伊勢物語。定家本。原文。全文。


伊勢物語

①原文全文。所謂『定家本』飜刻。

已下ハ所謂『定家本』挍本ノ飜刻也。

底本ハ池田龜鑑ノ挍本。池田龜鑑著。伊勢物語に就きての硏究。東京大岡山書店刊行。奧書ニ昭和八年九月十一日印刷。同年同月十五日發行ト在リ。此本上下二卷ニ而、上卷ハ挍本部。下卷ハ硏究部也。

池田龜鑑序文ニ曰ク此底本者『天福二年正月廿日[已未]申刻凌桑門之盲目連日風雪之中遂此書寫爲授鐘愛之孫女也同日廿二日挍了』ノ奧書ノ本是所謂天福本ノ一種ニ而所謂定家本系統也。用タ原本ハ『三條西伯爵家藏傳定家筆本伊勢物語』也。

原書諸本異同ノ詳細在リ。但シ今、本文ノミ飜刻シタ。

已下之如



001

むかしおとこうゐかうふりしてならの京かすかのさとにしるよしゝてかりにいけりそのさとにいとなまめいたるをんなはらからすみけりこのおとこかいまみてけりおもほえすふるさとにいとはしたなくてありけれはこゝちまとひにけりおとこのきたりけるかりきぬのすそをきりてうたをかきてやるそのおとこしのふすりのかりきぬをなむきたりける

 かすかのゝわかむらさきのすり衣しのふのみたれかきりしられすとなむをいつきていひやれりけるついておもしろきことゝもや思けん

 みちのく忍もちすりたれゆへにみたれそめにし我ならなくにといふうたの心はへなりむかし人はかくいちはやきみやひをなんしける

002

むかしおとこ有けりならの京ははなれこの京は人の家またさたまらさりける時にゝしの京に女ありけりその女世人にはまされりけりその人かたちよりは心なんまさりたりけるひとりのみもあらさりけらしそれをかのまめをとこうちものかたらひてかへりきていかゝ思ひけん時はやよひのついたちあめそをふりけるにやりける

 おきもせすねもせてよるをあかしては春の物とてなかめくらしつ

003

むかしおとこありけりけさうしける女のもとにひしきといふものをやるとて

 思ひあらはむくらのやとにねもしなんひしきものにはそてをしつゝも二條のきさきのまたみかとにもつかうまつりたまはてたゝ人にておはしける時のこと也

004

むかしひんかしの五條におほきさいの宮のおはしましけるにしのたいにすむ人有けりそれをほいにはあらて心さしふかゝりけるひとゆきとふらひけるをむ月の十日はまりのほとにほかにかくれにけりありところはきけと人のいきかよふへき所にもあらさりけれは猶うしと思ひつゝなんありける又のとしのむ月にむめの花さかりにこそをこひていきてたちてみゐてみゝれとこそににるへくもあらすあらすうちなきてあはらなるいたしきに月のかたふくまてふせりてこそを思いてゝよめる

 月やあらぬ春や昔のはるならぬわか身ひとつはもとの身にしてとよみて夜のほの〱とあくるになく〱かへりにけり

むかしおとこ有けりひんかしの五條わたりにいとしのひていきけりみそかなる所なれはかとよりもえいらてわらはへのふみあけたるついちのくつれよりかよひけりひとしけくもあらねとたひかさなりけれはあるしきゝつけてそのかよひ地に夜ことに人をすへてまもらせけれはいけともえあはてかへりけりさてよめる

 ひとしれぬわかゝよひちのせきもりはよひ〱ことにうちもねなゝんとよめりけれはいといたう心やみけりあるしゆるしてけり二條のきさきにしのひてまひりけるを世のきこえありけれはせうとたちのまもらせたまひけるとそ

005

むかしおとこ有けりひんかしの五條わたりにいとしのひていきけりみそかなる所なれはかとよりもえいらてわらはへのふみあけたるついちのくつれよりかよひけりひとしくもあらねとたひかさなりけれはあるしきゝつけてそのかよひ地に夜ことに人をすへてまもらせけれはいけともえあはてかへりけりさてよめける

 ひとしれぬわかゝよひちのせきもりはよひ〱ことにうちもねなゝん

とよめりけれはいといたう心やみけりあるしゆるしてけり二條のきさきにしのひてまいりけるを世のきこえありけれはせうとたちのまもらせたまひけるとそ

006

むかしおとこありけり女のえうましかりけるをとしをへてよはひわたりけるをからうしてぬすみいてゝいとくらきにきけりあくたかはといふ河をゐていきけれは草のうへにをきたるつゆをかれはなにそとなんおとこにとひけるゆくさきはおほく夜もふけにけれはおにある所ともしらて神さへいといみしうなりあめもいたうふりけれはあはらなるくらのに女をはおくにをしいれておとこゆみやなくひをおひてとくちにをりはや夜もあけなむと思つゝゐたりけるにおにはやひとくちにくひてけり。あなやといひけれと神なるさはきにえきかさりけりやう〱夜もあけゆくにみれはゐてこし女もなしあしすりしてなけともかひなし

 しらたまかなにそと人のとひし時つゆとこたへてきえなましものを

これは二條のきさきのいとこの女御の御もとにつかうまつるやうにてゐたまへりけるをかたちのいとめてたくおはしけれはぬすみておひていてたりけるを御せうとほりかはのおとゝたらうくにつねの大納言また下らうにて內へまいりたまふにいみしうなく人あるをきゝつけてとゝめてとりかへしたまうてけりそれをかくおにとはいふなりけりまたいとわかうてきさひのたゝにおはしける時とや

007

むかしおとこありけり京にありわひてあつまにいきけるにいせおはりのあはひのうみつらをゆくに浪のいとしろくたつをみて

 いとゝしくすきゆくかたのこひしきにうら山しくもかへるなみかなとなむよめりける

008

むかしおとこ有けり。京やすみうかりけんあつまの方にゆきてすみ所もとむとてともとする人ひとりふたりしてゆきけりしなのゝくにあさまのたけにけふりのたつをみて

 しなのなるあさまのたけにたつ煙をちこち人のみやはとかめぬ

009

むかしおとこありけりそのおとこ身をえうなき物に思なして京にはあらしあつまの方にすむへきくにもとめにとてゆきけりもとより友とする人ひとりふたりしていきけりみちしれる人もなくてまとひいきけりみかはのくにやつはしといふ所にいたりぬそこをやつはしといひけるは水ゆく河のくもてなれははしをやつわたせるによりてなむやつはしといひけるそのさはのほとりの木のかけにおりゐてかれいひくひけりそのさはにかきつはたいとおもしろくさきたりそれをみてある人のいはくかきつはたといふいつもしをくのかみにすへてたひの心よめといひけれはよめる

 から衣きつゝなれにしつましあれははる〱きぬるたひをしそ思とよめりけれはみな人かれいひのうへになみたおとしてほとひにけりゆき〱てするかのくにゝいたりぬうつの山にいたりてわかいらむとするみちはいとくらうほそきにつたかえてはしけり物心ほそくすゝろなるめをみることゝ思ふにす行者あひたりかゝるみちはいかてかいまするといふをみれはみし人なりけり京にその人の御もとにとてふみかきてつく

