小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■20
以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。
ご了承の上お読み進めください。
又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、
特にそれらを特に顕彰しようとする意図も在ません。
櫻、三月の雪
…散文。及び立原道造の詩の引用
三部作
《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ
或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ
Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης
ゾロアスター
いずれにしても、その土地の所有者の悉く総てが死んで仕舞えば、自然にユエンと、コアの姉弟の所有権に帰するしかなく、親族たちがそれを許容出来るはずもない。
自分の法的な(――冷酷な気配。)相続権の有無は(家の周辺に散在するユエンの)兎も角も、いずれにしても(親族たちと町で)それは(それとなく)自分の家族の所有なのだから、(すれ違うたびに、)考えて見れば、考えるまでもなく(意図的に)自分の所有であってならない訳では(かさなり合わされないすれ違った儘の)無い、(――冷たく冷静にお互いを拒絶しあった気配。)と。
長い間の法廷調整を経て、そして、私と結婚した以後にさえ、その火種は時に、想い出した様に再燃した。ときどき、役所の人間がユエンを訪れ、そして、雑なサイン入りの書類を手渡す。
露骨に厭な顔をするユエンに、配達の男は、…俺じゃないよ。
俺はただ、これ、とどけるのが仕事だからさ。
あなたは起訴されています、という何枚目かの通知に、ユエンは眼差しを落として、サイゴンに居住するコアは、そんな仕事に立ち回る事など出来ない。自然、それらすべてはユエンの仕事になり、…こっちに、と。
1944. ヴォー・グイン・ザップ
ダナンに還ってきてからよ。また、彼らが
Võ Nguyên Giáp
言い始めたのは、と。先進国として喧伝されている国の
武装宣伝旅団(ベトナム解放軍)
産の男を捕まえて、広大な、事実上
Việt Nam Tuyên truyền Giải phóng quân
彼女ひとりだけのものになった実家に帰って来たユエンを、
結成
ほうっておいてくれるほどに金銭の力は弱々しくはない。
10.1944-05.1945 ベトナム飢饉
外国人で、未だにまともにベトナム語を
11.03.1945 ベトナム帝国
話せない夫は自分の助けにはなる筈も無いから、基本的には
Đế quốc Việt Nam
無能な男に過ぎない無職の父親にでも、ユエンは
建国。皇帝バオ・ダイ
せめても縋るしかない。
Bảo Đại
一家の中での出来損ないとして有名なその
17.08.1945 八月革命
六十代の男タンThanhは、そのくせ
Cách mạng tháng Tám
四方八方に女を作り、その親族、あるいはときに夫、もしくは息子娘にいたるまでの、誰かに年に一回は怒鳴り込まれていた。
タンの父親、クイの家にも、今は無き…すくなくとも、まともではなくなった妻の家にも。彼が早朝と、娘からの呼び出しのあった時しかうちに寄り付かない理由など明らかだった。女の尻を追い掛け回すのに多忙なのと、友人の、綺麗とは言獲ない詐欺まがいの金稼ぎを手伝ってやるのと、及びその友人たち一味との飲み会に興じるのとで忙しいのだった。――結婚式。
あなたに
私と彼女の結婚式は、ユエンの
永遠の
うちの仏間の前でした。
幸福を
