髙橋氏文 原文及び現代語訳。4。日本書紀による日本武尊東夷征伐
秋七月癸未朔戊戌。天皇詔(二)群卿(一)曰。
秋七月癸未朔戊戌。天皇は羣卿を集めて宣て曰く
[※景行天皇]今東國不(レ)安。暴‐神[アラブルカミ]多ク起ル。亦蝦夷悉ニ叛。屢略[カス]ム(二)人民ヲ(一)。遣(二)誰人(一)以テ平[ム]ケム(二)其亂(一)。
——今又東の國が安らがず、荒ぶる神が多く目醒めて在る。…亦、蝦夷の族の者ども、悉く
その叛旗を飜し、人民を掠め取り奪う。如何したものか誰を以て
此の亂れを平らぐ可きか?
羣臣皆不(レ)知(二)誰ヲ遣ト云フヿヲ(一)也。日本武尊奏言。
羣臣等の内、誰もその適任者を思いつかなった。その時
日本武の尊は奏上し申し上げた
[※日本武尊]臣ハ則先ニ勞(二)西征(一)。是役ハ必ズ大碓皇子ノ之事ナラム矣。
——私は既に先の西征で勞を果たした者。ならば次のその大役は
必ず我が兄の君、大碓の皇子で無ければ成りますまいか…
時ニ大碓皇子愕然之。逃ゲ(二)‐隱ル草ノ中ニ(一)。則遣(二)使者(一)召來。爰天皇責メテ曰ク。
時に
大碓皇子は是に驚愕、愕然として慌て
草の中に逃げ隠れた。仍て、改めて使者を遣って召して御帝は
皇子を責めて宣り曰く
[※景行天皇]汝不ルヲ(レ)欲セ矣豈‐强‐遣‐耶[アナガチニツカヘサムヤ]。何未ダ/ズシテ(レ)對ハ(レ)賊ニモ以豫‐懼[マタキコト]甚シキ焉。
——お前は一体何をして居るのか。未だ
賊に顏を合わせもし無い前から慄き恐れ怯えて逃げて…
因(レ)此遂ニ封[コトヨ]サス(二)美濃ニ(一)。仍如ク(二)封‐地[コトヨサスルクニ]ゝ(一)。是身‐毛‐津[ムエツ]ノ君。守ノ君。二族之始祖也。
是に因って天皇は大碓皇子を美濃の國に流して軟禁した。是が後に
身毛津の君、及び守の君二部族の始めの祖と成ったので在る
於(レ)是日本武尊雄誥[サト]シテ之曰。
是に於いて日本武の尊は終に御帝に申し上げた
…こうも読める
是に於いて御帝は終に日本武尊に(——を)申し上げた。…と
日本武尊雄誥の雄字。是は
一体なんだろう?雄はヲトコのヲなのだから
ヲの音で訓じるかマスラヲと当て字讀みするかである。ならば
天皇は敢えてマスラヲと呼んで殊更に呪詛を懸けたのか。乃至
日本武尊を言擧げして呪詛を懸けたのか。何故そんな讀み方をして仕舞うのかと云へば
抑々
已に日本武尊がタケルの名に拠る呪詛を懸けられているからだ。そう
テクストは仕掛けて居る
[※日本武尊]熊襲旣平。未(レ)經(二)幾年(一)。今更[マタ]東夷叛ク之。何‐日[イツ]カ逮[イタ]ラム(二)于大平ニ(一)矣。臣雖(レ)勞之。頓[ヒタブル]ニ平ムト(二)其亂ヲ(一)。
——西の熊襲は已に速やかに平らいで未だ幾年も經無い。そんな此の折に
今、復た東夷の蠻族等が叛亂する…いつの日であろうか?
