北一輝《日本改造法案大綱》【復刻】⑥巻五　労働者ノ権利…燃え上る図書館

底本は《昭和参年拾二月弐拾日　印刷　昭和参年拾二月弐拾五日　発行》の《普及版》である。

編集兼発行者には西田税、印刷者には長井良之とある。

ちなみに定価は壱円である。

また、［　］内は《昭和十年五月　警保局保安課『国家改造論策集』　秘　No.141》によって、底本の伏せ字部分を復元したものである。

ことわるまでもないが、これはあくまで時代資料であって、現在規準に於ける明らかな差別的用語の散見もそのまま移してあるが、今現在それらの語が明らかに意味する差別的意味を容認するものではない。

および内容について附言すれば、時代ごとの批判なくして読むに耐えるほど、ある書物の生命に永続性などありえないこと事など、いまさら言うまでもない。

日本改造法案大綱

　巻五　労働者ノ権利

労働省ノ任務―労働賃金―労働時間―労働者ノ利益配当―労働的株主制ノ立法―借地農業者ノ擁護―幼年労働ノ禁止―婦人労働

巻五　労働者ノ権利

労働省ノ任務。内閣ニ労働省ヲ設ケ国家生産及ビ個人生産ニ雇傭サルル一切労働者ノ権利ヲ保護スルヲ任務トス。

労働争議ハ別ニ法律ノ定ムル所ニヨリテ労働省之ヲ裁決ス。此裁決ハ生産的各省個人生産者及ビ労働者ノ一律ニ服従スベキ者ナリ。

註一。労働者トハ力役又ハ智能ヲ以テ公私ノ生産業ニ雇傭セラルゝ者ヲ云フ。従テ軍人官吏教師等ハ労働者ニ非ズ。例ヘバ巡査ガ生活権利ヲ主張スル時ハ其所属タル内務省ガ決定スベク、教師ガ増給運動ヲナス時ハ文部省ガ解決スベシ。労働省ノ興カル所ニ非ズ。

註二。同盟罷工ハ工場閉鎖ト共ニ此ノ立法ニ至ルベキ過程ノ階級闘争時代ノ一時的現象ナリ。永久的ニ認メラルベキ労働省ノ特権ニ非ザルト共ニ、一躍此ノ改造組織ヲ確定シタル国家ニ取リテハ断然禁止スベキ者ナリ。但シ此ノ改造ヲ行ハズシテ而モ徒ラニ同盟罷業ヲ禁圧セントスルハ大多数国民ノ自衛権ヲ蹂躙スル重大ナル暴虐ナリトス。

労働賃銀。労働賃銀ハ自由契約ヲ原則トス。

其ノ争議ハ前掲ノ下ニ労働省之ヲ決定ス。

註一。自由契約トセル所以ハ国民ノ自由ヲ凡テニ通ゼル原則トシテ国家ノ干渉ヲ背理ト認ムルニ依ル。真理ハ一社会主義ノ専有ニ非ズシテ自由主義経済学ノ理想ニ亦犯スベカラザル者アリ。等シク労働者ト云フモ各人ノ能率ニ等差アリ。特ニ将来日本領土内ニ居住シ又ハ国民権ヲ所得スル者多キ時、国家ガ一々ノ異民族ニツキ能率ト賃銀トニ干渉シ得ベキニ非ズ。現今ニ於テハ資本制度ノ圧迫ニヨリテ労働者ハ自由契約ノ名ノ下ニ全然自由ニ拘束セラレタル賃銀契約ヲナシツゝアリ。而モ改造後ノ労働者ハ真個其ノ自由ヲ保持シテ些ノ損傷ナカルベキハ論ナシ。

註二。自由（即チ差別観）ヲ忘レテ只観念的平等ニ立脚シタル時代ノ社会主義的理想家国民ニハ徴兵制ノ如ク労働強制ヲ課セント考ヘシコトアリ。人生ハ労働ノミニヨリテ生クル者ニ非ズ。又個々人ノ天才ハ労働ノ余暇ヲ以テ発揮シ得ベキ者ニアラズ。何人ガ大経世家タルカ大発明家大哲学者大芸術家タルカハ、彼等ノ立案スル如ク社会ガ認メテ労働ヲ免除スト云フ事前ニ察知スベカラズシテ悉ク事後ニ認識セラルゝ者ナレバナリ、社会主義ノ原理ガ実行時代ニ入レル今日トナリテハ其レニ附帯セル空想的糟粕ハ一切棄却スベシ。

