかりける
同じ家の歌合に、山月のこころをよめる
藤原業淸
山の端を出でても松の木の間より心づくしの有明の月
和歌所歌合に、深山曉月といふことを
鴨長明
夜もすがらひとりみ山の槇の葉に曇るも澄める有明の月
熊野に詣で侍りし時、奉りし歌の中に
藤原秀能
奧山の木の葉の落つる秋風にたえだえみねの月ぞ殘れる
月澄めばよもの浮雲そらに消えてみ山がくれを行く嵐かな
山家の心をよみ侍りける
猷圓法師
ながめわびぬ柴のあみ戶の明け方に山の端ちかく殘る月影
題しらず
花山院御歌
曉の月見むとしもおもはねど見し人ゆゑにながめられつつ
伊勢大輔
ありあけの月ばかりこそ通ひけれ來る人なしの宿の庭にも
和泉式部
住みなれし人影もせぬわが宿に有明の月はいく夜ともなく
家にて月照(レ)水といへるこころを、人人よみ侍りけるに
大納言經信
住む人もあるかなきかの宿ならし葦間の月のもるにまかせて
秋の暮に病に沈みて世を遁れ侍りける又の年の秋、九月十餘日、月隈なく侍りけるによみ侍りける
皇太后宮大夫俊成
思ひきや別れし秋に廻りあひてまたもこの世の月を見むとは
題しらず
西行法師
月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐり逢ひぬる
夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋をおもひ出づれは
月の色に心をきよくそめましやみやこを出でぬわが身なりせば
棄つとならば憂世を厭ふしるしあらむわれみは曇れ秋の夜の月
ふけにけるわが世のかげをおもふまにはるかに月の傾きにけり
入道親王覺性
ながめして過ぎにしかたを思ふまに峯より峯に月はうつりぬ
藤原道經
秋の夜の月に心をなぐさめてうき世に年のつもりぬるかな
五十首歌召しし時に
前大僧正慈圓
秋を經て月をながむる身となれり五十[※いそ]ぢの闇をなに歎くらむ
百首歌奉りしに
藤原隆信朝臣
ながめても六十[※むそ]ぢの秋は過ぎにけりおもへばかなし山の端の月
題しらず
源光行
心ある人のみ秋の月を見ばなにをうき身のおもひ出にせん
千五百番歌合に
二條院讚岐
身のうさを月やあらぬとながむれば昔ながらの影ぞもり來る
世を背きなむと思ひ立ちける頃、月を見てよめる
寂超法師
ありあけの月よりほかにたれをかは山路の友と契り置くべき
山里にて、月の夜都を思ふ、といへるこころをよみ侍りける
大江嘉言
都なる荒れたる宿にむなしくや月にたづぬる人かへるらむ
長月の有明の頃、山里より式子内親王に贈れりける
惟明親王
思ひやれなにを忍ぶとなけれども都おぼゆるありあけの月
返し
式子内親王
有明のおなじながめは君もとへ都のほかも秋のやまざと
春日社歌合に、曉月のこころを
攝政太政大臣
天の戶をおし明け方の雲間より神代の月のかげぞ殘れる
右大將忠經
雲をのみつらきものとて明かす夜の月や梢にをちかたの山
藤原保季朝臣
入りやらで夜を惜しむ月のやすらひにほのぼの明くる山の端ぞ憂き
月明き夜、定家朝臣に逢ひて侍けるに、歌の道に志深き事は、いつばかりのことにか、と尋ね侍りければ、若く侍りし時、西行に久しく相伴ひて聞き習ひ侍るしよし申してそのかみ申しし事など語り侍りて歸りて、朝に遣はしける
法橋行遍
あやしくぞ歸さは月の曇りにし昔がたりに夜やふけぬらむ
故鄕月を
寂超法師
故鄕のやどもる月にこととはむわれをば知るや昔住みきと
遍照寺にて月を見て
平忠盛朝臣
すた來けむ昔の人はかげ絕えて宿もるものはありあけの月
相識りて侍りける人のもとに罷りたりけるに、その人外に住みて、いたう荒れたる宿に月のさし入りて侍りければ
前中納言匡房
八重葎[※やへむぐら]しげれるやどは人もなしまばらに月の影ぞすみける
題しらず
神祇伯顕仲
鷗居る藤江の浦のおきつ洲に夜舟いざよふ月のさやけさ
俊惠法師
難波潟汐干にあさるあしたづも月かたぶけば聲の恨むる
和歌所歌合に、海邊月といふことを
前大僧正慈圓
