小説《カローン、エリス、冥王星 …破壊するもの》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作/ザグレウス…世界の果ての恋愛小説⑦ ブログ版





カローン、エリス、冥王星

…破壊するもの



《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。

Prelude in A minor, 1913, Joseph-Maurice Ravel



《in the sea of the pluto》連作:Ⅳ



Χάρων

ザグレウス









なにも

…笑う「…っしょ?」

見い出してなどいないのだから。聴く。私は。

私を私の身体の中で執拗でむさぼる音響が私をむさぼり続けていた。その、牙さえもないナイーブな咀嚼音を立てて。

咬み付きさえできずに。

慶輔と、私がかわるがわるに絡み合いもせずに立て続けた、間歇的な笑い声になど、ハオは言うまでもなく気付いているはずだった。

いまだに慶輔の胸のうえに頭を投げ出したままに、まるで、何かに懺悔をするのか、甘えてでもいるかのような、垂れ落とされただけの彼の両腕は床に触れて折れ曲がらせいた。その手首を。行儀のよい猫か何かを思わせて、そして、「…まさかね。」つぶやく。…まさか。

と。ハオは。ひとりで、言葉を垂れ流していたにすぎなかった。

「あんなことするなんてね。…笑うよ。むしろ。」

かならずしも

「ホームで、…ね?」

私たちに聞き耳を立てられていたわけでさえもなく。「普通なんだよね。…なんか。いろいろさ、…」大丈夫?「警察とか、…」そう言った私に、ハオは「駅員とかさ。…」振り向いた。「…あと、」葬祭場で。「近親者?」火葬される直前に、後れて辿り着いた私たち。「みんな聴くんだよ。…兆候は?」静華に逢うために。「なにか、…」私たちは、「言い争いました?」彼女が「…直前に。」憔悴しているものだと思い込んでいた。あるいは、すくなくともその感情を素直に、顔まで含めた肉体のすべてに曝しているに違いないと、勝手にそう思い込んでいた静華の、「…ねぇよ。」まるで「…まじ、」他人の親戚の「…ねぇから。」葬儀でさえあるかのような「在り獲ねぇから。」振る舞いに、「まじ。」…悲痛だね。

「…糞。」

慶輔は言った。…やばい。

あら?

その静華を見た瞬間に、…どう?

こんにちは

綺麗でしょ?…わたし、

ハンサムさん

ね。やばくね?

ご機嫌いかが?

喪服の私。…悲痛だね、と言ったその慶輔に私は声を立てて笑いそうになりながら、泣いてる。…と。聴いた。慶輔の声を、すぐ傍らに、私は隠そうとせずに彼に身を預けさえして、反らされる親族たちの眼差し。真面目腐った、それなりに生きて、それなりに死んで行くしかない家畜ども。老いさらばえた、…あるいは、老いさらばえる前にすでに、老いさらばえている、…あいつもはや全身ですすり泣いてる感じ。

見てらんない。

…声。慶介の。大丈夫?…と、ハオに言ったとき、…あれ?