此の國に太平というものが來る時は。…我が臣たるお前は今
功在って勞を得疲れ切って居るには違い無くとも今
ふたゝび總て投げ打って其の亂を平らげるだろう…と
則天皇持[ト]リ(二)斧‐鉞[マサカリ]ヲ(一)。以テ授ケテ(二)日本武尊ニ(一)曰ク。
卽ち御帝は斧と鉞を取り、日本武尊に授けて御言宣り爲され賜うた。そして
異常な程に過剰且つ長大な詔りが已下續く
[※景行天皇]朕聞。其東夷也。
——私は者どもの報告に聞いている。その東夷の蠻族等とは斯くの如し
識‐性[タマシヒ]暴强。凌犯ヲ爲(レ)宗。村ニ之無(レ)長。邑ニ之勿シ(レ)首。各貪リテ(二)封堺ヲ(一)。並ニ相盜‐略[カスム]。亦山ニ有(二)邪‐神[アヤシキカミ](一)。郊ニ有(二)姦鬼(一)。遮リ(レ)衢[※四辻]ヲ塞[フタガリ](レ)俓[ミチ]ニ。多令(レ)苦(レ)人。
魂靈凶暴にして凌辱叛亂違反を有理とし、村に集団の長は無く邑に首領は居無い
人の領域を犯し奪う叓を是としてお互いに窃盗を繰り返す。亦その山に
邪惡なる神が棲んで居る。町の外れには姦鬼が蔓延り撰ぶ道を遮り行く道を塞ぎ人々を苦しめる
其東夷之中ニ。蝦夷是尤モ强シ焉。
その惡しき地東夷の蠻族の中に、最も强大なる一族が蝦夷である
男女交‐居[マジリ井]テ。父子無(レ)別[ワキタメ]。冬則宿[子](レ)穴。夏則住ム(レ)樔[※巢]。衣(レ)毛飲(レ)血。昆弟相疑ヒ。登ルコト(レ)山ニ如(二)飛禽(一)。行[ハシ]ルコト(レ)草如(二)走獸(一)。承ラバ(レ)恩則忘レ。見(レ)怨必報。是以箭[※矢]藏(二)頭髻(一)。刀佩(二)衣中(一)。或聚[アツ]メテ(二)黨類ヲ(一)、而犯シ邊‐堺[ホトリ]ヲ(一)。或伺(二)農桑(一)。以略[カス]ム(二)人民(一)。擊テバ則隱レ(レ)草ニ。追ヘバ則入ル(レ)山ニ。故往‐古‐以‐來[イニシヘヨリコノカタ]。未(レ)染[シタガ]ハ(二)王‐化[王ニ](一)。
——男女の愼みは固よりなく雌雄の区別も附か無い程に入り雑じって亂れ、父子の分など在ろう筈も無い
冬は穴倉に棲み夏は巢に寝泊まりする。獸の毛の衣を纏い獸の生き血を好む
兄弟相疑い合って、山に昇れば飛ぶ鳥の如く、野を駈ければ走る獸の如し
恩を承ければ直ちに忘れ、恨みを感じて忘れることは二度と無い
頭を血を吸った弓で飾り衣の中に劔を佩びる。或いは
一統を集めて境界を犯し農産さらには人民の略奪を欲しい儘にする。撃てば草に隠れ
追えば山に隠れる。故に古より此の方、天皇に從うという叓が無い
今朕察スルニ(二)汝ノ爲[ナ]リヲ(一レ)人ト也。身體長大。容姿端正。力能ク扛[※カツ]グ(レ)鼎[※かなえ。支那ノ鐵鎌]ヲ。猛キコト如(二)雷電(一)。所(レ)向無(レ)前。所(レ)攻必勝。
——今私はお前の人と爲りを察し、言擧げしてお前を言い當てよう。…お前は
身躰は長く髙く大きく容姿は端正にして力強くて支那の鐵鎌を振り廻して容易く
猛けき叓雷の稲妻のようで向かう所に辿り着かない處は無く攻めれば必ず勝た無い叓等在りはし無い
