古今和歌集。序（眞名序）。原文。（窪田空穗ニ依ル戦前ノ校本）

古今和歌集

○已下飜刻底本ハ窪田空穗之挍註ニ拠ル。是卽チ

窪田空穗編。校註古今和歌集。東京武蔵野書院。昭和十三年二月二十五日發行。窪田空穗ハ近代ノ歌人。

はかな心地涙とならん黎明［しののめ］のかかる靜寂［しじま］を鳥來て啼かば

又ハ

わが胸に觸れつかくるるものありて捉へもかねる靑葉もる月。

底本ノ凡例已下ノ如ク在リ。

一、本書は高等専門諸學校の國語科敎科書として編纂した。

一、本書は流布本といはれる藤原定家挍訂の貞應本を底本とし、それより時代の古い元永本、淸輔本を參照し、異同の重要なものを上欄［※所謂頭註。］に記した。この他、參照の用にしたものに、古今六帖、高野切、筋切、傳行成筆、顯註本、俊成本がある。なほ諸本により、本文の歌に出入りがある。（下畧。）

○飜刻凡例。

底本上記。又金子元臣ノ校本參照ス。是出版大正十一年以降。奧附无。

［　］内原書訓。［※］内及※文ハ飜刻者訓乃至註記。

古今和歌集序

紀淑望

夫レ和歌ハ者、託ケ（二）其ノ根ヲ於心地ニ（一）、發ク（二）其ノ花ヲ於詞林ニ（一）者也。人之在ル（レ）世ニ不（レ）能（二）無爲ナルコト（イチ）。思慮易ク（レ）遷リ、哀樂相變ズ。感ハ生レ（二）於志ニ（一）、詠ハ形ル（二）於言ニ（一）。是ヲ以テ、逸スル者ハ其ノ聲樂ミ、怨ムル者ハ其吟悲シ、可ク（二）以テ述ブ（一レ）懷、ヲ、可シ（二）以發（一レ）憤。動シ（二）天地ヲ（一）、感ゼシメ（二）鬼神ヲ（一）、化シ（二）人倫ヲ（一）、和スハ（二）夫婦ヲ（一）、莫シ（レ）宜キハ（二）於和歌ヨリ（一）。和歌ニ有リ（二）六義（一）。一ニ曰ク風、二ニ曰ク賦、三ニ曰ク比、四ニ曰ク興、五ニ曰ク雅、六ニ曰ク頌ナリ。若シ夫レ春鶯之囀リ（二）花中ニ（一）、秋蟬之吟ズル（二）樹上ニ（一）、雖モ（レ）無シト（二）曲折（一）、各發ス（二）歌謠ヲ（一）。物皆有ル（レ）之、自然之理也。然シテ而神世七代ハ、時質ニ人淳ク、情欲無ク（レ）分ルルコト、歌和未ダ（レ）作ラ。逮ビテ（二）于素戔烏尊ニ（一）、到リ（二）出雲國ニ（一）、始メテ有リテ（二）三十一字之詠（一）。今ノ反歌之作也。其後雖モ（二）天神之孫、海童之女ト（一）、莫シ不ル（下）以テ（二）和歌ヲ（一）通ゼ（上レ）情ヲ者。爰ニ及ビ（二）人ノ代（一）、此風大ニ興レリ。長歌短歌旋頭混本之類、雜體非ズ（レ）一ニ。源流漸ク繁シ。譬ヘバ、猶ホ（下）拂フ（レ）雲ヲ之樹ハ生ジ（レ）自リ（二）寸苗之煙（一）、浮ブル（レ）天ヲ之浪ハ、起ルガ（中）於一滴之露ヨリ（上）。至リテハ（レ）如キニ（下）難波津之什ヲ獻ジ（二）　天皇ニ（一）、富緖川之篇ヲ報ズル（中）　太子ニハ（上）、或事ヲ關（二）神異ニ（一）、或ハ興入ル（二）幽玄ニ（一）。但見ルニ（二）上古之歌ヲ（一）、多存シ（二）古質之語ヲ（一）、未ダ（レ）爲ラ（二）耳目之翫ト（一）。徒ニ爲（二）敎戒之端（一）。古ノ　天子、每ニ（二）良辰美景（一）、詔シテ（下）侍臣ノ預カル（二）宴筵ニ（一）者ニ（上）、獻ラシム（二）和歌ヲ（一）。君之情、由テ（レ）斯ニ可ク（レ）見ル、賢愚之性、於テ（レ）是ニ相分ル。所（下）以隋ヒ（二）民之欲ニ（一）、擇フ（中）士之才ヲ（上）也。自リ（三）大津皇子之初メテ作リシ（二）詩賦ヲ（一）、詞人才子、慕ヒ（レ）風ヲ繼ギ（レ）塵ヲ、移シテ（二）彼ノ漢家之字ヲ（一）、化ス（二）我ガ日或之俗ヲ（一）。民業一タビ改リ、和歌漸ク衰フ。然レドモ猶有リ（二）先師柹本大夫トイフ者（一）。高ク振ヒ（二）神妙之思ヲ（一）、獨リ步ス（二）古今之間ニ（一）。有リ（二）山邊赤人トイフ者（一）。並ニ和歌ノ仙也。