だれ?…そんな眼差しを一瞬、その振り返った私を捉えた瞬間に曝して、…ああ、…

あー…

…あ。

あー……

ね?…あるいは、そしてハオは微笑んだ、邪気もなく、ただ、この世界に悲しみなど存在しないと、その当たり前の事実を知らない私たちに驚いたような、そんな、彼の微笑み。

「…来た。」彼の声。

「向こうから。…ね?」

…来た。と、ハオはつぶやく。あるいは、彼の言葉はかならずしも私たちの耳のためのものである必然性などもはやどこにも在りはしない。

「電車。…次、。。。止まります。次、。。。。次、。。。。白線のうしろがわまでぇ…」

私は彼の声など聴いてはいなかった。

「…的な?」

ただ音響として

「振り向いて、」…ね?「あいつ。」…さ。「んー…」

耳にふれさせた。すきなように

「笑うの」

それが

「いきなり。」なんか…

ふれて消えていくがままに。

「すきー…」

為すがままに。

…好き。「すきすきすきすきー…」的な、…「さ。わかんない?そんな、…ね。」で「一瞬だよ。ほんの一瞬。眼が、暗くなったの。俺の見てる前で。なに…って。なに?どした?どぉー、…した?」みたいな?「で。なんか、堕ちた感じ。いきなり」あれ?って…ぁ。「いきなり、」…ぁれっ?…って。「よろ…ってしたら、もう」…なに?「もう、いないの。視界の中から。…堕ちてた。まじで。線路の中。飛びこんだんじゃん?」…見つめながら。「ふらって。あいつ、」…まじ。俺のことだけ、「自分で。…すぐ近く」見つめながら。あいつ。「おれら、線路のすぐ近く居たからね。」…まじ、「なんか、…」かわいいから。あいつ。まじ、「ふらって、…ねぇ、」かわいすぎて、「まじ。」どうしようもないから。「なんで?」

言葉を切ったハオが、…どうして。一瞬だけ自分の舌を舐めたのを、…さ。

なんで?…慶介は見つめていた。「なんで、あいつあんなことしちゃったのさ?」

「お前が屠殺したんじゃん。」慶輔は声を立てて笑った。「…あのおばさん、…」あまりにも邪気もない、「殺したのお前だろ?」子供じみた声。

「お前が毎晩きったない年増の豚折檻して追い詰めて屠殺して遣ったんだろ。」なにをも慮ることがない限りにおいて、その「自分の手を」朗らかさは単なる嗜虐性もない「穢しもしないままで」暴力にすぎない。「…違う?」

ハオはなにも言わずに、慶輔の胸の上に顔を預けたままに、開かれただけの眼差しは何をも見い出しはしない。「ひでぇな。…」

慶輔は言った。「毎晩、ケツぶったたいてひざまづかせてたんだろ?」…日差し。「**以下だぜ。…糞。まじ」窓越しの午前の「糞。」陽光が、ただ「静華の眼の前でもやったらしいじゃん。お前の家で。」しずかにハオと、慶輔の胸部にだけふれていて「…見たらしいよ。」際立つのは「見せたの?」髪の毛の黒。「お前の家に泊まったとき、…お前があのビル放火して吹っ飛ばした日。」日差しに白く「…泊めたんでしょ?」その先端を「夜、深夜?」反射させながら「…ひでぇって。」きらめきは「…笑う。まじ、」まばたきもしない。「もはやうけるんだけど。あれ、もう、どっちも」ただ空間に「頭おかしいよって。」停滞し「…言ってたよ。」息遣い、色彩。「髪の毛引っつかんで、四つんばいにさせて、平皿のミルクすすらせてたらしいじゃん。」髪の毛の色彩は「素っ裸のおばさんのケツ、」黒。白い「ベルトでひっぱたきながら。」ふたりの肌の色彩と「…そういう趣味なの?」光のやわらかい「…死ねよとか、」明るさの中に「言ってたでしょ?お前。」際立つ。「死ね、」ハオは「*、」まばたきもせずに「…とか、なんとか、」身じろぎさえせず「…さ。ね?」聴いていたのだろうか?「…笑う。まじ、」声。耳に「笑うしかない。」ふれる「お前が」慶輔の「壊したんじゃない?」煽るような「追い詰めて、」追い立てるような「…さ。」

…声。

「愛してたよ。」

ハオはつぶやく。

「お前が、でしょ。あほな変態のお前が」

何の感情も曝さずに、ハオは

「く姫は」

その音声を

「まさか」

自分の唇に

「…俺のこと。」

こぼした。

「逃げられなかっただけじゃね?…かわいそう。追い詰められたあげくの錯覚でしょ?」慶介の声に、「あのおばさん、まじで」明らかな「まじ、かわいそう。…」嗜虐の色彩が浮んでいた。

