穂積八束『国民教育愛国心』東京有斐閣書房版 復刻及註釈 本編④ 第三編奉公 第ニ章生存競争、第三章國家独立





…或は亡き、『大日本帝国』の為のパヴァーヌ


穂積八束

『国民教育愛国心』


穂積八束『国民教育愛国心』東京有斐閣書房版ヲ以下ニ復刻ス。

奥附以下ノ如シ。

発行所 有斐閣本店

発売所 有斐閣書房

明治三十年六月四日初版印刷、明治三十年六月七日初版発行

明治四十三年十二月六日三版印刷、明治四十三年十二月十日三版発行

正價金四拾錢ト在リ。明治元年9月8日(1868年10月23日)行政官布告。

復刻凡例。

[註]及ビ[語註]ハ注記也。

[]内平仮名ハ原文儘ルビ也。

[※]ハ追加シテ訓ジ又語意ヲ附ス。

底本ハ国会図書館デジタル版也。


   第二章 生存競争

生存競争の結果として適者は存し適せさる者は亡ひ以て生存の完成を期す。是れ生物進化の理法にして亦人生の天則たり。個人獨立の力は合衆團結の力に敵する能はす。故に孤立する者は亡ひ社會を成す者は存す、社團結合の力の強固なる者は存し其の薄弱なる者亡す。團體を結合するは分子の公同心の啓発に由る同化なり。奉公の精神は社會の分子か社會に同化せんと欲するの公同心の発動にして分子を社會の中点に團結するの力なり。結合は之に由りて固く社會は之に由りれ生存競争の間に適者として其の存在を久ふすることを得へし。

個人相互の生存競争に於ては能く社會に同化し其の保護を享くる者は其の生を全うす。社會は人の生存競争の成果たり。社會を成すに適するの人は存し適せさる人は滅ふ。社會を成すに適すと謂ふは公同心の啓発せるの義なり。公同の心奉公の精神は個獨の利害を顧みす專ら他愛の為にするか如くにして實は個人の生存を防護するの道たり。公に奉するは私を全うする所由にして社會と個人との生存は合一して離るへからさるの原理に帰因するなり。社會相互の生存競争に於ては能く分子を結合同化し其の組織を堅固に為し得たる者ハ其の生を全うす。社會の強盛なる主力は分子の結合同化の成果たり。其の分子を同化するに適すの社會は存し適せさる社會は亡す、奉公の精神は同化の美果たり。奉公の大義は個人的の美徳なると同時に亦社會をして生存に適せしむるの欠くへからさるの要件たり。

生存の目的は平和なり、生存の手段は戦争なり。戦ハ和を期す、和ハ戦闘力の平調なり。物は平を得されは則ち動く。人身の内部の状態か之を圍繞[※いにょう。取囲マレテ在ルノ意也。]する外部の力と相戦ふの間に存在す。人及社會は天然人為の勢力と相闘ふに由りて生存する者にして其の外部の勢力に平調するの活動を失ふときは則ち生命亡ふ。奉公の精神は社會の分子か社會の外部の勢力に対抗し其の生存を維持せんと欲するの内部の生活力たり、奉公の精神は秩序を主持[※しゅじ]するの平和心たると同時に義勇尚武の気象[※尚武即チしょうぶハ武ノ尊重。義在リ勇ニシテ武ヲ貴ブ]に代表せらるる所以なり。我か天祖武を以て國を建つる誠に所由あるなり。而して國の戦闘力は兵にあらす財にあらす義勇尚武なる國民奉公の精神に在り。内以て覬覦[※きゆ。柄ニモ無イ希求]の隙を塞き外以て萬國の侮を防く神州の獨立此に由りて全たし。

道徳は社會的なり、人生其の物か社會的なれはなり。祖先の崇拜、臣子の忠孝、夫婦の和睦、朋友の信愛、家國の奉公、悉[※ことごとく]皆個人をして社會的團結に適合せしむるの要件たらさるはなし。道徳の道徳たるハ人生を完成するの要件たるか故なり。宇宙萬物を統律する適者生存の規則に依り生存を競争するの武器を名けて[※なつけて]道徳と謂ふなり。而して道徳は社會的適者たる資格要件を示すか故に亦個人的感性の道たる所以なり、個人は社會に於てその生を全うする者なれはなり。宗教、道徳、法律の用は個人をして社會的適者たらしむるの要件を指示するに在り。各人をして其の人生完成の要件なるか故に之に遵由[※じゅんゆう。護リ随フノ意也。]せしむるは民衆各[※それぞれ]発達せる知能を具するにあらされは為し能はす。故に凡俗を教化するには宗教、道徳、法律、の教義となり、神の怪力、聖人の遺訓、君主の権力、等に依りて制裁を加へ民衆を駆て社會的生存の要件を充たさしめんと欲するなり。人は信向と智識とに由りて動作す。我か固有の國民道徳は社會生存の理則に適合し、祖先崇拜の千古の信向に由りて既にに固く、生存競争の激烈を加ふるに遭遇して愈[※いよいよ]其の作用を覺悟す。家國の公に奉するは祖先の遺訓にして子孫を保全する所以たり。人と社會との存続完成は茲に在ること愈[※いよいよ]明かなり。


