穂積八束『国民教育愛国心』東京有斐閣書房版 復刻及註釈 本編② 序、第二編愛國 、第一章個人、第二章社会、第三章公同心
…或は亡き、『大日本帝国』の為のパヴァーヌ
穂積八束
『国民教育愛国心』
穂積八束『国民教育愛国心』東京有斐閣書房版ヲ以下ニ復刻ス。
奥附以下ノ如シ。
発行所 有斐閣本店
発売所 有斐閣書房
明治三十年六月四日初版印刷、明治三十年六月七日初版発行
明治四十三年十二月六日三版印刷、明治四十三年十二月十日三版発行
正價金四拾錢ト在リ。明治元年9月8日(1868年10月23日)行政官布告。
復刻凡例。
[註]及ビ[語註]ハ注記也。
[]内平仮名ハ原文儘ルビ也。
[※]ハ追加シテ訓ジ又語意ヲ附ス。
底本ハ国会図書館デジタル版也。
第二編 愛國
第一章 個人
個人の為に社会在るか、社会の為に個人在るか、此の疑問は分れて人生の終極を個人とするの主義と之を社会とするの主義との両端の人生観をなしたり。此の衝突する人生観を引致[※いんち。強制的出頭乃至連行。裁判用語。茲デハ遁走不可ノ誘導誘引等意味ス。]したるは個人と社会とを機械的に分離し各自孤獨の存在を有すと想像したるの誤解なり。人は社会に於て生れ社会は人に由りて存在す。個人か社会を作為したるに非す、社会か個人を作為いたるに非す。個人は社会の為に存し社会は個人の為に存す。個人は社会に於て同化し合同生存を為す者なり。個人主義社会主義の衝突は人の合同生存の看念に於て調和す。
社会は人の合同生存の形體たり。人ハ社会の活動する勢力にして社会は人の静止せう體樣なり。個人か社会の分子として個獨の生存と公同[※こうどう。社会一般]の存在とか相合一するを同化と謂ふ。同化を欲するの念を公同心と謂ふ。人か社会的生存を為すは所謂生存競争の結果にして人生進化の大則の作用たり。同化は社会的生存の要件なり。公同心は同化の誘因なり、又成果なり。能く社会に同化する個人は適存し能く個人に同化するの社会は其の存在堅固なり。個人と社会との円満なる同化を以て社会進化の上乗[※此ノ上無ク勝レタ状態。]とす 個人の社会に於るは全体體の分子たり。社会は個人の容器に非す。魚の水に遊ひ草木の地に茂るか如きに非さるなり。水土に倚る[※よる。依ル]にあらされは魚木其の生を得す、而も水土は魚木の生命に因りて存亡せさるなり。社会は個人の生命に因りて存在す。個人の生存と社会の生存とは須臾も離るへからす相待て[※現行相俟ッテ。尤モ『あいまって』ハ和語ニシテ如何ナル漢字ヲ当テヨウガ本来単ナル当テ字デ在ルニ違ハズ。]合同生存體を為す者なり。社会は個人の存在の延長なり、個人は社会の生命の一部なり、故に社会の分子としての個人の円満なる発達は社会と同化し社会の存在を円満にするに在り。個獨の福利は其の中に存す。
個人は社会を代表す。社会の存在は個人に由りて彰表[※しょうひょう。表象ノ意也乎]せらるるなり。社会の福利と光栄とは個人の福利なり、光栄なり。個人の貧弱汚辱は社会の貧弱汚辱なり。個人か其一身を光栄にし富強にするは個人の幸福たると同時に社会に対するの責務なり。其の社会を愛惜するは自己の生存を愛惜するなり。社会公同愛惜の心は茲に萌芽す。家を愛し國を愛するの至情は公同心の発揮する所にして社会同化の誘因たり、又成果たり、以て斯の生を厚ふす。愛國の心豈[※豈に]迷信に由る他愛の極端にして人情の變體と謂ふへけんや。