馬鹿々々しくなるほどに広大な仏間だった。母親の事件の後に、二年ほど毎日吐き、あるいは過剰に食い散らし、そのくせ失語症を併発していたユエンを養った(――その後更に)クイの家族たちと、あまりにも(数年にわたって、ユエンの)久しぶり顔を合わせた、基本的には(不意に鼻血を流して)自分より三歳年下の、大学の同級生たち(崩れ降りるように)数人以外には。大学卒業後に(倒れる、貧血の)働いていた会社の同僚は、もちろん(発作はおさまらなかった。…あ、)式には来ない。なぜなら、彼等は(と、その時)サイゴンで(鼻の下に)忙しく、いまさら、(血を)会社を(垂らした瞬間に)辞めた同僚の面倒を見てやる必然性など(彼女の意識は消滅する。)ありはしない。そして、コアが(…前触れも無く。時に)かき集めた、彼の(当たり障りの無い微笑のうちにさえも。)地元の少数の友人たち。
高校の友人には、いまや、連絡を取り合う気など、ユエン自身にさえもなかった。それは、
見ていた
喰らい附いた
あまりにも
僕は、鳥たちの
皮膚附きの
凄惨な事件だった。発見者の
羽撃き。嘴に
肉を彼女は、なぎ倒すように馬乗りになった
ハンが、言葉も話せずに、なぜか、まるで
死んだ私の
ハンに激しい殴打を加えられながらも
眼の前にいい男でも居るかのように、死にかけの
肉をついばんだ血痕を
咀嚼への執着を曝し続けて
老婆にさえ不必要に恥らう眼差しばかり曝していた
少しだけ散らした
ただ、むしろ被迫害者に他ならない
ユエンのことを、
羽撃き。鳥たちの
眼差しで
死んで仕舞ったほうが幸せだったのに、と。
無数の
そう邪気などあるはずもない無私の善意として、時に噂して廻っていたほどには。ハオが大袈裟な笑い声を立てた。そして、その傍らの、…清楚な結婚式。
私たちの
しめやかな、私たちの、ただ、いつくしみ合う心だけが、すくなくとも花婿と花嫁の寄り添う距離の中だけには在った、その。或はまるで、と、誰かが?
轟音、と。
爆弾でもふっ飛ばしたような?そう言うしかない、群がった人々の好き放題の、それぞれに自分勝手なそれぞれの歓声が…誰かが?四方に立って、死んだあとの、誰かが、天に召された後の、そんな、やさしくいたましい気遣いに満ちたささやきの連なりあいのような、乾杯の音頭。
ハオが声を立てて笑う。1、2、3、Một、hai、ba、と、それら、祝福の乾杯など最初の一度しかなかった私たちの結婚式は、…結婚しましょう。
と。インターネットで捜してきた言葉を、
けほんすましよっ
言ったのはユエンだった。サイゴンの、私のホテルで、早朝の、…日差し。カーテン越しの。決して目醒めさせはしないように、彼女の額にそっと口付け、そして、ようやく眼を醒ました彼女は、怒号のような、そんな声を立ててハオに連れ添ってテーブルを廻る彼の父親が笑う。もう、…と。
だれも傷付かなくていいんだよ、と、耳元でささやき続けられなければならないような、やさしく、清楚な、しめやかな、歌声。闊達な老人が古い歌謡を轟音で歌って、…いいよ。
――彼女の眼差し。
私は
けぅほんすましぃよ
言った。その、ユエンのささやき声に、その、祝福。誰を祝福しているのか、それさえももはや忘れて居るに違う無い大量の人々の集った結婚式の中で、…知ってる。
Em biết
ユエンは言った。知ってる。たぶん、彼女は、…幸せになってね、と。育ての親のティエンという、クイの妻は
Em đã biết
彼女に耳打ちしたに違いない。
ユエンが、恥じらいを含んだ微笑に、頬をほころばせたから。父親は、娘の
Anh đẹp của em
結婚式の今日さえも不在だったことには、だれもふれるものなど居なかった。…すぇんしぇ。
「先生、」
Em xin đẹp của anh nay đã biết
と、私の正面に立って云ったハオに、私は微笑んだ。鳴り止まない歓声のふしだらでさえある音響が、新郎新婦が訪れた私たちの円卓を包んで、…ありがと
「ありがと。」
しむません、ぉありがと
「ありがとうございます、」と、乾杯をする。幸せな新郎新婦に、ユエンと、私、そして、彼ら、私たちは、…乾杯を。