 するかなるうつの山へのうつゝにもゆめにも人のあはぬなりけりふしの山をみれはさ月つこもり雪いとしろうふれり

 時しらぬ山はふしのねいつとてかかのこまたらにゆきのふるらんその山はこゝにたとへはひえの山をはたちはかりかさねあけたらんほとしてなりはしほしりのやうになんありける猶ゆき〱て武藏のくにとしもつふさの國との中にいとおほきなる河ありそれをすみた河といふその河のほとりにむれゐておもひやれはかきりなくとをくもきにけるかな とわひあへるにわたしもりはやふねにのれ日もくれぬといふにのりてわたらんとするにみな人物わひしくて京に思ふ人なきにしもあらすさるおりにしろきとりのはしとあしとあかきしきのおほきさなるみつのうへにあそひつゝいをゝくふ京にはみえぬとりなれは人々みしらすわたしもりにとひけれはこれなむ宮ことりといふをきゝて

 名にしおはゝいさ事とはん宮こ鳥わかおもふ人はありやなしやととよめりけれは舟こそりてなきにけり

010

むかしおとこ武藏のくにまてまとひありきけりさてそのくにゝある女をよはひけりちゝはこと人にあはせむといひけるをはゝなんあてなる人に心つけたりけるちゝはなおひとにはゝなんふちはらなりけるさてなんあてなる人にとは思ひけるこのむこかねによみてをこせたりけるすむ所なむいるまのこほりみよしのゝさとなりける

 みよしのゝたのむのかりもひたふるにきみかゝたにそよるとなくなるむこかね返し

 わか方によるとなくなるみよしのゝたのむのかりをいつかわすれんとなむ人のくにゝても猶かゝることなんやまさりける

011

昔おとこあつまへゆきけるに友たちともにみちよりいひをこせける

 わするなよほとは雲ゐになりぬともそらゆく月のめくりあふまて

012

むかしおとこ有けり人のむすめをぬすみてむさしのへゐてゆくほとにぬす人なりけれはくにのかみにからめけり女をはくさむらのなかにをきてにけにけりみちくるひとこの野はぬす人あなりとて火をつけむとす女わひて

 むさしのはけふはなやきそわかくさのつまもこもれりわれもこもれりとよみけるをきゝて女をはとりてともにゐていにけり

013

昔武藏なるおとこ京なる女のもとにきこゆれはゝつかしきこえねはくるしとかきてうはかきにむさしあふみとのみかきてをこせてのちをともせすなりにけれは京より女

 むさしあふみさすかにかけてたのむにはとはぬもつらしとふもうるさしとあるをみてなむたへかたき心地しける

 とへはいふとはねはうらむゝさしあふみかゝるおりにやひとはしぬらん

014

むかしおとこみちのくにゝすゝろにゆきいたりにけりそこなる女京のひとをはめつらかにやおほえけんせちにおもへる心なんありけるさてかの女

 中々〱に戀にしなすはくはこにそなるへかりけるたまのをはかりうたさへそひなひたりけるさすがにあはれとやおもひけんいきてねにけり夜ふかくいてにけれは女

 夜もあけはきつにはめなてくたかけのまたきになきてせなをやりつるといへるにおとこ京へなんまかるとて

 くりはらのあれはの松の人ならはみやこのつとにいさといはましといへりけれはよろこほひておもひけらしとそいひをりける

015

むかしみちのくにゝてなてうことなき人のめにかよひけるにあやしうさやうにてあるへき女ともあらすみえけれは

 しのふ山しのひてかよふ道も哉人の心のおくもみるへく女かきりなくめでたしとおもへとさるさかなきえひすこゝろをみてはいかゝはせんは

016

むかしきのありつねといふ人有けりみ世のみかとにつかうまつりて時にあひたりけれとのちは世かはり時うつりにけれは世のつね人のこともあらす人からは心うつくしくてあてはかなることをこのみてこと人にもにすまつしくへても猶むかしよかりし時の心なからよのつねのこともしらすとしころあひなれたるめやう〱とこはなれてつゐにあまになりてあねのさきたちてなりたるところへゆくをおとこまことにむつましきことこそなかりけれいまはとてゆくをいとあはれとは思ひけれとまつしけれはするわさもなかりけりおもひわひてねむころにあひかたらひけるともたちのもとにかう〱いまはとてまかるをなにこともいさゝかのこともえせてつかはすことゝかきておくに

 手をゝりてあひみし事をかそふれはとおといひつゝよつはへにけりかのともたちこれをみていとあはれと思ひてよるの物まてをくりてよめる

 年たにもとおとてよつはへにけるをいくたひきみをたのみきぬらんかくいひやりたりけれは

 これやこのあまのは衣むへしこそきみかみけしにたてまつりけれよろこひにたへて又

 秋やくるつゆやまかふとおもふまてあるは淚のふるにそ有ける

※已下原書缺。他本ニ典拠シ私意以テ補。

017

むかし年ころ音つれさりける人のさくらのなかりに見にきたりけれはあるし

 あたなりとなにこそたてれさくら花としにまれなる人もまちけり

かへし

 けふこすはあすは雪とそふりなましきえすはありとも花とみましや

018

むかしなま心ある女ありけり男とかういひけり女うたよむ人なりけれはこゝろみむとて菊のはなのうつろへるを折りておとこのもとへやる

 紅にゝほふはいつらしら雪の枝もとをゝにふるかとも見ゆおとこしらすよみによみける

 紅にゝほふかうへのしら雪はをりける人の袖かとそ見る

※缺頁已上

019

昔おとこ宮つかへしける女の方にこたちなりける人をあひしりたりけるほともなくかれにけりおなしところなれは女のめにはみゆる物からおとこはある物かとも思たらす女

 あま雲のよそにも人のなりゆくかさすかにめにはみゆる物からとよめりけれはおとこ返し

 あまくものよそにのみしてふることはわかゐる山の風はやみ也とよめりけるは又おとこある人となむいひける

020

むかしおとこやまとにある女をみてよはひてあひにけりさてほとへて宮つかへする人なりけれはかへりくるみちにやよひはかりにかえてのもみちのいとおもしろきをゝりて女のもとにみちよりいひやる

 君かためたおれる枝は春なからかくこそ秋のもみちしにけれとてやりけれは返事は京にいきつきてなんもてきたりける

 いつのまにうつろふ色のつきぬらんきみかさとには春なかるらし

021

むかしおとこ女いとかしこく思ひかはしてこと心なかりけるをいかなる事かありけむいさゝかなることにことつけて世中をうしと思ひていてゝいなんと思ひてかゝるうたをなんよみて物にかきつけゝる

 いてゝいなは心かるしといひやせん世のありさまを人はしらねとよみてをきいてゝいにけりこの女かくかきをきたるをけしう心をくへきこともおほえぬをなにゝよりてかゝらむといたうなきていつかたにもとめゆかむとかとにいてゝとみかうみゝけれといつこをはかりともおほえさりけれはかへりいりて

 思ふかひなき世なりけり年月をあたにちきりて我やすまひしといひてなかめをり

 人はいさ思ひやすらん玉かつらおもかけにのみいとゝみえつゝこの女いとひさしくありてねむしわひてにやありけんいひをこせたる

 今はとてわするゝ草のたねをたにひとの心にまかせすも哉

返し

 忘草うふとたにきく物ならは思けりとはしりもしなまし又〱ありしよりけにいひかはしておとこ

 わする覧と思心のうたかひにありしよりけに物そかなしき返し

 中そらにたちゐるくものあともなく身のはかなくもなりにける哉とはいひけれとをのか世ゝになりにけれはうとくなりにけり

022

むかしはかなくてたえにけるなか猶やわすれさりけん女のもとより

 うきなから人をはえしもわすれねはかつうらみつゝ猶そこひしきといけりけれはされはよといひておとこ

 あひみては心ひとつをかはしまの水のなかれてたえしとそ思とはいひけれとその夜いにけりいにしへゆくさきのことゝもなといひて

 秋の夜のちよをひとよになすらへてやちよしねはやあく時のあらん返し

 秋の夜のちよをひとよになせりともことはのこりてとりやなきなんいにしへよりもあはれにてなむかよひける

023

むかしゐなかわたらひしける人の子とも井のもとにいてゝあそひけるをおとなになりにけれはおとこも女もはちかはしてありけれとおとこはこの女をこそえめとおもふ女はこのおとこをとおもひつゝおやのあはすれともきかてなんありけるさてこのとなりのおとこのもとよりかくなん