卽知ツ之。形則我子ニテ實ハ則神‐人[カミ]ナリ。
——卽ち私は知っている。お前は血を分けた我が子で在りながらその實
卽ち神人なのだ
是寔ニ天愍ミ玉ヒテ(二)朕不叡ニシテ且ツ國ノ不(一レ)平。令ムル(下)經[オサ]メ(二)‐綸天業ヲ(一)不[ザラ](上レ)絕[タ]ゝ(二)宗廟ヲ(一)乎。
——お前は天が私の不明を憐れんで遣わしたのだ、つまり
天祖の日嗣の葦原ノ中ッ国を統治する大事業を治めそして
天祖の宗廟を絕つ叓無く嗣ぎ渡すその
業を扶ける扶翼の神人なのだ
亦タ是ノ天下ハ。則汝ノ天下也。是位ハ則汝位也。願ハ深謀遠慮、探リ(レ)姦ヲ伺テ(レ)變ヲ示スニ之以テシ(レ)威ヲ。懷[ナヅ]クルニ之以テシ(レ)德ヲ。不(レ)煩(二)兵甲(一)。自ニ令‐臣‐隸[マウシテシタガハシメヨ]。卽巧[タクミ]ニシ(レ)言ヲ而調[シタガ]ヘ(二)暴‐神[アラブルカミ]ヲ(一)。振[ハラ]ヒテ(レ)武ヲ以テ攘[ハラ]ヘ(二)姦鬼ヲ(一)。
——亦、此の私の御世はお前の御世だ。私の坐す玉座はお前の坐す玉座だ。冀はくば
深謀遠慮を以て隙を探って異變を窺い、お前の力を示すに稜威を以てし
懐けるのに德を以てし叛亂の兵に苦しめられる叓無く御躬の臣として隨はしめよ。言の葉に兆す
言靈を以て巧みに荒ぶる神を從えて、武を振るいては姦鬼を祓え…と
於(レ)是日本武尊乃チ受(二)斧鉞(一)。以再‐拜[ヲガミ玉ヒテ]奏之曰。
天皇は詔りし賜ひ
是に於いて日本武の尊は斧と鉞を手に取って、再び天皇を拜して
奏上し申し上げた
[※日本武尊]嘗西ヲ征シ之年。頼リ(二)皇靈之威ニ(一)。提テ(二)三‐尺[ミジカ]キ劒(一)。擊(二)熊襲國(一)。未(レ)經[ヘ](二)浹‐辰[イクハシ]モ(一)。賊首伏ヌ(レ)罪ニ。今亦頼リ(二)神祗之靈ニ(一)。借テ(二)天皇之威ヲ(一)。往テ臨デ(二)其ノ境ニ(一)。示スニ以テセムニ(二)德敎ヲ(一)。猶有バ(レ)不ルコト(レ)服[マツロ]ハ舉テ(レ)兵ヲ擊ム。
——西征の時。それは天皇の御靈の稜威に賴り、短き劔を携えて向かったのでした
熊襲の國を討ち未だ年をいくはしも經無い今、賊どもの頸を罪に伏さしめる爲に
ふたゝび神祗の靈に縋り天皇の稜威を借りて國の境の邊境に赴いて
蠻族の踏むべき分を德の敎を以て示し從はざれば兵を擧げて是を討ち取りましょう
仍重テ再拜ツル之。天皇則命セ玉ヒテ(三)吉備武彥ト與(二)大伴武日ノ連トニ(一)。令ム(レ)從ハ(二)日本武尊(一)。亦以(二)七‐掬‐脛[ナゝツカハギ]ヲ爲(二)膳‐夫[カシハデ]ト(一)。
仍て日本武尊は
ふたゝび御帝に拜禮を重ねた。卽ち天皇は御言宣りし賜ひ
吉備武彥と大伴武日の連を伴柄にせさしめ、七掬脛に膳部を命じ賜うて同行さしめ
日本武尊に東征を命じ賜うたのであるが、是には異傳が在る。稀少本では無い。著名なかの
『古事記』である
次に『古事記』の熊襲征伐の段を見よう
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