小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■50
以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。
ご了承の上お読み進めください。
又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、
特にそれらを特に顕彰しようとする意図も在ません。
櫻、三月の雪
…散文。及び立原道造の詩の引用
三部作
《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ
或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ
Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης
ゾロアスター
「——でも、さ。」
声を立てて笑うが、潤って、なんか、訛り在るよね?
囁くユイ=雨のやさしい音声を聴く。
「あれって、育ちのせい?訛るったって、あいつ日本語しか知らないじゃん。
方言なの?あれ…なんか」…笑えるね、と。
ユイ=雨は)オ名前ハ?その二つの文型しか知らなかったら、その時点で、その一つの問いかけと一つの回答しか、知性として存在できないわけ。言葉って、語彙って、」
私はむしろ、その
「どこの国でも複雑じゃない?」
眼の前にあり、或は
「なんでもかんでも、」
肌にふれてさえ居る、その
「意味だけとれば一つでいいはずのものにまで」
敢えて、と
「二つも三つも語彙ってあったりするでしょ。」
そう決断した訳でもなく
「なぜ?」
素直に、
「疑問じゃない?」
従った。その
「たぶん、」
眼の前の清雪と泰隆たちが戯れる
「あれ、言語の限界の中にしか」
彼等固有の、はっきりと彼等によって決意された幸福の気配に、
「知性の広がりって確保できないから、無理くり」
私は。
「拡大し続けるしかないんだよ。日本語なんて特にそうじゃない。和語に、漢語に、カタカナ英語でしょ。なんだよ、サボるって。あれ、マジで頭おかしいよね。ハッピーな、とかね。…いや、あれは単なるナ形容詞的常識、か、…な?」…ほんとに、――
と。
ユイ=雨は云った。「私ハ、ユイ」
たわいもなく
「シュエン」
微笑んで見せながら。
「デス。」…それ以外に眼の前に知性なんてなくなるんだよ。
「文化大革命の時に、お盛んにぶっ殺して廻ったらしいよ。俺の親父さん。まともに顔なんか覚えてないけどね。粛清ってやつ。親父、軍部のお偉いさんだったから。でも、そのあと治まりが悪くなったんじゃない?ベトナムと戦争した時、逃げちゃったらしい。そのままハノイの木陰で自軍の流れ弾にでも当って殺されちゃってることを希望するよ。昔、…今も?…か?知らない。ま、中国残留孤児ってのがあってさ。それで日本に帰って来たんだよ。親父は、母親の出生、だれにも隠してた。やばいでしょ。バレたら。戦犯たる旧軍事的全体主義的暴力的犯罪的帝国主義の不当国が、まさに恥ずべき戦犯そのものだった時代に満州に亘ってきた下等犯罪人種の末裔だぜ。」
「なんで、そんな奴と、親父さん結婚したの?」
「俺を見りゃ、わかるじゃん?見てよ。」…綺麗だったからじゃない?
声を潜めて、ユイ=雨はささやき、「やっぱ、さ。」笑った。「美しさは暴力なんだよ。何もかも飲み尽して焼き盡くす。」
声を立てて。
「或る日、十二歳の時、母親が日本へ行くって云い出した。そのときに、初めて俺は俺が日本人でもあるってことを聴いた。お公家だって言うんだよ。旧華族だったって。旧華族だから、統治者として満州に派遣されたんです、と。ま、要するに華人にとっちゃ下劣な人間のもっとも下劣な人間だよな。考えて見なよ。帝国憲法って、天皇は国家元首なりって言うんでしょ。その帝国が戦争犯罪国家だって国際裁判喰らってるなかに、その国家元首がどうやれば戦争犯罪者として有罪って言う審判から遁れられるんだよ。おかしいよね。あれ、そもそもが。いずれにしてもさ、いきなりだよ。天皇って言う偉い偉い神様と王様を足したような人が居て、その縁戚の縁戚の貴い縁故の生まれなのよってってさ。天皇ってものさえ、よく知らない犯罪者みたいな人としてしか知らない人間に、あのひとが貴方の親戚なのよって、もはや笑うしかないでしょ。…本当かどうか知らないけどね。ま、本当じゃない?」
