小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■15
以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。
ご了承の上お読み進めください。
又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、
特にそれらを特に顕彰しようとする意図も在ません。
櫻、三月の雪
…散文。及び立原道造の詩の引用
三部作
《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ
或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ
Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης
ゾロアスター
「…必要なんだって。」そう云いながら、それ。眼の前で断りも無く独り語散る言葉。泰隆は決して、私にはその、かすかにおびえの在ることを兆した、やわらかい翳りをふくんだ眼差しを注ごうとはしなかった。必ずしも装った訳でも偽った訳でもない、自分の素直なやさしく気遣いにあふれた行為に、私への裏切りが隠しようもなく含まれていることを、彼だけは自分の心の中で鮮明に認識している、そんな、いずれにしても彼は、私を殴り、侮辱し、非難し、拒絶し、ありとあらゆる罵詈雑言で誹謗してしかるべきだった。頭のおかしくなりかかった薬物中毒の風俗嬢を、好き放題慰み者にして、孕ませ、迷うことなく棄てて仕舞ったのだから。…俺が、と。
まばたきもせずに
面倒だったら、
見ていた
俺が見ますよ。…と。
私は
生まれた、まともな養育もされて居ない清雪を、
その、逆光
母親ごと引き取ったとき、泰隆はまだ
見ていた。私は
大学生だった。(――彼の)
あ、…
大学卒業の年、外資系の(不意の)
…と
投資機関から内定をとっていた彼には、充分な(訪問に勝気な
あっ…
ユイ=雨でさえ)自信があった。彼を(ただ
…ーあ、
唖然として)養育していた里親の手をさえ殆ど借りずに、彼は
あ、あ。…
(見詰めて居るしかなかった。)自分で、
あ
あるいは、その(前触れも無く)
と、自分の
ほとんどを、彼に群がる(潤の部屋に)女たちから、彼が
その唇に、かすかに
その都度選別した(訪ねてきた、まだ)彼に
聴こえる聞こえないほどの
添うその時々の(眼差しに何処か)
音量で
女たちの手に(暗い色彩を残した)ゆだねて、
さまざまに
清雪を(十九歳の
曝しながら
泰隆を。)育てた。
見ていた。私は
義理の姉妹含めて、
十三歳のその
主人以外は
春、三月に
女だらけだった里親に育てられた泰隆よりも、
堕ちて行く
あるいは、
青空の逆光の中の
泰隆に媚びていなければならない
綾子の、…え?
女たちの手を
と
借りたせいなのか、
その一瞬に何かを不意に
清雪の身のこなし、
想い出したような
たたずまい、それら
鋭い表情の
ひとつひとつに、隠しようもない
覚醒を
女じみた気配がある気がした。一瞬だけ、泰隆は沈黙を、自分でもわからない誰かに捧げたように見えた。私は微笑みかけた。彼は云った。「…じゃ、」血まみれの
泉の上に
残骸。
ふるへてやまない…
「こっちへ…」もはや
ちひさい泉の
あけ開いた穴ぼこに過ぎない眼科が、
上に
泰隆の
泉の上に
腹部に巨大な
ふるへてやまない…
開口部を作って、その
光
内側から出来損ないの彼自身の
光のために
頭部が覗いていた。立ち上がった泰隆は、
光
そして、その
波らは
腹から除いた楕円形の
ちひさい
頭部は、
波らは
おびただしい「…ほら。」と。血管を
泉の上に
浮かび上がらせて
とらへられた
躍動する。「お前もだよ」
…僕たちの
立ち上がろうとしない、とは言え
光
不貞腐れたわけでもない、
僕たちの
ただ、感情の無い何処までも冷静で翳りの無い
光
澄んだ眼差しの儘に
