北一輝《日本改造法案大綱》【復刻】③巻二　私有財産限度　…燃え上る図書館

底本は《昭和参年拾二月弐拾日　印刷　昭和参年拾二月弐拾五日　発行》の《普及版》である。

編集兼発行者には西田税、印刷者には長井良之とある。

ちなみに定価は壱円である。

また、［　］内は《昭和十年五月　警保局保安課『国家改造論策集』　秘　No.141》によって、底本の伏せ字部分を復元したものである。

ことわるまでもないが、これはあくまで時代資料であって、現在規準に於ける明らかな差別的用語の散見もそのまま移してあるが、今現在それらの語が明らかに意味する差別的意味を容認するものではない。

および内容について附言すれば、時代ごとの批判なくして読むに耐えるほど、ある書物の生命に永続性などありえないこと事など、いまさら言うまでもない。

日本改造法案大綱

　巻二　私有財産限度（十七）

私有財産限度―改造後ノ私有財産限度超過者―在郷軍人団会議

巻二　私有財産限度

私有財産限度。日本国民一家ノ所有シ得ベキ財産限度ヲ壱百萬円トス。

海外ニ財産ヲ有スル日本国民亦同ジ。

此ノ限度ヲ破ル目的ヲ以テ財産ヲ血族其他ニ贈興シ又ハ何等カノ手段ニヨリテ他ニ所有セシムルヲ得ズ。

註一。一家トハ父妻子女及ビ直係ノ尊卑族ヲ一括シテ云フ。

註二。限度を設ケテ壱百萬円以下ノ私有財産ヲ認ムルハ、一切ノ其レヲ許サザランコトヲ終局ノ目的トスル諸種ノ社会革命説ト社会及人生ノ理解ヲ根本ヨリ異ニスルヲ以テナリ。個人ノ自由ナル活動又ハ享楽ハ之レヲ其ノ私有財産ニ求メザルベカラズ。

貧富ヲ無視シタル画一的平等ヲ考フルコトハ誠ニ社会万能説ニ出発スルモノニシテ、或者ハ此非難ニ対抗センガ為メニ個人ノ名誉的不平等ヲ認ムル制度ヲ以テセント云フモ、コハ価値ナキ別問題ナリ。人ハ物質的享楽又ハ物質的活動其者ニ就キテ画一的ナル能ハザレバナリ。自由ノ物質的基本ヲ保障ス。

註三。外国ニ財産ヲ有スル国民ニ此限度ノ及ブハ法律上当然ナリ。之ヲ明示シタル所以ハ此限度ヨリ免カルル目的ヲ以テスル外国ノ財産ヲ禁ズルヲ明カニシタル者。佛蘭西革命ノ時ノ亡命貴族ノ例。租界ニ逃居シテ財産ノ安固ヲ計ル現時支那官僚富家ノ例。

註四。社会主義ガ私有財産ノ確立セル近代革命ノ個人主義民主主義ノ進化ヲ継承セル者ナリトハ此ノ故ナリ。民主的個人ヲ以テ組織サレザル社会ハ奴隷的社会万能ノ中世時代ナリ。而シテ民主的個人ノ人格基礎ハ即チ其ノ私有財産ナリ。私有財産ヲ尊重セザル社会主義ハ、如何ナル議論ヲ長論大著ニ構成スルニセヨ、要スルニ原始的共産時代ノ回顧ノミ。

私有財産限度超過額ノ国有。私有財産限度超過額ハ凡テ無償ヲ以テ国家ニ納付セシム。

此ノ納付ヲ拒ム目的ヲ以テ現行法律ニ保護ヲ求ムルヲ得ズ。

若シ是ニ違反シタル者ハ天皇ノ範ヲ蔑ニシ国家改造ノ根基ヲ危クスルモノト認メ戒厳令施行中ハ天皇ニ危害ヲ加フル罪及国家ニ対スル内乱ノ罪ヲ適用シテ之ヲ死刑ニ処ス。

註一。経済的組織ヨリ見タルトキ、現時ノ国家ハ統一国家ニ非ズシテ経済的戦国時代タリ経済的封建制タラントス。米国ノ如キハ確実ニ経済的諸侯政治ヲ築キ終レルモノナリ。国家ハ、嘗テ家ノ子朗等又ハ武士等ノ私兵ヲ養ヒテ討伐セシ攻戦時代ヨリ現時ノ統一ニ至レリ。国家ハ更ニ其ノ内容タル経済的統一ヲナサンガ為ニ、経済的私兵ヲ養ヒテ相殺傷シツツアル今ノ経済的封建制ヲ廃止シ得ベシ。

註二。無償ヲ以テ徴集スル所以ハ、現時ノ大資本家大地主等ノ富ハ其実社会共同ノ進歩ト共同ノ生産ニヨル富ガ悪制度ノ為メ彼等少数者ニ停滞シ蓄積セラレタル者ニ係ハルヲ以テナリ。理由ノ第二ハ、公債ヲ以テ悉ク此等ヲ賠償スル時ハ、彼等ハ公債ニ変形シタル依然タル巨富ヲ以テ国家ノ経済的統一ヲ毀損シ得ベキ力ヲ有スルヲ以テナリ。第三ノ理由ハ、国家トシテ不合理ナル所有ニ対シテ賠償ヲナス能ハズ実ニ其資本ヲシテ有史未曾有ノ活用ヲナスベキ切迫セル当面ノ経綸ヲ有スルヲ以テナリ。