個人は個人の為にのみ生存せす、社会の為に存す。社会とは吾人の君父なり、妻子なり、兄弟朋友なり。社会に同化するの公同心は君臣の義、父子の愛、夫婦の和、兄弟の友、朋友の情、凝結する所にして又其の主脳たり。人倫の大道は社会を組織する原素たり。人道は社会的にして個人的に非す。人は自己のみに由りて生存し自己の為にのみ存在する者ならは何そ人倫道徳の是れ有らぬ。倫理は人か人に対するの道にして社会は人と人との交通なり。倫理は社会に由りて生れ社会を保持するの柱礎[※ちゅうそ。柱、礎。]而して倫理は社会同化の要件にして公同心の反照[※はんしょう。照リ返シ。]たり。個人か社会其の物に対するときは之を公同心と謂ひ、社会の分子の相互の間に発しては之を道徳の教義と謂ふなり。公同心なけれは倫理なし。倫理を説く物或は君臣父子夫婦兄弟朋友の個人相互の際間[※きわ乃至あいだ乃至さいかん等。意ハ字義ニ見ル如シ。]に就きてのみ教を埀れ之を其の淵源たる社会合同の看念に帰納せす。故に聴く者多く其の源由を解せさるなり。社会に在りては公同の心、國に在りては愛國の心、家に在りては愛家の心、一以て合同生存の要素を包合[※ほうごう。乃至抱合]し発して人倫の大道を為す。所謂人倫の教規は特別の社会的関係に就き適用せられたる公同心なり。忠孝仁義皆公同心の作用にして社会同化の要件たる者なり。同化を欲せされは社会滅す、社会滅すれは個人亡ふ、社会の存在を全うするの公同心は個人の生存を愛惜する倫理たる所由なり。一定の主力に由り其の秩序を維持せらるる社会を家國とす。家國に於ける公同心は即ち家を愛し國を愛するの心なり。相倚り相頼りて同化し以て斯の合同生存を全うす。家國を愛惜するは個人の最高終極の責務たる所由なり。
第二章 社会
社会は社会の社会なり。社会は個人の有にあらさると同時に個人亦社会有にあらさるなり。個人は社会に同化し社会的生存を円満にすへきと同時の社会ハ個人に同化し個人的生存を完成すへきものなり。故に個人の社会に対する道徳は発して公同心となり、社会の個人に対する道徳は発して保護力となる。保護は公同心の反響にして亦其の誘因たり。相待て個人と社会との同化を成し以て生存競争の間に合同の存在を保護す。
社会は其の分子たる個人を保護するに由りて自存す。保護は個人に対するの責務たると同時に亦社会自衛の権利たり。保護なけれは社会なし。木石の地上に併列するも社会を成ささる所由り[※儘。乃至所なり。]。社会は個人の合衆なりと謂ふは可なり衆人の併存直に[※併存、ただちに]社会を成すと解するは不可なり。之を連鎖するの力あり結合して以て同體を為すにあらされは未た社会と謂ふへからさるなり。此の連鎖結合の力は個人的に謂へは公同心なり社会的に謂へば保護力なり。而して其の保護力の力は公同の心に淵源するに於て堅固なり。保護力の堅固にして強盛なるは社團の堅固にして強盛なるなり。
歴史に依れは社会は多く人種、宗教、風俗、言語、経済、等の共通を基礎として團結せられたり。此れ等の團結の要素を保護するは即ち團結を堅固にする所以なり。此の結合の要素の一二を保守し得たる社会既に堅固なり。況んや此の總ての要素を具備し数千年の久しきに亘りて之を保守し得たる我か日本民族の社会に於てをや。此の貴重なる結合の要素を永久に維持するこそ堅固に加ふるに堅固を以てする者なり。社会か祖先の貴重なる遺賜[※いし。字義ノ如シ。]たる此の結合の要素を保護するは個人に対する責務なり、祖先に対する追報[※ついほう。茲デハ報恩ヲ重ネルノ意乎]なり、子孫に対する慈愛なり、自己に対する防衛なり。若[※もし]人種、宗教、風俗、言語、軽罪、等の一致共通を失ふときは社会は何に由りてか其の合同統一を期せん。少数強者の暴力か多数弱者を壓制するの外は國を成すの源由なからんとす。不幸なる外國の民族には或は漸く此の苦境に陥らんとするの傾向あり鑑みさるへけんや。
