小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■8



以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。

ご了承の上お読み進めください。

又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、

それらを特に顕彰しようとする意図は在りません。





櫻、三月の雪

…散文。及び立原道造の詩の引用


三部作

《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ

或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ

Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης

ゾロアスター 


女物の長袖のタートルネック、デニムのパンツ、そして、長く流された、胸元に落ちる髪の毛、それは見事なまでに黒い。…光沢。華奢な、か弱い女性を絵に描いたような、細くやわらかい身体の造型。取り付く島も無い、綺麗、と。ただその漢字を二字、パソコンのフォントで血も涙もなく打ったような、そんな、…と。毛筆でも、手書文字でもない冷静沈着にして精巧で、緻密で或る意味冷酷な。確かに、ユイ、シュエン、と、…シュエン、ユイ、オウ。オウ、ユイ、シュエン、…と、言う名の彼女は美しい。美しいとだけ、断言してやらなければならない女性の身体を、彼女は其処にひとりで曝していた。

一瞬の、何の意味も感じさせなかった沈黙の後で、声を立てて笑ったユイ=雨のやわらかく、高い声を私は耳にふれさせた。《パリジェンヌ》の中で。…でも。

「ね、…」

と、彼はささやく。

「でも、」…ん、「女の子に」…不本意ながら?「なっちゃうかもね。」…もどる?…「…なに?」…んー「わからない。」…なんか、…ね。…「むしろ…」てか、笑えるな。もはや、「むずかしいね。…」

「なんで?…」…なにが?と、不意に口走って仕舞ったとき、私は彼に微笑みかけるのをさえ忘れていた。…だって。

と、…

「僕たち、…でしょ?」

…じゃない?

その言葉が私を瞬かせそうになった瞬間に、「僕ら、愛し合うと想いますよ。」

云った、ユイ=雨の声を、私はただ、耳に聴いていた。そのときに、すでに、私にとっては当たり前の既成事実を、いまさらに言い聞かされたような馬鹿々々しさをだけ、私は感じて居ざるを獲なかった。…もう。

「ね。…」

もう、…「じゃない?」

云った、私に、「云い切るね。」つぶやいて笑うユイ=雨は、確実に、彼女を見飽きる事などないかのように、私には想われていた。

いくつもの夜。

想い出すべきいくつもの夜が、或はその明け方が、更には時には正午が、午後が、夕方が、さまざまな時間が、そして、さまざまな時間の中の、さまざまな日差しが、乃至月の明り、照明の閃光さえもが、彼を照らし出していた気がする。事実して、様々な時間に、さまざまな場所で私は彼と同じ時間を、場所を、共有しながら感じあう。

お互いを。その、気配を?…聴く。耳を済ますまでもなく、唇が発する言葉、言葉以前のかすかな音声、それら、生き物の意識と、感情と、感覚の、そこに存在することの明示。かならずしも、そこに在る事を表明しようとした訳でもないままに、そして、息遣い、正午を過ぎた日差しに、私の体の上でユイ=雨が身をのけぞらせて、髪の毛を派手に掻き揚げて見せたときに、匂い。

…俺

不意に

気にすることないよ、と

俺、…ね、と

薫り立った彼の体臭と、顕かに

私はユイ=雨に言った。彼を

清雪は云った。彼が

空間に撒き散らされた

私が棲み附いていた潤の部屋に彼女への

自決する最後の

髪の毛の匂い。隠しようもなく、いかなる

断りもなく連れ込んだときに、…ね

私たちの通話、…Lineの、その

弁明の仕様も無いその

彼女さん?

スマホのちいさな、その

女の匂いに、私は

この人…と、ベッドの端、その

液晶画面の中で

想わず声を立てて笑いそうになる。

窓際に寝息を立てて

「憶えてるんだよね」

傍らに、背中を向けたまま、

むしろ苦しげに見える寝顔を

…なにを?

潤が、眼を醒ましていることには

言葉もなく曝す眠る女

「俺、…」

気付いていた。振り、…では

潤の全裸の肢体を見た瞬間に

…なに、

あくまでも、寝た振り、なのどではなくて、あくまで

開け放たれた夏の窓から

「なに、憶えてるの?」

彼女は

侵入した風はカーテンを

その

いま敢えて眼を開けるいかなる

それ、潤の好みの

私の言葉を、聞えなかった

必然性をも感じて居ない

白いレースのカーテン。それは

振りをするでもなく、彼は

ただそれだけのために

揺れていたに違いない。その

耳にさえ入れずに

眼を閉じたまま、曝す。日差しの

記憶などもはや痕跡さえもなく、そのとき

…知ってた?

斜めに差し込む容赦もない

私の眼差しにはまったく

ささやく

やさしい明るさの中に、私たちは

意識さえされてさえも

「俺、憶えてるの」

自分達の生き物の身体を、

いなかったにしても、いずれにしても

「生まれたときの記憶…」

素肌を

カーテンは白く、日差しの中に

「…てか」

曝しあって、潤が脚で

煌きながら「…大丈夫?」

「じゃ、なくて…」

眠りながら蹴り飛ばして仕舞ったに違いない

はためいていたに

「生まれる前とか、…」

夏用の薄いタオルケットが

「…ね。彼女さん、」

「違う。」

床に落ちているのを誰も

違いない。…大丈夫?

