古今和歌集卷第八。離別哥。原文。(窪田空穗ニ依ル戦前ノ校本)
古今和歌集
○已下飜刻底本ハ窪田空穗之挍註ニ拠ル。是卽チ
窪田空穗編。校註古今和歌集。東京武蔵野書院。昭和十三年二月二十五日發行。窪田空穗ハ近代ノ歌人。
はかな心地涙とならん黎明[しののめ]のかかる靜寂[しじま]を鳥來て啼かば
又ハ
わが胸に觸れつかくるるものありて捉へもかねる靑葉もる月。
底本ノ凡例已下ノ如ク在リ。
一、本書は高等専門諸學校の國語科敎科書として編纂した。
一、本書は流布本といはれる藤原定家挍訂の貞應本を底本とし、それより時代の古い元永本、淸輔本を參照し、異同の重要なものを上欄[※所謂頭註。]に記した。この他、參照の用にしたものに、古今六帖、高野切、筋切、傳行成筆、顯註本、俊成本がある。なほ諸本により、本文の歌に出入りがある。(下畧。)
○飜刻凡例。
底本上記。又金子元臣ノ校本參照ス。是出版大正十一年以降。奧附无。
[ ]内原書訓。[※]内及※文ハ飜刻者訓乃至註記。
古今和歌集卷八
離別哥
題しらず
在原行平朝臣
立ち別れいなばの山の峯に生[※お]ふるまつ[松‐待]とし聞かば今歸りこむ
よみ人しらず
すがるなく秋の萩原あさたちて旅ゆく人をいつとか待たむ
限りなき雲居のよそに別るとも人を心におくらさむやは
小野の千古[※ちふる]がみちのくの介[※すけ]にまかりける時に母のよめる
たらちねの親のまもりとあひ添ふる心ばかりはせきなとどめそ
さだときのみこの家にて藤原のきよふが、近江[※あふみ]の介にまかりける時に、うまのはなむけしける夜詠める
きのとしさだ
今日別れ明日はあふみとおもへども夜やふけぬらむ袖の露けき
越[※こし]へ罷りける人によみてつかはしける
かへる山ありとは聞けど春霞立ち別れなば戀ひしかるべし
人のうまのはなむけにてよめる
きのつらゆき
惜しむから戀ひしきものを白雲の立ちなむのちは何ごこちせむ
友だちの人の國へまかりけるによめる
在原しげはる
別れては程をへだつと思へばやかつ見ながらにかねて戀ひしき
あづまの方へ罷りける人に詠みてつかはしける
いかごのあつゆき
思へども身をし分けねば目に見えぬ心を君にたぐへてぞやる
あふさかにて、人をわかれける時によめる
なにはのよろづを
逢坂の關しまさしき物ならば飽かず別かるる君をとどめよ
題しらず
よみ人しらず
唐衣たつ日はきかじ朝露のおきてし行けば消[※け]ぬべきものを
この歌はある人つかさをたまはりて、新しき妻[め]につきて、年經て住みける人をすててただあすなむ立つとばかりいへりける時に、ともかうもいはでよみてつかはしける
常陸へまかりける時に、藤原のきみとしに詠みてつかはしける
寵
朝なけに見べき君としたのまねば思ひ立ちぬる草枕なり
紀のむねさだが、あづまへ罷りける時に、人の家に宿りて、あかつき出で立つとて、罷り申しければ、女のよみて出だせりける
よみ人しらず
えぞしらぬ今こころみよ命あらば我や忘るる人やとはぬと
あひ知りて侍りける人の、あづまの方へ罷りけるを、おくるとてよめる
ふかやぶ
雲居にもかよふ心のおくれねば別ると人に見ゆばかりなり
友のあづまへまかりける時によめる
よしみねのひでをか
白雲のこなたかなたに立ち別れ心をぬさとくだく旅かな
みちのくにへ罷りける人に、よみて遣はしける
つらゆき
しら雲の八重にかさなるをちにても思はむ人に心へだつな
人をわかれける時によみける
別れてふ事は色にもあらなくに心にしみてわびしかるらむ
相知れりける人の、越の國にまかりて、年經て京にまうできて、又かへりける時によめる