我か日本の民族は我か天祖の子孫なり。我か國粹の信仰は祖先の崇拜なり。我か固有の風俗は祖先の遺風なり。我か共通の言語は数千年の公同心の音聲なり。我か厚生の経済は斯の美麗なる山水と温和なる風土との賜なり。我か民族は此の天賦申請なる團結の要素を兼具し之を保守したるの久しきに因りて愈[※いよいよ]其の鞏固を加へたり。是れ萬國の欽慕[※きんぼ。敬ヒ慕フ。島崎藤村『春』《英雄豪傑の気風を欽慕し》ノ用例]する所にして世界に対して誇称するに足る 今若[※もし]一時の風潮に襲はれ千古の特性を廃頽するか如きあらは日本民族の社会的組織を紊亂[※びんらん乃至ぶんらん。乱ス]するの悔あらん。我か固有の人種、宗教、風俗、言語、経済、等の保持は一時の利害の為に之を欲するにあらす、我か社会の特性にして其の組織の血脉[※けつみゃく乃至けつばく]たる素質を永遠にデ傳へんと欲するなり。社会の要素を永遠にするは社会の存在を永遠にせんと欲すれはなり。若[※もし]社会變遷の名の下に知らす識らす祖先の血脉の純一を汚かし[※侵かしノ当テ字乎。]祖先の風教の合一を破ることあらは干戈[※かんか。干即チ楯ト戈即チ矛是武器一般ノ謂]を交へすして斯の神州楽土[※神州ハ神州(神国)藤田東湖即チふじた とうこ(1806年(文化3年)3月16日是旧暦(5月4日)生、1855年(安政2年)10月2日是旧暦(11月11日)没)等水戸学尊皇論《神州誰君臨万古仰天皇》カラ昭和軍部ニ多用サル。《神州不滅》等]を異種の人異種の風教に附與[※付与]する者なり。是れ我か日本民族の社会の滅亡たり。希臘の地山高く水清きこと今尚千古の如し、羅馬の府繁栄の津にして文化の中心たること古昔[※こせき。字義ニ同ジ。]に譲らす、而も古の文化にして富強なる民族社会は今何の所にか在る。古の猶太國は大民族なり。一度其の社会組織の滅亡せしより其の子孫離散して世界に漂泊す。今の猶太人は智巧人に絶し財力他を壓す、欧州人の畏れて忌む所たり。而かも帰するに故国なく他人の國に浮浪して其の過酷なる鞭撻に甘んす。個人智にして且つ富むと雖[いえども]合同して民族社会を成し其の獨立を維持するにあらされては以て世界の生存競争に対峙する能はさること知るへきなり。
社会は吾人の社会にあらす祖先の社会なり、子孫の社会なり。社会は個人を其の分子と為すと謂ふは現在の衆人のみを持って其の分子と成すの義にあらさるなり。社会と謂ふ看念は現在の平面に止らす個人を保護すと謂ふは現在及将来に向ふて其の分子を保護するなり。吾人の子孫は吾人と同しく我か社会の分子たる権利を有す。故に社会の個人を保護するは、必しも現存民族の最大数の最大私益を全うするのみを以て其の目的と為ささるなり。吾人は祖先の負債を弁済し若は[※もしくは]子孫に餘財を遺すの責務在ることあるへし。社会は過去及将来の利益の為に現在の利益の一部を犠牲に供することを免れさるなり。吾人は祖先の光栄を失墜せさらんか為に、子孫の獨立を維持せんか為に、火砲剣撃の間に生命を抛つことをも敢てする者なり。社会は事難に際し個人の身體財産を公同永久の生存の為に犠牲にするの場合もあるこそ社会自衛の権にして個人保護の大義と抵触せさる所以なり。
[附註1。
『陸海軍軍人に賜はりたる勅諭』或ハ『軍人訓誡ノ勅諭』即チ所謂『軍人勅諭』是1882年(明治15年)1月4日下賜。起草西周、及ビ一説ニ福地源一郎、井上毅、山縣有朋協力ニ以下《五ヶ條》