 つゝゐつのゐつゝにかけしまろかたけすきにけらしないもみさるまに女返し

 くらへこしふりわけかみもかたすきぬきみならすしてたれかあくへきなといひ〱てつゐにほいのことくあひにけりさて年ころふるほとに女のおやなくたよりなくなるまゝにもろともにいふかひなくてあらんやはとてかうちのくにたかやすのこほりにいきかよふ所いてきにけりさりけれとこのもとの女あしとおもへるけしきもなくていたしやりけれはおとこゝと心ありてかゝるにやあらむと思ひうたかひてせんさいの中にかくれゐてかうちへいぬるかほにてみれはこの女いとようけさうしてうちなかめて

 風ふけはおきつしら浪たつた山夜はにや君かひとりこゆらんとよみけるをきゝてかきりなくかなしと思ひて河內へもいかすなりにけりまれ〱かのたかやすにきてみれははしめこそ心にくもつくりけれいまはうちとけててつからいゐかひとりてけこのうつは物にもりけるをみて心うかりていかすなりにけりさりけれはかの女やまとの方をみやりて

 君かあたりみつゝをゝらんいこま山くもなかくしそ雨はふるともといひてみいたすにからうしてやまと人こむといへりよろこひてまつにたひ〱すきぬれは

 君こむといひし夜ことにすきぬれはたのまぬ物のこひつゝそふるといひけれとおとこすますなりにけり

024

むかしおとこかたゐなかにすみけりおとこ宮つかへしにとてわかれおしみてゆきにけるまゝに三とせこさりけれはまちわたりけるにいとねんころにいひける人にこよひあはんとちきりたりけるにこのおとこきたりけりこのとあけたまへとたゝきけれとあけてうたをなんよみていたしたりける。

 あらたまの年の三とせをまちわひてたゝこよいこそにゐまくらすれといひいたしたりけれは

 あつさゆみま弓つき弓年をへてわかせしかことうるはしみせよといひていなんとしれは女

 あつさ弓ひけとひかねと昔より心はきみによりにし物をといひけれとおとこかへりにけり女いとかなしくてしりにたちてをひゆけれとえをひつかてし水のある所にふしにけりそこなりけるいはにおよひのちしてかきつけゝる

 あひおもはてかれぬる人をとゝめかねわか身は今そきえはてぬめるとかきてそこにいたつらになりにけり

025

むかしおとこ有けりあはしともいはさりける女のさすかなりけるかもとにいひやりける

 秋のゝにさゝわけしあさの袖よりもあはてぬる夜そひちまさりける色このみなる女返し

 みるめなきわか身をうらとしられはやかれなてあまの足たゆくゝる

026

むかしおとこ五條わたりなりける女をえゝすなりにけることゝわひたりける人の返ことに

 おもほえす袖にみなとのさはく哉もろこし舟のよりし許に

027

昔おとこ女のもとにひと夜いきて又もいかすなりにけれは女の手あらふ所にぬきすをうちやりてたらひのかけにみえけるをみつから

 我許物思人は又あらしとおもへは水のしたに有けりとよむをこさりけるおとこたちきゝて

 みなくちに我やみゆらんかはつさへ水のしたにてもろこゑになく

028

昔いろこのみなりける女いてゝいにけれは

 なとてかくあふこかたみとかたみになりにけん水もらさしとむすひしものを

029

むかし春宮の女御の御方の花の賀にめしあけられたりけるに

 花にあかぬなけきはいつもせしかともけふのこよひにゝる時はなし

030

むかしおとこはつかなりける女のもとに

 あふことはたまのを許おもほえてつらき心のなかくみゆらん

031

昔宮の内にてあるこたちのつほねのまへをわたりけるになにをあたにか思けんよしやくさ葉のならんさかみむといふおとこ

 つみもなき人をうけへは忘草をのかうへにそおふといふなるといふをねたむ女もありけり

032

むかし物いひける女に年ころありて

 いにしへのしつのをたまきくりかへしむかしを今になすよしも哉といへりけれとなにともおもはすやありけん

033

むかしおとこつのくにむはらのこほりにかよひける女このたひいきては又こしとおもへるけしきなれはおとこ

 あしへよりみちくるしほのいやましに君に心を思ます哉返し

 こもりえに思ふ心をいかてかは舟さすさほのさしてしるへきゐなかの人の事にてはよしやあしや

034

むかしおとこつれなかりける人のもとに

 いへはえにいはねはむねさはかれて心一つになけくころ哉おもなくていへるなるへし

035

むかし心にもあらてたえにける人のもとに

 玉のをゝあはおによりてむすへれはたえてのゝちもあはむとそ思

036

昔わすれぬなめりとゝひことしける女のもとに

 谷せはみ峯まてはへる玉かつらたえむと人をわかおもはなくに

037

昔おとこ色このみなりける女にあへりけりうしろめたくや思けん

 我ならてしたひもとくなあさかほのゆうふかけまたぬ花にはありとも返し

 ふたりしてむすひしひもをひとりしてあひみるまてはとかしとそ思

038

むかしきのありつねかりにいきたるにありきてをそくきけるによみてやりける

 君により思ひならひぬ世中の人はこれをやこいといふらん返し

 ならはねは世の人ことになにをかも戀とはいふとゝひし我も

039

むかし西院のみかとゝ申すみかとおはしましけりそのみかとのみこたかいこと申すいまそかりけりそのみこうせ給ておほんはふりの夜その宮のとなりなりけるおとこ御はふりみむとて女くるまにあひのりていてたりけりいとひさしうゐていてたてまつらすうちなきてやみぬへかりけるあひたにあめのしたの色このみ源のいたるといふ人これもゝのみるにこのくるまを女くるまとみてよりきてとかくなまめくあひたにかのいたるほたるをとりて女のくるまにいれたりけるをくるまなりける人はこのほたるのともす火にやみゆらんともしけちなむするとてのれるおとこのよめる

 いてゝいなはかきりなるへみともしけち年へぬるかとなくこゑをきけかのいたる返し

 いとあはれなくそきこゆるともしけちきゆる物とも我はしらすなあめのしたの色このみのうたにては猶そありけるいたるはしたかふかおほち也みこのほいなし

040

昔わかきおとこけしうあらぬ女を思ひけりさかしらするおやありて思ひもそつくとてこの女をほかへひやらむとすさこそいへまたをいやらす人のこなれはまた心いきおひなかりけれはとゝむるいきおひなし女もいやしけれはすまふちからなしさるあひたにおもひはいやまさりにまさるにはかにおやこの女をゝひうつおとこちのなみたをおとせともとゝむるよしなしゐていてゝいぬおとこなく〱よめる

 いてゝいなは誰か別のかたからんありしにまさるけふはかなしもとよみてたえいりにけりおやあはてにけり猶思ひてこそいひしかいとかくしもあらしとおもふにしんしちにたえいりにけれはまとひて願たてたりけるむかしのわか人はさるすける物思ひをなんしけるいまのおきなまさにしなむや

041

昔女はらからふたりありけりひとりはいやしきおとこのまつしきひとりはあてなるおとこもたりけりいやしきおとこもたるしはすのつこもりにうへのきぬをあらひてゝつからはりけり心さしはいたしけれとさるいやしきわさもならはさりけれはうへのきぬのかたをはりさきてけりせむ方もなくてたゝなきになきけりこれをかのあてなるおとこきゝていと心くるしかりけれはいときよらなるろうさうのうへのきぬをみいてゝやるとて

