小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■43



以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。

ご了承の上お読み進めください。

又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、

特にそれらを特に顕彰しようとする意図も在ません。





櫻、三月の雪

…散文。及び立原道造の詩の引用


三部作

《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ

或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ


Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης

ゾロアスター 



一瞬の閃光に、眼が眩んだ。

あざやかすぎる、その、とは言え、その一瞬だけの。

不意に斜めから入り込んだ光が一気に白濁させていた。…ユエン。

どうして

土曜日。

あなたのお尻は

ベトナムの会社では二週間に一回土曜日は休日になり、だから、今日の休日の朝寝を想う存分に味わったユエンが、十時を過ぎて起き出して、居間のシャッターを押し開いたのだった。寝たときのその儘に、肌を曝したままのユエンが私を振り向き見て、微笑もうとした直前に、彼女はシャワールームに消えて行く。

「…そう。」

「そっか。」

いかにも女じみた身体。

「難しい言葉、知ってるね。」

「清明さんもね。…普通、判らないよ。」

服を脱いで仕舞えば、細身の身体に其処だけ、あまりにもなめらかに豊かなおうとつを曝した臀部から太ももにかけての色気が、ただの愛玩用かなにかのような、後ろ暗いいじましさとやるせない穢いらしさを彼女の体に感じさせた。――生き物。

「しずかだった。…なんにも」

あからさまに、生きて在る生き物。首筋。

「なんにも、もう、」

ユエンの首筋は、細く

「想い残すことなく、」

華奢と言う言葉をその儘なぞって

「…みたいな。ただ、自分の死を」

流れるように伸び

「しずかに受け入れてく感じ?もう、…」

豊かな髪の毛を

「…ね。」

垂れ堕ちるにまかせた。そして(――光沢。

「…なんにも無いんだよ。怖いくらい。抵抗なんか、」

長い黒髪の、)褐色のやせた肌に

「…抗う?――そんな素振り、」

いきなり鎖骨の突起が(むしろ

「なんにも。しずかに、」

暴力的なまでに)想っても居無かった抵抗を曝し

「…潤さんの服、脱がしてあげた。だってさ、」

かすかな、たんなる(どこか切なく、結局は

「なんか、」

物足りない)性別をだけしずかに告白する程度の

「生まれたまんまの姿で、死に」

胸のふくらみがやがては黒い突起に

「せめて、臨むべきじゃない?…」

達する。(固まった

「せめて。」

その唐突な黒。)傾斜とふくらみの複雑な曲線を曝して

「綺麗だったよ。未だに。」

腹部は息遣うことをやめず

「…彼女。」

背後の背筋は(湾曲。…

「人間やめたら綺麗で居られるのかな?絢子さんのほうが」

物言わない湾曲)やわらかな筋肉の存在を

「むしろ老けてるよね。むしろ」

褐色の色彩の下に

「全然若いのに。泰隆さんに愛されてないしね。で、」

感じさせながら(むしろ

「最後の百合食べさせて…で。」

好き放題に)無残なほどの窪みを描いて

「台所の刺身包丁ね。あれ、」

臀部と太ももの、あざといほどの

「…知らないか。結構高級品らしい、――」

豊かなふくらみに消滅する。彼女の

「泰隆さんしか使っちゃいけないんだけどね。何故か。」

性別が女性で在る事、乃至

「男の拘りみたいな?」

それが

「…馬鹿だね。ただの」

生産する生き物で在る事を

「鉄の刃物だぜ。ま、」

及び

「…それはいい。別に。」

生産することがあまりにも

「咽喉にさ。最初、刃物当てて。」

豊かさを孕む営みであることを

「…痛み感じないの?潤さん。」

これ見よがしに

「普通。…全然普通。そうなの?って。」

教え諭すようにその膨らんだ曲線が

「そんなに、痛みもないの?」

太ももに、肉の厚さを与えた儘、…体臭。

「てか、痛いって言うのは実はそれ自体嘘で、そんな感覚」

ユエンの体が放っていた、その匂い立った

「ほんとは此の世に存在し無いとか?そんな感じ。だから、…」

「刺しまくった、…と。」云った私に、清雪はただ物静かな眼差しの儘、わずかに眼を伏せて、そして、…いきなりね。

「いきなり、後ろ向きに倒れた。頭から。出欠、激しかったから。百合の花、それでも喰い散らしてたよ。よっぽど好きだったのかな。…体中、刺し傷だらけなのに。」

「なんで、殺したんだよ。」

違う、…と。

私は自分でそう想って居た。いま、彼に対して呟かれるべきはそんな言葉では無い、と。何か、決定的に間違っていると、そんな実感が、私を「――憎しみじゃない。」

清雪は云った。

「殺意なんて無い。」

一切、私には係りなく、ただ

「単純に、…」

独り語に過ぎないかのように

「なに?…別の世界に連れて行ってあげたかった。まだ、彼女が見たことの無い筈の、新しい世界に。」

「言ってる事が判らない。」

「夢、見たのね。寝てるとき。…深夜。晩餐会してるんだよ。」

ドアを閉めもし無いシャワールームからの水の撥ね飛ぶ音響が恣しい侭に聴こえた。

「なに?」

「別に、豪華じゃない。なんにも。むしろ質素。と言うか、パンしかない。若干魚。へぇ…って。こんな干上がった砂漠地帯でも魚って居るんだぁ…って。感心したりしてね。ワインだけ。匂いで、もう、それが上等だってすぐに判る。…無いんだけどね、飲んだこと。実は。昨日、飲んだけどね。初めて。」