在リ。
一 軍人は忠節を盡すを本分とすへし凡生を我國に稟くるもの誰かは國に報ゆるの心なかるへき况して軍人たらん者は此心の固からては物の用に立ち得へしとも思はれす軍人にして報國の心堅固ならさるは如何程技藝に熟し學術に長するも猶偶人にひとしかるへし其隊伍も整ひ節制も正くとも忠節を存せさる軍隊は事に臨みて烏合の衆に同かるへし抑國家を保護し國權を維持するは兵力に在れは兵力の消長は是國運の盛衰なることを辨へ世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも輕しと覺悟せよ其操を破りて不覺を取り汚名を受くるなかれ
一 軍人は禮儀を正くすへし凡軍人には上元帥より下一卒に至るまて其間に官職の階級ありて統屬するのみならす同列同級とても停年に新舊あれは新任の者は舊任のものに服從すへきものそ下級のものは上官の命を承ること實は直に朕か命を承る義なりと心得よ己か隷屬する所にあらすとも上級の者は勿論停年の己より舊きものに對しては總へて敬禮を盡すへし又上級の者は下級のものに向ひ聊も輕侮驕傲の振舞あるへからす公務の爲に威嚴を主とする時は格別なれとも其外は務めて懇に取扱ひ慈愛を專一と心掛け上下一致して王事に勤勞せよ若軍人たるものにして禮儀を紊り上を敬はす下を惠ますして一致の和諧を失ひたらんには啻に軍隊の蠧毒たるのみかは國家の爲にもゆるし難き罪人なるへし
一 軍人は武勇を尚ふへし夫武勇は我國にては古よりいとも貴へる所なれは我國の臣民たらんもの武勇なくては叶ふまし况して軍人は戰に臨み敵に當るの職なれは片時も武勇を忘れてよかるへきかさはあれ武勇には大勇あり小勇ありて同からす血氣にはやり粗暴の振舞なとせんは武勇とは謂ひ難し軍人たらむものは常に能く義理を辨へ能く膽力を練り思慮を殫して事を謀るへし小敵たりとも侮らす大敵たりとも懼れす己か武職を盡さむこそ誠の大勇にはあれされは武勇を尚ふものは常々人に接るには温和を第一とし諸人の愛敬を得むと心掛けよ由なき勇を好みて猛威を振ひたらは果は世人も忌嫌ひて豺狼なとの如く思ひなむ心すへきことにこそ
一 軍人は信義を重んすへし凡信義を守ること常の道にはあれとわきて軍人は信義なくては一日も隊伍の中に交りてあらんこと難かるへし信とは己か言を踐行ひ義とは己か分を盡すをいふなりされは信義を盡さむと思はゝ始より其事の成し得へきか得へからさるかを審に思考すへし朧氣なる事を假初に諾ひてよしなき關係を結ひ後に至りて信義を立てんとすれは進退谷りて身の措き所に苦むことあり悔ゆとも其詮なし始に能々事の順逆を辨へ理非を考へ其言は所詮踐むへからすと知り其義はとても守るへからすと悟りなは速に止るこそよけれ古より或は小節の信義を立てんとて大綱の順逆を誤り或は公道の理非に踏迷ひて私情の信義を守りあたら英雄豪傑ともか禍に遭ひ身を滅し屍の上の汚名を後世まて遺せること其例尠からぬものを深く警めてやはあるへき
一 軍人は質素を旨とすへし凡質素を旨とせされは文弱に流れ輕薄に趨り驕奢華靡の風を好み遂には貪汚に陷りて志も無下に賤くなり節操も武勇も其甲斐なく世人に爪はしきせらるゝ迄に至りぬへし其身生涯の不幸なりといふも中々愚なり此風一たひ軍人の間に起りては彼の傳染病の如く蔓延し士風も兵氣も頓に衰へぬへきこと明なり朕深く之を懼れて曩に免黜條例を施行し畧此事を誡め置きつれと猶も其悪習の出んことを憂ひて心安からねは故に又之を訓ふるそかし汝等軍人ゆめ此訓誡を等閑にな思ひそ
