小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■58



以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。

ご了承の上お読み進めください。

又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、

特にそれらを特に顕彰しようとする意図も在ません。





櫻、三月の雪

…散文。及び立原道造の詩の引用


三部作

《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ

或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ


Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης

ゾロアスター



「そんなに悲惨な死に方だったの?」…と。

私は云いながら、なぜ泰隆は清雪の死に様について、いちいち彼自ら、恃まれもし無いのに勝手に掛けてきた電話の中で、私に対して、嘘を附き通そうとするのか、私はそれに違和感を感じていた。

「若干、…ね。すこし。結構。…可成り?それは、人ひとりが死ぬ訳だから。」

「そんな死に方だったの?結局、あいつ、どんな死に方したの?」

「…自傷。いわゆる自傷。」

「血まみれ?」

「少しはね。いや、沢山、ね。自分で自分を傷附けて、結果、死んじゃったんだから。相応には。…でも、」…と。

綺麗な死に方だったよ。そうさゝやいたあと、一瞬の沈黙の後で、前触れもなく泰隆は通話を切った。

或は、単に電波障害が起っただけだったのかも知れなかった。乃至、彼は逆に海の向こうでいま、不意に電話を切った私に憤慨して居たのかも知れず、おびえて居たのかも知れず、嘆いて居たのかも知れず、いずれにしても、泰隆はそれから掛け直して来ることはく、私にもその必要性は感じられなかった。私が机の上に投げたスマートフォンを私は、ほんの数秒だけ見つめて、想い出す。

私はすでに、こうなる事を知っていた。

夢の中で何度も見い出していた風景の中で、私は、清雪の身に起った事実の総て巣でに、体験してさえいた。

私は想い出していた。死んでいく彼を画面のなかに見い出しながら、その風景。

すでにはっきりと、逃れようも無く認識していた風景。何もかも、悉くの総て。

確かに。

数日前、正確に言えば、一週間と数日前に、清雪は云った。

彼が不意に鳴らしたLineの通話の中で、

「俺、ね」

と、彼は、想い出したように、不意に

「なに?」

かすかな翳りを眉のかたちにだけ曝す。

泣きながら、唐突に、振り向き様に微笑んだような、そんな鮮明な翳りを感じさせる、端整で影と言うものの無い顔。

清雪。…俺、と。

云って何故か、僕、と、そう清雪は云い直して、

「生まれる前の記憶、あるの。」

「また?」

「笑うでしょ?」

「また、その話なの?」

「そんなに何回もしてない。」

…違う?

確かに。

私は清雪に微笑みかけてやる。確かに、彼がその話をしたのは、渋谷の喫茶店で逢ったいつかの、その一回だけに過ぎない。

傍らに、同行の泰隆を如何にも保護者然としてはべらせて。

「一回だけ。一回だけ、話したね。…いつか。俺、想うんだよ。たぶん、僕等ってみんな錯誤してる。僕等は結局は、固有性も何も無いでたらめな不穏な塊に過ぎない気がする。僕等はいたるところに差異を見い出すことによって、眼差しに映るものを認識しているけれども、それらは認識という営為が持つ認識行為自体の存在形式に過ぎない。単なる、条件、というか。結局は、総てのものは差異もなにもなく、特異性もなにもなく、まったく一つのものに過ぎないといわざるを獲ない。連続性さえも無い。完全に、まったく、同じもの。…言って仕舞えば、…ね。

