北一輝《日本改造法案大綱》【復刻】④巻三　土地処分三則…燃え上る図書館

底本は《昭和参年拾二月弐拾日　印刷　昭和参年拾二月弐拾五日　発行》の《普及版》である。

編集兼発行者には西田税、印刷者には長井良之とある。

ちなみに定価は壱円である。

また、［　］内は《昭和十年五月　警保局保安課『国家改造論策集』　秘　No.141》によって、底本の伏せ字部分を復元したものである。

ことわるまでもないが、これはあくまで時代資料であって、現在規準に於ける明らかな差別的用語の散見もそのまま移してあるが、今現在それらの語が明らかに意味する差別的意味を容認するものではない。

および内容について附言すれば、時代ごとの批判なくして読むに耐えるほど、ある書物の生命に永続性などありえないこと事など、いまさら言うまでもない。

日本改造法案大綱

　巻三　土地処分三則

私有財地限度―私有地限度ヲ超過セル土地ノ国納―土地徴集機関―将来ノ私有地限度超過者―徴集地ノ民有制―都市ノ土地市有制―国有タルベキ土地

巻三　土地処分三則

私有地限度。日本国民一家ノ所有シ得ベキ私有地限度ハ時価拾萬円トス。

此の限度ヲ破ル目的ヲ以テ血族其他ニ贈興シ又ハ其他ノ手段ニヨリテ所有セシムルヲ得ズ。

註一。国民ノ自由ヲ保護シ得ル国家ハ同時ニ国民ノ自由ヲ制限シ得ルハ論ナシ。外国ノ侵略又ハ其他ノ暴力ヨリ安全ニ其土地ヲ私有シ得ル所以ハ凡テ国家ノ保護ニヨル。資本的経済組織ノ為ニ国内ニ不法ナル土地兼併ガ行ハレテ、大多数国民ガ其生活基盤タル土地ヲ奪取セラレツツアルヲ見ルトキ、国家ハ当然ニ土地兼併者ノ自由ヲ制限スベシ。

註二。時価拾萬円トシテ地主ト小作人トノ存立ヲ認ムル点ハ、一切ノ地主ヲ廃止セント主張スル社会主義思想ト根拠ヲ異ニス。又土地ハ神ノ人類ニ興ヘタル人権ナリト云フガ如キ愚論ノ価値ナキハ論ナシ。凡テニ平等ナラザル個々人ハ其経済的能力享楽及経済的運命ニ於テモ画一ナラズ。故ニ小地主ト小作人ノ存在スルコトハ神意トモ云フベク、且ツ社会ノ存立及発展ノ為メニ必然的ニ経由シツツアル過程ナリ。

私有地限度ヲ超過セル土地ノ国納。私有地限度以上ヲ超過セル土地ハ之ヲ国家ニ納付セシム。

国家ハ其賠償トシテ三分利付公債ヲ交付ス。但シ私産限度以上ニ及バズ。

其ノ私有財産ト賠償公債トノ加算ガ私産限度ヲ超過スル者ハ其超過額丈ケ賠償公債ヲ交付セズ。

違反者ノ罰則ハ戒厳令施行中前啓ニ同ジ。

註一。日本現時ノ大地主ハ其経済的諸侯タル形ニ於テ中世貴族ノ土地ヲ所有セルニ似タルモ、所有権ノ本質ニ於テ全ク近代的ノ者ナリ。中世ノ所有権思想ハ其ノ所有ガ奪取ナルト否トヲ問ハズ強者ノ権利ノ上ニ立テル者ナリキ。維新革命ハ所有権ノ思想ガ強力ニヨル占有ニ非ズシテ労働ニ基ク所有ニ一変スルト共ニ強力ガ其強力ヲ失ヒテ其ソノ所有権ヲ喪失シタル者。之レニ反シテ此ノ私有地限度超過ヲ徴集スルコトハ近代的所有権思想ノ変更ニ非ズ。単ニ国家ノ統一ト国民大多数ノ自由ノ為ニ少数者ノ所有権ヲ制限スル者ニ過ギズ。故ニ私有財産限度以下ニ於テ所有権ニ伴フ権利トシテ賠償ヲ得ル者ナリ。