註三。違反者ニ対シテ死刑ヲ以テセント云フハ必ズシモ希望スル所ニ非ズ。又固ヨリ無産階級ノ復讐的騒乱ヲ是非スルニモ非ズ。実ニ貴族ノ土地徴集ヲ決行スルニ、大西郷ガ異議ヲ唱フル諸藩アラバ一挙討伐スベキ準備ヲナシタル先哲ノ深慮ニ学ブベシトスル者ナリ。二三十人ノ死刑ヲ見バ天下悉ク服セン。

改造後ノ私有財産超過者。国家改造後ノ将来、私有財産限度ヲ超過シタル富ヲ有スル者ハ其ノ超過額ヲ国家ニ納付スベシ。

国家ハ此ノ合理的勤労ニ対シテ其ノ納付金ヲ国家ニ対スル献金トシテ受ケ明カニ其ノ功労ヲ表彰スルノ道ヲ取ルベシ。

此ノ納付ヲ避クル目的ヲ以テ血族其他ニ分有セシメ又ハ贈興スルヲ得ズ。

違反者ノ罰則ハ、国家ノ根本法ヲ攪乱スル者ニ対スル立法精神ニ於テ、別ニ法律ヲ以テ定ム。

註一。現時ノ致富ト改造後ノ致富トガ致富ノ原因ヲ異ニスルヲ了解スベシ。

註二。最少限度ノ生活基準ニ立脚セル諸多ノ社会改造説ニ対シテ、最高限度ノ活動権域ヲ規定シタル根本精神ヲ了解スベシ。深甚ナル理論アリ。

註三。前世紀的社会主義ニ対スル一般且ツ有理ノ非難即チ各人平等ノ分配ノ為メニ勤勉ノ動機ヲ喪失スベシト云フ如キ非難ヲ此ノ私有財産限度制ニ移シ加フルヲ得ズ。第一、私有財産権ヲ確認スルガ故ニ少シモ平等的共産主義ニ傾向セズ、而シテ私有財産ニ限度アリト雖モ聊カモ勤勉ヲ傷ツケズ、一百萬円以上ノ富ハ国有タルベキガ故ニ、工夫ハ多クノ賃銀ヲ要セズ商家ハ広キ買客ヲ欲セズト思考スル者ナシ。

註四。私人一百萬円ヲ有セバ物質的享楽及ビ活動ニ於テ至ラザル所ナシ。国民ノ国家内ニ生活スル限リ神聖ナル人権ノ基礎トシテ国家ノ擁護スル所以。数百萬数千萬数億萬ノ富ニ何等立法的制限ナキハ国家ノ物質的統制ヲ現代見ル如キ無政府状態ニ放任スル者。国家ガ国際間ニ生活スル限リ国家ノ至上権ニ於テ国家ノ所有ニ納付セシムル所以。

註五。私産限度超過者ガ法律ヲ遵守セズシテ不可行ニ終ルベシト孤疑スル勿レ。刑法ヲ遵守セズシテ放火殺人ヲ敢テスル者アルガ故ニ刑法ハ空想ナリト云フ者ナシ。国憲ヲ攪乱スル者ニ課罰スル別個重大精密ナル法律ヲ制定スル所以ナリ。

［在郷軍人会議。天皇は戒厳令施行中在郷軍人団を以て改造内閣に直属したる機関とし、以て国家改造中の秩序を維持すると共に、各地方の私有財産限度超過者を調査し、其の徴集に当らしむ。］

在郷軍人団ハ在郷軍人ノ平等普通ノ互選ニヨル在郷軍人団会議ヲ開キテ此ノ調査徴集ニ当ル常設機関トナス。

註一。在郷軍人ハ嘗テ兵役ニ服シタル点ニ於テ国民タル義務ヲ最モ多大ニ果シタルノミナラズ其ノ間ノ愛国的常識ハ国民ノ完全ナル中堅タリ得ベシ。且其ノ大多数ハ農民ト労働者ナルガ故同時ニ国家ノ健全ナル労働階級ナリ。而シテ既ニ一糸乱レザル組織アルガ故ニ改造ノ断行ニ於テ露独ニ見ル如キ騒乱ナク真ニ日本ノミ専ラニスベキ天佑ナリ。

註二。露西亜ノ労兵会及其レニ倣ヒタル独逸其他ノ労兵会ニ比スル時在郷軍人団ノ如何ニ合理的ナルカヲ見ルベシ。在郷軍人団ハ兵卒ノ素質ヲ有スル労働者ナル点ニ於テ労兵会ノ最モ組織立テル者トモ見ラルベシ。

（空白）

註三。（空白［現役兵を以て現在労働しつつある者と結合して、同族相屠る彼等は悲しむべき不幸なり。且つ日本の軍隊は外敵に備ふる者にして自己の国民の弾圧に用ふべきに非ず。］）

註四。固ヨリ在郷軍人団ガ其ノ調査ト徴集ニ一ノ過誤失当ナキヲ期スルタメニ必要ナル官応ヲシテ必要ニ応シテ協力補佐セシムルハ論ナシ。而シテ亦固ヨリ在郷軍人団会議ハ各種ノ労働団体ニヨリテ協力補佐セラルゝハ論ナシ。

註五。現在ノ在郷軍人会其者ニ非ズ。平等普通ノ互選ト明示セルヲ見ヨ。