日本へ行って、生活が安定したら、妻を連れて行きます、と、ハオは数日前に言っていた。その、案内状を手渡したときに、…知ってるわ。
だって、生まれる前からの約束だったんだから、…と。
Em
眼差しの先の
đã biết
ユエンの、その
trước em được sinh ra
私を
thế giới đẹp nay
直視した眼差しは鮮明に告白してた。
日差し。…それら。
広大な庭に茂った樹木に差したかすかに揺らぎ、時にはわななく日差しが、さまざまな
死生ヲ貫ク
翳りを
ス
その
モノハ崇高ナル献身奉公ノ
下に存
精
在するありとあらゆるものに降り注いで、想い
神也
出していた、不意に。
生死ヲ超越シ
その、子供をあわせても
一意任務ノ完
二十人ばかりしか居ないささやきごえの
遂ニ
結婚式に、潤が
邁進スベシ身心一切ノ力ヲ
いきなり、道玄坂で自分の眼球を
尽シ従容トシテ
抉り取ろうとした時に、そして、彼女を
悠久ノ大義ニ生クルコトヲ悦ビト
羽交い絞めにしようとした私の
ス
手を
ベシ恥ヲ知ル者ハ強シ常ニ
振り払って、潤の
郷党家門ノ面目ヲ思ヒ
体臭。
愈々奮励シテ其ノ
夏。子供を生んだばかりの彼女の派手な着衣が、不自然な発汗を
期待ニ答フベシ生キテ
匂わせながら、自分勝手に
虜囚ノ辱メヲ受ケズ死シテ
濡れていた。湿り気を帯びた汗まみれの
罪禍ノ汚名ヲ残スコ
潤の身体は、あるいは、
ト
もがいて
勿レ
私を振りほどいた瞬間に、一瞬、ガードレールの境に立ち止まって私を見詰めた彼女は、そして潤は見詰めた。私を?
何もいらない、…と。
たしかに、おそらくは、私だけを。
なにも、…そうユエンの眼差しが、そして、或は彼女が何か言おうとしていることには気付いていた。その唇の開かれかゝった気配が、そして潤はもう、総てを云い盡くして仕舞ったに違いない。すくなくとも、その瞬間彼女が云うべきだった、…
あなた以外には。
叫ぶべきだった?
もう、なにも。
その総てを、すでに、いきなり、唐突に、音もなく。
たゞ、…と。
車道に飛び出した潤を一台の緑色のタクシーが跳ね飛ばした。
しずかに
6.満ち溢れて居るが、僕の中に
生きていたいの。ユエンの眼差しの兆した、そんな、彼女の意思を私はすでに知っていた。結婚式の前日に、明日、何人が来るものなのかも判らない残った身内だけの式の準備に、あまりにも広大すぎる家屋の掃除をふたりでしながら、不意にすれすれに寄り添って、そして、ユエンは眼差しをくれる。「こども、なんにん、ほしい?」
…Anh
ささやかれる声。ただ、いま、自分がいま
Muốn con trái bao nhiều ?
純粋に幸せでしか無い事を執拗に確信しているその声は踊るように、かるく耳にふれて、知っていた。私は、彼女が受胎する事など在り獲ないことなど。私は射精ができなかった。なぜかは知らない。いずれにしても、雪乃のせいにして仕舞えばよく、そうするしかすべはない。…一度も。
一度も私は射■したことが無い。ごく若年時の所謂夢■の他には。
あるいは、私は性行為そのものに嫌悪感を持っていたのだろうか?自分には意識さえされないままに?
「三人」
Ba
…と。大変。
たいひぇん
わざと驚いた眼差しをつくるユエンは、自分がいま満たされて在る事を知っている。覚えている。それまで、だれからタグ付けされる以外の何の記事をアップするでもなかった清雪のフェイス・ブックのアイコンに、どこかの古い日本兵の画像が貼り付けられ、いきなり背景画像としてはためく旭日のモノクローム加工された画像がアップされたその日、ベトナム時間の午前7時。
清雪は十八歳か、まだ十七歳だったのか。夏の生れなのだから、その七月にはそのどちらかで在った筈だった。いずれにしても日本時間の9時。
ユエンは、私の体の上に覆いかぶさった儘、終った後の貞淑な愛撫をくれていた。静かに、息遣いの音さえも立てずに。
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