 想うんだ。僕。僕たちはみんな、本質的に錯誤の中にしか居無い。喩えば意識ってあるじゃない。意識の存在が神秘的だなんて想わない。まったく。なんでもかんでも脳内作用があれば、認識する主体は発生せざるを獲ない。勿論、そんな統合を経ないで自由に認識し決断し行動する知性と言うのも存在して居るかもしれない。人間の認識だって多かれ少なかれ、条件反射でも何でも自由な知性を曝し続けて居る事実も在る。いずれにしてもデカルトさんがいて、否定して否定して否定し続けるときに、ということは私が否定して居るっていう事実だけは残らざるを獲ない、と。そこに否定されえなく残らざるを獲ないものを意識と呼んでやればいい。それはデカルトさんが否定しつづける行為を生み出しては居ない。ましてや一致してさえいない。けれども、それはそこに在るとしか言獲ない。空虚であるとも言獲ない。AIに意識が芽生えるのかって、そんな話がるよね。少なくとも、謂わば発生せざるを獲ない純粋な特異点にすぎないそれを、言語乃至数値でプログラミングできない以上、それ自体は決して構築できないとは言獲る。意識の存在なんて、論理的な形式の必然で、それ以外のものじゃない。そこには、言われて居るほどの神秘性なんて、少なくとも僕には感じられない。けど、意志って言うのは違う。意志って言うものが存在して仕舞っていること、それこそが、いかなる超越者も存在できなくして居る。無数の、在りと在らゆる限りの意志の実現の努力だの闘争だの欲望だの放棄だの断念だの推測だの、それらが連なりあって、留保ない無法状態として眼の前の風景は顕れる。其処に否定できずに在る此の世界は、ね。それって、凄まじい状態だと想うわけ。仮に神なるものが其処にひとりだけ存在して、そして彼が正に神以外の何者でもなかったとしても、彼が神として意志する限り、意志としてそれ以外の在りと在らゆる意志の群れと本質的に等価でしょ。意志は神さえをも飲み込む。乃至、神は仮に存在したとしても、あまりにも暴力的且つ一方的な殲滅者でしかない。神に出来ない唯一のことは、彼の被造物を赦し認める事だ。良しという一言でさえ、それは正に彼以外の総ての彼の被造物に対する暴虐以外のものでは在り獲ない。神は、須らく殲滅する。いずれにせよ、意志の群れ。無際限な迄の、意志の躍動。それに対して、いかなる正当な感情も、正当な認識も、正当な判定も正当な審判も正当には発生し獲ない。妄想ないし単なる認識錯誤として以外にはね。で、不意に、僕たちは僕たちに存在する、或る、あまりにも不可解なものに出くわすわけ。」

「なに?」

「…精神。超越者が存在しないかぎり、それは誰から賜ったものでもない。にも拘らず、それは単なる意識でも意志でもなくそこに存在しているように感じられる。例えば、愛、とか。あなたを愛している、と、その事実が。それが一体どんなものであっても構わない。結局の所、何を以て愛と言うのか、その定義など誰もできたためしなど無く、その実体を見い出したものも居無い。単なる空虚な定義でもない。仮想的なコンセプトとも言獲ない。飽くまでも実在し、且つ、如何なる意味でも明確な定義を下し獲ず、にも拘らず、…愛してるでしょ。何かを。現実として。…精神。

精神っていつでも不当なならず者なんだよ。論理も、倫理も、なにもかも破綻させる。そのならず者の美しさに、俺は俺たちの固有性を感じる。」

…そう。

と。

ただ、やさしく微笑んで自分を見つめる、私の眼差しを清雪は、一瞬、何も云わずに見ていた。

「…明日、」ね?、…と。

清い雪が云った。その日曜日の午前に。…何を?

「フェイスブック。ライブ・スティーム流すから。」

「何の?クーデターでも起こすの?」

「政治には興味ない。自殺するの。」

「自殺?」…そ。

ささやく。

「約束、…ね。」…かならずしも。

と。――護らなくてもいいけど。

「見てよ。」

…いいよ。

「ね。…じゃ。」

と。

云った清雪に私は手を振ってやりながら、画像をオフにしようとする彼の眼差しを見留める。通話が終った後のLineの画面にほんの数秒間だけ、私の眼差しは停滞し、見上げた眼差しはユエンの後姿を見留めた。

素肌を曝した彼女が、私の正面の壁際に、寄り添うようにして立ち、日差しがやわらかい翳りをその褐色の皮膚に投げた。

私は、振り向き見た何気ない彼女に手招きし、…終ったの?

と。

言葉には出さない儘の、その眼差しが兆す言葉を私の眼差しはすでに探し出している。

終ったの?長い長い、お友達との会話は?

ユイ=雨とは、ベトナムに移住して以来ほとんど話して居無かった。一ヵ月後、4月の終わりにはユイ=雨がベトナムに来ることは知って居る。彼の許から居無くなった私に代わって、彼の秘書のような存在に治まった陽菜子と言う名の女が、私に(――二十代前半の、彼好みの)そう伝えた。メールと、Lineで、海外出店を企画しているので(清楚で、面白みの無い)協力して欲しい、と(顔立ちが調って居ることだけが取り得の)…ユエン。(女。)ユエンが、如何にも上質な(つまりは)つまらなそうな顔を其処に曝していた(彼女は同性愛者だ、ということなのだろうか?彼の、)ユエンが、ややあって、不意に(女性の肉体を愛している、と言うことなのなら?私は)いきなりこぼれるような媚びた笑みに表情を(その詳細をは知らない。)崩して。

