北一輝《日本改造法案大綱》【復刻】②巻一　国民ノ天皇　…燃え上る図書館

底本は《昭和参年拾二月弐拾日　印刷　昭和参年拾二月弐拾五日　発行》の《普及版》である。

編集兼発行者には西田税、印刷者には長井良之とある。

ちなみに定価は壱円である。

また、［　］内は《昭和十年五月　警保局保安課『国家改造論策集』　秘　No.141》によって、底本の伏せ字部分を復元したものである。

ことわるまでもないが、これはあくまで時代資料であって、現在規準に於ける明らかな差別的用語の散見もそのまま移してあるが、今現在それらの語が明らかに意味する差別的意味を容認するものではない。

および内容について附言すれば、時代ごとの批判なくして読むに耐えるほど、ある書物の生命に永続性などありえないこと事など、いまさら言うまでもない。

日本改造法案大綱

　巻一　国民ノ天皇

憲法停止―天皇ノ原義―華族制廃止―普通選挙―国民自由ノ恢復―国家改造内閣―国家改造議会―○○○○○○○○○［皇室財産の国家下附］

巻一　国民ノ天皇

　憲法停止。天皇ハ全国民ト共ニ国家改造ノ根基ヲ定メンガ為ニ天皇大権ノ発動ニヨリテ三年間憲法ヲ停止シ両院ヲ解散シ全国ニ戒厳令ヲ布ク。

註一。権力ガ非常ノ場合有害ナル言論又ハ投票ヲ無視シ得ルハ論ナシ。如何ナル憲法ヲモ議会ヲモ絶対視スルハ英米ノ教育的「デモクラシー」ノ直訳ナリ。是レ「デモクラシー」ノ本面目ヲ覆フ保守頑迷ノ者、其ノ笑フベキ程度ニ於テ日本ノ国体ヲ説明スルニ高天ヶ原論法ヲ以テスル者アルト同ジ。海軍拡張案ノ討議ニ於テ東郷大将ノ一票ガ醜悪代議士ノ三票ヨリ価値ナク、社会改策ノ採決ニ於テ「カルル・マルクス」ノ一票ガ大倉喜八朗ノ七票ヨリ不義ナリト言フ能ハズ。由来投票政治ハ数ニ絶対価値ヲ附シテ質ガ其レ以上ニ価値ヲ認メラルベキ者ナルヲ無視シタル旧時代ノ制度ヲ伝統的ニ維持スルニ過ギズ。

註二。「クーデター」ヲ保守専制ノ為メノ権力濫用ト速断スル者ハ歴史ヲ無視スル者ナリ。奈翁ガ保守分子ト妥協セザリシ純革命時代ニ於テ「クーデター」ハ議会ト新聞ノ大多数ガ王朝政治ヲ復活セントスル分子ニ満チタルヲ以テ革命遂行ノ唯一道程トシテ行ヒタル者。又現時露国革命ニ於テ「レーニン」ガ機関銃ヲ向ケテ妨害的勢力ノ充満スル議会ヲ解散シタル事例ニ見ルモ「クーデター」ヲ保守的権力者ノ所為ト考フルハ甚シキ俗見ナリ。

註三。「クーデター」ハ国家権力即チ社会意志ノ直接的発動ト見ルベシ。其ノ進歩的ナル者ニ就キテ見ルモ国民ノ団集ソノ者ニ現ハルゝコトアリ。日本ノ改造ニ於テハ必ズ国民ノ団集ト元首トノ合体ニヨル権力発動タラザルベカラズ。

註四。両院ヲ解散スルノ必要ハ其レニ当ル貴族ト富豪階級ガ此ノ改造決行ニ於テ、天皇及国民ト両立セザルヲ以テナリ。戒厳令ヲ布ク必要ハ彼等ノ反抗的行動ヲ弾圧スルニ最モ拘束サレザル国家ノ自由ヲ要スルヲ以テナリ而シテ無智半解ノ革命論ヲ直訳シテ此ノ改造ヲ妨グル言動ヲナス者ノ弾圧ヲモ含ム。

天皇ノ原義。天皇ハ国民ノ総代表タリ、国家ノ根柱タルノ原理主義ヲ明カニス。

此ノ理義ヲ明カニセンガ為ニ神武国祖ノ創業明治大帝ノ革命ニ則リテ（空白［宮中の一新を図り、現時の枢密顧問官其他の官吏を罷免し］）以テ天皇ヲ補佐シ得ベキ器ヲ広ク天下ニ求ム。

