小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■13
以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。
ご了承の上お読み進めください。
又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、
それらを特に顕彰しようとする意図は在りません。
櫻、三月の雪
…散文。及び立原道造の詩の引用
三部作
《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ
或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ
Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης
ゾロアスター
…美しい。
残酷なまでに。それは、今更のように茫然とでもするしかない風景だった。鏡の中の、眼の前の、匂い立つ美しい男。何かを見詰めれば、即ち見詰められたものの眼差しの中で、それは抗い難い誘惑に合ったことを意味する。ベッドに、いつか座り込んでいた私は、
くれてみせろ
まるで
考えられるありとあらゆる救済の可能性の
…ほら
不意に
その
ぼくは微笑む。きみが
絶望でもして仕舞ったかのように
総てを俺から剥ぎ取って、いま
あまりにも美しいから
うつむいて
今更ながらの屈辱をくれてみせろ
…ほら
頭を抱えた。ただ
煮え立った
ぼくは捧げる。完璧な
温度。しずかに
鉛の泡だつ
僕の君への優しさを
目醒め始めた、亜熱帯の
液体を眼球にそそげ。肛■に
どんなときも
日中の、熱気が
引きちぎった■ニスを縫いつけ、俺からもはや
どんなときも
息吹初めて、私の
性別さえ奪ってくれ。この
君の側に居るよ。君が
肌は、感じ始めていた。一年の
美しい日々の中に、生まれたことを
たとえ
ほとんど総てを
根こそぎ後悔させてこの
涙するときも
単調な夏の季節の中に
世界の美しさを称えさせてくれ
どんなときも
消費してしまう
気がふれた
厭きれちゃうくらい
亜熱帯の大気。そして
穢れた家畜に容赦はいらない
君の側に居るよ。ぼくは
日差し。感じていた。私は
へし折った背骨を咽喉に突き刺して
君の傍らに
生きて居た。いずれにしても
血まみれの絶叫を上げさせてくれ
寄り添って
此の世界の中で。結婚してから二年が過ぎていた。結婚しなければ、と。ユエンは云った。サイゴンで、出会ってほんの数ヶ月の、…あなたは日本に帰って仕舞って、と、
Anh đi về Nhật Bản
砂埃り。バイクで
Em ở đây một mình
溢れかえった路上、舞い上がるその、…忘れて仕舞うわ、と。
あなたは、
Anh
私の事など、…その、ユエンの
không nhớ em
言葉に動かされたわけでもなく、眼差し。彼女の、私を見つめる、決して私が彼女を棄てたりはしないと言うことを、根拠もなく確信しながら、あり獲る哀しい未来像におののき、素直な歎きを赤裸々に曝した、そんな彼女が、すでに目醒めて居ることには気付いていた。
ベッドの上に横たわって、私に背を向けた儘で、…もう、と。
…起きてるの?
そんな言葉をかけるのがためらわれるほどに、自然に両眼を開いて、間近に接近してる壁のほうに視線を投げ棄てたユエンは、…すでに見棄てられた存在たち。
ダナン市に辿り着いて、そしてビン(Bính レ・ヴァン・ビン、Lê Văn Bính…)というベトナム人の(——いつでも、盛りのついた鶏のような)紹介で這入った(笑い声を立てて)日本語学校で(笑う、)知り合った、ある(そんな男。)ベトナム人教師が、事の顛末を教えてくれた。私が、うちに招待した時に、日本語が話せないユエンが、いかにも貞淑な妻を装って私にしなだれかかる前で、…知っていますか?