凡河内みつね
かへる山何そはありてあるかひはきてもとまらぬ名にこそ有りけれ
越の國へ罷りける人に、よみて遣はしける
よそにのみ戀ひやわたらむしら山のゆき見るべくもあらぬわが身は
音羽[※をとは]の山のほとりにて、人を別るとてよめる
つらゆき
をとは山こだかくなきて時鳥君が別を惜しむべらなり
藤原の後䕃[※のちかけ]が唐物[※からもの]の使に、なが月のつごもりがたにまかりけるに、うへのをのこども、酒たうびけるついでによめる
藤原兼茂[※かねもち]
諸共になきてとどめよきりぎりす秋の別れは惜しくやはあらぬ
平もとのり
秋霧のともに立ちいでて別れなば晴れぬ思ひにこひや渡らむ
源のさねが、筑紫へ湯あみむとてまかりける時に、山崎にて、わかれ惜しみける所にてよめる
しろめ
命だに心にかなふものならば何か別れの悲しからまし
山崎より、神なびの森まで、送りに人人まかりて、歸りがてにして別れ惜しみけるによめる
源さね
人やりの道ならなくにおほかたはいきうしといひていざ歸りなむ
今はこれよりかへりねと、實がいひける折によみける
藤原かねもち
慕はれて來にし心の身にしあれば歸るさまには道もしられず
藤原のこれをかが武藏の介にまかりける時に、送りに逢坂をこゆとてよみける
つらゆき
かつ越えて別れもゆくか逢坂は人だのめなる名にこそありけれ
大江のちふるが、越へまかりける馬のはなむけによめる
藤原かねすけの朝臣
君が行く越の白山しらねどもゆきのまにまにあとは尋ねむ
人の花山にまうで來て、夕さりつ方歸りなむとしける時によめる
僧正遍昭
夕暮のまがきは山と見えななむよるは越えじとやどりとるべく
山に登りて歸りまうできて、人人別れけるついでによめる
幽仙法師
別をば山の櫻にまかせてむとめむとめじは花のまにまに
雲林院のみこの、舎利會に山にのぼりて歸りけるに、櫻の花のもとにてよめる
僧正遍昭
山風に櫻吹きまき亂れなむ花のまぎれに立ちとまるべく
幽仙法師
ことならば君とまるべく匂はなむ歸すは花の憂きにやはあらぬ
仁和のみかど、みこにおはしましける時に、布留[※ふる]の瀧御覧じにおはしまして、かへり給ひけるによめる
兼藝法師
飽かずして別るる淚瀧にそふ水まさるとやしもは見るらむ
かん[※む]なりの壷に召したりける日、大御酒[※おほみき]などたうたべて雨のいたくふりければ、ゆふさりまで侍りて、まかりいでけるをりに、盃をとりて
つらゆき
秋萩の花をば雨にぬらせども君をばまして惜しとこそ思へ
と詠めりける返し
兼覧王
をしむらむ人の心を知らぬまに秋の時雨と身ぞふりにける
兼覧[※かねみ]のおほきみに、はじめて物語して別れける時によめる
みつね
別るれどうれしくもあるか今宵より逢ひ見ぬさきに何を戀ひまし
題しらず
よみ人しらず
飽かずして別るる袖の白玉を君がかたみと包みてぞゆく
限りなくおもふ淚にそぼちぬる袖はかわかじ逢はむ日までに
かきくらしことは降らなむ春雨にぬれぎぬきせて君をとどめむ
しひて行く人をとどめむ櫻花いづれを道とまどふ[※惑う]まで散れ
しが[※志賀]の山ごえにて、いし井のもとにて、ものいひける人の別れけるをりによめる
つらゆき
むすぶ手の雫に濁る山の井のあかでも人に別れぬるかな
道に逢へりける人の車に、物をいひつきて、別れける所にてよめる
とものり
下の帶の道はかたがた別るとも行きめぐりても逢はむとぞ思ふ
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