労働時間。労働時間ハ一律ニ八時間制トシ日曜ヲ休業シテ賃銀ヲ支払フベシ。

農業労働者ハ農期繁忙中労働時間ノ延長ニ応ジテ賃銀ヲ加算スベシ。

註。説明ノ要ナシ。但シ余ノ時間ヲ以テ修養ニ享楽ニ自由ナル人権ニ基キテ、家庭的労働ヲナシ又他ノ営業ヲナスハ等シク個人ノ自由ナリ。

労働省ノ利益配当。私人生産ニ雇傭セラルル労働者ハ其ノ純益ノ二分ノ一ヲ配当セラルベシ。

此ノ配当ハ智能的労働者及ビ力役的労働者ヲ総括シタル者ニシテ、各自ノ俸給賃銀ニ比例シテ分配ス。

労働省ハ其ノ代表ヲ選ビテ事業ノ経営計画及ビ収支決算ニ観干興ス。

農業労働者ト地主トノ間亦之ニ同ジ。

国家的生産ニ雇傭セラルル労働者ハ此ノ利益配当ニ代ルベキ半期毎ノ給付ヲ得ベシ。事業ノ経営収支決算ニ干興スル代リニ衆議院ヲ通ジテ国民トシテ国家ノ全生産ニ発言スベシ。

註一。労働者ハ其ノ労働ヲ売却スル者ナリトハ旧派経済学ノ誤説ナリ。企業家ガ其ノ企業的能力ヲ其ノ資本タル機械鉱山土地等ニ加ヘテ利益ヲ計ルト同ジク、労働者ハ其等ノ資本ニ労働ヲ加ヘテ利益ヲ計ル者ナリ。機械其者ハ人類ノ知識ヲ結晶シタル祖先ノ遺産タリ、社会ノ共同的産物タリ。鉱山土地等其者ハ全ク自然ノ存在ニシテ其レヲ所［欠］セシムル凡テノ力ハ国家ナリ。而シテ是等ノ資本ヨリ利益ヲ得ントシテ茲ニ各種ノ人力ヲ要ス。企業家ハ企業的能力ヲ提供シ労働者ハ智能的力役的能力ヲ提供ス。労働者ノ月給又ハ日給ハ企業家ノ年棒ト等シク作業中ノ生活費ノミ。一方ノ提供者ニハ生活費ノミヲ興ヘテ其ノ提供ノタメニ生レタル利益ヲ興ヘズ他方ノ提供者ノミ生活費ニ外ニ凡テノ利益ヲ専有スベシトハ、其ノ不合理ニシテ無智ナルコト殆ド下等動物ノ社会組織ト云フノ外ナシ。労働者ガ経営計画ニ参興スルノ権ハ此ノ一方ノ提供者トシテナリ。

註二。国家生産ノ労働者ニ利益配当ヲ用ヒザル所以ハ、国家ハ全生産ノ永遠的経営ヲ本旨トスル故ニ、全国家ノ生産活動ノ為ニ或省ニハ殊更ニ投売ヲ行ハシメテ損失ヲ顧ミザルコトアル如ク、或ル省ヲ犠牲トシテ或省ノ対外競争ヲ専ラナラシムルコトモアルベキヲ以テナリ。斯ル場合ニ於テ格別ニ利益配当ヲナス時ハ非常ナル不公平ヲ生シ甲省ノ労働者ノ利益配当ヲ奪ヒテ乙省ノ其レニ興フルガ如キヲ生ズベシ。従テ又生産方針ニ干興ズルノ権ハ国家全局ノ生産成績ヲ達観シ得ベキ衆議院ニ於テセザルベカラザル所以トナル。

労働的株主制ノ立法。私人生産業中株式組織ノ事業ハ其レニ雇傭サルル肉体的精神的労働者ヲシテ、自ラ其ノ株主タリ得ル権利ヲ設定スベシ。

註一。是レ自己ノ労働ト自己ノ資本トガ不可分的ニ活動スル者ナリ。事業ニ対スル分与者トシテ当然ナル権利ニ基キテ制定サルベシ。別個生産能率ヲモ思考スベシ。

註二。私人生産業限度内ノ事業ニ於テ将来半世紀一世紀間ハ現代ノ如キ腐敗破綻ヲ来ス怖アル者ト推定スベシ。従テ、労働的株主ヲ併合セシムルコトハ内容的根本的ニ常ニ該事業ヲ健確ニ支持スベシ。

註三。労働的株主ノ発言権ハ労働争議ヲ株主会議内ニ於テ決定シ一切ノ社会的不安ナカラシムベシ。

借地農業者ニ擁護。私有地限度内ノ小地主ニ対シテ土地ヲ借耕スル小作人ヲ擁護スル為メニ、国家ハ別個国民人権ノ基本ヲ立テル法律ヲ制定スベシ。

註一。限度以上ノ土地ヲ分有セシムル大本ハ別ニ存セリ。而モ小地主対小作人ノ間ヲ規定シテ一切ノ横暴脅威ヲ抜除スベキ細則ヲ要ス。

註二。一切ノ地主ナカラシメント叫ブ前世紀ノ旧革命論ヲ私有限度内ノ小地主対小作人ノ間ニ巣ハシム可カラズ。旧社会ノ情勢ヲ存セシムル凡テノ処ニ旧世紀ノ革命論ハ繁殖スベシ。

