小説《カローン、エリス、冥王星 …破壊するもの》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作/ザグレウス…世界の果ての恋愛小説⑨ ブログ版【修正版】





カローン、エリス、冥王星

…破壊するもの



《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。

Prelude in A minor, 1913, Joseph-Maurice Ravel



《in the sea of the pluto》連作:Ⅳ



Χάρων

ザグレウス



以下、暴力的な犯罪行為の描写があります。

修正してありますが、ご了承の上お読み進め下さい。






アスファルトの路面に、影が落ちた。濃くは無い。ただ、鮮明なだけだ。その、明確な輪郭線さえも刻みはしないままに。

バイクが何台か、通り過ぎる。

…え?

不意に

なに?

眼差しをこちらに投げて

どうしたの?

通り過ぎる速度は、彼らに何の判断をも与えない。ただ、私たちを迂回していくしかない。

私の眼差しは、そしてすでに気付いていた。通りの向こう、自分勝手にわめき散らすジウの横顔の向う、すこし離れたところの街路樹の陰、その道の尽きるまででこぼこしてつづく日陰に女がバイクを止めていた。

けばけばしい女。

私たちにその姉を殺された女。彼女。…その眼差しが見ているものが、かならずしもジウと彼がしでかした事件ではなくて、あくまでも私であることには気付いていた。彼女にとって、所詮他人の***************************。…さっさと。

と。私は想う。さっさと襲い掛かって来ればいいのに。

知っていた。彼女は、その猶予を愉しんでいるに違いなかった。放っておいても、私たちに逃げ場所などなかった。彼女は、やがて、夜の時間の中で自分たちが**して仕舞う私たちの、生きてあったその存在を眼差しの中に******愉しんでいるに過ぎなかった。…おそらくは。

来いよ、と。私は彼女を遠くに見つめながら頭の中に声を立てる。来なよ。

ここに、…ね?私は、…見たいんだろ?息遣う。…もっと。

はっきり、その眼で見ればいい。ハオの体臭が匂う。濡れた触感を残したままの。人々の目に、ハオは異質だったに違いない。*************************************その長身の男はジウの傍らに近寄って、つぶやく。

「…いいよ。」

人々の眼差しは見つめる。

「好きにしなよ。」ハオの許可を受けなければならない必然船など、もともとジウには一切なかった。そもそも、ジウは自分で勝手に虐待を始めて仕舞っていた。男を眼の前にひざまづかせ、日差しの下に自分も派手に汗をかいて仕舞いながら、…温度。

日差しの温度に容赦はない。

ジウの、上半身を剝いた肌は無様に汗の粒を垂れ流して、…まじ?

聴いた。私は、「…いいの?」声。「まじ?」ジウの声。

瞬間、ジウの足が男の顎を蹴り上げた。

背後の女の誰かが早口のささやき声を発したことに気付いた。

男はジウに尻を向け、首をアスファルトに押しつけるようにして地を這おうとした。どこか、傷めて仕舞ったのかもしれなかった。

ジウは引き金を引いた。

…あ。

と。悲鳴は無い。ただ、その、短い一つの音声が、群がった、私を含めた人々のそれぞれの口の中にだけ発されたような、そんな気配が感じられていた。

瞬く。


[残酷な描写]


、風があるわけでもない。

ただ、直射した光は停滞していたにすぎない。

[残酷な描写]

…やばっ。

ジウは言った。「どうすんの、これ。」

ハオを振り向き見て、「…これ、」まじ、…「ハオさんのせいだからね?」…終ってる「まじ、…」終ってるよ…「やばいからね。」邪気もなくそう言って、ジウは笑った。

人々は身動きさえしなかった。

彼らには、何が起きたのか、そして、何が起っているのか、それを判断する時間が必要だった。見たこともない長身の外国人が、見知ったベトナム人を不当な暴行のうえに惨殺した。それは犯罪なのだろうか?犯罪であるなら、どうするべきなのか?そもそも彼は加害者なのか?だれにとって?わたしにとって、加害者なのか。有害なのか。わたしたちにとって。誰にとって?彼は、…と。

一体何をしているのか。何をしたのか。何をしようとするのか。

判断は困難だった。ジウ自身さえ、その答えなど握ってはいない以上、彼らにとってそれを握り取ることなどできるはずもなかった。いずれにしても、下され獲る判断はもはや、不意に想い立たれた衝動以外のかたちを成さなかった。衝動にかられるべき瞬間の到来を待った。彼らは、次に何かが起ることを。あるいは、誰かが暴力的に、すべてを片付けて仕舞うことを。

私の眼差しは、誘われるように一人の少女が、焦土と化したブロックの、黒ずんだコンクリート家屋の前、半分焼けたまま立ち腐れた木立の下にたたずんだ女の背後から、彷徨い出てくるのを見ていたはずだった。あくまでも、意識されない眼差しの端の映像として。

…だれ?

