古今和歌集卷第九。羈旅哥。原文。(窪田空穗ニ依ル戦前ノ校本)


古今和歌集

○已下飜刻底本ハ窪田空穗之挍註ニ拠ル。是卽チ

窪田空穗編。校註古今和歌集。東京武蔵野書院。昭和十三年二月二十五日發行。窪田空穗ハ近代ノ歌人。

はかな心地涙とならん黎明[しののめ]のかかる靜寂[しじま]を鳥來て啼かば

又ハ

わが胸に觸れつかくるるものありて捉へもかねる靑葉もる月。

底本ノ凡例已下ノ如ク在リ。

一、本書は高等専門諸學校の國語科敎科書として編纂した。

一、本書は流布本といはれる藤原定家挍訂の貞應本を底本とし、それより時代の古い元永本、淸輔本を參照し、異同の重要なものを上欄[※所謂頭註。]に記した。この他、參照の用にしたものに、古今六帖、高野切、筋切、傳行成筆、顯註本、俊成本がある。なほ諸本により、本文の歌に出入りがある。(下畧。)

○飜刻凡例。

底本上記。又金子元臣ノ校本參照ス。是出版大正十一年以降。奧附无。

[ ]内原書訓。[※]内及※文ハ飜刻者訓乃至註記。



古今和歌集卷第九

 羈旅哥

  もろこしにて、月を見てよみける

  安倍仲麿

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも

    この歌は、昔なかまろを、もろこしに物ならはしに遣したりけるに、あまたの年をへて、え歸りまうでこざりけるを、この國より又使まかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとて出でたちけるに、明州といふ所の海べにて、かのくにの人、うまのはなむけしけり。よるになりて、月のいと面白くさしいでたりけるを見てよめる、となむ語り傳ふる

  隠岐の國に流されける時に、船に乗りて出で立つとて、京なる人のもとにつかはしける

  小野たかむらの朝臣

わたの原やそ島かけて漕ぎいでぬと人には告げよあまの釣舟

  題しらず

  よみ人しらず

みやこ出でて今日みかの原いづみがは川風さむし衣かせ山

ほのぼのと明石の浦のあさ霧に嶋がくれ行く舟をしぞ思ふ

    この歌はある人のいはく、柿本人麿が歌なり

  あづまの方へ、友とする人、一人二人いざなひていきけり、三河の國やつはしといふ所にいたれりけるに、その河のほとりに、かきつばたいと面白く咲けりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじを、句の頭[※かしら]にすゑて、旅の心をよまむとてよめる

  在原業平朝臣

から[※唐]衣きつつなれにし妻しあればはるばる來ぬる旅をしぞ思ふ

  武藏の國と、しもつふさの國との中にある、すみだ川のほとりにいたりて、京[みやこ]のいと戀ひしう覺えければ、しばし河のほとりにおりゐて思ひやれば、かぎりなく遠くもきにけるかなと思ひわびて眺めをるに、わたし守はや舟にのれ、日くれぬ、といひければ、舟にのりて渡らむとするに、みな人もの侘びしくて、京[みやこ]に思もふ人なくしもあらず、さるをりに白き鳥の、はしとあしとのあかき、河のほとりにあそびけり、京には見えぬ鳥なりければ、みな人見しらず、わたし守に、これは何鳥ぞと問ひければ、これなむ都鳥[※みやことり]といひけるを聞きてよめる

  在原業平朝臣

名にしおはばいさ言[こと]とはむ都鳥わが思ふ人は有りやなしやと

  題しらす

  よみ人しらす

北へ行く雁ぞなくなる連れてこし數は足らでぞ歸るべらなる

    この歌は、ある人、男女もろともに、人の國へまかりけり。男罷りいたりして、すなはち身まかりにければ、女ひとり京[みやこ]へかへりける道に、歸る雁の鳴きけるを聞きてよめるとなむいふ

  あづまの方より、京へまうでくとてみちにてよめる

  おと

山隱す春の霞ぞうらめしきいづれ都のさかひなるらむ

  越の國へまかりける時、しら山をみてよめる

  みつね

消[※き]えはつる時しなければ越路[※こしち]なるしら山の名は雪にぞ有りける

  あづまへまかりける時、道にてよめる

  つらゆき

絲による物ならなくに別路[※わかれち]の心細くも思ほゆるかな

  甲斐の國へまかりける時、路にてよめる

  みつね

夜を寒みおく初霜をはらひつつ草の枕にあまたたびねぬ

  但馬の國の湯へまかりける時に、ふたみの浦といふ所にとまりて、夕さりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人、うたよみけるついでによめる

  藤原兼輔

夕づく夜おぼつかなきを玉くしげふた見の浦はあけてこそ見め

  惟喬[※これたか]のみこのともに、狩にまかりける時に、天の河といふ所の川のほとりにおりゐて、酒など飮みけるついでに、みこのいひけらく、狩して、天の河原にいたるといふ心をよみて、さかづきはさせといひければよめる

  在原業平朝臣

狩り暮らし棚機[※たなばた]つめに宿からむ天の河原に我は來にけり

  親王[※みこ]此の歌をかへすかへすよみつつ、返しえせずなりにければ、ともに侍りてよめる

  きのありつね

ひととせに一たび來ます君待てばやどかす人もあらじとぞ思ふ

  朱雀院の奈良におはしましたりける時に、手向け山にてよみける

  すがはらの朝臣

このたびは幣[※ぬさ]もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに

  素性法師

手向にはつづりの袖もきるべきに紅葉にあける神やかへさむ






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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