小説。——櫻、三月の雪…散文。及び立原道造の詩の引用 /《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ 或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948 ■3
以下、一部箇所に暴力的な描写が在ります。
ご了承の上お読み進めください。
又、歴史的記録として過去の政治スローガンの引用乃至模倣が使用されますが、
それらを特に顕彰しようとする意図は在りません。
櫻、三月の雪
…散文。及び立原道造の詩の引用
三部作
《‘In A Landscape’ ...John Cage,1948》Ⅱ
或る風景の中で。ジョン・ケージ、1948——Ⅱ
Zaraθuštra, Zartošt, Ζωροάστρης
ゾロアスター
或は、潤はむしろ諦めて微笑みながら、自分との行為が終わったばかりのベッドに、同じように素肌を曝して横たわっていた私を見
きみは
輝き
つめて、…ね、
此の世界の
煌いて
と、白い
光
辱められる
肌。
私の、漂白されたように真っ白い、その、潤の眼差しが捉えていた筈の色彩。彼女が眼差しに、それを意識していたかどうかは兎も角として。そして不意に立てられた笑い声の狭間に「…ね。」声をわななかせながら想い附きの儘につぶやく声は、潤の耳にふれていた。
「やって見せろよ。」
誰かを愛するとき
獣は獣らしく
私は言った。…なに?
私はいつでも
自分の糞尿にでも塗れて
「店でしてるみたいに。」
息をひそめた
溺れ死ぬべきではなかったか?
…ん、
まるで
むしろ、この
「やってみせてよ。」
私など此の世界に一切
清冽なる、夏の
「俺にも。」
存在していないかのように
日差しのなかで、あるいは
と、…ん?
なぜなら
やわらかい木漏れ日の
その、
私は怖かった。私が
翳りの中で
自分の鼻にだけ立った声に、潤は
あなたを傷付けて仕舞う可能性のわずかでも在る事実が
あくまでも
「誰のでも■えてんだろ?」
彼女は聴こえない振りをした。…なに?それに依って、何かを護ろうとする意図さえもなく。…なにを云ってるの?
わたしはただ、貴方に見惚れて居るだけ。愛おしい
微笑んで
愛おしすぎるくらいに
私を見つめながら
愛おしい貴方に
潤はすこしの戸惑いさえも、その眼差しに曝さない。人種的にはフィリピン人で、70年代にフィリピン人の母親が日本人やくざに連れてこられた、或は出稼ぎ労働に歓喜して渡海した日本で産んだ。今やその所在どころか生死さえも判らないやくざにとっては使い捨ての商用輸入に過ぎなかった、とは、必ずしも云獲ない。即座に彼の籍に入れて仕舞ったのだから。潤の父親はフィリピン人だったに違いない。…天使様がふれたのよ、とルチアという名の、ルソン島生まれの母親は言った。雨の日に
見よ
Seht
強姦されて、引き裂かれたTシャツと
何処を?
Wohin?
泥だらけの
我等の罪を
auf unsre Schuld
ショートパンツを其の儘身にまとったルチアが、むしろ呆然とした眼差しを曝してがその日、
天使は
23.01.1899. エミリオ・アギナルド派による所謂マロロス憲法公布
家に帰って来た事など家族の誰もが
わたしに
07.1902. 所謂フィリピン組織法米議会可決
知っていた。同国人に
ふれる
1916. 米議会ジョーンズ法律可決
強姦されたのか、外国人に強姦されたのか、
歓呼の叫びも無く
1916. 日本人移民受け入れ開始
独りだったのか
囁き声の
06.11.1941. 大日本帝国陸軍第拾四軍設置
集団だったのか、なにもルチアが
息吹きをだけ秘めて
02.01.1942. 大日本帝国軍マニラ占領
語らない以上、付着した所謂体液からDNAでも鑑定して廻らない以外に手立てはなく、且つ当時にまともなDNA鑑定技術などいまだ先進国の最先端にも存在せず、更には告訴さえもしなかったルチアに下されるべきDNA鑑定などあり獲はしない。日本に来た時には既に受胎していたに違いない。日本に来て、7ヶ月目には潤を産んだのだから。…天使様が
空が焼け堕ちる
いま
ふれたのよ、と。
轟音を、君は
いたずらな天使は
そう言って
聴いたことがあるのか?