と。私がそう想った気がした瞬間には、爪先立った彼女はジウの正面に、そして少女はジウをひっぱたいた。

タオ。…と、私はその少女の名前を想い出す。感情など何も感じさせないままに、ただ、たんなる普通の仕草の一つのように、ジウをひっぱたいた少女。そして、その、見つめていた見上げる眼差しを一瞬で羞じらわせ、…恥。

彼女は何かを、鮮明に恥じた。

伏せられた眼差しは、なにをも捉えなかった。******************************。

なにも。

…確かに、焼け出された家屋の中にも、フエたちの近親者はいた。だから、タオが彼らの手伝いに来ていたとして不思議ではなかった。タオがジウをひっぱたいたことにではなく、不意に彼女が顕れたこと自体に私は戸惑っていた私は、…なにを?

と。

想った。私は、

…何を、しているの?

こんなところで。…と、その声には出さなかった問いかけに、もちろんタオは答えなどしない。…てめぇ、と。

ジウの眼差しがタオを捉えて、そしてその唇がその言葉を吐き捨てそうになるその瞬間に、「銃もってこいよ。」

ハオは言った。微笑みながら、しずかに、教え諭すようにジウに、そっと。「ハナちゃんのうち、帰って。…バッグに積んできたんでしょ?…あれ。」

声。私たちはハオの声を、まるで場違いなもののようにして聴いていた。ジウと、私は。

ジウは、ハオを見つめた。タオはひとりで、むしろはにかんでいた。彼女は、誰かに叱られて仕舞うかもしれないと、そんな心配だけしているように見えた。…銃?

と、ジウは、ハオが何を言ったのかわからない気配を、無言のままに曝したが、…あ。

あー…。

ね?「…あれ?」

と。

「なんで?」言った。ジウは、忍び笑いさえ曝していた。おかしくてしかたがないのだった。笑い声がその唇から、噴きこぼれて仕舞いそうになるのを必死に堪え、だれにというわけでもなく取り繕おうとしながら、「なんで、あんなもの…」

「お前のせいだよ。」

ハオは私の腰に手を回し、寄り添うように、「…怯えてんの?」つぶやく。耳元に、ささやきかけるような声を、それほど至近距離にいるわけでもないジウは眼を細めて聞き取るのだが、「さかりのついた犬みたいにきゃんきゃんと。…」声。

ハオの声に翳りなど一切ない。そのくせ、彼は、もはやあからさまに悲しげにしか見えなかった。いかに、その口元が美しく、誘うような微笑みを曝していたとしても。…かなしいの?

と。

「ひでぇな…もう。」

言おうとした私は、何も言わずに

「ひどい。」

身を預けたままハオの声を

「なんか、最低。…」

聴く。

「どうしようもねぇな。…」と。その言葉の群れはあきらかに、ジウとタオが足元に転がせた、男の死体に対して発されたものには他ならないものの、ハオの眼差しがしずかにジウを見つめ続けていたせいで、それはジウ本人への罵倒にしか聴こえなかった。…いいよ。

「全部?」そう言うジウは、一度、振り返ってタオを見、初めてその存在に気付いたような顔をした。

一瞬だけ。

「あれ、全部、いる?」

「全部。…」悲しげなハオは「全部もってこいよ。」その眼差しをジウから離さない。むしろ、いかにもジウを哀れんでいたかのように装って。

人々は、あきらかに事の成り行きを、理解しかねていた。眼の前で暴力的な事象が生起して仕舞ったのは事実だった。とはいえ、何をもってそれを暴力であると断定することが出来るのか。倫理は容赦なく蹂躙されていた。とはいえ、何をもって、******。