註二。故ニ中世貴族ノ所有地ヲ現今ニ至ルモ解決スル能ハズシテ終ニ独立問題ニマデ破裂セシメタル愛蘭ノ土地問題ト此ノ私有地限度制トハ其思想ニ於テモ進歩ノ程度ニ於テモ雲泥ノ差アルヲ知ルベシ。又現時露西亜ノ土地没収ノ如キハ明カニ維新革命ヲ五十年後ノ今ニ於テ拙劣ニ試ミツツアル者ニ過ギズ。彼ガ多クノ点即チ軍事政治学術其他ノ思想ニ於テ遥カニ後進国ナルハ論ナシ。土地問題ニ於テ英語ノ直訳ヤ「レニン」ノ崇拝ハ佳人ノ醜婦ヲ羨ムノ類。

土地徴集機関。在郷軍人団会議ハ在郷軍人団ノ監視ノ下ニ私有地限度超過者ノ土地ノ評価徴集ニ当ルベシ。

註。前掲ノ如シ。

将来ノ私有地限度超過者。将来其ノ所有地ガ私有限度ヲ超過シタル者ハ其ノ超過セル土地ヲ国家ニ納付シテ賠償ノ交付ヲ求ムベシ。

此ノ納付ヲ拒ム目的ヲ以テ血族其他ニ贈興シ又ハ其他ノ手段ニヨリテ所有セシムルコトヲ得ズ。違反者ノ罰則ハ国家ノ根本法ヲ攪乱スル者ニ対スル立法精神ニ於テ、別ニ法律ヲ以テ定ム。

徴集地ノ民有制。国家ハ皇室下附ノ土地及私有地限度超過者ヨリ納付シタル土地ヲ分割シテ土地ヲ有セザル農業者ニ給付シ年賦金ヲ以テ其所有タラシム。

年賦金額年賦期間等ハ別ニ法律ヲ以テ定ム。

註一。社会主義的議論ノ多クガ大地主ノ土地兼併ヲ移シテ国家其者ヲ一大地主トナシ以テ国民ハ国家ノ所有ノ土地ヲ農耕スル平等ノ小作人タルベシト云フハ原理トシテ非難ハナシ。之ニ反対シテ露西亜ノ革命的思想家ノ多クハ国民平等ノ土地分配ヲ主張シテ又別個ノ理論ヲ土地民有制ニ築ク者多シ。併シ乍ラ斯ル物質的生活ノ問題ハ或ル画一ノ原則ヲ予断シテ凡テヲ演算スベキ者ニ非ズ。若シ原則ト云フ者アラバ、只国家ノ保護ニヨリテノミ各人ノ土地所有権ヲ享受セシムルガ故ニ最高ノ所有者タル国家ガ国有トモ民有トモ決定シ得ベシト云フコト是レノミ。露西亜ニ民有論ノ起ルハ正当ナルト共ニ愛蘭ノ貴族領ガ国有タルベキモ可能ナリ。即チ二者ノイズレカヲ決シ得ル国家ハ其レ国情ノ如何ヲ考ヘテ最善ノ処分ヲナセバ可ナリトス。日本ガ大地主ノ土地ヲ徴集スルコトハ最高ノ所有者タル国家ノ権利ニシテ国有ナリ。而シテ日本ガ小農法ノ国情ナルニ考ヘテ之ヲ自作農ノ所有権ニ移シ以テ土地民有制ヲ取ルコトモ日本トシテノ物質生活ヨリ築カルベキ幾多ノ理論ヲ有ス。且ツ動カスベカラザル原理ハ都市ノ住宅地ト異ナリテ農業者ノ土地ハ資本ト等シク其経済生活ノ基本タルヲ以テ、資本ガ限度以内ニ於テ各人ノ所有権ヲ認メラルル如ク土地亦其限度内ニ於テ確実ナル所有権ヲ設定サルルコトハ国民的人権ナリトス。