引用以上。
是1948年(昭和23年)6月19日所謂『教育勅語』ト同時失効。]
[附註2。
『戦陣訓』一部以下引用ス。
1941年(昭和16年)1月7日上奏、8日全軍示達。是陸訓第一号。
『軍陣勅語』補完ヲ期ス。
一説ニ発案者トシテ岩畔豪雄、陸軍大臣畑俊六、教育総監山田乙三、本部長今村均、教育総監部第1課長鵜沢尚信、教育総監部第1課道徳教育担当浦辺彰、陸軍中尉白根孝之及ビ井上哲次郎、山田孝雄、和辻哲郎、紀平正美等協力、文章校閲ニ島崎藤村、佐藤惣之助、土井晩翠、小林一郎等ニ依ル。
序
夫れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち、遍く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威の尊厳を感銘せしむる処なり。されば戦陣に臨む者は、深く皇国の使命を体し、堅く皇軍の道義を持し、皇国の威徳を四海に宣揚せんことを期せざるべからず。
惟ふに軍人精神の根本義は、畏くも軍人に賜はりたる勅諭に炳乎として明かなり。而して戦闘並に訓練等に関し準拠すべき要綱は、又典令の綱領に教示せられたり。然るに戦陣の環境たる、兎もすれば眼前の事象に捉はれて大本を逸し、時に其の行動軍人の本分に戻るが如きことなしとせず。深く慎まざるべけんや。乃ち既往の経験に鑑み、常に戦陣に於て勅諭を仰ぎて之が服行の完璧を期せむが為、具体的行動の憑拠を示し、以て皇軍道義の昂掲を図らんとす。
是戦陣訓の本旨とする所なり。
本訓其の一
第一 皇国
大日本は皇国なり。万世一系の天皇上に在しまし、肇国の皇謨を紹継して無窮に君臨し給ふ。皇恩万民に遍く、聖徳八紘に光被す。臣民亦忠孝勇武祖孫相承け、皇国の道義を宣揚して天業を翼賛し奉り、君民一体以て克く国運の隆昌を致せり。
戦陣の将兵、宜しく我が国体の本義を体得し、牢固不抜の信念を堅持し、誓って皇国守護の大任を完遂せんことを期すべし。
第二 皇軍
軍は天皇統帥の下、神武の精神を体現し、以て皇国の威徳を顕揚し皇運の扶翼に任ず。
常に大御心を奉じ、正にして武、武にして仁、克く世界の大和を現ずるもの是神武の精神なり。武は厳なるべし仁は遍きを要す。苟も皇軍に抗する敵あらば、烈々たる武威を振ひ断乎之を撃砕すべし。仮令峻厳の威克く敵を屈服せしむとも、服するは撃たず従ふは慈しむの徳に欠くるあらば、未だ以て全しとは言ひ難し。武は驕らず仁は飾らず、自ら溢るるを以て尊しとなす。皇軍の本領は恩威並び行はれ、遍く御稜威を仰がしむるに在り。
第三 軍紀
皇軍軍紀の神髄は、畏くも大元師陛下に対し奉る絶対髄順の崇高なる精神に存す。
上下斉しく統帥の尊厳なる所以を感銘し、上は大権の承行を謹厳にし、下は謹んで服従の至誠を致すべし。尽忠の赤誠相結び、脈絡一貫、全軍一令の下に寸毫乱るるなきは、是戦勝必須の要件にして、又実に治安確保の要道たり。特に戦陣は、服従の精神実践の極致を発揮すべき処とす。死生困苦の間に処し、命令一下欣然として死地に投じ、黙々として献身服行の実を挙ぐるもの、実に我が軍人精神の精華なり。
第四 団結
軍は、畏くも大元師陛下を頭首と仰ぎ奉る。渥き聖慮を体し、忠誠の至情に和し、挙軍一心一体の実を致さざるべからず。
軍隊は統率の本義に則り、隊長を核心とし、掌固にして而も和気藹々たる団結を固成すべし。上下各々其の分を厳守し、常に隊長の意図に従ひ、誠心を他の腹中に置き、生死利害を超越して、全体の為己を没するの覚悟なかるべからず。
第五 協同