「…責任取れよ。」

隠しようもない赤裸々な軽蔑を曝しながら。それを「お前、人一人虐待して」私たちは「追い詰めてさ…」自覚していた。慶輔自身さえも。慶輔が、「それで、お前」自分に唐突に浮んだ嗜虐を「ぶっ壊しちゃったんだろ?もう」もてあそんで、それに「取り返しようもないくらい」淫してさえいたのは「もてあそんで、」誰の目にも「好き放題」明確だった。慶輔自身にさえも。「自分勝手に」…ねぇ。

ハオの声を聴く。

「頭の中、…」

俺、…さ。…ね?

「完全崩壊させてさ。…で」

…てか、ケイさん。俺、

「殺したんだろ?」

どうしたらいい?…と、そう言ったハオの声は、好き勝手に彼を罵っていた慶輔の声のまにまに、ほとんど聞き取れない断片に過ぎなかった。壁際、私は立ったまま窓の向こうを眺め、空。

ルーフバルコニーの尽きた先に、その先の新宿方面の風景がすぐさま尽きて、地球の曲線に飲まれ、空は押しかかる。

ただ、青く。いずれにしても空は晴れていた。「笑い事じゃないんだよ。」

不意に、そう言ったのはハオだった。ハオは慶介の傍らに胡坐をかいて座って、感情のない微笑を曝しながら私を見つめ、窓越しの陽光は彼の横顔の半分にだけあざやかな白濁した光沢を与え、じかにはふれなかった半面をあわい翳りにそめる。

美しい男。確かに、ハオは美しい男だった。あの《く姫》。…彼女だって、幸せだったろうと、私は想った。

「…ハナちゃん。」

こんな男に、「…ね?ハナちゃん。自分だけ他人の振り?」愛されて、自分勝手な欲望のままに「ひどくない?」壊されて、死んで「…ねぇ」仕舞えたのなら。「なんでひとりだけほくそ笑んでるの?」

ハオは声を立てて笑った。

私がにやついていることには気付いていた。…ケイさんが、と。

私は不意に、口にした。「ご立腹だよ。」言った瞬間の、喉から立った慶輔の笑い声が耳に響いて、「***てあげたら?」

笑う。

「お前の口で。」

私は声を立てて、そして「…ね?」

言う。…お前の口って、男の口なの?

と。微笑みながら、「女の口なの?」頭の中でだけ「お前の…」つぶやく。おれの、…さ「ね?」**って。…「お前の」…男の、なの?「お前の、…」…女の「**。」…なの?俺の、…「お前の**って」ね?ほら、…「…さ。ね?」口。…てか。「…男?」お口って、「女?」…さ。女?「…ね?」…男?

「どっち?」

いたずらじみたハオは、その豊かな胸のふくらみと、白い肌の曝した流れるような曲線を、日差しに斜めにふれさせたままに、上半身をわざとかすかにのけぞらせて見せて

…見てる?

「どっち、***るの?」

おれのこと

笑う。鼻にだけ

…見てる?

「ケイさん?」

なんで?

笑った声を立てて。「ハナちゃん?」…***て欲しいの?

ハオの眼差しは慶介を見つめていた。私から眼をそらしたわけでもなく、ただ、その眼差しが見つめたかったものだけを見つめる。「あんなに、…」言った。その「やりまくったのに?」私のためだけに吐かれた音声を。「まだ、…」

欲しいの?…と。「知ってる?」

ハオの声。

「…ハナちゃん。」と、その、頭の上の方から堕ちてくる声。フエの寝息は聴こえない。ハオが背にした壁の向こうのそれは。私の口のなかに「…知ってた。」くわえ込まれたハオのそれを、フエの流儀をまねて、私はただ深く口の中につつんだままに静止して見せ、にじむ。

