小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■4





以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。

ご了承の上お読み進めください。

又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、

それらを特に顕彰しようとする意図は在りません。


櫻、三月の雪

…散文。及び立原道造の詩の引用


三部作

《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ

或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ


Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης

ゾロアスター



何を?

ふれるように

なにかを。あるいは、その存在の総てを?そして、眼差しの奥にだけ赤裸々に顕れる、言葉の断片をさえ曝さない潤の微笑を、私の眼差しに未だはっきりとは見留められないうちに潤は、すでに、身をまげてひざまづく。

ベッドの傍らに、そして、歌舞伎町の風俗店で、深夜勤務するその女の唇が、あお向けた私の体のそれ、萎え切ったそこにふれようとした瞬間の、まるで、…と。一瞬のあられもない戸惑いに私は、初めて、…と。それを見たような。彼女の不意の純情さを感じ取って声を立てて笑った。…ほら。

燃え上がる

弔フ

僕は

響き渡るのは

私ハ

未だに血に塗れている。…と、僕は

絶叫。…知っているそれは

私ヲ

今も此処で、地に

僕のもの。僕の

弔イ獲ルモノゝ不在ノ故ニ

ふれる事もなく樹木に抱かれ、或は

ついばまれる細胞の群れが立てた

私ハ

串刺しにされて?

苦悩の絶叫。苦痛と

ミヅカラヲ

ついばむ嘴が、僕を

訴えの、その

敢ヘテミヅカラ

鳥葬して果てるのは何時なのだろう?…と

容赦もない

弔ハウトシタ

想う。或は

そしてそれが鳥葬を意図されなかったのだったならば、鳥たちのその同じ行為は

想う、僕は、

それでも同じ鳥葬の意味を成して居るのか。人々よ

…と、見開かれた眼差しはもう、なにも

私に教えよ

…と、なにも見い出しては居ない筈なのに、

答えよう。君の

凡テノ

…と。

無言の微笑みに、せめて

猶太ノ劣等民ヲ

私の眼差しが

やさしい口付けで

ト殺セヨ

さまざまな風景を見い出し続けるのは何故なのか?あるいは、此の肉体を構成した細胞の群れは、それらに固有の或る知性乃至思考乃至意識乃至感覚及びその作用その、何等かの特異な其れ自身の領野において、

やわらかな春の息吹がむしろ

彼らに

影ノ世界支配ノ陰謀ヲ

わたしにだけに

占有された風景を

壊滅セシメヨ

ふれていた

見い出し続けて息遣い、或は彼らが見い出す風景を私は知らない。…見たい?

と、きよゆき、と。

そう訓じた、清雪、その、十二月の半ば、不意の極端な寒波の中に、其の年に初めて雪が降る日の前日に生まれた少年は、——泣きながら、不意に笑ったような彼の眉のかすかな翳り。云う。私は、「…なに?」

と、想い出す。私はそう云った、…なに?と、不意にかけられたその声に、振り向き様に彼に発して仕舞った自分の声を、「…なに?」聴いた。

「俺の、死ぬとこ。」

清雪は言った。含羞、とそんな、今や恥らうしかない何の含羞も感じさせないいびつな二つの字を、不意に想い出して仕舞うような、あるいは、やわらかい恥じらいに似た感情に、彼がもはや晒されていたのは顕かだった。清雪が私の息子である可能性を持つ事は知っていた。或は、私は彼を自分の息子として認識していた。十三歳の少年を連れて、渋谷の事務所に連れて来た泰隆は独りで遅めの朝食を食べに行った。姉とは違う苗字の弟、泰隆。私と同じ年の三十二歳。彼にフィリピン・ハーフの面影は、必死に探し出さない限りは無い。清雪と私には朝食を口にする習慣はなく、そして、泰隆は彼のそんな習慣が、彼が一緒に住んだ事もない私にそっくりだと時々笑いながら詰った。