僕たちの
自分を見上げた清雪に、泰隆は――褐色の
とらへられた
血のすじを吹き出させながら。顎を
ふるへてやまない…
しゃくった。
ちひさい
泰隆は、ルチアが
光のために
日本で交際した日本人との間に作られて、母親の死後その、日本人に棄てられて仕舞ったハーフだったが、潤があからさま匂わせていた母親の肉体の佇まいはどこにも顕れては居なかった。母親の写真一枚さえ見たことは無い私であっても、潤には、彼女の存在の名残りがちらついた。父親の名前など泰隆は知らない。死後二日経った夕方、泣き止まない≪乳幼児の声≫に、隣室に居住したイラン人の通報によってその安くはない地方マンションの委託会社の人間が鍵を開けたのだった。泰隆は六歳だった。ルチアの死因は、性交時に使用された禁止薬物、要するに覚醒剤の過剰摂取だった。素肌を曝したルチアの死体と、胎内に残された体液が状況を明かし、且つ、男は行方をくらましていた。一緒に住んでいた形跡は無く、イラン人にはそこまで証言する日本語能力は無かった。傷附いた六歳の少年に、証言らしい証言は不可能で、それ以前に精神障害を兆したやわらかな混乱を鎮めてやることのほうが専決だった。そして、十三歳前の潤は何度目かの家出に、二週間後千葉で別件確保されるまで不在だった。だから、彼女の死を看取ったのが泰隆の実父なのか、単なる行き擦りの客なのか、それさえ定かではなかった。
いずれにしても、どこからどう見ても、単に堀の深い顔立ちの日本人に過ぎない泰隆は、転職して一年ほど立った銀行からふんだくって居るはずの大量の収入の存在など、気配さえみせないほどに、ただ、つつましかった。…時々、と。
戦友ノ道義ハ
Martsang Kamatayan sa Bataan
彼は言った。「でも、
大義ノ下死生相結ビ
04.1942. バターン死の行進
さすがに、」
互ニ信頼ノ至情ヲ致シ
02.1944. マニラ市街戦
時々、…ね。
常ニ切磋琢磨シ
日本兵戦没推定16,665名超
「厭になる。…いや、」
緩急相救ヒ
米軍戦没推定1,010名
厭に?
非違相戒メテ
同負傷者推定5,565名
「違う。…違うんだけど…」
倶ニ軍人ノ本分ヲ完ウスルニ
フィリピン人戦没推定100,000名超詳細不明
なに?
「…ま、」
…姉貴だからね、
「それでも、…」と、階段を昇って、二階に在る潤の隔離されている部屋の中に、潤は衣服を乱すこともなくおとなしく、弓を曲げたようにしずかに横すわりに体を湾曲させて、そして、ひとりで。横殴りの日差しの中に清雪が与えたのだろう百合の花々を嚙み千切っていた。
彼女が花を喰い散らすことは、清雪から聴いていた。…から、なのか、そうではなく、また、違う理由があったのか。私の眼差しには、彼女。私より年長の、そろそろ老いさらばえ始めてもおかしくは無い年齢のはずなのに、驚くほど肌に若さが張った褐色の女を、むしろ心地よいものとしてだけ眼差しの中に見つめていた。
「花なんか、…」
独り語散た泰隆の声を、私は聴く。彼を一々振り向くまでもなく、その、彼の、でたらめな頭部に開けられた肛門のような部位から、脚の役割を果して居るらしいいびつで而もか細い機関を天上に伸ばして、その表面に張り付かせる、「花なんか、やるなっていったじゃん。」
はっきりと、清雪に対してささやかれた、必ずしも咎めたわけでもない独白に似た非難の声を、清雪は自分の当然の権利であるかのように無視した。…なに?
と。…どうしたの?
そんな、なにもおかしい風景ではなく、なにも際立った所もなく、なにも狂っては居なくて、なにもかも、むしろ正確で、当たり障りもなく、清潔でさえある風景なのだ、と。百合の花を両手で掴んで、花粉をその唇から頬にかけての褐色の上になすりつけながら、花弁を食い千切って咀嚼する潤の佇まいは、何事も、わずかにでも訴えようとはしない。彼女の息吹きがただ、私たちにふれていた。
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