 むらさきの色こき時はめもはるに野なる草木そわかれさりけるむさしのゝ心なるへし

042

昔おとこ色このみとしる〱女をあひいへりけりされとにくゝはあらさりけれしは〱いきけれと猶いとうしろめたくさりとていかてはたえあるましかりけりなをはたえあらさりけるなかりけれはふつかみか許さはることありてえいかてかくなん

 いてゝこしあとたにいまたかはらしをたかゝよひちと今はなるらんものうたかはしさによめるなり

043

むかしかやのみこと申すみこおはしましけりそのみこ女をおほしめしていとかしこうめくみつかうたまひけるを人なまめきてありけるを我のみと思ひけるを又人きゝつけてふみやるほとゝきすのかたをかきて

 ほとゝきすなかなくさとのあまたあれは猶うとまれぬ思ものからといへりけりこの女けしきをとりて

 名のみたつしてのたおさはけさそなくいほりあまたにうとまれぬれは時はさ月になんありけるおとこ返し

 いほりおほきしてのたをさは猶たのむわかすむさとにこゑしたえすは

044

むかしあかたへゆく人にむまのはなむけせむとてよひてうとき人にしあらさりけれはいゑとうしさかつきさゝせて女のさうそくかつけんとすあるしのおとこうたよみてものこしにゆひつけさす

 いてゝゆく君かためにとぬきつれは我さへもなくなりぬへきかなこのうたはあるかなかにもしろけれは心とゝめてよますはらにあちはひて

045

むかしおとこ有けり人のむすめのかしつくいかてこのおとこに物いはむと思けりうちいてむことかたくやありけむ物やみになりてしぬへき時にかくこそ思ひしかといひけるをおやきゝてなく〱つけたりけれはまとひきたりけれとしにけれはつれ〱とこもりをりけり時はみな月のつこもりいとあつきころをひ夜ゐはあそひをりて夜ふけてやゝすゝしき風ふきけりほたるたかくとひあかるこのおとこふせりて

 ゆくほたる雲のうへまていぬへくは秋風ふくとかりにつけこせ

 くれかたき夏のひくらしなかむれはそのことゝなく物そかなしき

046

むかしおとこいとうるはしき友ありけりかた時もえさらすあひ思ひけるを人のくにへいきけるをいとあはれとおもひてわかれにけり月日へてをこせたるふみにあさましくたいめんせて月日のへにけることわすれやし給にけむといたく思ひわひてなむ侍世中の人の心はめかるれはわすれぬへき物にこそあめれといへりけれはよみてやる

 めかるともおもほえなくにわすらるゝ時しなけれはおもかけにたつ

047

むかしおとこねんころにいかてと思女有けりされとこのおとこをあたなりときゝてつれなさのみまさりつゝいへる

 おほぬさのひくてあまたになりぬれは思へとえこそたのまさりけれ返しおとこ

 おほぬさと名にこそたてれ流てもつゐによるせはありといふ物を

048

むかしおとこ有けりむまのはなむけせんとて人をまちけるにこさりけれは

 今そしるくるしき物と人またむさとをはかれすとふへかりけり

049

むかしおとこいもうとのいとをかしけなりけるをみをりて

 うらわかみねよけにみゆるわか草をひとのむすはむことをしそ思ときこえけり返し

 はつ草のなとめつらしきことのはそうらなく物を思ける哉

050

昔おとこ有けりうらむる人をうらみて

 鳥のこをとをつゝとをはかさぬともおもはぬ人をおもふものかはといへりけれは

 あさつゆはきえのこりてもありぬへしたれかこの世をたのみはつへき又おとこ

 吹風にこその櫻はちらすともあなたのみかた人の心は又女返し

 ゆく水にかすかくよりもはかなきはおもはぬ人を思ふなりけり又おとこ

 ゆく水とすくるよはひとちる花といつれまてゝふことをきくらんあたくらへかたみにしけるおとこ女のしのひありきしけることなるへし

051

昔おとこ人のせんさいにきくうへけるに

 うへしうへは秋なき時やさかさらん花こそちらめねさへかれめや

052

むかしおとこありけり人のもとよりかさなりちまきをこせたりける返事に

 あやめかり君はぬまにそまとひける我は野にいてゝかるそわひしきとてきしをなむやりける

053

むかしおとこあひかたき女に物かたりなとするほとに鳥のなきけれは

 いかてかは鳥のなく覧人しれす思ふ心はまたよふかきに

054

昔おとこつれなかりける女にいひやりける

 行やらぬ夢地をたのむたもとにはあまつそらなるつゆやをくらん

055

むかしおとこ思かけたる女のえうましうなりての世に

 おもはすはありもすめらと事のはのをりふしことにたのまるゝ哉

056

むかしおとこふして思ひおきて思ひ思ひあまりて

 わかそては草の庵にあらねともくるれはつゆのやとりなりけり

057

昔おとこ人しれぬ物思ひけりつれなき人のもとに

 こひわひぬあまのかるもにやとるてふ我から身をもくたきつる哉

058

むかし心つきて色このみなるおとこなかをかといふ所に家つくりてをりけりそこのとなりなりける宮はらにこともなき女とものゐなかなりけれは田からんとてこのおとこのあるをみていみしのすき物のしわさとてあつまりていりきけれはこのおとこにけておくにかくれにけれは女

 あれにけりあはれいく世のやとなれやすみけんひとのをとつれもせぬといひてこの宮にあつまりきゐてありけれはこのおとこ

 むくらおひてあれたるやとのうれたきはかりにもおにのすたくなりとてなんいたしたりけるこの女ともほひろはむといひけれは

 うちわひておちほひろふときかませは我も田つらにゆかましものを

059

むかしおとこ京をいかゝ思ひけんむかし山にすまむと思ひいりて

 すみわひぬ今はかきり山さとに身をかくすへきやとをもとめてんかくて物いたくやみてしにいりたりけれはおもてに水そゝきなとしていきいてゝ

 わかうへに露そをくなるあまの河とわたるふねのかいのしつくかとなむいひていきいてたりける

060

むかしおとこ有けり宮つかへいそかしく心もまめならさりけるほとのいへとうしまめにおもはむといふ人につきて人のくにへいにけりこのおとこ宇佐の使にていきけるにあるくにのしそうの官人のめにてなむあるときゝてをんなあるしにかはらけとらせよさらすはのましといひけれはかはらけとりていたしたりけるにさかなゝりけるはなたちはなをとりて

 さ月まつ花たちはなのかをかけはむかしの人のそてのかそするといひけるにそ思ひいてゝあまになりて山にいりてそりける

061

昔おとこつくしまていきたりけるにこれは色このむといふすき物とすたれのうちなる人のいひけるをきゝて

 そめ河をわたらむ人のいかてかは色になるてふことのなからん女返し

 名にしおはゝあたにそあるへきたはれしま浪のぬれきぬきるといふなり

062

むかし年ころをとつれさりける女心かしこくやあらさりけんはかなき人の事につきて人のくになりける人につかはれてもとみし人のまへにいてきて物くはせなとしけりよさりこのありつるひとたまへとあるしにいひけれはをこせたりけりおとこ我をはしらすやとて

 いにしへのにほひはいつらさくら花こけるからともなりにける哉といふをいとはつかしと思ていらへもせてゐたるをなといらへもせぬといへはなみたのこほるゝにめもみえすものもいはれすといふ

