小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■59
以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。
ご了承の上お読み進めください。
又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、
特にそれらを特に顕彰しようとする意図も在ません。
櫻、三月の雪
…散文。及び立原道造の詩の引用
三部作
《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ
或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ
Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης
ゾロアスター
ユエンの妊娠を告げたターの電話で、私は彼女が、彼等との飲み会に同行させた時の一度しか逢って居無いはずの、《送り出し会社》の学生に過ぎない彼と、そんな連絡を取り合うほどに親しんでいた事実を初めて知った。
違和感は隠せなかった。
その一週間前に、コアが不意に送ってよこした、おめでとうございます、というLineのメッセージの意味を、そして、私はその時にはじめて覚った。日本語の下手なコアが、なにかの間違いをしたに違いないと想った私は、そのメッセージに、適当に、ありがとうございますと答えてやっていただけだった。
バックの、あまりにも私に気を遣いすぎた気配に、彼がもっとも、私にどうして告げられないより深刻な事実を知って居るに違いないことは察せられた。胎児に纏わる深刻な事実なのか、それともユエンに係る深刻な事実なのか。乃至、私に関するそれなのか。なぜ、彼が在りの儘を云わないのか。すくなくとも、その半分以上の理由は知ってる。彼には、其処までの日本語能力も英語能力も無く、且つ、私に彼と自由に話せるほどのベトナム語能力など望むべくも無い。
私は眼を閉じた。
ユエンの指先が、私の顔の形態を、撫ぜる触感のうちに確認していく、その儘を赦す。
彼女が、私に焦がれる気配を曝さずに、見惚れるという訳でもさえも無く、たゞ、しずかな自失の匂いの中に、私を見つめて居ることをは知って居る。
いつもそうだった。私を愛している彼女は。
気配も、声も、何もなくたゞ、没入する。
自分が見詰めているそれ。
乃至、ふれているそれ。
それら。
つまりは、私。
私は、彼女に愛され、…Baby ?
と。
ターと話した日、その夜の九時過ぎになってようやく帰って来たユエンに、そう云った時、振り向き様の彼女は、一瞬だけ、戸惑った表情を曝し、はにかんだ笑みをくれ、
Mệt ...
なにも
疲れちゃった、今日
受胎にはふれずに
もう…
ただ、その
... Mệt quá
言葉だけのうちに
大変なんだよね。毎日
私を見つめた。かすかに
残業ばっか。ほんと
潤んだ気配を
やになっちゃう
その眼差しに、曝して。敢えて疑わなかった訳では無かった。疑っている訳では、さらさら無かった。なにもかも、総て赦している訳でも無かった。そもそも、赦すためにはいずれにしても事実が曝されなければなら無い。事実としては、今、すくなくとも彼女は、すくなくとも彼女があれほど欲しがっていたすくなくとも私の子供を、すくなくともその胎内に育んで居るには違いなかった。私に、その胎内に射精された事など一度も無い儘に。私は、なにも赦しては居無い。
彼女は、なにも、赦されては居無い。
決して。そして、ユエンの指先は、私の鼻をなぞった。
いつくしむように。
私は、彼女の体の匂いを嗅ぎ取ろうとした。
周囲に撒き散らされた、その、豊かな髪の毛の匂いの散乱の向うに。いずれにしても、と。
それだけは知っていた。ユエンの胎内の新しい命は、彼に固有の新しい風景の中に目醒め、私の見たことも無い風景を見い出す。
その、彼の眼差しの中に。
清雪の、彼が指定した時間にユエンはまだ眠っていた。私の傍らで、夜の儘に素肌を曝して私にしがみついて、腕と足を絡め、耳にふれる彼女の寝息は、そして、私はその時間に律儀に清雪との《約束》に附き合ってやる。ベッドに身を横たえ、ユエンが添うのに任せた儘に。
ライブスティームが始まったとき、最初に映っていたのは一人の、華奢な少女だった。年のころの同じ、同い年か、早生まれ程度くらいには年下なのか。歌舞伎町で捕まえたに違いない。その町の女が、メイクして居無い素顔を曝して普段着の儘其処に居る、と、そんな風が見て取れた。必ずしも根拠は無い。
彼女は一分に満たない間、その儘画面のこちら側を見詰めて、誰か、彼女が意図も無く隠して仕舞って居る背後の人物に話しかけて居るらしい、さかんに唇が何かを云っていた。音声は無かった。不意に画面が疾走して、空間が揺らぎ、その不快で無様な一瞬の後で、画面はどこかのビルの屋上に立っている清雪を映し出した。屋上の階段入り口かエレベーター建屋の背面の壁に旭日旗が掲げられ、そのあざやかな白と赤を背にして清雪は一瞬、左の上の方のなにかに気を取られた。
清雪は笑っていた。単に、何と言うことも無く。私を、或は、私たちを直接見詰めたその笑い顔が、かならずしも私たちに向けられたものでないことには私は気附いて居た。カメラを構えた、撮影者の女に話しかけて居るに違いない。視聴者としてカウントされている126人の、こまかく増減をカウントしていく数字が示した彼等の大半も、同じように同じ事実に既にに気附きながら、自分が見い出されて居るような錯覚の去らない中に彼を見つめていたに違いない。
楽しみながら。
恥じらいながら?