「儀式あるの。」

涙が。かならずしも苦しいわけでもなく。

「ジウの…」

息が出来ないわけでもなくて。

「俺たちの集団。…《世界最終革命及び最終救済実行軍》。」舌も、「笑う。…なんか、」口も、「笑うんだけどさ。」あるいは「…入会儀式、」…歯。「みたいな?…い、」やさしく「いに、…ぃにゅ、」それに「…にゅ、…ぃに、」ふれただけの「い、…」歯さえも「いにしぇー、い。」感じていたのは「…いにしぇえーしょ、…いに、」もはや「…てか、そういう…」その「…それ、的な?」ハオのそれの触感だけだった。

もっとして欲しいの?…と。私は想う。

もっと?

と。声。

「悪ふざけみたいな。…もはや」

聴き取られていたもの。ハオの

「糞なんだけどさ。…彼ら、」

声、優しく、ただ

「俺ら、…」

歎かわしげな「小指ぶった切るの。」声。「入会のとき。金なんか要らない。基本、行動資金、自分で略奪するから。人とか殺してね。…わかる?既存の法とか、倫理とかの根本革命だからね。だから、まず、犯罪者になる事。それ、前提。ぶっ殺したり、半殺しにしたり、…さ。だから、別に上納金的な?…お布施的な?…いらねぇからって。てかそれ、ジウのプランね。単に…で。儀式すんの。入会んとき。小指自分でぶった切るんだけど。そのとき叫んだり暴れたりしたら、資格なしって言うことで…わかる?選民たるものの選別儀式ね。…まぁ、わかるよね?どうなるか。当然、集団リンチの上殺害かつ鳥葬…みたいな。アメリカとか、中国とか、インドとか、そういうとこの片田舎だったら、…ね。けど、東京とかさ。…じゃん?ニューヨークとかさ。…ね?普通に都会だと出来ないからばらして酸で焼くんだけど。…違うな。なんかの薬品よ。…ジウのほうが委しいよ。俺、そこの実務の薬学的知識的実践的教養的、…なに?素人だからね。そこは、ね。別に、…二、三回…もっとか。十回足らず?…じゃん?刃物、指、つきたててね。そんなにぶすぶす遣ったことないよ。みんな、普通失敗しないから。そこまで追い詰められりゃ、…ね?…てか、本当は腹切らせるって。ジウのもともとのプランはね。腹切らせるからって。死ぬじゃんって言ったの、…したら、あいつ言うわけ。それがいいんじゃんって。所詮無駄死にじゃん?それが正義なんじゃんって。頭おかしいから。…あいつ。でも、それやったらみんな死ぬか、最低でも俺がめんどくさいじゃん。だから俺的には却下。…あいつ、遣りたいんでしょ?本当は。そういうの。ずぶっ。ぎゅゆー…ばさっ。ぶちゅぅ…みたいな、…ね?」

鼻先に、私の口から差しぬかれたハオのそれがあった。それが、唾液に濡れている事は知っていた。私は見つめなかった。あえて。そして、その至近距離に鼻をつけて、そして、見あげた眼差しの向こうに、やわらかにふくらみ、豊かに垂れたその乳房の先に、垣間見られたハオの顔を見ていた。

微笑みながら。…いつ?

私はつぶやく。口元に、そしてその、自分が吐いた言葉の、喉を震わし、唇をこぼれていく触感に、私は思わず眼を閉じた。…知りたい?

と。そうハオが言ったとき、ハオの手のひらは私の頭をいつくしみのなかになぜていた。「…ねぇ。」

知りたい?

…知ってるくせに、と、ハオが言わなかった彼の言葉が、頭の中にその音声を立ててふれた。その気もないままに、思い出してしまったその音声。

やがて、自分が立てた音声。「…今日。」

ハオは言った。「今日の夜。もう、…」声を立てて笑い、その「準備は終了。…全部隊」ちいさな鼻にかかった笑い声を私は「待機中。」聴く。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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