 これやこの我にあふみをのかれつゝ年月ふれとまさりかほなきといひてきぬゝきてとらせけれとすてゝにけにけりいつちいぬらんともしらす

063

むかし世こゝろつける女いかて心なさけあらむをとこにあひえてしかなとおもへといひいてむもたよりなさにまことならぬ夢かたりをす子二三人をよひてかたりけりふたりのこはなさけなくいらへてやみぬさふらうなりける子なんよき御をとこそいてこむとあはするにこの女けしきいとよしこと人はいとなさけなしいかてこの在五中將にあはせてし哉と思心ありかしありきけるにいきあひてみちにてむまのくちをとりてかう〱なむ思ふといひけれはあはれかりてきてねにけりさてのちおとこみえさりけれは女おとこの家にいきてかいまみけるをおとこほのかにみて

 もゝとせにひとゝせたらぬつくもかみ我をこふらしおもかけにみゆとていてたつけしきをみてむはらからたちにかゝりて家にきてうちふせりおとこかの女のせしやうにしのひてたてりてみれは女なけきてぬとて

 さむしろに衣かたしきこよひもやこひしき人にあはてのみねむとよみけるをおとこあはれと思ひてその夜はねにけり世中のれいとしておもふをはおもひおもはぬをはおもはぬ物をこの人はおもふをもおもはぬをもけちめみせぬ心なんありける

064

昔おとこみそかにかたらふわさもせさりせはいつくなりけんあやしさによめる

 吹風にわか身みをなさは玉すたれひまもとめつゝいるへきものを返し

 とりとめぬ風にはありとも玉すたれたれかゆるさはかひまもとむへき

065

むかしおほやけおほしてつかうたまふ女の色ゆるされたるありけりおほみやすん所とていますかりけるいとこなりけり殿上にさふらひける在原なりけるおとこのまたいとわかゝりけるをこの女あひしりたりけりおとこ女かたゆるされたりけれは女のある所にきてむかひをりけれは女いとかたはなり身もほろひなんかくなせそといひけれは

 思ふにはしのふることそまけにけるあふにしかへはさもあらはあれといひてさうしにおりたまへはれいのこのみさうしには人のみるをもしらてのほりゐけれはこの女思ひわひてさとへゆくされはなにのよきことゝ思ていきかよひけれはみな人きゝてわらひけりつとめてとのもつかさのみるにくつはとりておくになけいれてのほりぬかくかたはにしつゝありわたるに身もいたつらになりぬへけれはつゐにほろひぬへしとてこのおとこいかにせんわかかゝる心やめたまへとてほとけ神にも申けれといやまさりにのみおほえつゝ猶わりなくこひしうのみおぼえけれはおむやうしかむなきよひてこひせしといふはらへのくしてなむいきけるはらへけるまゝにいとゝかなしきのかすまさりてありしよりけにこひしくのみおほえけれは

 こひせしとみたらし河にせしみそき神はうけすもなりにけるかなといひてなんいにけるこのみかとはかほかたちよくおはしましてほとけの御名を御心にいれて御こゑはいとたうとくて申たまふをきゝて女はいたうなきけりかゝるきみにつかうまつらてすくせつたなくかなしきことこのおとこにほたされてとてなんなきにけるかゝるほとにみかときこしめしつけてこのおとこをはなかしつかはしてけれはこの女のいとこのみやすところまかてさせてくらにこめてしおりたまふけれはくらにこもりてなく

 あまのかるもにすむゝしの我からとねをこそなかめ世をはうらみしとなきをりけれはこのおとこ人のくにより夜ことにきつゝふえをいとおもしろくふきてこゑはいとおかしうてそあはれにうたひけるかゝれはこの女はくらにこもりなからそれにそあなるときけとあひみるへきにもあらてなんありける

 さりともと思覧こそかなしけれあるにもあらぬ身をしらすしてとおもひけりおとこは女しあはねはかくしありきつゝ人のくにゝありきてかくうたふ

 いたつらに行てはきぬる物ゆへにみまくほしさにいさなはれつゝ水のおの御時なるへしおほみやすん所もそめとのゝ后也五條の后とも

066

むかしおとこつのくにゝしる所ありけるにあにおとゝ友たちひきゐてなにはの方にいきけりなきさをみれはふねとものあるをみて

 なにはつをけさこそみつのうらことにこれやこの世をうみわたるふねこれをあはれかりて人〱かへりにけり

067

むかしおとこせうえうしに思ふとちかいつらねていつみのくにへきさらき許にいきにけり河内のくにいこまの山をみれはくもりみはれみたちゐるくもやますあしたよりくもりてひるはれたりゆきいとしろう木のすゑにふりたりそれをみてかのゆく人のなかにたゝひとりよみける

 きのふけふくものたちまひかくろふは花のはやしをはうしとなりけり

068

昔おとこいつみのくにへいきけりすみよしのこほりすみよしのさとすみよしのはまをゆくにいとおもしろけれはおりゐつゝゆくある人すみよしのはまとよめといふ

 鴈なきて菊の花さく秋はあれと春のうみへにすみよしのはまとよめりけれはみな人〱よますなりけり

069

むかしおとこ有けりそのおとこ伊勢のくにゝかりの使にいきけるにかの伊勢の齊宮なりける人のおやつねのつかひよりはこの人よくいたはれといひやれりけれはおやのことなりけれはいとねむころにいたはりけりあしたにはかりにいたしたてゝやりゆふさりはかへりつゝそこにこさせけりかくてぬむころにいたつきけり二日といふ夜おとこわれてあはむといふ女もはたいとあはしともおもへらすされと人めしけゝれはえあはすつかひさねとある人なれはとをくもやとさす女のねやちかくありけれは女ひとをしつめてねひとつ許におとこのもとにきたりけりおとこはたねられさりけれはとのかたをみいたしてふせるに月のおほろなるにちひさきわらはをさきにたてゝ人たてりおとこいとうれしくてわかぬる所にゐていりてねひとつよりうしみつまてあるにまたなにこともかたらはぬにかへりにけりおとこいとかなしくてねすなりにけりつとめていふかしけれとわか人をやるへきにしあらねはいと心もとなくてまちをれはあけはなれてしはしあるに女のもとよりことはゝなくて

 きみやこし我やゆきけむおもほえす夢かうつゝかねてかさめてかおとこいといたうなきてよめる

 かきくらす心のやみにまとひにきゆめうつゝとはこよひさためよとよみてやりてかりにいてぬ野にありけと心はそらにてこよひたに人しつめていとゝくあはむと思にくにのかみいつきの宮のかみかけたるかりのつかひありときゝて夜ひとよさけのみしけれはもはらあひこともえせてあけはおはりのくにへたちなむとすれはをとこも人しれすちのなみたをなかせとえあはす夜やう〱あけなむとするほとに女かたよりいたすさかつきのさらに歌をかきていたしたりとりてみれは

