小説《ハデス期の雨》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作/ザグレウス…世界の果ての恋愛小説25 断章⑤ ブログ版





ハデス期の雨


《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。

Prelude in A minor, 1913, Joseph-Maurice Ravel


《in the sea of the pluto》連作:Ⅴ


Χάρων

ザグレウス





以下、一部に暴力的な描写があります。

御了承の上、お読み進め下さい。






終結部断片(仮)


…見える?


なにが?


…見えますか?


なにが?



…聴こえる?


なにが?


…いま、

ね、…

…ん。


聴こえた?


なにが?



…ほら。


そう。…


あなたには、


確かに、


見えていましたか?


わたしたちは


あるいは


いつでも


聴こえていましたか?


すでに


…どこで?




…どこにいますか?




どこで?




…どこにいますか?




あなたは、いつか、どこかで、




…どこに?




もう、すでに




…ここで。




いつ?




いま、そして空は限りもなく澄み渡って

私は

…知ってるよ

光に

いつか

ぼくは

むせ返りながらいつか

耳を澄ましていた

君が

その

あまりにも

ぼくの腕の中で

ただなかに抱いていた鳥たちの

残酷すぎる

しずかに

羽撃きの

この

流していた涙の

それら

あまりにも

その

音響の記憶を

美しい世界の

温度。…ねぇ

あるいは

その

どうしてだろう?

反芻すのだろうか?

真ん中で

どうして、君に

その

ただひとりで

言獲なかったのだろう?…あの

それ固有の思考様式の中で

しずかに、そして

簡単なはずの言葉が


言葉さえもなく




海。

それは、いままでに流された悲しみの涙の

ほんのわずかな集積。


…と、あるいは君がそう言うとすれば、いったい海を形成するために何億の何億乗の生き物たちが涙を流さなければならなかったのか、と、不意に。

叫んでいた。チャンは。

雪。

降りしきるもの。…なに?と。想う。

彼女は。

私は、あるいは、…だれ?

彼女はいずれにせよ想う、…叫ぶ。

絶叫。…誰かが、…と、すでに、もう、いつか、あるいはまさに、いま、この瞬間、ここで、まさにその、失われた過ぎ去った時間のどこかのやがて、終には、叫ばれた。

だれに?…私が。

チャンは、そして、彼女が叫んだことをチャンは自覚していたが、絶叫。


声。

わななき、そして、その。

それら。知っていた。チャンは、彼女が自分の首を絞めていた事は知っていた。彼、その、私。あるいはハオ、彼は、私の首を絞めていた。彼に馬乗りになって、チャンは、そして私は彼が締め付ける手のひらの触感を首に感じながら、…そう。

そうなの…と。タオは想った。彼女に首を絞められながら、ハオは、つぶやく。…なにも。

馬鹿な

ぼくは

違いなど何もなかった。

時間さえもが、かつて

いまも

いまだかつて。

さかさまにしか流れていきはしなかったというのに

ここにいたよ

すべては、…と、チャンは想うのだった。想い出す、ハオが、ジャンシタ=悠美の、寧ろ茫然とした眼差しを見詰めながら、彼は、知っていた。すでに、なにもかも、同じものに過ぎない。…と。ジャンシタ=悠美はつぶやくときには、花々が。

差異など何もなかった。

永遠さえもなく、ただ、すべてのものはただ、同じものに過ぎなかった。

すでに、…と、チャンの眼差しの中に、不意に見上げたそこに、自分の体に覆い被さった14歳のフエの素肌が見えていたのを、いつか、ハオは想い出しながら、彼女。

きっと、ぼくらは巡り合った可能性が死滅していた

わたしの眼差しの先に、ジャンシタ=悠美の、しずかに涙をながした痕跡が、私の頬にはあったのだが、やがてその日、すでに蝶が





ハデス期の雨



飛んでいた。

寝室の部屋の中を。蝶は、空間に光をなげうつ通風孔から侵入して仕舞ったに違いない。

フエは、チャンを喜ばせるためにだけ、曝された素肌を羞じるでもなく、あお向けた太ももを広げてやった。腹部の尽きた向うに、ひざまづいて座ったチャンの、戸惑った眼差しがあった。

同じように曝された、同じではない白いチャンの肌は、淡い逆光の中に翳った。…なぜ?

と。

なぜ、見ないの?

フエは、嘲るような微笑を自分の頬が浮かべている事は気付いていた。どうせ、すぐに舌を伸ばして、舐めるんでしょう。

若干の恥らいをいちいち丁寧に眼差しに曝しながら。

チャンの頭の、わずかな上を蝶が飛ぶ。

舞う?

ゆらめくように。…犬のように。

どうせ、あなたの唾液でべちゃべちゃにして仕舞うんでしょう?

背をのけぞらせたチャンの眼差しが、まるで犠牲者のように、上眼にフエを見ていた。

フエは、そして、やがて瞬く。





2019.01.26.-

Seno-Lê Ma






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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