北一輝『國體論及び純正社會主義』復刻及ビ附註 13.第壹編。社會主義の經濟的正義 。第一章ノ1。



…或は亡き、大日本帝國の爲のパヴァーヌ



北一輝『國體論及び純正社會主義』明治三十九年公刊五日後発禁。

以下復刻シ附註ス。



國體論及び

純正社會主義

北輝次郎著


第壹編 社會主義の經濟的正義

   第一章

所謂社會の秩序と國家の安寧幸福——政府の迫害と學者の讒誣——貧困の原因——機械の發明——機械工業の結果にあらず——經濟的貴族國——經濟的勢力と政治的勢力——人格なき經濟物——奴隷制度——個人主義の舊派經濟學——個人主義の發展と歴史の進化——個人主義經濟學の革命的任務——スミス當時の貴族國經濟組織——經濟界の民約論——個人主義の叛逆者——階級に阻害されたる自由競爭——機械と云ふ封建城廓——自由競爭の二分類——機械中心問題の社會的諸科學——個人主義は革命に至る——個人主義の論理的歸結——官許無政府黨員——いわゆる社會主義者に混ぜる個人主義者

 

社會主義の深遠なる根本義は直に[※ただちに乃至じかに]宇宙人生に對する一派の哲學宗教にして嚴肅なる科學的基礎の上に立ち、貧困と犯罪とに理性を攪亂せられて徒らに感情と獨斷とによりて盲動する者に非らず。而しながら貧困と犯罪とを以て覆はれたる現社會より産れて、新社會の實現に努力しつゝある實際問題たる點に於て論究の順序が先づ貧困と犯罪の絶滅ならざるべからず。故に吾人[※我々ハ]は第一編『社會主義の經濟的正義』に於て社會主義の物質的幸福を說き、第二編『社會主義の倫理的理想』に於て社會主義の精神的滿足を論じ、而して第三編に於て『生物進化論と社會哲學』として社會進化の理法と理想とを論じ、社會主義の哲學を說き、社會的諸科學の根本思想たる者を述べ、以て第四編『所謂國體論の復古的革命主義』に入って古來の妄想を排して國家の本質及び憲法の法理と歴史哲學の日本史を論じ、第五編『社會主義の啓蒙運動』に及で實現の手段を論ぜんとす。

貧困と犯罪――實に社會主義の實現によりて斯くの人生の悲慘醜惡なる二事が先づ社會より跡を絶つとせば、社會主義は此の地球を導きて天國に至るべき軌道を發見せるものと云ふべし。而して社會主義は實に此の發見のために今や全地球に征服の翼を張るに至れり。

所謂社

會の秩

序と國

家の安

寧幸福

然るに轉倒の甚しき。[※にも拘らず何と顛倒の多い現状である事か。]却て[※かえって]今の政府と學者とは社會主義を迫害し讒誣[※ざんぶ。誹謗中傷]するに当たって、常に必ず社會の秩序を紊亂す[※びらんす。乱スノ意也。]といひ、國家の安寧幸福を傷害すといふ。而しながら斯くの如き誣妄[※ふぼう。乃至誣謗。誹謗]は已に[※既に]現今の社會に秩序あり、今日の國家に安寧と幸福とあることを確實として云へるものなり。社會主義は實に反問せざるべからず、現今の社會に紊亂すべきだけの秩序ありや、今日の國家に傷害すべからざるほどの安寧と幸福とありやと。今日の科學的社會主義は徒らに感情的言辭を弄して足れりとするものにあらず、理性にして其の光を文明の名に蔽はれざるならば、此の反問は實に凡ての口より聞かるべき疑問なり。若し或る階級の權勢と榮華とを築かんがために警察官の洋刀と軍隊の銃槍とによりて危うく支へらるゝ状態を指して秩序なりと云はゞ、現今の社會は斯る秩序の精微複雜なるものを有す。身命を失ふもの日に限りなくして財産は野蠻部落[※儘][※註1]の如く多く各自の物質力によりて各自に保護せられるゝに係らず、吾人は財産を保護し身命を安固にすといふ法律の下に國家の安寧幸福を受けつゝあり。科學主義は斯る状態の秩序と斯る安寧幸福とを以て地球の冷却するまで維持すべきものなるかの如く信ずるものにあらざるが故に、政府の迫害と學者の讒誣とは此の意味よりせば誠實なる憂慮より出づるものなりとすべし。同類なる人類の血と汗とを絞り取りて肥滿病に苦しむものに取りては今日の國家は安寧幸福を與ふべしと雖も斯る滋養物の供給を負擔せしむる社會の秩序は血と汗との階級に取りては紊亂すべからざるほどに尊重なるものとは考へざるべし。生るゝとより死に至るまで脱する能はざる永續的饑饉の地獄は富豪の天國に隣りて存す。この餓鬼道の饑死より遁れんが爲めに男は盗賊となり女は賣婬婦となり、而して國家はまた赤煉瓦の監獄を築きて盗賊に安寧を與へ、妓樓[※ぎろう。遊女ヲ集ハセタル店。遊郭]を警官に護衛せしめて賣婬婦に幸福を受けしむ。この幸福を受く可き賣婬婦を繁榮ならしめんかために賣婬の料を以て政府は設けられ、洪澣[※]の法典は學者の腦漿を絞りて安寧を與へらるべき盗賊の歓迎のために存す。文明の華なりと稱する新聞紙は强窃盗の記事、毒殺刃傷の報導、老病の縊死、貧婦の投身、幼児の遺棄、乞食の凍餓といふが如き記事を補綴[※ほてい乃至ほてつ。綴リ合ハス。乃至歯型矯正。]して其の文明の華を紙面に飾りつゝあり。而して殘忍に慣らされたる吾人には其の紙面に附若せる斑々[※はんぱん。字義ニ同ジ]たる血痕と紙背より洩るゝ悲鳴の聲を忘却して、斯る平凡なるものゝ代りにより[※茲より二字ニ附点在リ]一層の悲慘なる出来事の物語を待たしむ。斯る永續的餓饉を出すべき秩序、凍餓の幸福、殺傷の安寧は學者の奴隷的辨護を受くべき或る階級に取りては一指も觸れしむべきものに非ざるべしと雖も、社會と國家とは實に社會主義の下に眞の秩序と安寧幸福とを求めさるべからず、あゝ貧困と罪惡、これ人類に伴ふ永遠の運命のものか。基督教徒は是れ神の御旨なりと誣ひ[※しい。強ヒ]、佛教徒は未來に於て極樂に行くべしと偽はる。而も貧民はたとへ極樂に行くとも已に[※既に]マルサスの在りて人口論[※註2]を以て拒絶すべく、己れの形に似せて作れる男をして盗ましめ女をして婬を鬻ぎて[※ひさぐ乃至ひさく。商フノ意也。]糊口せしむるの殘虐は神の観念と相納れずして惡魔の名あり。