註二。此ノ日本改造法案ヲ一貫スル原理ハ、国民ノ財産所有権ヲ否定スル者ニ非ズシテ、全国民ニ其所有権ヲ保障シ享楽セシメントスルニ在リ。熱心ナル音楽家ガ借用ノ楽器ニ満足セザル如ク、勤勉ナル農夫ハ借用地ヲ耕シテ其勤勉ヲ持続シ得ル者ニ非ズ。人類ハ公共的ト私利的トノ欲望ヲ併合ス。従テ改造サルベキ社会組織亦人性ヲ無視シタル此等両極ノ学究的臆説ニ誘導サルルコト能ハズ。

都市ノ土地市有制。都市ノ土地ハ凡テ之ヲ市有トス。

市ハ其賠償トシテ三分利付市債ヲ交付ス。

賠償額ノ限度及私有財産ト其加算ガ私有財産限度ヲ超過シタル者ハ前掲ニ同ジ。

土地徴集期間亦前掲ニ同ジ。

註一。都市ト限リテ町村住宅地ヲ除外セル所以ハ、公有トスベキ理由ガ町村ノ程度ニ於テハ完成セザルヲ以テナリ。

註二。都市地価ノ騰貴スル理由ハ農地ノ如ク所有者ノ労力ニ原因スル者ニ非ズシテ大部分都市ノ発達其者ニ依ル。都市ハ其発達ヨリ結果セル利益ヲ単ナル占有者ニ奪ハルル能ハズ。以テ之ヲ市有トスルモノナリ。

註三。都市ハ基借地料ノ莫大ナル収入ヲ以テ市ノ経済ヲ遺憾ナカラシムルヲ得。従テ都市ノ積極的発達ハ此財源ニヨリテ自由ナルト共ニ、其ノ発達ヨリ結果スル借地料ノ騰貴ハ亦循環的ニ市ノ財源ヲ豊カニス。

註四。家屋ハ衣服ト等シク各人ノ趣味必要ニ基ク者ナリ。三坪ノ邸宅ニ甘ズル者アルベク数拾萬円ノ高楼ヲ建ツルモノアルベシ。或ル時代ノ社会主義者ノ市立ノ家屋ヲ考ヘシ如キハ市民ノ全部ニ居常且終生画一ナル兵隊服ヲ着用セシムベシト云フト一般、愚論ナリ。

註五。既ニ都市ノ私有地ヲ許サザルガ故ニ、設定セラレタル地上権ヨリ利得ヲ計ルコトヲ得ズ。即チ借家ヲ以テ利得ヲ為ス者ハ家屋其者ヨリノ利得ニシテ地上権ニ伴フ利益ヲ計上スルヲ得ズ。此ノ為メニ市ハ五年目毎ニ借地料ノ評価ヲナス。

国有地タルベキ土地。大森林又ハ大資本ヲ要スベキ未開墾地又ハ大農法ヲ利トスル土地ハ之ヲ国有トシ国家自ラ其経営ニ当ルベシ。

註一。下掲大資本ノ国家統一ノ原則ニ依ル。

註二。我ガ日本ニ於テハ国民生活ノ基礎タル土地ノ国際的分配ニ於テ将来大領土ヲ所得セザルベカラザル運命ニ在リ。従テ国有トシテ国家ノ経営スベキ土地ノ莫大ナルヲ考フベシ。要スルニ凡テヲ通シテ公的所有ト私的所有ノ併立ヲ根本原則トス。

註三。日本ノ土地問題ハ単ニ国内ノ地主対小作人ノミヲ解決シテ得ベカラズ。土地ノ国際的分配ニ於テ不法過多ナル所有者ノ存在スルコトニ革命的理論ヲ拡張セズシテ、言論行動一瞥ノ価値ナシ。（「国家ノ権利」参照）