 かち人のわたれとぬれぬえにしあれはとかきてすゑはなしそのさかつきのさらについまつのすみしてうたのすゑをかきつく

 又あふさかのせきはこえなんとてあくれはおはりのくにへこえにけり齊宮は水のおの御時文德天皇の御むすめこれたかのみこのいもうと 

070

むかしおとこ狩の使よりかへりきけるにおほよとのわたりにやとりていつきの宮のわらはへにいひかけゝる

 みるめかる方やいつこそさほさして我にをしへよあまのつり舟

071

昔おとこ伊勢の齊宮に内の御つかひにてまいれりけれはかの宮にすきこといひける女わたくしことにて

 ちはやふる神のいかきもこえぬへし大宮人のみまくほしさにおとこ

 こひしくはきてもみよかしちはやふる神のいさむるみちならなくに

072

むかしおとこ伊勢のくになりける女又えあはてとなりのくにへいくとていみしうゝらみけれは女

 おほよとの松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへるなみ哉

073

むかしそこにはありときけとせうそこをたにいふへくもあらぬ女のあたりをおもひける

 めにはみてゝにはとられぬ月のうちのかつらのこときゝみにそありける

074

むかしおとこ女をいたうゝらみて

 いはねふみかさなる山にあらねともあはぬ日おほくこひわたる哉

075

昔おとこ伊勢のくにゝゐていきてあらむといひけれは女

 おほよとのはまにおふてふみるからに心はなきぬかたらはねともといひてましてつれなかりけれはおとこ

 袖ぬれてあまのかりほすわたつうみのみるをあふにてやまむとやする女

 いはまよりおふるみるめしつれなくはしほひしほみちかひもありなん又おとこ

 なみたにそぬれつゝしほる世の人のつらき心はそてのしつくか世にあふことかたき女になん

076

むかし二條の后のまた春宮のみやすん所と申ける時氏神にまうて給けるにこのゑつかさにさふらひけるおきな人〱のろくたまはるついてに御くるまよりたまはりてよみてたてまつりける

 大原やをしほの山もけふこそは神世のことも思いつらめとて心にもかなしとや思ひけんいかゝ思ひけんしらすかし

077

むかしたむらのみかとゝ申すみかとおはしましけりその時の女御たかきこと申すみまそかりけりそれうせたまひて安祥寺にてみわさしけり人〱さゝけものたてまつりけりたてまつりあつめたる物ちさゝけ許ありそこはくのさゝけものを木のえたにつけてたうのまへにたてたれは山もさらにたうのまへにうこきいてたるやうになんみえけるそれを右大將にいまそかりけるふちはらのつねゆきと申すいまそかりてかうのをはるほとにうたよむ人〱をめしあつめてけふのみわさを題にて春の心はえあるうたゝてまつらせたまふ右のむまのかみなりけるおきなめはたかひなからよみける

 山のみなうつりてけふにあふ事ははるのわかれをとふとなるへしとよみたりけるをいまみれはよくもあらさりそのかみはこれやまさりけむあはれかりけり

078

むかしたかきこと申す女御おはしましけりうせ給ひてなゝ七日のみわさ安祥寺にてしけり右大將ふちはらのつねゆきといふ人いまそかりけりそのみわさにまうてたまひてかへさに山しなのせんしのみこおはしますその山しなの宮にたきおとし水はしらせなとしておもしろくつくられたるにまうてたまうてとしころよそにはつかうまつれとちかくはいまたつかうまつらすこよひはこゝにさふらはむと申たまふみこよろこひたまふてよるのおましのまうけさせ給さるにかの大將いてゝたはかりたまふやうみやつかへのはしめにたゝなをやはあるへき三條のおほみゆきせし時きのくにの千里のはまにありけるいとおもしろきいしたてまつれりきおほみゆきののちたてまつれりしかはある人のみさうしのまへのみそにすへたりしをしまこのみ給きみ也このいしをたてまつらんとのたまひてみすいしんとねりしてとりにつかはすいくはくもなくてもてきぬこのいしきゝしよりはみるはまされりこれをたゝにたてまつらはすゝろなるへしとて人〱にうたよませたまふみきのむまのかみなりける人のをなむあおきこけをきさみてまきゑのかたにこのうたをつけてたてまつりける

 あかねともいはにそかふる色みえぬ心をみせむよしのなけれはとなむよめりける

079

むかしうちのなかにみこうまれ給へりけり御うふやにひと〱歌よみけり御おほちかたなりけるおきなのよめる

 わかゝとにちひろある影をうへつれは夏冬たれかゝくれさるへきこれはさたかすのみこ時の人中將の子となんいひけるあにの中納言ゆきひらのむすめのはらなり

080

昔おとろへたる家にふちの花うへたる人ありけりやよひのつこもりにその日あめそほふるに人のもとへおりてたてまつらすとてよめる

 ぬれつゝそしゐておりつる年の内にはるはいくかもあらしとおもへは

081

むかし左のおほいまうちきみいまそかりけりかも河のほとりに六條わたりに家をいとおもしろくつくりてすみたまひけり神な月のつこもりかたきくの花うつろひさかりなるにもみちのちくさにみゆるおりみこたちおはしまさせて夜ひとよさけのみしあそひてよあけもてゆくほとにこのとのゝおもしろきをほむるうたよむそこにありけるかたゐをきなたいしきのしたにはひありきて人にみなよませはてゝよめる

 しほかまにいつかきにけむあさなきにつりするふねはこゝによらなんとなむよみけるはみちのくにゝいきたりけるにあやしくおもしろき所〱おほかりけるわかみかと六十よこくの中にしほかまといふ所ににたるところなりけりされはなむかのおきなさらにこゝをめてゝしほかまにいつかきにけむとよめりける

082

むかしこれたかのみこと申すみこおはしましけり山さきのあなたにみなせといふ所に宮ありけり年ことのさくらの花さかりにはその宮へなむおはしましけるその時右のむまのかみなりける人をつねにゐておはしましけり時世へてひさしくなりにぬれはその人の名わすれにけりかりはねむころにもせてさけをのみのみつゝやまとうたにかゝれりけりいまかりするかたのゝなきさの家そのゐんのさくらことにおもしろしその木のもとにおりゐて枝をゝりてかさしにさしてかみなかしもみな歌よみけりうまのかみなりける人のよめる

 世の中にたえてさくらのなかりせははるの心はのとけからましとなむよみたりける又人のうた

 ちれはこそいとゝさくらはめてたけれうき世になにかひさしかるへきとてその木のもとはたちてかへるに日くれになりぬ御ともなる人さけをもたせて野よりいてきたりこのさけをのみてむとてよき所をもとめゆくにあまの河といふところにいたりぬみこにむまのかみおほみきまいるみこのゝたまひけるかた野をかりてあまの河のほとりにいたるを題にてうたよみてさか月はさせとのたまうけれはかのむまのかみよみてたてまつりける。

 かりくらしたなはたつめにやとからむあまのかはらに我はきにけりみこうたを返ゝすしたまうて返しえしたまはすきのありつね御ともにつかうまつれりそれか返し

 ひとゝせにひとたひきます君まてはやとかす人もあらしとそ思かへりて宮にいらせ給ぬ夜ふくるまてさけのみ物かたりしてあるしのみこゑひていりたまひなむとす十一日の月もかくれなむとすれはかのむまのかみのよめる

 あかなくにまたきも月のかくるゝか山のはにけていれすもあらなんみこにかはりたてまつりてきのありつね

 おしなへて峯もたひらになりなゝむ山のはなくは月もいらしを

083

むかしみなせにかよひ給しこれたかのみこれいのかりしにおはしますともにうまのかみなるおきなつかうまつれり日ころへて宮にかへりたまうけり御をくりしてとくいなんとおもふにおほきみたまひろくたまはむとてつかはさゝりけりこのむまのかみ心もとなかりて

 まくらとて草ひきむすふこともせし秋の夜とたにたのまれなくにとよみける時はやよひのつこもりなりけりみこおほとのこもらてあかし給てけりかくしつゝまうてつかうまつりけるをおもひのほかに御くしおろしたままうてけりむ月におかみたてまつらむとて小野にまうてたるにひえの山のふもとなれは雪いとたかししゐてみむろにまうてゝおかみたてまつるにつれ〱といと物かなしくておはしましけれはやゝひさしくさふらひていにしへのことなと思ひいてきこえけりさてもさふらひてしかなとおもへとおほやけことゝもありけれはえさふらはてゆふくれにかへるとて

