伊勢物語。定家本。原文。全文。拾遺篇。
伊勢物語 拾遺
①原文全文。所謂『定家本に見えずして他本に見ゆる章段』之飜刻。
底本ハ池田龜鑑ノ挍本。池田龜鑑著。伊勢物語に就きての硏究。東京大岡山書店刊行。奧書ニ昭和八年九月十一日印刷。同年同月十五日發行ト在リ。此本上下二卷ニ而、上卷ハ挍本部。下卷ハ硏究部也。
原書諸本異同ノ詳細在リ。但シ今、本文ノミ飜刻シタ。
已下之如
定家本に見えずして他本に見ゆる章段
・
あめのいみしうふりくらしてつとめてもなをいみしうふるにある人のかりやりし
ふりくらし〱つるあめのをとをつれなき人の心ともかな返し
やゝもせは風にしたかふあめのをとをたえぬ心にかけすもあらな(大島本)
・
むかし女をぬすみてなんゆくみちにみつのあるところにてのまんとやとゝふにうなつきけれはつきなともくせさりけれはてにむすひてくはすゐてのほりにけれはもとのところにかへゆくにかのみつのみしところにて
おおはらやせかひのみつをむすひつゝあくやとゝひし人はいつらはといひてきえにけりはれ〱(皇太后宮越後本)
・
むかしおとこ女をきふし物いふををいかゝおほえけんおとこ
こゝろをそわりなき物と思ひぬるかつみる人やこひしかるらん(皇太后宮越後本)
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いまの長願寺といふ所にすみけるその人いちになんいてたりける女くるまのありけるにいひつきにけりとかくをかしきことなんいひつきて女すみかはいつくそといひけれはかくなんいひたりける
わかいゑは雲井のみねしちかけれはをしふともこん物ならなくにおとこ
かりそめにそむる心しまめならはなとか雲井をたつねさるへきといひてわかれにけり(皇太后宮越後本)
・
むかしおとこある人にしのひてあひかよひけれはこのをとこにあるひと
なかそらにたちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりぬへきかな(皇太后宮越後本)
・
むかしありけるいろこのみなりける女あきかたになるおとこのもとに
いまはとてわれにしくれのふりゆけはことのはさへそうつろひにけるかへし
人を思ふ心のはなにあらはこそかせのまに〱ちりもみたれめ(皇太后宮越後本)
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むかしおとこならの京にあひしりたる人とふらひにいきたるにともたちのもとにはせうそこをはせてうらみてふみをはやらさりける人のもとに
春の日のいたりいたらぬさとはあらしさけるさかさるはなのみゆらん(皇太后宮越後本)
・
むかしおとこならの京にあひしりたる人とふらひにいきたるにともたちのもとにせうそこをしてうらみてふみをこせたりけるひとに
春の日のいたりいたらぬさとはあらしさけるさかさるはなのみゆらん(小式部内侍本)
・
をなしおとこ女のうゐもきけるにさしをこゝさしてよみてやれる
あまたあらはさしはせすともたまくしけあけんをり〱思ひてにせよ(小式部内侍本)
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むかしおとこえあふましかりける人をこひわたりて
わかやとにまきしなてしこいつしかもはなにさかなむよそへてもみむ(小式部内侍本)
・
むかしおとこすゝろなるみちをたとりゆくにするかのくにうつのやまくちにいたりてわかいらゝとするみちにいうくらうほそきにつたかへてはしけり物こゝろほそくおもほへてすゝろなるめをみる事と思ふにすきゆくにさしあひたりかゝるみちにはいかてかいまするといふをみれはみし人なりけり京にその人のもとにとてふみかきてつく
なかそらにたちゐる雲のあともなく身のいたつらになりぬへきかなとてなんつけゝるかくておもひゆくに
するかなるうつみの山のうつゝにもゆめにも人にあはぬなりけりとおもひゆきけり(小式部内侍本)
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むかしおとこすゝろなるところにゆきて夜をあけてかへるに人〱いひさわきけれは
つきしあれはあらはんこともしらすしてねてくるわれを人やみつらん(小式部内侍本)
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むかしありはらの行平といふ人みまそまかりけり女のもとに
おもひつゝをれはすへなしむはたまのよるになりなはわれこそゆかめをんな
こぬ人をいまもやくるとまちしさ[※儘]のなこりにけふもねられさりけり(小式部内侍本)
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むかしおとこありけりわりなきことを思てあるところへいひやりける
ゆふつくよあか月かたのあさかけにわか身はなりぬきみをこふとてとありけれといとかたくなりにけり(小式部内侍本)
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むかし物おもふおとこめをさましてとのかたをみいたしてふしたるにせさいのなかにむしのこゑなきけれは
かしかましくさはにかゝるむしのねやわれたに物をいはてこそ思へ(小式部内侍本)
・
むかしいろこのむ人ありけりをとこもさまかはらすもろこゝろにていろこのむ女これをいかてえんと思ふに女もねうしわたるをいかなるをりにかありけんあひみけりおとこも女もかたみにおほえけれとわれもいかてすてられしとこゝろのいとまなく思ふになを女いてゝいなんと思ふこゝろつきて
いさゝくらちらはありなんひとさかりなけれはうきめみえけもこそすれとかきつけてなんいきけるをゝとろきてみれはなけれはいとねたくて
あさゝめにちりくるさくらなからなむのとけき春のなをもたつめりといへともかひなし(小式部内侍本)
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むかしすき物ともあつまりてものゝなをよみにけるにかはたけあるおとこ
さよふけてなかはたけゆくひさかたの月ふきかへせ秋の山風(小式部内侍本)
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むかしおとこはるかなるほとにゆきたるけるにつくしのつとひとのこひたるけるにいろかはやるとて
みやこよりこかてくれはつともなしたけのをかわのはしのみぞあるところのなゝるへし(小式部内侍本)
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むかし色このみたへにし人のもとより
おもひつゝぬれはや人のみへつらむゆめとしりせはさめさらましを(神宮文庫本)
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