[※註1。

所謂『部落』制度明治以前ノ呼称ハ『穢多』『非人』也。是現在差別用語ナルハ論ヲ待タズ。

1871年(明治3年、同4年是閏年故、皇紀2531年)所謂『解放令』乃至『身分解放令』ナル太政官布告在リ。太政官ハ明治期初期最高官庁也。是1868年(慶応4年、明治元年、皇紀2528年)4月21日是旧暦(6月11日)公布、1885年(明治18年、皇紀2545年)内閣制度発足ニ伴ヒ廃止。

『解放令』正式ニハ『穢多非人ノ称ヲ廃シ身分職業共平民同様トス』明治4年8月28日太政官布告)是所謂新暦ノ10月12日也。

以下全文引用ス。

穢多非人等ノ稱被廢候條自今身分職業共平民同樣タルヘキ事

以上。但シ是対実社会的実効性無シ。

寧ロ所謂『解放令反対一揆』多発ス。是上記太政官布告ニ抗フ所謂『一般民衆』『一般平民』ノ『穢多』『非人』ニ対シ起セル襲撃、リンチ、集団暴行事件也。是ヲ俗称ニ『穢多狩リ』ト謂フ。1871年(明治3年、同4年、皇紀2531年)於広島県2名死亡。同年於高知県部落70戸中67戸破壊。翌1872年(明治5年、皇紀2532年)於岡山県4名殺害。更ニ1873年(明治6年、皇紀2533年)於岡山県18名殺害、同年於福岡県大量放火依リ64000人処罰。於香川県部落、部落ニ通ズ橋3ツ破壊等。

『穢多』『非人』ヲ排シタ新呼称トシテ『旧穢多』『新民』『新平民』『新古平民』等発生ス。1900年以降ニ『特殊部落』ノ呼称流通。又『細民部落』『後進部落』『要改善地区』等ノ呼称在リ。島崎藤村『破戒』出版ハ1906年(明治39年、皇紀2566年)3月。

故ニ此ノ『野蛮部落』ノ語外國未開人種ヲ謂フ乎国内所謂『部落』民ヲ謂フ乎ハ未詳也。差別語差別用法ニハ違ヒ無シ。]

[※附註2。

トマス・ロバート・マルサス即チThomas Robert Malthusハ生年1766年2月14日没年1834年12月23日、所謂古典経済学ヲ代表ス。

1798年ニ『人口論An Essay on the Principle of Population』是後ニ数度改訂増補。人類生存ノ要件トシテ食糧ヲ挙ゲ、異性間性欲ノ不可解消性ヲ根拠ニ所謂「マルサスの罠」ヲ導ク。是性欲ノ不可解消性ガ為人口ハ制限無キ限リ幾何級数的ニ増加スレドモ食料等生活資源産出ハ算術級数的ニ増加シ得ルノミニシテ生活資源ハ必ズ不足シ貧困ノ自然ニ解消サル事能ハズト云フ推論也。]






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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