——眼差し。
必ずしも日本語が上手だというわけでもない
——日本語で話し合う私の前に自然に曝されたのは
彼、ロイと言う名の
——ユエンの、異国人である事を自覚した眼差し。
三十前の男は、
してまっか
「奥さんのお母さんの事件、」
おかーさんのおくさん…
「知ってますか?」
おくさんのおかーさんの
なに?…と、
ずぃけん
ビールを勧めようとする私に微笑みかけるロイの「たくさん、家族、殺して仕舞いました。」微笑に邪気は無い。ユエンは、意味の判らない異国語の会話に、もはや退屈している自分を隠さない。
ロイとユエンは、同じ高校に通っていたらしかった。まとも面識はない。当たり障りの無い自己紹介がてらの会話の切れ端で、不意に、それは発覚して仕舞っただけのことだった。ユエンのほうが二歳年上だったから、ユエンは彼の学校の先輩だったに違いない。もともともは、第一次インドシナ戦争時代の英雄の育んだ家族たちだった。カンCảnhという名の、驚くほどに巨大な顔を持った男。味方側に多大な犠牲を強いる、とは言え負け知らずの戦略巧者だった。第二次世界大戦後、現地への残留を望んだ旧帝国日本人兵が教官だったクアン・ガイの陸軍学校を卒業した。ベトナム流の戦術だったのか、日本流の戦術だったのか。戦果の褒賞として政府から保証された家屋だったのかもしれない。ダナン市の居宅の敷地は拡かった。そして、嘗ては数世帯の人間たちがそこに住んでいた。娘が二人と、息子が三人居た。二人の女に産ませた子どもたちだった。一人は激戦地クアン・チー(Tỉnh Quảng Trị ――未だに撤去しきれない錆びた地雷が発見される。)の地雷を踏んで、肉の残骸になって死に、もう一人は片腕を失ったまま92歳まで生き延びた。チャンTrắngという娘、日に焼けた肌を曝した、華奢で利発な末っ子を、カンは溺愛した。チャンは80年代の後半に、近所の将校の息子のタンThànhと結婚した。チャンは彼女の実家に居住することを主張した。タンにとってはどちらでもよかった。いずれにしてもカンのうちのほうが、大家族が居住するとは云えども、広かった。敬虔なチャンを、周囲の人々は讃美していた。彼女を称えないならば、彼らが称えるべき人間など社会主義国家の初代元首ホー・チ・ミンとお釈迦様以外には残らなかった。だれよりもやさしく、けなげで、彼女を見詰める眼差しが儚さの意味を知って仕舞うがまでに、彼女は清楚にもろくも美しかった。子供が三人生まれて、二人生き残った。十八歳だった長女は学校のキャンプに出かけて留守で、十四歳だった長男は親戚のクイQuýの家に出かけていた。十二歳になる三日前だった次女のホアHoaは母親に惨殺された。
事件が明るみに出たのは、近所の、近親者たるハンHạnhという54歳の肥満した女が、肥満と、或は、及び出産時のなんらかの事故の為に痛めた腰を、いかにも不自由にゆすりながら、自分の娘の結婚式の招待状を持ってカンのうちに行った、その午前九時の日差し。美しい空の青。ハン川沿いの道を通って、白塗りの鉄門を通り向けた瞬間に、庭のココナッツの木の下にタオThảoと言う名の十歳の少女の、仰向けの死体見つけた。血まみれだった。刺殺だったに違い。眼差しは、無数の刺し傷をその体中に刻んでいたのだから。
眼を見開いた儘死んだ眼差しが、横たわった地表のはるか上空のココナッツの葉が風に揺れるのを、黒眼だけが未だに見い出して居るような、そんな錯覚にハンはおびえた。