そして私は声を立てて笑った。

彼女の腹部は、まだ、ふくらみを殆ど曝さない。毎日見馴れたそれは、かすかな変化さえ、私の馴れた眼差しには曝さないだけなのだろうか?バックと言う名の(―Tràn Thị Bắc)男子学生、もうすぐ(チャン・ティ・バック、褐色の)日本へ行く筈の(黒と言うに近い、見事に)彼が電話をして来た時には(日灼けした肌を、彼は)その、夕方の6時過ぎ。ユエンは(いつも恥ずかしがった。かならずしも)まだ帰ってきて居無かった。或は(彼にとってその色彩は美しいものではなかった。ひたすらに)今日もまた残業なのに違いない、と、いつも(堀の深い顔の彼を)週の半分以上を(同じクラスの生徒たちは、マレーシア人の)残業に追われて過ごす経理のユエン、私は(バックさんです、と)知っていた。彼女が(邪気の無い差別を素直に曝しながら)妊娠して居ることは。(そう呼んだ。)ハンサムなターが、教えてくれて居たから。

一ヶ月前に。

日本へ行って三ヶ月になるコアも既に知っていた。ユエンに宛てられたに違いない記事を、フェイスブックにアップして居るのを、私は見留めたから。バックは

Parents can only give good advice

数少ない誤謬で、必死に

親は子に良質なアドヴァイスを与え獲る

正確で、間違いが無く

or

且つ

乃至

私を

put them on the right paths, but

傷附けないように細心の注意を払って

正しい道を指し示し獲る

…きぃけでっ

the final forming of a person’s character lies

そう云った。子供が

とは言え最終的な人格形成は

奥さんのお腹の中に居ますね?

in their own hands.

先生の奥さんの

子供自らの手に委ねられている

きけぃでっ

Chúc may mắn !

と、…「なに?」

Good luck!

なんですか?――そう

ご多幸を!

理解できない彼の日本語を聴き返す私にバックは、耳に押し付けた電話のスピーカーの向うで、しどろもどろになった自分の気配を素直に曝す。

こわるぇます

囁く。

こわるぇる、…んー…

何度も、彼は

きけぇいでっ

同じ言葉を繰り返し

Monstar

と、終に、ひどい英語発音で彼が云った瞬間に、私はことのあらましを理解した。それらの言葉は、顕かに親の心を無視した、人倫無視のひどい差別的用法には違いない。とは言え、其処に一切の差別は発生し無い。

むしろ、私はそんな発見を、ものめずらしがっていた。バックが、おそらくはユエンに送られたに違いない画像を、フェイスブックのメッセンジャーで送ってくれた。ベトナム語で、丁寧な、私は読めない励ましの言葉らしい長いメッセージと共に。もちろん、それが励ましであるかどうか、私にその正確な意味など判らない。死ね、糞野郎と書いて在ったのかも知れず、あなたの男になりたいんです。興味在りませんか?と、そんな誘惑の言葉を投げたのかも知れない。

添付された画像は、胎児のX線画像を手持ちのスマートホンで写したに違いない、ひどく荒れた青みの在る映像だった。其処にはまるでいくつもの紐を適当に丸めて楕円の珠にしたような、奇妙が画像が映っていた。奇形、と言うことなのだろうか。そもそも、三ヶ月の胎児の在るべき画像など見たことの無い私には、それの何処に奇形が在り、何処に壊れて居る事実が在るのか、なにも確認など出来なかった。健全な胎児自体、そんな風に見えるのかも知れない。いずれにしても、ユエンの胎内に息遣って居る新しい生命体は、少なくとも、バックには壊れ、奇形のモンスターで在ると言う表現によって、集約されねばなら無い事実だけを、私は了解した。

あら?

Ơi ...

悪戯じみた、あくまで

欲しいの?

装われた眼差しを

Trơi ơi ...

ユエンは、素直にその

…本当に?

眼差しに、彼女が誘惑に似た

Anh muốn em ?

謀みを抱えて居ることを曝し、そして

なんで?

何を謀んで居るのか

Phải không ?

そんなことは

私が?

彼女自身にも判ら無い。ただ

Tai sao ?

手招く私に

あら?

従って、その

Anh, ...

清楚な上半身と

欲しいの?

何処かで、ふしだらな気さえする

Phải không ?

豊か、あまりにも女性的な

なんで?

下半身の曲線を

Muốn gì anh ...

…色彩。

——知ってる

褐色の色彩が

Em biết

私の

好きだから

眼に、ふれる。

Vì là anh yêu em

ユエンの指先が、私の

あなたは、わたしのものだから

眉をなぜた。自分が彼の為にだけ曝してやった肉体に、その儘見惚れて仕舞った眼の前の男の、その眉を。

ユエンの妊娠を告げたターの電話で、私は彼女が、彼等との飲み会に同行させた時の一度しか逢って居無いはずの、《送り出し会社》の学生に過ぎない彼と、そんな連絡を取り合うほどに親しんでいた事実を初めて知った。

違和感は隠せなかった。





Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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