「…ワイン?」

「店で。…」…ホスト始めた。

…ね、と。清雪は、…清明さんも元でしょ。ちょろいね、女って。なんかね、…と。

馬鹿なの?って。

笑う。

「まずい。あれ。ロマコン?…おばちゃん空けてくれたよ。三十代。水商売の人みたいよ。あれって高いんでしょ。店の中で結構事件と化してた。」

「上手くやったじゃん。」

「おばさん、勝手に抜いたんだよ。ゴールド?…とか言うシャンペーン…シャンパン…シャンパーン?…の、ほうがまだマシだった。」…で、

さ。「…ゆめ。」

ゆめ。

「夢、…ね。」

鳥たちが騒ぐ。

「その、三十人近く、…もっと。」

私の頭上に。

「四、五十人くらい?…晩餐会なんだけど、派手じゃない。他人の言葉で、異国の言葉で、みんな話してるの。知ってる言葉なんだけどね。でも、それが異国の、時代の異なる言葉だって事は気附いてる。真ん中に男の人が居る訳。結構がっしりした、中東風の人。と言うか、中東の人そのものなんだけどね。日に灼けて、真っ黒だよ。みんな、ね。結構みんな、…さ迷い歩いてるからね。方々。そりゃ、逞しくもなるよね。体なんて。」

「何の話?」

「不意に、目が合った。その人と。真ん中の、…異国人、――同国人なんだよ。だけど、異国の人。その人が、…」

「どうしたの?」

「どうもし無い。なにもし無い。唐突に、この世界の神なんだって想った。この人は神の子だなんて云ってるけど、この人はは間違ってる。この人こそが、唯一の神なんだって。」

「…なにそれ?」

「もはや認識。熱くて、鮮明な認識。此の世界の中に神様なんていっぱい居るけど、この人こそが唯一の神なんだって。此の世界に森羅万象さまざまな物が在って、様々な事件が発生するけど、この人こそが唯一の存在で、この人こそが唯一の事件なんだって。この人こそが、唯一の事象で、」

「…どうして」

「今まさに、唯一の事象がたったひとつの、云っちゃえば」

「どうしてそれで、…」

「留保ない特異点として、この人は正に」

「それでどうして、お前は」

「無限なんだって。…」

「母親を殺さなきゃならなかったんだよ?」清雪は、僅かの恍惚も、熱狂も、聊かの興奮さえも曝す事無く、「そんな世界も在るんだなって。」云った。

「母親をその人の所に連れて行って、救済してあげたかった?」

「まったく。…まったく、そんなこと考えもし無い。第一、救われなんかし無いよ。その人だけが唯一絶対なんだから。なにものも救われないし、なにものを救うことさえ出来ない。ブラックホールが飲み込んだ星を一々救ってる訳じゃないみたいに。あるべき姿に戻してやってる訳じゃないみたいに。事象の地平面なんて単なる暴力的な場所以外のなにものでもないよ。留保なき暴力。ただ、…ね。新しい、見たことも無い世界にせめて連れて行ってあげたかった。ただ、」

「なんで?」

「新しい、彼女がまだ見た事も無い眼差しの中に。」潤が破水した時、その場に居合わせていたユイ=雨が救急車を呼んでやったのだということを、店が終って歌舞伎町の部屋に帰って来たときに、ユイ=雨みずからから聴いた。…もう、――

「笑っちゃいそうだったよ。」

「…なんで?」…だって、

「ね、…」あいつ、泣きそうな顔してんだもん。…と、微笑みあう私たちの囁き声を聴きながら、そして、「なんか、…」日差しがやさしく、あくまでも「――ね。」清潔に室内に侵入して、私たちの肌に「お漏らししっちゃった。」触れて居るのを、「どうしよう…みたいな。」…大丈夫そうだった?

「知らない。」

…お前が電話したんでしょ。

「そっから、先は、知らない。」…ね。

心配なの?と、肌を寄せて耳打ちしたユイ=雨の、意図的に謀んだ笑顔に、日差しが複雑な翳りを這わせ、あるいは、その白い肌を愈々白く照らせた。…やっぱ、――

「それなりに、愛してんだね。」

「…かもね。」

私はシャワーを浴びて出て来た、その素肌を曝したままで、バスタオルを床に投げ棄てた。そうすれば、いつも潤が片付けた。バスタオルが手を離れた瞬間に、当分此の部屋に潤が帰っては来ないことに気附いた。

「…ま」

と。

「それならそれで、別にいい。」…俺たちの時間を、過ごそうよ。

そう云ったユイ=雨がみずからの着衣を、いかにも女めいた仕草で剥ぎ取っていくのを私はベッドの上にあお向けて、ふれる。

日差しが、温度を以て、あるいは、温度として以外に、神経系も脳も、その触感を感じ取れはしない、顕かに其処に存在して居て、…光。それにじかに、肌を曝した。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000