じれながら。
見惚れながら?
嫉妬しながら。
清雪は美しかった。悲痛な翳りがあった。泣きながら、微笑んだような、そんな不穏さを眉は描いたが、切れ長の冷静な眼差しはいかなる情熱をも感じさせずに、ただ、ひややかに彼の眼差しに見い出されていた風景を見ていた。眉にだけ在る悲痛さが、なにか、その彼の完成度の高すぎる顔に、未完成な隙間を感じさせた。眼差しの、何処にも開いては居無い隙間を。
彼は、凄惨な虐めに逢って来たに違いない、と、咄嗟に私は認識した。確信と言うよりも、むしろ当たり前の事実として。いま、画面が捉えている少年が、男も女も含めて、強烈な憎悪に逢わないで居られる訳がなかった。彼の総てが、僕を壊せ、と、そう命じて居る気がした。泰隆をも含めて?眼の前の少年は、ただ、…あなたは、と。
出来損ないなんですよ。
そう明確な言葉も意図も意志も無い儘に、あまりにもあざやかに表明していた。
清雪は上半身の着衣を脱ぎ棄てゝいった。白い、肌理のこまやかな素肌を曝すと、彼はその場に座り込み、カメラのこっち側から差し出された女の手から短刀を受け取った。一瞬、ぶれるカメラの中に、逆光が横から入った光が画像を白濁させたが、微笑む。
彼は、其処にひとりで。やさしい、その儘、ふれたものの総てを壊して仕舞いそうな、そんな何処か危うい微笑み。
彼の、いつもの。
清い雪は、これから、アルバイトにでも出掛かけて行こうとして居るような、そんな当たり障りの無さで、——それは彼の教示だったのだろうか。この期に及んでも冷静で居られる自分を誇示しようとした、或は、自分自身にそれを教え込もうとした?
せめてもの?…何ら、切迫感も何も曝さ無い儘に。
いずれにしても彼は無造作な胡坐にその背筋を伸ばし、最後に少女に何か言った瞬間に、いきなり清雪は腹に刃を突き刺した。
こんなにも、…と。一瞬、自分の眼を疑ったほどに、その、切れ長だった眼差しは見開かれて、彼は私を凝視していた。
私たち。
その、私たちを見つめた眼差しの中に、私たちのことなど一切見い出されては居ない事など知ってる。痛みを。
無際限に燃え上がって灼けつく痛みをだけ、清明は見い出していた。
横に引き裂こうとした腕が、何度も力の限りにわなゝいて、腕の筋肉だけはもう気附いて居る。何より、腹を割くためには腹の筋肉の強固な緊張が必要だったことを。なにものに因っても、引き裂き獲ないほどの。緊張し切った筋肉が、緊張しきった筋肉を切り裂こうとして、腕はただ無様に痙攣を曝し、そのたびに内臓を抉りだして血に染める。その、美しい少年の、充血した眼差しをさえ含めて。もはや、腕は腹部をみずからたゞずたずたに突き刺して居るだけにすぎない。
後ろ向きに清雪が、無様に開いた両足を痙攣させながらひっくり返るその前の一瞬、彼の開け拡げられた眼差しに知性が戻ったような気がした。恰も、いま、不意に眼差しが捉えたそれをはっきりと、鮮明に認識し、同時にそれをすでに忘却して仕舞ったかのような、茫然とした、…そんな眼差し、見たことがある、と。
想った。
それ、——ユイ=雨が白濁した雲のたなびく光線の下で、
…あ、と、窓越しの陽光。一瞬の想起。煌くような、そしてその時に、
櫻、三月の雪
彼はさゝやいた。
彼の唇の先に。
私はその一瞬の眼差しに見惚れていた。もはや、眼差しが見い出してもいないそれに。
「あ、…」
と、それ。過失じみた音声。
私の耳元で、まるで、何かを意図も無く謀んだかのような、そんな、ちいさな声で。…ね
「雪、…」
云われる迄も無く、彼を振り向き見たその向うには、三月の、櫻の花々にさえも振り堕ちる、
眼の前の
雪。
決して
季節はずれの、不意の寒波の、…ね。
語り獲ない
彼は言った。雪、…まるで…
決し
と。
語り
「まるで、」
ない。決し
…ね
い。語り
「この」
獲な。決
笑っちゃう…
して語
「此の世界に生まれもし無かったみたいに、すぐに、」
獲な
…いま、「融けてくよ。」
総てのものの
「指先の上で」――私は
語り獲ないものの総てが、私を
恥じらいでもしたかのように
砕け散らせ
微笑む。彼の
の為だ
為だけ
けに彼
…の、為だけに。彼
2019.03.24.-.04.03
Seno-Lê Ma
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