幼年労働ノ禁止。満十六歳以下ノ幼年労働ヲ禁止ス。之ニ違反シテ雇傭シタル者ハ重大ナル罰金又ハ体刑ニ処ス。

尊族保護ノ下ニ尊族ノ家庭ニ於テ労働スリ者ハ此限リニ非ズ。

註。国民人権ノ上ヨリ説明ヲ要セズ。満十六歳以下トセルハ下掲ノ国民教育期間ヲ以テナリ。体形ヲ課スル所以ハ国家ノ児童ヲ保護スルニ最モ厳勤ナルベキ以テナリ。実ニ国家ノ生産的利益ノ方面ヨリ見ルモ、幼童ニシテ残賊スルヨリモ其ノ天賦ヲ完全ニ啓発スベキ教育ヲ施シタル後ノ労働ガ幾百倍ノ利益ナルハ論ナシ。四海同胞ノ天道ヲ世界ニ宣布セントスル者ガ、自ラノ国家内ニ於ケル幼少ナル同胞ヲ酷使シテ何ノ国民道徳ゾ。

婦人労働。婦人労働ハ男子ト共ニ自由ニシテ平等ナリ。但シ改造後ノ大方針トシテ国家ハ終ニ婦人労働ヲ負荷セシメザル国是ヲ決定シテ施設スベシ。

国家非常ノ際ニ処シ婦人ガ男子ノ労働ニ代ハリ得ベキ為ニ男子ト平等ナル国民教育ヲ受ケシム。（「国民ノ生活権利」参照）。

註一。現時ノ農業発達ノ程度ニ於テハ婦人ヲ炎天ニ晒ラシテ其ノ美ヲ破リ、又ハ貧困者多キ近キ将来ニ於テハ婦人ヲ工場ニ駆使シテ其ノ楽ヲ奪フコトモ止ムヲ得ザル人間生活ナリ。然シナガラ大多数婦人ノ使命ハ国民ノ母タルコトナリ。妻トシテ男子ヲ助クル家政婦労働ノ外ニ、母トシテ保母ノ労働ヲナシ、小学教師ニ劣ラザル教育的労働ヲナシツゝアル者ハ婦人ナリ。婦人ハ己ニ男子ノ能ハザル分科的労働ヲ十二分ニ負荷シテ生レタル者。是等ノ使命的労働ヲ廃セシメテ全ク天性ニ合セザル労働ヲ課スルハ、当ニ婦人其者ヲ残賊スルノミナラズ、直ニ其ノ夫ヲ残賊シ其子女ヲ残賊スル者ナリ。此ノ改造ニヨリテ男子ノ労働者ノ利得ガ優ニ妻子ノ生活ヲ保証スルニ至ラバ、良妻賢母主義ノ国民思想ニヨリテ婦人労働者ハ暫次的ニ労働界ヲ去ルベシ。

註二。此ノ点ハ女子参政権問題ニ於ケルガ如ク、日本ト欧米トガ全然発達ノ傾向ヲ異ニシ来リ且ツ異ニスベキ将来ヲ示ス者ナリ。日本婦人ノ人格ハ欧米ノ如ク男子ノ職業ヲ争ヒテ認メラルベキ将来ヲ仮想スルノ要ナシ。国家組織ガ下掲ノ如ク母トシテ又妻トシテノ婦人ノ生活ヲ保証シ、婦人ガ男子ト平等ノ国民教育ヲ受クルナラバ、其ノ妻トシテノ労働母トシテノ労働ガ人格的尊敬ヲ以テ認識セラルゝハ論ナシ。

註三。婦人ハ家庭ノ光ニシテ人生ノ花ナリ。婦人ガ妻タリ母タル労働ノミトナラバ、夫タル労働者ノ品性ヲ向上セシメ、次代ノ国民タル子女ヲ益々優秀ナラシメ、各家庭ノ集合タル国家ハ百花爛漫春光胎蕩タルベシ。特ニ社会的婦人ノ天地トシテ、音楽美術文芸教育学術等ノ広莫タル未墾地アリ。此ノ原野ハ六千年間婦人ニ耕ヤシ播カレズシテ残レリ。婦人ガ男子ト等シキ牛馬ノ労働ニ服スベキ者ナラバ天ハ彼ノ心身ヲ優美織弱ニ作ラズ。