諸兵心を一にし、己の任務に邁進すると共に、全軍戦捷の為欣然として没我協力の精神を発揮すべし。
各隊は互に其の任務を重んじ、名誉を尊び、相信じ相援け、自ら進んで苦難に就き、戮力協心相携へて目的達成の為力闘せざるべからず。
第六 攻撃精神
凡そ戦闘は勇猛、常に果敢精神を以て一貫すべし。
攻撃に方りては果断積極機先を制し、剛毅不屈、敵を粉砕せずんば已まざるべし。防禦又克く攻勢の鋭気を包蔵し、必ず主動の地位を確保せよ。陣地は死すとも敵に委すること勿れ。追撃は断乎として飽く迄も徹底的なるべし。
勇往邁進百事懼れず、沈着大胆難局に処し、堅忍不抜困苦に克ち、有ゆる障碍を突破して一意勝利の獲得に邁進すべし。
第七 必勝の信念
信は力なり。自ら信じ毅然として戦ふ者常に克く勝者たり。必勝の信念は千磨必死の訓練に生ず。須く寸暇を惜しみ肝胆を砕き、必ず敵に勝つの実力を涵養すべし。
勝敗は皇国の隆替に関す。光輝ある軍の歴史に鑑み、百戦百勝の伝統に対する己の責務を銘肝し、勝たずば断じて已むべからず。]
第三章 公同心
社會は分子の同化に由りて成る。同化を欲するを公同心と謂ふ。自己を愛するは他人を愛するの始めなり。自愛は個獨の生存を浴し公同心は個人の社會的生存を欲す。啓発進化したる公同心は自愛の極なり。故に人は家を愛し國を愛す。
社會の團結は之を組織する素質の厚く且つ濃か[※こまやか]なるに於て愈[※いよいよ]其の堅固を加ふ、社會同化の誘因たる血統、宗教、風俗、言語、経済等の相通するときは公同共愛の心強盛なるか故なり。此の同化の素因愈[※いよいよ]疎にして公同の心愈[※いよいよ]薄し、終に個人は離散して社會亡ふ。個人孤立すれは其の生存を失ふ、故に社會團結の要件たる公同の素因を永遠に保持するは公同共愛の心を維持するなり、個人の円満なる生存を全ふするの所以なり。茲に於て人生を欲するの念は延て家國を愛するの心となり、家國を愛するの心は家國の素質を愛惜するの情に於て彰はる[※あらはる]。
人は吾に近き者を愛す。血統の同しきは愛の最純白にして厚濃なる源由たり。人類の社會を成すは家族制を以て元始の形體と為すこと社會進化の通則たる亦此に出つ。我か日本民族は此の元始の純正なる社會の形體を保維し之を拡張して國を成したり。血族の共愛は一家の内に止らす民族の共愛たり。國を愛するの公同心は則ち[※すなわち]血族の共愛心たること蓋[※けだし]國の特性にして我か愛國心の堅固にして強盛なる主因たり。信仰の唯一は人の精神合同の最強力たることを歴史の證明する所なり。我か社會を経緯[※けいい。組織縦横ニ亙ル]せる家族制に随伴する祖先崇拜の信仰は異教の侵入せしにも拘はらず尚民族の全體を統一す。中世佛教大に行はれたれとも斯の固有の信仰を排斥すること能はす、彼の高妙なる理法は僅に社會の一部に行はるるに止り民族多衆は佛教の名の下に祖先を崇拜しつつあるなり。宗教として最強大なる佛教か我か民族に浸漸[※しんぜん。暫時沁込ンデ行ク]するには我か固有の祖先崇拝の慣行と混化[※こんか。混合シテ交ワル]するの已[※やむ]を得さるに出てたるを看れは亦民族固有の信仰の如何に堅固なるかを證し得て明かなり。風俗は共同の儀表[※ぎひょう。模範、軌範、手本]たり。是れ社交の成果にして亦社交の連鎖なり。個人に個人の容儀[※ようぎ。顔形乃至作法流儀]あり社會に社會の風俗あり。以て其の獨立を顕章[※顕彰]す。風俗の同しきは交通の親密なるを表す。而して我か祖先の遺風を萬世に傳ふるハ家國の獨立を永久に標章[※シンボル、記号。