天皇ヲ補佐スベキ顧問院ヲ設ク。顧問院議員ハ天皇ニ任命セラレ其ノ人員ヲ五十名トス。

顧問院議員ハ内閣会議ノ決議及議会ノ不信任決議ニ対シテ天皇ニ辞表ヲ奉呈スベシ。

但、内閣及議会ニ対シテ責任ヲ負フモノニ非ズ。

註一。日本ノ国体ハ三段ノ進化ヲナセルヲ以テ天皇ノ意義又三段ノ進化ヲナセリ。第一期ハ藤原氏ヨリ平氏ノ過渡期ニ到ル専制君主国時代ナリ。此間理論上天皇ハ凡テノ土地ト人民トヲ私有財産トシテ所有シ生殺与奪ノ権ヲ有シタリ。第二期ハ源氏ヨリ徳川氏ニ至ルマデノ貴族国家時代ナリ。此間ハ各地ノ群雄又ハ諸侯ガ各其範囲ニ於テ土地ト人民トヲ私有シ其上ニ君臨シタル幾多ノ小国家小君主トシテ交戦シ連盟シタル者ナリ。従テ天皇ハ第一期ノ意義ニ代フルニ、此等小君主ノ盟主タル幕府ニ光栄ヲ加冠スル羅馬法王トシテ、国民信仰ノ伝統的中心トシテノ意義ヲ以テシタリ。此ノ進化ハ欧州中世史ノ諸侯国神聖皇帝羅馬法王ト符節ヲ合スル如シ。第三期ハ武士ト人民トノ人格的覚醒ニヨリテ各ソノ君主タル将軍又ハ諸侯ノ私有ヨリ解放サレントシタル維新革命ニ始マレル民主国時代ナリ。此時ヨリノ天皇ハ純然タル政治中心ノ意義ヲ有シ、此ノ国民運動ノ指揮者タリシ以来現代民主国ノ総代表トシテ国家ヲ代表スル者ナリ。即チ維新革命以来ノ日本ハ天皇ヲ政治的中心トシテ国家ヲ代表スル者ナリ。即チ維新革命以来ノ日本ハ天皇ヲ中心トシタル近代的民主国ナリ。何ゾ我ニ乏シキ者ナルカノ如ク彼ノ「デモクラシー」ノ直訳輸入ニ要アランヤ。此ノ歴史ト現代トヲ理解セザル頑迷国体論者ト欧米崇拝者トノ争闘ハ實に非常ハル不詳ヲ天皇ト国民トノ間ニ爆発セシムル者ナリ。両者ノ救フベカラザル迷妄ヲ戒シム。

註二。国民ノ総代表ガ投票当選者タル制度ノ国家ガ或ル特異ナル一人タル制度ノ国ヨリ優越ナリト考フル「デモクラシー」ハ全ク科学的根拠ナシ。国家ハ各々其国民精神ト建国歴史ヲ異ニス。民国八年マデノ支那ガ前者タル理由ニヨリテ後者タル白耳義ヨリ合理的ナリト言フ能ハズ。米人ノ「デモクラシー」トハ社会ハ個人ノ自由意志ニヨル自由契約ニ成ルト云ヒシ当時ノ幼稚極マル時代思想ニヨリテ、各欧州本国ヨリ離脱シタル個々人ガ村落的決合ヲナシテ国ヲ建テタル者ナリ。其ノ投票神権説ハ当時ノ帝王神権説ヲ反対方面ヨリ表現シタル低能哲学ナリ。日本ハ斯ル建国ニ非ズ、又斯ル低能哲学ニ支配サレタル時代モナシ。国家ノ元首ガ売名的多弁ヲ弄シ下級俳優ノ如キ身振ヲ晒シテ当選ヲ争フ制度ハ、沈黙ハ金ナリヲ信条トシ謙譲ノ美徳ヲ教養セラレタル日本民族ニ取リテハ一ニ奇異ナル風俗トシテ傍観スレバ足ル。

註三。現代ノ宮中ハ中世的弊習ヲ復活シタル上ニ欧州ノ皇室ニ残存セル別個ノ其等ヲ加ヘテ、実ニ国祖建国ノ精神タル平等ノ国民ノ上ノ総司令者ヲ遠ザカルコト甚シ。明治大帝ノ革命ハ此ノ精神ヲ再現シテ近代化セル者。従テ同時ニ宮中ノ廊清ヲ決行シタリ。之ヲ再ビスル必要ハ国家組織ヲ根本的改造スル時独リ宮中ノ建築ノミヲ傾柱壊壁ノママニ委スル能ハザレバナリ。

