新古今和歌集。卷第十三戀歌三。原文。(窪田空穗ニ依ル戦前ノ校本)


新古今和歌集

底本ハ窪田空穗挍訂。校註新古今和歌集。是昭和十二年一月二十日印刷。同年同月二十五日發行。東京武藏野書院發行。已上奧書。凡例ニ曰ク≪流布本を底本とし、隱岐本、及び烏丸本新古今集と校合≫セリト。



新古今和歌集卷第十三

 戀哥三

  中關白通ひそめ侍りける頃

  儀同三司母

忘れじの行末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな

  忍びたる女を假初なる處に率て罷りて、歸りてあしたに遣はしける

  謙德公

限りなく結びをきつる草まくらいつこの旅をおもひ忘れむ

  題しらず

  業平朝臣

思ふには忍ぶる事そまけにける逢ふにしかへばさもあらばあれ

  人のもとに罷り初めて、朝に遣はしける

  廉義公

昨日まで逢ふにしかへばと思ひしを今日は命の惜しくもあるかな

  百首の歌に

  式子内親王

逢ふことを今日まつが枝の手向草いくよしをるる袖とかは知る

  頭中将に侍りける時、五節所の童に物申しそめて後、たづねて遣はしける

  源正淸朝臣

戀しさにけふぞたづぬるおく山の日かげの露に袖は濡れつゝ

  題しらず

  西行法師

逢ふまでの命もがなと思ひしはくやしかりけるわが心かな

  三条院女藏人左近

ひとごころうす花染めの狩衣さてだにあらで色やかはらむ

  興風

逢ひ見てもかひなかりけりうば玉のはかなき夢におとる現[※うつゝ]は

  實方朝臣

なかなかの物思ひ初めてねぬる夜ははかなき夢もえやは見えける

  忍びたる人と二人ふして

  伊勢

夢とても人に語るな知るといへば手枕ならぬ枕だにせず

  題しらず

  和泉式部

枕だに知らねばいはじ見しままに君かたるなよ春の夜の夢

  人に物いひはじめて

  馬内侍

忘れても人に語るなうたたねの夢見てのちもながからし夜を

  女に遣はしける

  藤原範永朝臣

つらかりし多くの年は忘られて一夜の夢をあはれとぞ見し

  題しらず

  髙倉院御歌

今朝よりはいとどおもひをたきましてなげきこりつむ逢坂の山

  初會恋のこころを

  俊賴朝臣

葦の屋のしづはた帶のかた結び心やすくもうち解くるかな

  題しらず

  よみ人しらず

かりそめにふしみの野邊の草枕露かかりきと人に語るな

  人知れず忍びけることを、文など散らすと聞きける人に遣はしける

  相模

いかにせむ葛のうら吹く秋風に下葉の露のかくれなき身を

  題しらず

  實方朝臣

あけがたきふた見の浦に寄る浪の袖のみ濡れておきつ島人

  伊勢

逢ふことの明けぬ夜ながら明けぬればわれこそ歸れ心やは行く

  九月十日あまりに、夜更けて和泉式部が門を叩かせ侍りけるに、聞き付けざりければ朝に遣はしける

  大宰帥敦道親王

秋の夜の有明の月の入るまでにやすらひかねて歸りにしかな

  題しらず

  道信朝臣

心にもあらぬわが身の行きかへり道の空にて消えぬべきかな

  近江更衣に給はせける

  延喜御歌

はかなくも明けにけるかな朝露のおきての後ぞ消えまさりける

  御返し

  更衣源周子

あさ露のおきつる空もおもほえず消えかへりつる心まどひに

  題しらず

  圓融院御歌

置き添ふる露やいかなる露ならむ今は消えねと思ふわが身を

  謙德公

思ひ出でて今は消ぬべし夜もすがらおきうかりつる菊のうへの露

  淸慎公

うばたまの夜の衣をたちながら歸るものとは今ぞ知りぬる