乃至表象]する者なり。蓋[※けだし]人は風俗を作り風俗ハ人を作る。國風は同化の作用あるなり。言語は公同心の餘音[※余韻]なり。言語は情思を表示す。言語の同しきは思想の一なるを表示するなり。固有の國語は獨立の社會を標章す。民族か自己固有の國語を作為したるは他の交通を待たす自営し得たる民族たることを意義すれはなり。國語を愛惜するは我か固有の情性を愛惜し獨立自営の民たることを宣揚[※せんよう。普ク世間ニ明示シ宣言ス]せんと欲するなり。経済は民生の基礎たり。人ハ孤獨の力にて生活の須要[※しゅよう。必須ノ意也。]を充たし得す。是れ社會を成すの所由なり。社會は共同経済の主體にして個人の労働は其の一部の作用を為し以て社會の福利の分配を享く。社會大なれは分業愈[※いよいよ]專らなり。分業の法行はれて個人は愈[※いよいよ]自営の途を失ふ。社會に対して労働し社會に依りて報酬せらる。個人の経済は社會経済の一部を為し其の間相離るへからす。公同の心之か原因を為し亦其の成果たり。社會の経済以て其の分子を養ふに足るは社會の獨立なり。家國は血統の主體たると同時に経済の主體たり。我か民族は我か祖先の子孫にして我か国土は祖先の遺産たり。祖先の経営せる此の瑞穗の國を公同経済の基礎と為し以て民族の生を厚ふす。公同経済を保持するは家國の構成を強盛にする所由たり。公同心は社會公同の素質を愛惜するに由りて生す、是れ家國を愛するの至情なり。而して家族制に由る血統團體に於ける愛國心ハ其の團結の最強要素たる血統の同一に淵源するか故に其の愛國心は人倫の大道たる忠孝の看念に帰一するなり。家國を愛するは祖先を敬慕し子孫を慈愛するなり。祖先を崇拜するか故に祖先の成せる家國を神聖なりとし之を敬愛するなり。其の愛は神聖なり。血統團體に於ける愛國心は現存する社會分子の共愛に止らす既往に遡り将来に亘るの共愛なり。故に其の愛は永遠にして深厚なり。忠孝の大義と愛國の至情とは一にして岐せす祖先崇拜の精神の発表なり。君父に忠孝なるは家國を愛するなり、家國を愛するは君父に忠孝なる所以なり、忠孝と愛國と語を異にして義を一にす皆唯一の祖先教の成果たり。我か家國は實に此の比類なき特性を有す。我か愛國心の強固なる他國の及ふ能はさるの原由[※儘]は茲に存するなり。血統の純一を失ひ利害の共通若は[※もしくは]偶然の境涯に依りて社會を成すの國は分子相依るの因由[※いんゆ乃至いんゆう。原因、由来。]を現在の利害に求む。故に一時の利害相反すれは則ち離散せんとす、愛國の心何ぞ神聖にして永遠なるを得ん。人倫の教義を家國の外に求め社會の外に超然たる一種の怪力の信仰に帰するの宗教の國に於ては人道と愛國とは其の淵源を異にす。故に各相対峙して稍もすれは[※ややもすれば]抵触し人道の名に於て父母の國に背き家國を脱逃[※だっとう]して天道に帰せんとするの類なしとせす。何ぞ二者の帰一を望まん。神聖不滅にして深厚強盛なる我か愛國心は我か民族の特性に係り一に皆祖先を崇拜し血統を重するの千古の國體に出つ。今若[※もし]此の精華を棄つることあらは何に由りてか忠孝の義厚く愛國の心深きことを得ん。家國を愛するは忠孝の義厚く愛國の心深きことを得ん。家國を愛するは君父に対する忠孝なり。君父に忠孝なるは祖先を崇拜するか故なり。祖先を崇拜するは血統團體の分子の同化の主因たり。分子の同化は社會生存の要件たり。此の要件具はりて個人は生存完成の途に上らんとす。
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