其餘業トスル（二）和歌ヲ（一）者、綿綿不（レ）絕エ。及ビテ（下）彼ノ時變（二）澆漓ニ（一）、人貴ブル（中）奢淫ヲ（上）、浮詞雲ノゴトク興ク、艷流泉ノゴトク涌ク。其實皆落チテ、其ノ花孤リ榮ユ。至ル（レ）有ルニ（下）好色之家以テ（レ）之ヲ爲シ（二）花鳥之使（一）、乞食之客以テ（レ）此ヲ爲ス（中）活計之謀ト（上）。故ニ半ハ爲リ（二）婦人之右ト（一）、雖モ（レ）進メ（二）丈夫之前ニ（一）。近代存スル（二）古風ヲ（一）者、纜ニ二三人ノミ。然レドモ長短不（レ）同カラ。論ジテ以テ可シ（レ）辨ヘツ。花山ノ僧正ハ、尤得タリ（二）歌ノ體ヲ（一）。然レドモ其ノ詞華ニシテ而少シ（レ）實。如シ（三）圖畫ノ好女ノ徒ニ動カスガ（二）人ノ情ヲ（一）。在原ノ中將之歌ハ其ノ情有リテ（レ）餘ヲ其ノ詞不（レ）足ラ。如シ（下）萎メル花ノ雖モ（レ）少シト（二）彩色（一）而有ルガ（中）薰香（上）。文琳ハ巧ニ詠ズ（レ）物ヲ。然レドモ其體近ク（レ）俗ニ如シ（三）賈人之著タルガ（二）鮮衣ヲ（一）。宇治山ノ僧喜撰ハ、其詞華麗ニシテ而首尾停滯セリ。如シ（下）望ムニ（二）秋月ヲ（一）遇ヘルガ（中）曉雲ニ（上）。小野ノ小町之歌ハ、古衣通姬之流也。然レドモ艷ニシテ而無ク（二）氣力（一）。如シ（三）病婦之著ケタルガ（二）花粉ヲ（一）。大友ノ黑主之歌ハ、古ノ猿丸大夫之次也。頗ル有レドモ（二）逸興（一）、而體甚ダ鄙ク如シ（三）田夫之息フガ（二）花前ニ（一）也。此ノ外、氏姓流聞スル者、不（レ）可カラ（二）勝ツテ計フ（一）。其大底ハ、皆以テ（レ）艷ヲ爲シ（レ）基ト、不ル（レ）知ラ（二）歌之趣ヲ（一）者也。俗人爭ヒテ事トシテ（二）榮利ヲ（一）、不（レ）用ヒ（レ）詠ズルヲ（二）和歌ヲ（一）。悲イ哉々々。雖モ（下）貴兼ネ（二）相將ヲ（一）富餘スト（中）金錢ヲ（上）、而骨未ダ（レ）腐チ（二）土中ニ（一）、名先ヅ滅ブ（二）於世上ニ（一）。適マ爲ニ（二）後世ノ（一）被ル（レ）知ル者ハ、唯和歌之人而巳。何ト者ナレバ、語近ク（二）人耳ニ（一）、義慣ルレバ（二）神明ニ（一）也。昔　平城ノ天子詔ソテ（二）侍臣ニ（一）令ム（レ）撰バ（二）萬葉集ヲ（一）。自リ（レ）爾レ以來、時ハ歷（二）十代ヲ（一）、數ハ過ギタリ（二）百年ヲ（一）。其ノ後、和歌棄テテ不（レ）被レ（二）採用ラセ（一）。雖モ（下）風流如ク（二）野宰相ノ（一）、輕情如クナリ（中）在納言ノ（上）、而モ皆以テ（二）他才ヲ（一）聞エ、不リキ（下）以テ（二）斯ノ道ヲ（一）顯レ（上）。　陛下ノ御宇、于（レ）今九載、仁ハ流レ（二）秋津洲之外ニ（一）、惠ハ茂リ（二）筑波山之陰ヨリ（一）。淵變ジテ爲ル（レ）瀨ト之聲寂々トシテ閉ジ（レ）口ヲ、砂長ジテ爲ル（レ）巌ト之頌、洋々トシテ滿テリ（レ）耳ニ。思ヒ（レ）繼ガルコトヲ（二）旣ニ絕ヘタル之風ヲ（一）、欲シテ（レ）興サムト（二）久シク廢レタル之道ヲ（一）。爰ニ詔シテ（二）大内記紀ノ友則、御書ノ所ノ預紀ノ貫之、前ノ甲斐ノ少目凡河内ノ躬恒、右衞門ノ府生壬生ノ忠岑等ニ（一）、各獻ゼシメ（二）家集並ニ古來ノ舊歌ヲ（一）。曰ヘリ（二）續萬葉集ト（一）。於テ（レ）是ニ、重ネテ有リテ（レ）詔、部類（二）所（レ）奉ル之歌ヲ（一）、勒シテ而爲（二）二十卷ト（一）、名ケテ曰フ（二）古今和歌集ト（一）。臣等。詞ハ少クシテ（二）春花之艷（一）、名ハ竊メリ（二）秋夜之長ヲ（一）。況哉進ミテハ恐レ（二）時俗之嘲ヲ（一）、退キテハ慙ヅ（二）才藝之拙ヲ（一）。適遇ヒテ（二）和歌之中興セルニ（一）、以テ樂ム（二）吾ガ道之再ビ昌ナルヲ（一）。嗟乎、人丸旣沒シタレドモ和歌不（レ）在ラ（レ）斯ニ哉ト于（レ）時、延喜五年歳次乙丑四月十八日、臣貫之等謹ンデ序ス。