和歌の浦に月の出しほのさすままによる鳴く鶴の聲ぞ悲しき
定家朝臣
藻汐くむ袖の月影おのづからよそにあかさぬ須磨のうらびと
藤原秀能
明石潟色なき人の袖を見よすずろに月もやどるものかは
熊野に詣で侍りしついでに、切目宿にて海邊眺望といふこころををのこども仕うまつりしに
具親
ながめよと思はでしもやかへるらむ月待つ波の海人の釣舟
八十に多く餘りて後、百首歌召ししによみて奉りし
皇太后宮大夫俊成
しめ置きて今やとおもふ秋山のよもぎがもとに松蟲の鳴く
千五百番歌合に
荒れわたる秋の庭こそあはれなれまして消えなむ露の夕暮
題しらず
西行法師
雲かかる遠山畑の秋さればおもひやるだに悲しきものを
五十首歌人人によませ侍りけるに、述懷のこころをよみ侍りける
守覺法親王
風そよぐ篠の小笹のかりの世を思ふ寢覺に露ぞこぼるる
寄(レ)風懷舊といふことを
左衞門督通光
淺茅生や袖に朽ちにし秋の霜わすれぬ夢を吹くあらしかな
皇太后宮大夫俊成女
葛の葉に恨みにかへる夢の世を忘れがたみの野べの秋風
題しらず
祝部允仲
白露は置きにけらしな宮城野のもとあらの小萩末たわむまで
法成寺入道前太政大臣、女郎花を折りて歌をよむべきよし侍ければ
紫式部
女郎花さかりの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ
返し
法成寺入道前攝政太政大臣
白露はわきても置かじ女郎花こころからにや色の染むらむ
題しらず
曾禰好忠
山里に葛はひかかる松垣のひまなくものは秋ぞかなしき
秋の暮に、身の老いぬることを歎きてよみ侍りける
安法法師
百年[※もゝとせ]の秋のあらしは過ぐし來ぬいづれの暮の露と消えなむ
賴綱朝臣、津の國の羽束[※はつか]といふ所に侍りける時、遣はしける
前中納言匡房
秋果つるはつかの山のさびしきに有明の月を誰と見るらむ
九月ばかりに、薄を崇德院に奉るとてよめる
大藏卿行宗
花薄秋の末葉になりぬればことぞともなく露ぞこぼるる
山里に住み侍りける頃、嵐はげしきあした、前中納言顕長がもとに遣はしける
後德大寺左大臣
夜半に吹く嵐につけて思ふかな都もかくや秋は寂しき
返し
前中納言顕長
世の中にあきはてぬれは都にも今はあらしの音のみぞする
淸凉殿の庭に植ゑ給へりける菊を、位去り給ひて後思し出でて
冷泉院御歌
うつろふは心の外の秋なれば今はよそにぞきくの上の露
長月の頃、野の宮に前栽植ゑけるに
源順
賴もしな野の宮人の植うる花しぐるる月にあへずなるとも
題しらず
よみ人知らず
山河の岩ゆく水もこほりしてひとりくだくる峯の松かぜ
百首歌奉りし時
土御門内大臣
朝ごとにみぎはの氷踏みわけて君につかふる道ぞかしこき
最勝四天王院の障子に、阿武隈川かきたる所
家隆朝臣
君が代にあふくま川のうもれ木も氷の下に春を待ちけり
元輔が昔住み侍りける家の傍に、淸少納言住みける頃、雪のいみじう降りて隔ての垣も倒れ侍りければ、申し遣はしける
赤染衞門
あともなく雪ふるさとは荒れにけりいづれ昔の垣根なるらむ
御惱重くならせ給ひて後、雪のあしたに
後白河院御歌
露の命消えなましかばかくばかり降る白雪を眺めましやは
雪に寄せて述懷のこころをよめる
皇太后宮大夫俊成
杣山や梢におもる雪折れに堪へぬなげきの身を摧[※くだ]くらむ
佛名のあしたけづり花を御覧じて
朱雀院御歌
時過ぎて霜に枯れにし花なれど今日は昔のここちこそすれ
花山院おりゐたまひて又の年、御佛名にけづり花につけて申し侍りける
前大納言公任
程もなく覺めぬる夢のうちなれどそのよに似たる花の色かな
返し
御形[みあれ]宣旨
見し夢をいづれの世ぞと思ふ間に折りをわすれぬ花の悲しさ
題しらず
皇太后宮大夫俊成
老いぬとも又も逢はんと行く年に淚の玉を手向けつるかな
慈覺大師
大方に過ぐる月日を眺めしはわが身に年の積るなりけり
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