   第三章 國家獨立

人生は社會的なり。人は社會に於てのみ生存し得るの大義は人生の常道にして離るへからさる所たり。然れとも社會とは人生團結の素質を謂ふ者にして社會か如何なる形體に於て組織せらるるかは更に別の問題に属す。社會の形體は生存競争の勢に由りて鋳造せられたる歴史の成果たり。古今萬世一なるを期すへからす、要するに時と所に由り人生の完成に適合するの形體を以て之を組織するのみ。而して人類の既往の變遷に顧み現今の情勢に照すときは國家的構成を以て社會獨立の形體と為すこと生存競争の理則に適合する最重の要件にして民衆結合の中点は國家的存在に帰一す。今の世界は國家時代の世界なり。

國家は土地、人民、民主権、の三要素より成る。一定の土地を自己の領域とし民衆は之に依りて共同の團體を為し唯一の主権に由りて統治せらるるの社會の形體を國家と謂ふなり。古今東西を問はす人類統一の理想は時としては家國の藩墻[※はんしょう。即チ垣根。]を破壊し其の上に超越して人類を精神的に包合せんとするの大宗教と為り、時としては天かを併呑し四海を統一し武力以て世界主権を建設せんとするの大戦争と為り、人類統一の運命を試みたることあれとも一も未た成効したる者なし。蓋[※けだし]人生の進化の期未た此の終極に達せさるなり。是れ現今の人類進化の程度に於てハ家國の體制か生存競争の要件に適合することを證明する者なり。故に今の世界は國家時代の世界なりと謂ふ所由なり。今の時代の世界に在りて架空の仮想に迷ひ家國の制を蔑視し家國の分子たる境涯を超脱し人類の一員世界の公民を以て自ら処し愛國の心を狭隘[※きょうあい]なりと嘲る者あらは其の人其の國は生存競争の理法の制裁を受け終に亡ひんのみ。今の社會的道徳は國民的ならさるへからさる所由は茲に存す。人生の福利の中心か國家的組織に根由[※こんゆ。根本的根拠乃至由来ノ意也。]する現世に於ては國民道徳の基礎か家國の體制の上に建設せられさるへからさるは社會進化の理則の然らしむる所なり。

國の領土は國の存在と統一とを彰表[※しょうひょう。表象、表彰、顕カニ表ス]す。國土は國民の安宅なり、外権の侵犯を防衛し獨立自営以て世界に立つ。斯の神州瑞穗の國は祖先の経営開拓せる所祖先の墳墓の故域[※こいき。遺サレタ領域]にして子孫永く其の生を安んすへきの樂土たり。斯の美麗なる山水は我か数千年の歴史の紀念たり。新に不毛の地に漂泊し殖民移住したる者も[註]尚其の國を愛す、況んや到る処祖先千古の経営の跡を遺し山川草木悉[※ことごとく]故人の遺愛にあらさるはなきに於てをや。又況んや海陸産に富み風土温和にして民生を厚ふするに足るに於てをや。我か國土は山川草木の美を以て書かれたる祖先遺跡の日本歴史其の物にして之を愛惜するは我か既往の存在を愛惜するなり。我か豊饒なる國土は数千年の久しきに亘り外域の互易[※公易]を待たすして能く斯の大民族を養ふに足る。之を愛惜するは獨立自衛の経済を愛惜するなり。異種の人をして此の祖先の遺跡を蹂躙せしめす此の民族自営の根拠を占奪せしめさるは祖先及子孫に対する吾人[※ごじん。我等]の責務なり國の獨立を防護するなり。

國の人民は國の本體なり。合同風化以て獨立の國體を為す。其の團結か歴史偶然の投合に出るも尚相依り相愛す、況んや同祖の遺胤[※いいん]たる我か同胞に於てをや。我か國は数千年の久しきに亘り未た深く異種の人に交らさりしか故に風教の純一普合を保維し得て團結の心共愛の情其の強固を加へたること甚大なりとす。此の特質を発揮し以て外間の覬覦[※きゆ。柄ニモ無イ希求。即チ侵攻ノ意也。]を防ぐ。奉公愛國の精神は民族の天性に具ふる所にして國體を永遠に維持し得たる一に茲に由る。史上或は其の國土を同ふし其の國名を一にするも其の本體たる民族は早く既に滅亡に属し祖先の墳墓を異種の人の蹂躙に任したるの類と日を同ふして語るへからさるなり。若[※もし]我か民族にして亡ひんか日本の山水あり日本の住民あるも我か日本國は存在せさるなり。

國の主権は國の獨立を代表す。主権なけれは統一なし統一なけれは國家なし。國の獨立の存在は獨立主権の存在に係る。主権とは社會最高の主力にして外部に対して獨立なるの権力を謂ふ。主権を防衛するは國の獨立を防衛するなり。我か國は萬世一系の皇位を以て主権の存する所とす。皇位は天祖の靈位にして皇胤之を受け天壌ろ共に窮り無し。神聖なる皇位を侵すことあらは國の主権を侵す者なり、國の存在を毀損するなり。之を防護するは國の獨立を防護するなり。共和の約束に因る主権は須用[※すよう。必要不可欠]なれとも神聖ならす。民人之に服従すれとも之を崇拜せす。我か主権は天祖の威靈にして社會を保護するの用を為すと同時に神聖侵すへからさるの特質を有す。民衆の之に帰向[※きこう。必ズ帰ッテ向ウ所]するは我か固有の信仰に於て固し。主権は社會を保護するか故に之を尊重し服従すへしと謂ふは其の服従すへきの原由を示すなり。我か民衆か之を神聖なりとして崇拜するの情は利害の念の外に於て潔白なる特種の風教に由る者なり。萬世一系の皇位を崇拜するは我か獨立の主権を敬愛するなり。獨立の主権を敬愛するは國の獨立を愛惜する者にして奉公愛國の情は我か神聖なる皇位に対して発表せらるる所由なり。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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