或は、生まれた清雪を引き取ったのはそもそも彼自身に意志だったには違いなくとも、泰隆のその言葉には、顕かに、清雪の面倒を見ようともしない私に対する非難と要求が、彼自身には意図も意識もされないままに溢れかえっているに違いなかった。私と王雨萱、…おう、ゆぃ、しゅえん。短く、ユイ、と。私がそう呼んでいたユイ=雨の事務所の中は、5歳年上のユイ=雨が華僑人脈乃至当時の所謂チャイニーズ・マフィア経由の含めた金に云わせて掻き集めた西洋家具の骨董で溢れかえっていた。私にその趣味はなく、それらはあくまでも重く巨大なだけの中古売買金額と言う名の資産価値をしか意味しない。それらは二人でやっていたデザイナーズ・カフェや、ダイニング・バーの収益と店舗デザインの副業収益から適当に集めただけのものだったから、必ずしもユイ=雨のものでもなければ私のものでもない。

とは言え、父らしき存在の事務所の中に揃えられた、顕かに安価ではありあえない家具の散乱に、小遣いの百円玉さえ私にはもらったことの無い清雪が何を想っていたかは知らない。…死、と。

暗いかすかなおびえ。余りにも不用意だった清雪の言葉に、一面に於いて、私が何の感情さえ浪立されなかったのは、あるいは、息子に対する私の非情さを想うが儘にに表現し獲ていたのかもしれない。或は、赤裸々な戸惑いのなせる一瞬の、思考停止だったのか。いずれにしても私は目の前の美しい少年が、明日かほんの数日後に血にまみれて果てる、その可能性の存在を想起して、微細で、繊細で、ほのかで、指先に溶ける雪のような、…そんな、取るに足らない無根拠な怯えに、私が、その言葉が耳にふれた一瞬にして咬みつかれていたのは事実だった。

「死にたいの?…お前」

そう、笑い立てた息に乱された私の声がつぶやいたとき、他人の耳には顕かにそこに嘲笑が含まれて居ることを感じるに違いないことを、一瞬のうちに私はおびえ、或は羞じさえ(――恥じらい?)しながら、そして(それとも。やわらかな)私には(恥じらい?)何の感情も無い。透明な、あまりにも空っぽな、謂うなれば澄んだ。…と、云うか。

「ね、…お前」

まさか学校で虐められてるとか?…笑う。

私の単にただ赤裸々で、不用意な哄笑じみた笑い声を清雪は見留め、私は彼がそんな目に合う可能性など在りもしないことを知りながら、その、十三歳の少年は眼をそらす。謂わば、少女じみた夢が見い出した夢のような。そんな眉にだけ翳りを曝す少年。出産とほど同時に弟に引き取られて行った、最早まとも言葉さえ話せないほどに、その精神状態の悪化させていた潤。発狂した彼女の弟たる泰隆が連れて来る年に数回の、半日の邂逅にしか接点のない、息子かも知れない少年は、まるで、私を見て居るように美しい、と。

そう、ユイ=雨はいつか耳打ちした。…やっちゃえよ。

「死ぬんなら死ねよ。」

…虐めなんてさ。やられたら半殺しにしちゃえ。

「でも、…さ。」

…じゃない?

「俺に迷惑かけないでね。」戯れ言めかして云った、それら、私の当たり障りの無い言葉を(――少なくとも。)聴きながら(私自身にとってはそうだった。)、私自身が感じていたのはそんな言葉に戯れて居る自分に対する、単なる鮮明な違和感に過ぎない。云うべき言葉はこんなものではなくて、そして、そもそも私は私が言葉をかけている人間の何をも、基本的には知りはしない。清雪は声を立てて笑った。…あなた、と。