「なんで?」
「そう云われてみれば、親しみ涌くからね。昭和伯父さん、こんにちはって。マジ。」
「なにそれ。」と「笑う。」声を立てて笑い始めた私を、
「日本来て、吃驚した。その当時ね。こんなにも豊かな国があるのかって。こんなにもみんな優しくて、心遣いに充ちてて、そして、強烈な差別主義者たちの集団が在り獲るのかって。…所詮、同じアジア人種だろ?同族故にってやつ?…激しいよね。アジア人と名の附く者に対する差別感情が。俺が口開いて、下手な日本語話し始めた瞬間に、雑貨屋の親切そうなおばさんもなにも、俺のこと犯罪者扱いだったよ。」…お盛んらしいですね。
と。
不意に、私は目の前の泰隆に云ってやりたい衝動に駆られた。…こいつ、…と。
「結構、優秀なんですよ。」
そう云って、清雪の方に顎をしゃくって見せた瞬間に。…なんでもかんでも。
「とりあえず上位に入ってる。学校の成績。でも、」
微笑む。
「歴史だけ駄目。」
私は、「…だってさ。」眼差しの中の泰隆の為だけに微笑んでやった。
「興味ないから。他人の歴史なんて」と、わざとすねた表情を作って云った清雪を、私たちはただ、留保もなく赦していつくしむ。…全く、他人のみた風景に過ぎないんだよ。
と、潤がつぶやいて私を見上げた。
ユイ=雨が
生まれ変ったら
転寝をやめない午後三時過ぎに、その、
鳥に
日差し。明るく
わたしはなりたい。あの、自由に舞い
清潔な秋に近い
昆虫を好き放題についばんで
夏の陽光を、——見る。
留保もない殺戮を与える
見詰める、と。
そう言っていいほどに見詰めた私の眼差しを、潤はそらすことなく見詰め返しながら、それでも彼女の眼差しは赤裸々に羞じらいでいた。…ね。
「知ってる?」
と、不意に
「私たち、いま、同じ風景見てるじゃん。けどね。それね、全く違う他人が見てる、全く違う風景なんだよ。」
…ちがう?
息遣われるたびに、
「なんかさ、…」
その
——なにも…
皇国ハ
怖い、…と、彼女の唇の上にまで垂れ流れた涙の粒が、音もなく
なにもなく
覚醒ノ時ヲ
ふるえる。
音響も
迎エネバナラヌ
潤は
気配さえもなく
譬エ
泣いて居る訳ではなかった。理由は
況してや
最後ノ
判らない。破綻しかかった神経系が、唐突に
なんの前触れさえも無く
一平卒トナリテモ
涙の溢れ出すのを命じ、そうなれば彼女は
あなたは
皇国不変ノ
ただ、微笑みながらでも、大声で
わたしをものゝ見事に
理想ニ殉ジ
笑い転げながらでも、涙を
滅ぼして仕舞ったのだ。あなたが
最後迄戦闘シ
流し続けるしかない。店でやってるときに
わたしにくれた唯一のもの
終ニ
こうなっちゃうとね、と。
わたしの
最後ノ銃弾ノ盡キル
いつか潤は笑いながら
崩壊
時、来タレバ
云った。わたし、
わたしの
潔ク
…と。周囲にその
殲滅
地球諸共ニ
笑い声を、いっちゃいそうなとき、想わず
私の
下等人種総テヲ
じゅんね、
壊滅
滅ボシテ仕舞エ
泣いちゃうんだよ。一人で
わたし、ひとりだけの
勝利カ
撒き散らしながら。それは
絶滅。もはや
死カ
ユイ=雨が、手首を切った直後の彼女に、不意の
わたしは、あなたに
其レハ問題デハ無イ
想い附きとして、その
たったひとつの、絶望的な
皇国ノ
手を這わせた手の甲に
囁き声を
乃至
口附けてやった瞬間に、涙を
かけるしかない。ただ
全地球ノ
流し始めた潤が、…知ってる?
あなたを、愛しています
未来ハ
告白したことだった。
と
皇国勝利カ
俺たち、…さ。
そのあまりにも
然ラズンバ
私は潤の告白に、彼女のときに余りにも唐突で、理解不能な
無力な
全滅亡カ
涙の必然を
言葉だけを
其ノ
理解した。
「こうやって、壊してくんだよ。」
寝息を立てて、眠り続けたままの潤の頭を撫ぜながら、…俺たちね、——
「一人の女の魂を。」
囁く。
ユイ=雨は。
その眼差しには、何かを鮮明に謀んだ、執拗な腹黒さをさえ匂わせながら、彼はただ微笑んで居るに過ぎない。
…信じられない。
独り語散るように。
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