 わすれては夢かとそ思おもひきやゆきふみわけて君をみむとはとてなむなく〱きにける

084

むかしおとこ有けり身はいやしなからはゝなむ宮なりけるそのはゝなかおかといふ所にすみ給けりこは京に宮つかへしけれはまうつとしけれとしは〱えまうてすひとつこにさへありけれはいとかなしうし給ひけりさるにしはすはかりにとみのことゝて御ふみありおとろきてみれはうたあり

 老ぬれはさらぬわかれのありといへはいよ〱みまくほしきゝかなかのこいたうゝちなきてよめる

 世中にさらぬわかれのなくも哉千よもといのる人のこのため

085

昔おとこ有けりわらはよりつかうまつりけるきみ御くしおろしたまうてけりむ月にはかならすまうてけりおほやけのみやつかへしけれはつねにはえまうてすされともとの心うしなはてまうてけるになん有けるむかしつかうまつりし人そくなるせんしなるあまたまいりあつまりてむ月なれは事たつとておほみきたまひけりゆきこほすかことふりてひねもすにやますみな人ゑひて雪にふりこめられたりといふをたいにてうたありけり

 おもへとも身をしわけねはめかれせぬゆきのつもるそわか心なるとよめりけれはみこいといたうあはれかりたまうて御そぬきてたまへけり。

086

昔いとわかきおとこわかき女をあひいへりけりをの〱おやありけれはつゝみていひさしてやみにけり年ころへて女のもとに猶心さしはたさむとや思ひけむおとこうたをよみてやれりけり

 今まてにわすれぬ人は世にもあらしをのかさま〱年のへぬれはとてやみにけりおとこも女もあひはなれぬ宮つかへになんいてにける 

087

むかしおとこ津のくにむはらのこほりあしやのさとにしるよしゝていきてすみけりむかしのうたに

 あしのやのなたのしほやきいとまなみつけのをくしもさゝすきにけりとよみけるそこのさとをよみけるこゝをなむあしやのなたとはいひけるこのおとこなまみやつかへしけれはそれをたよりにてゑうのすけともあつまりきにけりこのおとこのこのかみもゑふのかみなりけりその家のまへの海のほとりにあそひありきていさこの山のかみにありといふぬのひきのたきみにのほらんといひてのほりてみるにそのたき物よりこと也なかさ二十丈ひろさ五丈許なるいしのおもてしらきぬにいはをつゝめらんやうになむありけるさるたきのかみにわらうたのおほきさしてさしいてたるいしありそのいしのうへにはしりかゝる水はせうかうしくりのおほきさにてこほれおつそこなる人にみなたきの歌よますかのゑふのかみまつよむ

 わか世をはけふかあすかとまつかひのなみたのたきといつれたかけんあるしつきによむ

 ぬきみたる人こそあるらし白玉のまなくもちるかそてのせはきにとよめりけれはかたへの人わらふことにや有けむこの歌にめてゝやみにけりかへりくるみちとをくてうせにし宮内卿もちよしか家のまへくるに日くれぬやとりの方をみやれはあまのいさり火おほくみゆるにかのあるしのおとこよむ

 はるゝ夜のほしか河邊の螢かもわかすむかたのあまのたく火かとよみて家にかへりきぬその夜南の風ふきて浪いとたかしつとめてその家のめのこともいてゝうきみるのなみによせられたるひろひていゑの内にもてきぬ女かたよりそのみるをたかつきにもりてかしはをおほひていたしたるかしはにかけり

 渡つ海のかさしにさすといはふもゝきみかためにはおしまさりけりゐなか人のうたにてはあまけりやたらすや

088

昔いとわかきにはあらぬこれかれともたちともあつまりて月をみてそれかなかにひとり

 おほかたは月をもめてしこれそこのつもれは人のおいとなる物

089

むかしいやしからぬおとこ我よりはまさりたる人を思かけて年へける

 ひとしれす我こひしなはあちきなくいつれの神になきなをおほせん

090

むかしつれなき人をいかてと思わたりけれはあはれとや思けむさらはあすものこしにてもといへりけるをかきりなくうれしく又うたかはしけれはおもしろかりけるさくらにつけて

 さくら花けふこそかくもにほふともあなたのみかたあすのよのことといふ心はへもあるへし

091

むかし月日のゆくへをさへなけくおとこ三月つこもりかたに

 おしめとも春のかきりのけふの日のゆふくれにさへなりにける哉

092

むかしこひしさにきつゝかへれと女にせうそこをたにえせてよめる

 あしへこくたなゝしを舟いくそたひゆきかへるらむしる人もなみ

093

むかしおとこ身はいやしくていとになき人を思かけたりけりすこしたのみぬへきさまにやありけんふして思ひおきておもひ思ひわひてよめる

 あふな〱思ひはすへしなそへなくたかきいやしきくるしかりけりむかしもかゝることは世のことわりにやありけん

094

むかしおとこ有けりいかゝありけむそのおとこすますなりにけりのちにをとこありけれとこあるなかなりけれはこまかにこそあらねと時〱ものいひをこせけり女かたにゑかく人なりけれはかきにやれりけるをいまのおとこの物すとてひとひふつかをこせさりけりかのおとこいとつらくをのかきこゆる事をはいまゝてたまはねはことはりとおもへと猶人をはうらみつへき物になんありけるとてろうしてよみてやれりける時は秋になんありける

 秋の夜は春ひわするゝ物なれやかすみにきりやちへまさむらんとなんよめりける女返し

 千ゝの秋ひとつの春にむかはめやもみちも花もともにこそちれ

095

むかし二條の后につかうまつるおとこ有けり女のつかうまつるをつねにみかはしてよはひわたりけりいかて物こしにたいめんしておほつかなく思つめたることすこしはるかさむといひけれは女いとしのひてものこしにあひにけり物かたりなとしておとこ

 ひこほしにこひはまさりぬあまの河へたつるせきをいまはやめてよこのうたにめてゝあひにけり

096

むかしおとこ有けり女をとかくいふこと月日へにけりいは木にしあらねは心くるしとや思けんやう〱あはれと思けりそのころみな月のもちはかりなりけれは女身にかさひとつふとついてきにけり女いひをこせたる今はなにの心もなし身にかさもひとつふたついてたり時もいとあつしすこし秋風ふきたちなむ時かならすあはむといへりけり秋まつころをひにこゝかしこよりその人のもとへいなむすなりとてくせちいてきにけりさりけれは女のせうとにはかにむかへにきたりされはこの女かえてのはつもみちをひろはせてうたをよみてかきつけてをこせたり

 秋かけていひしなからもあらなくにこの葉ふりしくえにこそありけれとかきをきてかしこより人をこせはこれをやれとていぬさてやかてのちつゐにけふまてしらすよくてやあらむあしくてやあらんいにし所もしらすかのおとこはあまのさかてをうちてなむのろひをるなるむくつけきこと人のゝろひことはおふ物にやあらむおはぬ物にやあらんいまこそはみめとそいふなる