  夏の夜、女のもとに罷りて侍りけるに、人靜まる程、夜いたく更けて逢ひて侍りければよめる

  藤原淸正

みじか夜ののこりすくなく更け行けばかねてもの憂き曉の空

  女みこに通ひ初めて、朝に遣はしける

  大納言淸䕃

明くといへばしづ心なき春の夜の夢とや君を夜のみは見む

  彌生の頃、終夜物語して歸り侍りける人の、今朝はいとど物思はしき由申し遣はしたりけるに

  和泉式部

今朝はしも歎きもすらむいたづらに春の夜ひと夜夢をだに見で

  題しらず

  赤染衞門

心からしばしとつつむものからに鴫のはねがきつらき今朝かな

  忍びたる所より歸りて、朝に遣はしける

  九條入道右大臣

わびつつも君が心にかなふとて今朝も袂をほしぞわづらふ

  小八條の御息所に遣はしける

  亭子院御歌

手枕にかせる袂の露けきは明けぬと告ぐるなみだなりけり

  題しらず

  藤原惟成

しばし待てまだ夜は深し長月の有明の月は人まどふなり

  前栽の露置きたるを、などか見ずなりにし、と申しける女に

  實方朝臣

起きて見ば袖のみ濡れていとどしく草葉の玉の數やまさらむ

  二條院の御時、曉歸りなむとする戀といふことを

  二条院讚岐

明けぬれどまだきぬぎぬになりやらで人の袖をも濡らしつるかな

  題しらず

  西行法師

おもかげの忘らるまじきわかれかな名殘を人の月にとどめて

  後朝戀のこころを

  攝政太政大臣

又も來む秋をたのむの雁だにもなきてぞ歸る春のあけぼの

  女のもとに罷りて、心地例ならず侍りければ、歸りて遣はしける

  賀茂成助

誰行きて君に告げまし道芝の露もろともに消えなましかば

  女のもとに、物をだに云はむとて罷りけるに、空しく歸りて朝に

  左大將朝光

消えかへり有か無きかのわが身かなうらみて歸る道芝の露

  三條關白女御入内のあしたに遣はしける

  華山院御歌

朝ぼらけ置きつる霜の消えかへり暮待つほどの袖を見せばや

  法性寺入道前關白太政大臣家歌合に

  藤原道經

庭に生ふるゆふかげ草のした露や暮を待つ間の淚なるらむ

  題しらず

  小侍從

待つ宵に更けゆく鐘の聲聞けばあかぬわかれの鳥はものかは

  藤原知家

これもまた長きわかれになりやせむ暮を待つべき命ならねば

  西行法師

有明はおもひ出あれや横雲のただよはれつるしののめの空

  淸原元輔

大井川ゐぜきの水のわくらばに今日はたのめし暮にやはあらぬ

  今日と契りける人の、あるか問ひ侍りければ

  よみ人しらず

夕暮に命かけたるかげろふのありやあらずや問ふもはかなし

  西行法師、人々に百首歌よませ侍りけるに

  定家朝臣

あぢきなくつらき嵐の聲も憂しなど夕暮に待ちならひけむ

  戀の歌とて

  太上天皇

たのめずは人を待乳の山なりと寐なまし物をいざよひの月

  水無瀨にて、戀十五首歌合に、夕戀といへるこころを

  攝政太政大臣

何故と思ひも入れぬ夕べだに待ち出でしものを山の端の月

  寄(レ)風戀

  宮内卿

聞くやいかにうはの空なる風だにもまつに音するならひありとは

  題しらず

  西行法師

人は來で風のけしきもふけぬるにあはれに雁の音づれて行く

  八条院髙倉

いかが吹く身にしむ色のかはるかなたのむる暮の松風の聲

  鴨長明

たのめ置く人もながらの山にだにさ夜ふけぬれば松風の聲

  藤原秀能

今來むとたのめしことを忘れずはこの夕暮の月や待つらむ

  待戀といへるこころを

  式子内親王

君待つと閨へも入らぬまきの戶にいたくな更けそ山の端の月

  恋の歌とてよめる

  西行法師

