新古今和歌集。卷第九離別歌。原文。(窪田空穗ニ依ル戦前ノ校本)


新古今和歌集

底本ハ窪田空穗挍訂。校註新古今和歌集。是昭和十二年一月二十日印刷。同年同月二十五日發行。東京武藏野書院發行。已上奧書。凡例ニ曰ク≪流布本を底本とし、隱岐本、及び烏丸本新古今集と校合≫セリト。



新古今和歌集卷第九

 離別哥

  陸奥[※みちのく]に下り侍りける人に、装束贈るとてよみ侍りける

  紀貫之

玉鉾[※たまほこ]の道[※みち]のやまかぜ[※山風]寒からば形見がてらに著[※き]なむとぞおもふ

  題しらず

  伊勢

忘れなむ世にも越路[※こしぢ]のかへる山いつはた人に逢はむとすらむ

  淺からず契りける人の、行き別れ侍りけるに

  紫式部

北へ行く雁の翅[※つばさ]にことづてよ雲のうはがきかき絕えずして

  田舎へ罷りける人に、旅衣遣はすとて

  大中臣能宣朝臣

秋霧のたつ旅衣置きて見よ露ばかりなる形見なりとも

  陸奥に下り侍りける人に

  貫之

見てだにもか飽かぬこころを玉鉾のみちの奧まで人の行くらむ

  逢坂の關近きわたりに住み侍りけるに、遠き所に罷りける人に餞し侍りて

  中納言兼輔

逢坂の關にわが宿なかりせば別るる人はたのまざらまし

  寂昭上人入唐し侍りけるに、装束贈りけるに、立ちけるを知らで追ひて遣はしける

  よみ人しらず

きならせと思ひしものを旅衣たつ日を知らずなりにけるかな

  返し

  寂昭法師

これやさは雲のはたてに織ると聞くたつこと知らぬ天の羽衣

  題しらず

  源重之

衣川みなれし人のわかれには袂までこそ浪は立ちけれ

  陸奥の介[※すけ]にて罷りける時、範永朝臣のもとに遣はしける

  高階經重朝臣

行末[※ゆくすゑ]にあふくま川のなかりせばいかにかせまし今日[※けふ]の別れを

  返し

  藤原範永朝臣

君にまたあふくま川を待つべきに殘りすくなきわれぞ悲しき

  大宰帥隆家下りけるに、扇[※あふぎ]賜ふとて

  枇杷皇太后宮

すずしさはいきの松原まさるとも添ふる扇の風なわすれそ

  亭子院、宮瀧御覧じにおはしましける御ともに、素性法師召し具せられてまゐりけるを、住吉の郡[※こほり]にて暇[※いとま]給はせて、大和に遣はしけるによみ侍りける

一條右大臣恒佐

神無月まれのみゆきに誘はれて今日別れなばいつか逢ひ見む

  題しらず

  大江千里

別れての後もあひ見むと思へどもこれをいづれの時とかは知る

  成尋法師入唐し侍りけるに、母のよみ侍ける

もろこしも天の下にぞありと聞く照る日の本[※もと]を忘れざらなん

  修行に出で立つとて、人のもとに遣はしける

  道命法師

別路[※わかれぢ]はこれや限りの旅ならむ更にいくべきここちこそせね

  老いたる親の、七月七日筑紫へ下りけるに、遙かに離れぬる事を思ひて、八日の曉、追ひて舟に乘る所に遣はしける

  加賀左衞門

天の河そらにきこえし舟出[※ふなで]にはわれぞまさりて今朝は悲しき

  實方朝臣陸奥へ下り侍りけるに、餞すとてよみ侍りける

  中納言隆家

別路はいつもなげきの絕えせぬにいとど悲しき秋の夕暮

  返し

  藤原實方朝臣

とどまらむ事は心にかなへどもいかにかせまし秋の誘ふを

  七月ばかり美作[※みまさか]へ下るとて、都の人に遣はしける

  前中納言匡房

みやこをば秋とともにぞたちそ[※初]めし淀の河霧いくよ隔てつ

  みこの宮と申しける時、大宰大貮實政學士にて侍りける、甲斐守にて下り侍りけるに、餞給はすとて

  後三條院御哥

思ひ出でばおなじ空とは月を見よほどは雲居に廻りあふまで

  陸奥の守もとよりの朝臣、久しくあひみ見よし申して、いつ上[※のぼ]るべしとも云はず侍りければ

  基俊

歸り來むほど思ふにも武隈[※たけくま]のまつわが身こそいたく老いぬれ

  修行に出で侍りけるによめる

  大僧正行尊

思へども定めなき世のはかなさにいつを待てともえこそ賴めね

  俄に都をはなれて遠く罷りにけるに、女に遣はしける

  よみ人しらず

契り置くことこそ更になかりしかかねて思ひし別れならねば

  別れのこころをよめる

  俊惠法師

かりそめの別れと今日を思へども今やまことの旅にもあるらむ

  登蓮法師

歸り來むほどをや人に契らまし忍ばれぬべきわが身なりせば

  守覺法親王、五十首歌よませ侍りける時

  藤原隆信朝臣

誰[※だれ]としも知らぬわかれの悲しきは松浦の沖を出づる舟人[※ふなびと]

  登蓮法師つくしへまかりけるに

  俊惠法師

はるばると君が分くべき白波をあやしやとまる袖にかけつる

  陸奥へ罷りける人に、餞し侍りけるに

  西行法師

君いなば月待つとてもながめやらむ東[※あづま]のかたの夕暮の空

  遠き所に修行せむとて出で立ちけるに、人人わかれをしみてよみ侍りける

たのめおかむ君も心やなぐさむと歸らむ事はいつとなくとも

さりともとなほ逢ふことを賴かな死出の山路[※やまぢ]を越えぬ別れは

  遠き所へ罷りける時、師光餞し侍りけるによめる

  道因法師

歸り來む程を契らむと思へども老いぬる身こそ定めがたけれ

  題しらず

  皇太后宮大夫俊成

かりそめの旅のわかれと忍れど老[※おい]は淚もえこそとどめね

  祝部成仲

別れにし人はまたもやみわの山すぎ[※杉‐過ぎ]にしかたを今になさばや

  定家朝臣

忘るなよやどる袂はかはる[※變]ともかたみにしぼる夜半[※よは]の月影

  都の外[※ほか]へ罷りける人によみてを贈りける

  惟明親王

なごり思ふ袂にかねて知られけり別るる旅のゆくすゑの露

  筑紫へ罷りける女に、月いだしたる扇を遣はすとて

  よみ人しらず

都をばこころのそらに出でぬとも月見むたびに思ひをこせよ

  遠き國へ罷りける人に遣はしける

  大藏卿行宗

別路は雲居のよそになりぬともそなたの風のたより過ぐすな

  ひとの國へ罷りける人に、狩衣遣はすとてよめる

  藤原顯綱朝臣

色深く染めたる旅のかりごろもかへらぬまでの形見とも見よ








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000