「…前世とか、さ。」

拾おうとはしなかった。そんなもの

と、ユイ=雨の言葉に軽い微笑を

「そう言うんじゃないから。」

必ずしも棄て置いたわけでさえもなく

私は、くれながら、その

「わかる?」

そこに、床の上に

唇に指先を伸ばした。ふれる

「…なに?…生まれる、…」

ただ存在して、浴びた日差しに

その「…大丈夫。」寸前に

「生まれ、…ね?」

自分の上になめらかで

「俺の、ペットだから。」

「堕ちる?…」

繊細で

指先を停滞させて、彼の

「…前。」

壊れやすい

眼差しを見詰めて。…ね、と

「生れ堕ちる前の、なんか」

青い翳りを無数に曝す。

「どっちが?」云うユイ=雨は

「光の塊だったときの、…」

…複雑に。「…約束。」

「俺と、彼女と、…さ。」

「…記憶。」

ユイ=雨は云った。私に

邪気も、ひね媚びた暗さもなにもなく

「胎内に落ちた、胎内の」

抱かれる前に、彼は

「どっちが」

「羊水の中の記憶」

行かないで。…絶対俺で、

…笑った。「ペットなの?」

「生き物に、…形態に?存在に?…堕ちた、」

行っちゃだめ。…

「なんで?」耳元にささやこうとする私の胸を押して、…俺、…さ。

つぶやく。「あくまで、俺、…だからね。」口蓋、或は「俺の体は、…さ。」■門への「男の、」挿入さえなされない、私と「■ーメン浴びるようには出来てない。」ユイ=雨の交尾は、「■モの体は俺の体じゃない。…所詮、」結局のところ、潤にとって、むしろ「女の子の体じゃん?…」嘲笑うべき、理解不能な「なんか、そういうの…」気まぐれじみた行為以外の「…違うじゃん。」なにものをも意味しなかったに違いない。終には■精を迎えないで終わる行為に果てるということはなく、何かが達成される恍惚も、屈辱感乃至喪失感も、なにも在りはしない。飢餓感は常に飽和感と危うくすれ違い続け、それでも惰性の儘に肌と肌が戯れて、私たちの意識は、あるいは精神?…

いずれにせよ、それが、自分のそれををも含めたふたつの肌の際限も無い戯れに耳を澄まし、感覚器を研ぎ澄まして、そして、その行為を赦しているだけにすぎない。ユイ=雨は

…あ。——と

聴いて

その時、日本に来て

不意にその、かすかな

僕の泣き叫ぶ

七年の時間が過ぎていた。母親は

ほんの、取るに足らない微弱な音響が

声を。あなたは

日本人だった。東アジアの中で

聴こえたときに

時に、その

北朝鮮の次に貧しい荒んだ

それ

耳を澄まして

国家、…あの天安門事件を数年後に経験することになる

潤の唇が漏らした音響

聴いて

中華人民共和国という国家から

「起きてたの?」

僕の

中国残留孤児として移民してきた母親は

つぶやかれる私の声を

力の限りに

華僑たちを伝って、かろうじて

…ね

笑った声

貿易商の真似事をして

無視して、潤は

その声の

亡父の息子で、資産家の

今日って、…さ

空間に

両親たち家族に

ささやく

やがてはしずかに

寄生していた。旧華族だ、と

何日?

反響もなく

ユイ=雨は言った。いつか

その瞬間、ユイ=雨が声を立てて

拡散していく

紫陽花の咲く季節に、とは言え

笑うのを潤は

雨の無い、晴れ上がった

まるで

僕が立てた

日差しが入り込む夕方の

なにもわからないままに、この

声を

夕焼けた紅蓮に近い

世界の中に放り込まれでもしたかのような

あなたはいつか

オレンジ色の

そんな

見い出すに違いない

何かが燃え立った、その

かすかな驚きを眼差しに曝して

僕の

残滓のような

ややあって

この、空間の中に

色彩の中で。…俺、

私とユイ=雨を交互に見比べた

朽ち果てた

「皇族なんだよ」云って、不意に噴き出して笑い、…はんぶん、…「んー…」違うね。…「ま」…百分の一くらい?…「ね?」…俺、「…皇族なんだよ。」

そう云うユイ=雨の戯れ言を聴いたなら、清雪は激怒したに違いない。彼流の論理と、倫理と、正当性に基いて、大陸の乞食が何の世迷いごとを言って居るのだ、と。後れてきた、…或は、何十年以上も後れてきた、皇道純粋主義者の。それとも或は、あくまでもインターネット上の《極右》、ツイッター上の《皇道派》だったにすぎない彼は、むしろ微笑んで、…まじなの?

すごいね、と。そんな言葉でもユイ=雨にかけてやったのだろうか?





Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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