小説《ハデス期の雨》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作/ザグレウス…世界の果ての恋愛小説21 ブログ版
ハデス期の雨
《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。
Prelude in A minor, 1913, Joseph-Maurice Ravel
《in the sea of the pluto》連作:Ⅴ
Χάρων
ザグレウス
以下、一部に暴力的な描写があります。
御了承の上お読み進め下さい。
気が付けば、確かにあまりにも荒廃した風景が拡がっていたのだった。為すすべもなかった。数人の人間が、ハオの足元にひれ伏して、頭から草をはやした泥に突っ込んで、そして、うめく口に雪解けの穢い泥は侵入する。穢す。その、彼らの自分の血を咬んだ粘膜を。こんなことが、…と。
こんな凄惨な風景が拡がっていいものか、と、ハオはただ非難をだけ感じた。
人だかりは、あわてて逃げかかったあとに、不意に遠巻きに立ち止まってその惨状を、それぞれの眼差しに見咎めていた。それは決して赦してはならない風景だった。彼らの眼差しの一つ一つが、あきらかに拒絶をだけ、それぞれに確認し始めていたのを、ハオは見ていた。
彼等は襲い掛かっては来なかった。そんな暇は無いと、そうとでも耳元にささやかれたような、そんな明晰さが彼らが取った距離の中に存在していた。かならずしも安全が確保されたとは言い難い距離感、ハオがもう一度乱射し始めれば、た易く銃弾がふれて仕舞うに違いない隔たりの中で。あくまでも、唐突に呆気にとられて仕舞ったかのように。背の高い、ハオの正面に立っていた男がわめき散らすような異国語で何か叫んだ。
それが、彼の同胞たる人々に対して叫ばれた言葉ではない事は、意味を解さないハオにも了解できた。彼は、純粋に何かを口走って、それは叫び声以外のなにものでもなかった。ハオは、不意にタオを振り向き見た。
ハオは、そっと、偸み見たような眼差しにハオを見詰めていて、そして微笑んでいた。背の高い男が叫んで仕舞ったその瞬間が、ハオを取り巻いた現地人たちを覚醒させた。
彼等は、それぞれに、ふたたびおののいた表情を眼差しに曝して、それぞれの流儀で立ち去って行った。走り、つまづきながら逃げ、あてどなく、ふらつきながら彷徨い、つまらなそうにうつむいて歩き、悔恨に駆られた眼差しの中に、倒れそうになりながら、その惰性でそこを後にして、そして、ふれ合いそうな距離にお互いに接近しあいながら。逃げる。
惑う。
いずれにしても、彼等は立ち去っていく。
だれもまだ、死んではいない。
死に余りにも接近した、死にかけの危うい肉体が、それぞれの必然の許に固有の痙攣を曝しながら、あの素肌を曝し女さえもが、いまだに息遣っていた。銃弾がすでに尽きていたことに気付いた。
引ききった引き金が、指にかたくつかまれていたままに、指に、鮮明な血の止まった停滞を感じさせて、血は倦んでいた。
指の先の、細かい血管の中で。
ハオは、自分が上げた叫び声を聴いていた。タオをしずかに微笑んで見詰めてやったままに。笑いそうだった。叫び、罵んでやるしかない、あまりにも狂った生き物たち。罵倒して、罵倒しぬいて、罵倒しきってやりたかった。…なにを?
なにもかもを、…と。
なにもかもが、あまりにも哀れだ、と、ハオは想った。もう…
ね?…と。
泣かないで。いとしい人
見ないで。俺を、と、ハオは
もう自分を
彼を
傷付けないで。もう
見詰める微笑んだ背後のタオに
大丈夫。なにもかも
つぶやきたかった。その
もう
いつか大人びた
けっして、自分を
耳元に、はっきりと
傷付けたりしないで、…
鮮明に、彼女に
ね?
決して、聴き取られえないことなどないように
いとしい人、いま
やさしく
空はあまりにも美しく
怒鳴りつけながら
晴れている
彼は。想い出す。その時、ふいに、ハオはタオに口付けたのだった。もはや死んで仕舞ったかのように、あるいは、自分の死を丁寧に擬態して見せたかのように、沈黙したまま自分に縋りつくタオの、その頬に、ハオは。
一羽だけ残ったカラスは日差しを浴びている。いずれにせよ、彼等は報復するより他にすべはない。(以下中断)
[※注記。
…ということで、基本的に未完成で終ってしまうのが、この小説です。
これは意図した訳では無くて、もはや、書くべき事や書かれるべき事と作品のフォーマットが一致しなくなってきた、…気がして、これ以上まともに書けなくなって仕舞ったからです。
もっとも、これは完全に言い訳というか、こじつけですが。
無理やり書き続ければ書き終わったには違いないのですが、それよりも潔く未完成で終ってしまう方が美しいな、と想って、素直に中断させたのでした。
以下、いくつかの断章が掲載されます。気が向いた方は読んでいただければありがたいです。]
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