097

むかしほり河のおほいまうちきみと申すいまそかりけり四十の賀九條の家にてせられける日中將なりけるおきな

 さくら花ちりかひくもれおいらくのこむといふなるみちまかふかに

098

昔おほきいまうちきみときこゆるおはしけりつかうまつるおとこなか月許にむめのつくりえたにきしをつけてたてまつるとて

 わかたのむ君かためにとおる花はときしもわかぬ物にそ有けるとよみてたてまつりたりけれはいとかしこくおかしかり給て使にろくたまへりけり

099

むかし右近の馬場のひをりの日むかひにたてたりけるくるまに女のかほのしたすたれよりほのかにみえけれは中將なりけるおとこのよみてやりける

 みすもあらすみもせぬ人のこひしくはあやなくけふやなかめくらさん返し

 しるしらぬなにかあやなくわきていわんおもひのみこそしるへなりけれのちはたれとしりにけり

100

むかしおとこ後凉殿のはさまをわたりけれはあるやんことなき人の御つほねよりわすれくさをしのふくさとやいふとていたさせたまへりけれはたまはりて

 忘草おふるのへとはみるらめとこはしのふなりのちもたのまん

101

むかし左兵衞督なりける在原のゆきひらといふありけりその人の家によきさけありときゝてうへにありける左中辨ふちはらのまさちかといふをなむまらうろさねにてその日はあるしまうけしたりけるなさけある人にてかめに花をさせりその花のなかにあやしきふちの花ありけり花のしなひ三尺六寸はかりなむありけるそれをたいにてよむよみはてかたにあるしのはらからなるあるしゝたまふときゝてきたりけれはとらへてよませけるもとよりうたのことはしらさりけれはすまひけれとしゐてよませけれはかくなん

 さく花のしたにかくるゝ人をほみありしにまさるふちのかけかもなとかくしもよむといひけれはおほきおとゝのゑい花のさかりにみまそかりて藤氏のことにさかゆるをおもひてよめるとなんいひけるみなひとそしらすになりけり

102

むかしおとこ有けりうたはよまさりけれと世中を思しりたりけりあてなる女のあまになりて世中を思うんして京にもあらすはるかなる山さとにすみけりもとしそくなりけれはよみてやりける

 そむくとて雲にはのらぬ物なれと世のうきことそよそになるてふとなんいひやりける齊宮の宮也

103

むかしおとこ有けりいとまめにしちようにてあたなる心なかりけりふか草のみかとになむつかうまつりける心あやまりやしたりけむみこたちのつかひたまひける人をあひいへりさて

 ねぬる夜の夢をはかなみまとろめはいやはかなにもなりまさる哉となんよみてやりけるさるうたのきたなけさよ

104

むかしことなることなくてあまになれる人有けりかたちをやつしたけれと物やゆかしかりけむかものまつりみにいてたりけるをおとこうたよみてやる

 世をうみのあまとし人をみるからにめくはせよともたのまるゝ哉これは齊宮の物みたまひけるくるまにかくきこえたりけれはみさしてかへり給にけりとなん

105

むかしおとこかくてはしぬへしといひやりけれは女

 白露はけなはけなゝんきえすとてたまにぬくへき人もあらしをといへりけれはいとなめしと思けれと心さしはいやまさりけり

106

昔おとこみこたちのせうえうし給所にまうてゝたつた河のほとりにて

 ちはやふる神世もきかすたつた河からくれなゐに水くゝるとは

107

むかしあてなるおとこありけりそのおとこのもとなりける人を内記に有けるふちはらのとしゆきといふ人よはひけりされとわかけれはふみもおさ〱しからすことはもいひしらすいはむやうたはよまさりけれはかのあれしなる人あんをかきてかゝせてやりけりめてまとひにけりさておとこのよめる

 つれ〱のなかめにまさる淚河そてのみひちてあふよしもなし返しれいのおとこ女にかはりて

 あさみこそゝてはひつらめ淚河身さへなかるときかはたのまむといへりけれはおとこいといたうめてゝいまゝてまきてふみはこにいれてありとなむいふなるおとこふみをこせたりえてのちの事なりけりあめのふりぬへきになむみわつらひ侍みさいはひあらはこのあめはふらしといへりけれはれいのおとこ女にかはりてよみてやらす

 かす〱に思ひおもはすとひかたみ身をしる雨はふりそまされるとよみてやれりけれはみのもかさもとりあへてしとゝにぬれてまとひきにけり

108

むかし女ひとの心をうらみて

 風ふけはとはに浪こすいはなれやわか衣手のかはく時なきとつねのことくさにいひけるをきゝおひけるおとこ

 夜ゐことにかはつのあまたなくたには水こそまされ雨はふらねと

109

むかしおとこともたちの人をうしなへるかもとにやりける

 花よりも人こそあたになりにけれいつれをさきにこひひんとかみし

110

むかしおとこみそかにかよふ女ありけりそれかもとよりこよひゆめになんみえたまひつるといへりけれはおとこ

 おもひあまりいてにしたまのあるならん夜ふかくみえはたまむすひせよ

111

昔おとこやむことなき女のもとになくなりにけるをとふらふやうにていひやりける

 いにしへはありもやしけむ今そしるまたみぬ人をこふるものとは返し

 したひものしるしとするもとけなくにかたるかことはこひすそあるへき又返し

 こひしとはさらにいはしゝひものとけむを人はそれとしらなむ

112

むかしおとこねむころにいひちきりれる女のことさまになりにけれは

 すまのあまのしほやく煙風をいたみおもはぬ方にたなひきにけり

113

昔おとこやもめにてゐて

 なかゝらぬいのちのほとにわするゝはいかにみしかき心なるらん

114

むかし仁和のみかとせり河に行幸したまひける時いまはさることにけなく思けれともとつきにける事なれはおほたかのたかゝひにてさふらはせたまひけるすりかりきぬのたもとにかきつけゝる

 おきなさひ人なとかめそかり衣けふはかりとそたつもなくなるおほやけの御けしきあしかりけりをのかよはひを思ひけれとわかゝらぬ人はきゝおひけりとや

115

むかしみちのくにゝておとこ女すみけり男宮こへいなんといふこの女いかなしうてうまのはなむけをたにせむとておきのゐてみやこしまといふ所にてさけのませてよめる

 をきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまへのわかれなりけり 

116

むかしおとこすゝろにみちのくにまてまとひいにけり京のおもふ人にいひやる

 浪まよりみゆるこしまのはまひさしひさしくなりぬきみにあひみてなにこともみなよくなりにけりとなんいひやりける

117

むかしみかと住吉に行幸したまひけり

 我みてもひさしくなりぬ住吉のきしのひめ松いくよへぬらんおほん神けきやうし給て

むつましと君は白浪みつかきのひさしき世よりいはひそめてき

118

昔おとこひさしくをともせてわするゝ心もなしまいりこむといへりけれは

 玉かつらはふ木あまたになりぬれはたえぬ心のうれしけもなし

119

むかし女のあたなるおとこのかたみとてをきたる物ともをみて

 かたみこそ今はあたなれこれなくはわするゝ時もあらましものを

120

昔おとこ女のまた世へすとおほえたるか人の御もとにしのひてものきこえてのちほとへて

 近江なるつくまのまつりとくせなんつれなき人のなへのかすみむ

121

むかしおとこ梅壷より雨にぬれて人のまかりいつるをみて

 うくひすの花をぬふてふかさも哉ぬるめる人にきせてかへさん返し

 うくひすの花をぬふてふかさはいなおもひをつけよほしてかへさん

122

むかしおとこちきれることあやまれる人に

 山しろのゐてのたま水てにむすひたのみしかひもなきよなりけりといひやれといらへもせす

123

むかしおとこありけり深草にすみける女をやう〱あきかたにや思けんかゝるうたをよみけり

 年をへてすみこしさとをいてゝいなはいとゝ深草野とやなりなん女返し

 野とならはうつらとなりてなきをらんかりにたにやは君はこさらむとよめりけるにめてゝゆかむと思ふ心なくなりにけり

124

むかしおとこいかなりける事を思ひけるおりにかよめる

 おもふこといはてそたゝにやみぬへき我とひとしき人しなけれは

125

むかしおとこわつらひて心地しぬへくおほえけれは

 つゐにゆくみちとはかねてきゝしかときのふけふとはおもはさりしを






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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