広い仏間の開け放たれた木戸の前に、地面に頭をさかさまになすりつけた40代の男の死骸が尻を突き上げていた。床と地面を、流れ出た血が汚して、血を赤い色彩を辛うじて保ったままに乾かせ始めた御影石と、ただ汚らしく、コールタールでもぶちまけたように黒ずんで居るしかない土に、それら二つの物の成分の違いをハンは意図もなく認識した。彼はカンの次男だった。
足元の壁には、ヒエンHiềnと言う名の90代の老婆が、壁に背を凭れて、うなだれて自分の体が流した血に一人で穢れていた。
仏壇の蔭に、ほうり棄てられた様に十代の少女の死体が背を向けて、寝転がっていた。長男、チーTríの娘、ミーMỹ。
いくつかる居間の、一つ目に辿り着くころには、あるいは、自分の身に危険が及びうる可能性の存在すら、ハンには忘却されていた。息を飲むというわけでもなく、ただ、ハンは自分の眼差しが見い出す風景を見留めるしかなく、まるで、…と。
或はこのうちでは今、戦争でも起こって仕舞ったに違いない。
想う。彼女は、そして、確かに、カンの最初の妻は十歳のチャンの眼の前で、地雷を踏んだ。肉も骨も吹き飛んだ、かつてのロンLòngのような上半身だけの残骸にならないですんでいるだけ、まだしも彼らの葬儀は楽かも知れない。
眼を凝らせば、壁が造ったやわらかい日陰にハンの眼差しは更に4体の死体を見つけ出したはずだった。
一番奥の居間の突き当たりの、裏口のシャッターは開け放たれていた。庭先のバイクが、その逆光の中に翳を投げていた。あまりにも素直な光りは、ただ赤裸々に仰向けに、口を開いて横たわった十八歳の、成熟しかけた、いまだに幼い少女ののけぞった、仰向けの身体を見い出した。
両眼を見開いて、のけぞった背筋が力盡き、崩れて、床にしなだれかかるのを彼女の身体は、あくまでも頑なに維持しようとしてもう一度のけぞり返る。そのたびに上半身のTシャツは着乱れて、曝された日に灼けた肌がハンの眼差しにふしだらな無作法さをだけ感じさせたが、でたらめに引き攣り放題の腹部の皮膚。彼女がいまだにそこに、無傷で今も生きて在ることを、ハンの眼差しは終に認識し獲なかった。
少し離れた傍ら、居間の真ん中にチャンは胡坐をかいて座っていた。チャンの眼差しにはいかなる狂気の断片さえも感じられはしなかった。ハンに気付くと、チャンは顔を上げて、その口が咬み千切ろうとしていたものから唇を離す。血まみれのチャンは、ホアのやわらかい腹部の皮膚を嚙み千切って、あふれ出させた内臓の何かを、咀嚼していた。不意に見つかった、必ずしも綺麗で慎ましいとは言獲ない食事を羞じるように、チャンはいつもに変らない眼差しの儘、ただ、清楚に微笑んだ。チャンの背後に、クインQuýnhの死体が転がっていた。あまりにも適当に至る所を咬み千切られて、激しい損傷を受けた顔面からは、彼がだれなのか判断することなど、ハンの一瞬の眼差しには不可能だった。…あなた、…
と。
哭キ叫ブ。英霊等ハ今
俺ハ
何してるの?
哭キ叫ブ
全人類ニ在ルベキ尊厳ト共ニ殉死スル
ささやきかけたハンの眼差しが、チャンの、ひたすらにやさしく邪気もない微笑みに、その、ハンを見詰めたかすかに上目の眼差しのどこかに、一瞬の懐疑が、
滅ビタリ
総テノ
…あなたこそ
今ヤ眞ノ大日本ノ益荒男ハ
亜細亜及ビ欧州及ビ米大陸ノ家畜的劣等民共ヲ
浮んだのを
去勢サレテ
迷フ事莫ク
なにを?
滅ビタリ
屠殺セヨ
見留めた瞬間には、ハンは
益荒男トハ荒魂ト和魂トヲ凜ノ気配ニ総合シ
彼女が
常ニ真剣ヲ咬ンダ男ノ事ヲ云ウ
いままで聞いたこともない他人の怒号を自分が咽喉にならしながら、チャンにのしかかって好き放題に、彼女を殴打しつづけている自分の息遣いを聴いていた。
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