奇妙な空白が、私たちの殆どすべてに共有されていた。私には理解できなかった。倫理に見棄てられて、遠く離されて仕舞って、もはや行き場所もなく立ちずさんでいる気さえもした。フエの家の方に歩こうとしたジウは、そして、不意に立ち止まったジウが言った。

振り返って。…あ。

と、そして「…ね。」

沈黙。


[中略]


はしゃぐジウは、フエの家の方に歩いて行き、なんども振り返りながら、そして、彼が時に立てる煽るような笑い声を、人々の眼差しはどのように処理したのだろう?私たちを盗み見するように、公然と正面から見つめたそれら、無数の人々の眼。

…すみません。

と、タオが言ったとき、「だれ?」言った。

それは私だった。…だれ?

「誰が?」私たちがそういった関係であることを、もはや隠しさえしないハオは、「…誰って、」私に縋りつくように後ろから抱き締めて、「だれのこと?」…抱擁。やさしい抱擁。手のひらによって愛撫されないままの愛撫。

「この子、…だれ?」と言った私の眼差しの先のタオは、むしろてらいもなく彼女の最愛の男を眼差しに捉えていた。私を。…教えてよ。

耳元にささやかれたハオの声を聴いた。「この子、誰なの?」

「タオ。…」私はささやく。

早口に、「お前が殺すタオだよ。」音響は名残りさえのこさない。

11歳のタオに、美しいという形容はまだ早い。あどけないとも言い獲ない。すでに、その眼差しは高慢なまでに、彼女がすくなくともいままでに彼女が認識したことのすべてを知り尽くしている事実を曝していた。…知ってる。

ハオはつぶやく。「知ってる。」…行こう。と。

そうハオが言った。ただ、悲しげに。もはや、自分が咬み付かれて仕舞ったあまりにも切実で、ただ単に自分勝手な悲しみを隠す気もなく、ハオは、銃の山のぶち込まれたバッグを肩にかけてきた、いかにも重そうなジウがその背後に息を立てたときに、「行こう。」…死んでるな。

言う。「…こいつら、まだ死んでるね。」つぶやき終わらないうちに、ジウが手ぶら下げていた拳銃を奪うと、ハオは無差別に、周囲に群がった数人に発砲した。


[残酷な描写]


悲痛な声が立ち、怒号。

喚声。

空間が、声に震えた。阿鼻叫喚、と、いうべきもの?逃げ惑う人々の肉体の鼓動に容赦は無い。あらゆる物が、すべて、動きを持って跳ね返った気がした。私は、傍ら、唖然として立ちつくし、私を見上げていたタオの眼差しを見つめながら。

彼女はどう想っているのだろう?

私は想った。彼女の最愛の美しい異国人を、後ろから抱き締めた異国の美しい男が、いま、そのままの姿勢で眼の間で銃を乱射する。その左手をやさしく、自分の愛する男の腹部に添えて、動きもないままにやさしい気配をだけ、曝しながら。

銃弾のなくなった拳銃は、路上に投げ棄てられていた。

ハオの背後の方に、ハオによって。アスファルトに立てたはずなの、それが撥ねた音さえ、私は聴かなかった。不意に見上げて仕舞った眼差しの先に、木立の翳りのなかの女は、バイクの上で、そしてその表情はサングラスが隠したものの、私には彼女が微笑んでいたような気がした。想っているはずだった。どうしようもないならず者たち。

手のほどこしようのない、すべてが手遅れの厄介者たち。排除するべき時期さえもすぎて、***********ども。********。女は、身じろぎもせずに、その両手を立て落としたままに、私たちを見ていて、家屋の中に逃げ込んだ人々は、ようやく警察を呼ぶために携帯電話をまさぐったに違いない。

ハオは何人殺して仕舞ったのだろう。今のとこはゼロだった。なぜなら、その、路上に突っ伏した数人の人翳は、いま、死に行こうとしているのだから。

その数は、四人。倒れもせずに、樹木に背をもたれ、口から息をしながら胸を押さえている少年がひとり。

十二、三歳くらい。肌は白い。…なに?

と。少年の眼差しが言っていた。何が起きたの?と、その、少年にしか聴こえはしない叫び声が、その耳のうち、頭の中で氾濫し、でたらめに反響していることには気付いていた。

[二行省略]







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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