たのめぬに君來やと待つ宵の間の更け行かでただ明けなましかば

  定家朝臣

歸るさのものとや人のながむらむ待つ夜ながらの有明の月

  題しらず

  よみ人しらず

君來むといひし夜每に過ぎぬれば賴まぬものの戀つつぞ經る

  人麿

衣手に山おろし吹きて寒き夜を君來まさずは獨かも寢む

  左大將朝光、久しう音づれ侍らで、旅なる所に來あひて、枕のなければ、草を結びてしたるに

  馬内侍

逢ふことはこれや限りの旅ならむ草のまくらも霜枯れにけり

  天曆の御時、「まどほにあれや」と侍りければ

  女御徽子女王

馴れゆくはうき世なればや須磨の蜑の鹽燒衣まどほなるらむ

  逢ひて後逢ひ難き女に

  坂上是則

霧深き秋の野中のわすれ水たえまがちなる頃にもあるかな

  三條院、みこの宮と申しける時、久しう問はせ給はざりければ

  安法法師女

世の常の秋風ならば荻の葉にそよとばかりの音はしてまし

  題しらず

  中納言家持

足引の山のかげ草結び置きて戀ひや渡らむ逢ふよしをなみ

  延喜御歌

東路に刈るてふ萱のみだれつつ束の間もなく戀や渡らむ

  權中納言敦忠

結び置きし袂だに見ぬ花薄かるともかれじ君しとかずば

  百首の歌の中に

  源重之

霜の上に今朝ふる雪の寒ければ重ねて人をつらしとぞ思ふ

  題しらず

  安法法師女

ひとり臥す荒れたる宿のとこの上にあはれ幾夜の寢覺しつらむ

  重之

山城の淀のわか菰かりに來て袖濡れぬとはかこたざらなむ

  貫之

かけて思ふ人もなけれど夕されば面影絕えぬ玉かづらかな

  宮づかへしける女を語らひ侍りけるに、やむごとなき男の入り立ちて云ふけしきを見て恨みけるを、女あらがひければよみ侍りける

  平定文

偽[※いつはり]をただすの森のゆふだすきかけつつ誓へわれを思はば

  人に遣はしける

  鳥羽院御歌

いかばかり嬉しからまし諸ともに戀らるる身も苦しかりせば

  片思のこころを

  入道前關白太政大臣

わればかりつらきを忍ぶ人やあると今世にあらば思ひあはせよ

  攝政太政大臣家百首歌合に、契戀の心を

  前大僧正慈圓

ただ賴めたとへば人のいつはりを重ねてこそは又も恨みめ

  女を恨みて、今はまからじと申して後、猶忘れがたく覺えければ遣はしける

  右衞門督家通

つらしとは思ふものからふし柴のしばしもこりぬ心なりけり

  賴むこと侍りける女、わづらふ事侍りけるが、おこたりて久我内大臣のもとに遣はしける

  よみ人しらず

たのめこし言の葉ばかり留め置きて淺茅が露と消えなましかば

  返し

  久我内大臣

あはれにも誰かは露も思はまし消え殘るべきわが身ならねば

  題しらず

  小侍從

つらきをも恨みぬわれに習ふなようき身を知らぬ人もこそあれ

  殷富門院大輔

何か厭ふよも長らへじさのみやは憂きに堪へたる命なるべき

  刑部卿頼輔

戀ひ死なむ命は猶も惜しきかな同じ世にあるかひはなけれど

  西行法師

あはれとて人の心のなさけあれな數ならぬにはよらぬ歎きを

身を知れば人の咎とも思はぬにうらみ顏にも濡るる袖かな

  女に遣はしける

  皇太后宮大夫俊成

よしさらば後の世とだに賴め置けつらさに堪へぬ身ともこそなれ

  返し

  藤原定家朝臣母

たのめ置かんたださばかりを契にてうき世の中の夢になしてよ






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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