必ずしもいじけたわけでもないやわらかな伏目の儘に、上目の眼差しに私をだけ一瞬見詰めて、清雪は、「やっぱ、」云った。「カスだね。」

息遣い。…彼の。

「なんかね、昭和のヒトっぽい。…お願い。」

言葉を発するたびに、彼の、そのいちいち

「死んで。て、云うか…」

笑みにふれる息遣いが耳に

「ごめん。昭和の魂もはや迷惑なだからね。」

すれ違った気がした。私は

神国苛烈ヲ是トス

微笑む。ずっと。私は

神国鮮烈ヲ是トス

微笑み続けていて、午前十時の

神国清冽ヲ是トス

日差しが、カーテン越しに室内にさまざまな翳りをさまざまに生成して、訝った。

私は、彼は

生キテ虜囚ノ辱ヲ受ケズ

断ジテ武人ノ清節ヲ

女を知ったのだろうか、と、その、

死シテ罪禍ノ汚名ヲ残ス事勿レ

汚サザランコトヲ期スベシ

眼の前のあまりにも美しい少年は、私がそうだったように、さまざまな理不尽で、押し付けがましく、何時でも彼女等が自分勝手に見詰めた対象を即座に加害者にして仕舞う女たちの家畜じみた欲望塗れの眼差しに、穢されていることをすでに自覚しているに違いなかった。…もう、と。

話しかけないで。もう

手遅れだよ。…と

我等

なにも。ただ、ください

そんなつぶやき声を、あくまでも

大日本民族ハ

沈黙だけを。あまりにも

自分勝手に無数にその周囲に

天孫タル猶太十支族ガ

辛辣で、救いようのない、深く

貼り付けた少年の

末裔也

深く、そして

嘗て

故ニ

あるいは

私もそうだったのかも知れないあからさまな

現人神タル神皇ハ

深い

眼にふれるものの総べて見切った傲慢さを

審判ノ丘ニ

沈黙だけを。なぜなら貴方には

私は

我等ノ魂ヲ悉ク

もはや口など在りはしないのだから

嫌悪した。

軽挙シ奉ル

…もう、

故ニ

と。

神聖神統正統民族ヨ今コソ自決シ覚醒セヨ

十三歳になる四ヶ月前の私に、渡邊綾子という名の、その十四歳の、或は

一気ナル総玉砕

十三歳の少女は

云った。彼女の

正義

正確な年齢など知らない。誕生日さえ知らなかったから。そして、彼女は一学年上で、なけなしの謝礼をふんだくりながら少年たちに抱かれていた。ひとつのやる気も無い、或は健気な私設アルバイトとして。その、神奈川の海辺の町。彼女が

「我慢できない?」

上の学年の少年たちの集団(——信吾。)に

「…いいよ。」

廻されて以降は。(彼を首謀者とする、…)

「好きにして、いいよ。」と、(彼。…真砂信吾という冗談のような名前を持った)そう言った儘に、彼女の(冴えた、知性的な眼差しの)部屋の中で、綾子は(知性など欠片さえ曝さない)声も立てずに(獣じみた体臭の)馬乗りになった私の(美しい男。)体の上で、私に(…と。)素肌を曝させようとして(私はそう想っていた。)苦戦した。彼女の言う儘に、そのベッドの上に仰向けに身を横たわらせた私の、着衣のままのシャツを、夏。

まだ海に行くには早い七月始の、夏休みさえ始まらない日曜日の午前。彼女のたった一人の肉親だった母親はまだ寝ているらしかった。窓から差し込んだ、温度を持つ夏の日差し、とは言え、締め切られた部屋の中に立つのはエアコンの音響とその冷気。彼女は、欲しがっていたものが終に手に入ることの喜びを、その眼差しに曝そうとはしなかった。自分で私を呼び出しておきながら、散々無造作で意図のない時間を散乱させた後で、そして、綾子は散乱した時間そのものにみずから飽き果てた瞬間に云った、…彼女、いるの?

その自分の一言が不意に彼女の眼差しを色づかせるのを私は見た。

見詰めるだろう

…なんで?

いつまでも

「いないよね。…ね。」

わたしは、あなたを

…なんで、そんなの聴くの?






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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