微笑みをしか知らない
隠しようもなく膨らんだ腹を撫でたルチアを、水澤完爾という名の、彼女の夫は除籍した。ただの数ヶ月の結婚生活に過ぎず、ルチアは広島の外国人風俗店に勤務し始めた。潤に、戸籍はなかった。ルチアが死んだのは、潤が十六歳のときだった。一年ほど、
原住民族ニ対シテハ先ヅ皇軍
ニ対スル信倚観念ヲ助長セシ
ムルニ努メ逐次東亜解放ノ真
義ヲ徹底シ我作戦施策ニ協力
セシメ資
源ノ確保敵性白
人勢力ノ駆
逐等ニ利
用ヲ考
慮ス
——南方占領地行政実施要領
20.11.1941. 大日本帝国大本営政府連絡会議是ヲ決議ス
広島を彷徨った後で、結局は潤は歌舞伎町に流れてきた。日本語しか話せず、金銭的な問題で、一度も故国に帰国できなかったルチアの死後、フィリピンの家族の連絡先もなにも知りはしない。「…ね。」
■ゃぶってみなよ
皇道トハ何カ?
と、そう唇の先にささやいた私を、潤は、
おまえ
普ク臣民ノ道デ在ル
…聴こえてる?
おまえのおしごとでしょ?
遍ク臣民ノ道トハ何カ?
想い出したように
じょうずなんじゃん?
忠義ノ道デ在ル
見詰めた。「■ゃぶって見せてよ。」
ちがう?
忠義ノ道トハ何カ?
…肌。眼の前の、すこし
きのう
忠義トハ親ヲ屠殺スル事也
「…仕事だろ?…巧いらしいじゃん。ね、…」
なんぼん■わえた?
孝ハ忠ヲ曇ラセル。ナラバ
離れたそこ、すこしだけ離れた、手を伸ばしても
なんはつ■っしゃさせたの?
忠義ノ至純ノ為ニ
「べっちゃべっちゃ、…さ、…ね。」
いくらふんだくった?
予メ豚ハ屠殺サレネバナラヌ
指先はふれ獲はしないその、繊細な距離に
くさっ
忠孝ハ常ニ一致セズ
「音立ててやって見せてよ。…馬鹿な、」
におうよなんか
忠ノ前ニ孝ヲ棄テルガ忠義也
息吹いているその肉体の、息遣いの音など
におう
亦忠義ノ道ハ同衾ヲ憎ム
「アホな客にサービスしてやるみたいに。…」
おまえまだ
女ヘノ執着況シテヤ
聴こえはしない。褐色の、その
どっかくっついてんじゃない?
子女ヘノ私情ハ公ノ道ニ反シ
「家畜みたいに。…」
きったないの
身中ヲ蝕ム害虫ニシシテ
あざやかな肌。匂うような、
おっさんかどうていの
速ヤカニ駆逐
「いつものように、…」
きったないの
殲滅サレネバナラヌ
ね、…その、私の声に不意に潤は顕かな赦しを感じていた。私の微笑んだ唇を見つめて、彼女の眼差しが見い出して居たもの。彼女の心から愛する存在。私は、
尊皇ノ至純トハ
ささやいて
彼女を赦していたに違いない。
常ニ
みみもとに
何を?
自死ニ帰ス
ふれるように
なにかを。あるいは、その存在の総てを?そして、眼差しの奥にだけ赤裸々に顕れる、言葉の断片をさえ曝さない潤の微笑を、私の眼差しに未だはっきりとは見留められないうちに潤は、すでに、身をまげてひざまづく。
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