註四。（空白［顧問院議員が内閣又は議会の決議によりて弾劾せらるる制度の必要は、天皇の補任を任とする理由によりて専恣を働く者多き現状に鑑みてなり。枢密院諸氏の頑迷と専恣とは革命前の露国宮廷と大差なし。

天皇に累する者は凡て此の徒なり。］）

華族制度廃止。華族制ヲ廃止シ、天皇ト国民トヲ阻隔シ来レル藩屏ヲ撤去シテ明治維新ノ精神ヲ明ニス。

貴族院ヲ廃止シテ審議院ヲ置キ衆議院ノ決議ヲ審議セシム。

審議院ハ一回ヲ限リトシテ衆議院ノ決議ヲ拒否スルヲ得。審議院議員ハ各種ノ勲功者間ノ互選及勅選ニヨル。

註一。貴族政治ヲ覆滅亡シタル維新革命ハ徹底的ニ遂行セラレテ貴族ノ領地ヲモ解決シタルコト、当時ノ一佛国ヲ例外トシタル欧州ノ各国ガ依然中世的領土ヲ処分スル能ハザリシヨリモ百歩ヲ進メタルモノナリキ。然ルニ大西郷等革命精神ノ体現者世ヲ去ルト共ニ単ニ附随的ニ行動シタル伊藤博文等ハ、進ミタル我ヲ解セズシテ後レタル彼等ノ貴族的中世的特権ノ残存セルモノヲ模倣シテ輸入シタリ。華族制ヲ廃止スルハ欧州直訳制度ヲ棄テテ維新革命ノ本来ニ返ヘル者。我ノ短所ナリト考ヘテ新ナル長ヲ学ブ者ト速断スベカラズ。既ニ彼等ノ或者ヨリ進ミタル民主国ナリ。

註二。二院制ノ一院制ヨリ過誤少ナキ所以ハ輿論ガ甚ダ多クノ場合ニ於テ感情的雷同的瞬間的ナルヲ以テナリ。上院ガ中世的遺物ヲ以テセズ各方面ノ勲功者ヲ以テ組織セラルル所以。

普通選挙。二十五歳以上ノ男子ハ大日本国民タル権利ニ於テ平等普通ニ衆議院議員ノ被選挙権及ビ選挙権ヲ有ス。地方自治会亦之ニ同ジ。

女子ハ参政権ヲ有セズ。

註一。納税資格ガ選挙権ノ有無ヲ決スル各国ノ制度ハ、議会ノ濫傷ガ皇室ノ納税ニ対シテ其ノ費途ヲ監視セントシタル英国ニ発スト雖モ、日本国自身ノ原則トシテハ国民タル権利ノ上ニ立テザルベカラズ。即チ如何ナル国民モ間接税ノ負担者ナラザルハナシト云フ納税資格ノ拡張セラレタル普通選挙ノ義ニ非ズ。徴兵ガ「国民ノ義務」ナリト云フ意義ニ於テ選挙ハ「国民ノ権利」ナリ。

註二。国家ヲ防護スル国民ノ義務ハ国政ヲ共治スル国民ノ権利ト一個不可分ノ者ナリ。日本国民タル人権ノ本質ニ於テ、羅馬ノ奴隷ノ如ク、又昇殿ヲモ許サレザル王朝時代ノ犬馬ノ如ク、純乎タル被治者トシテ或ル治者階級ノ命令ノ下ル其ノ生命ヲ委スベキ理ナシ。此ノ権利ト此ノ義務トハ一切ノ条件ニ依リテ干犯セルルコトヲ許サズ。従テ仮令国外出征中ノ現役将卒ト雖モ何等ノ制限無ク投票シ且ツ投票セラルベシ。

註三。女子ノ参政権ヲ有セズト明示セル所以ハ日本現存ノ女子ガ覚醒ニ至ラズト云フ意味ニ非ズ。欧州ノ中世史ニ於ケル騎士ガ婦人ヲ崇拝シ其卷顧ヲ全ウスルヲ士ノ礼トセルニ反シ、日本中世史ノ武士ハ婦人ノ人格ヲ彼ト同一程度ニハ尊重シツツ婦人ノ側ヨリ男子ヲ崇拝シ男子ノ卷顧ヲ全ウスルヲ婦道トスル礼ニ発達シ来レリ。コノ全然正反対ナル発達ハ社会生活ノ凡ナニ於ケル分科的発達トナリテ近代史ニ連ナリ、彼ニ於テ婦人参政運動トテレル者我ニ於テ良妻賢母主義トナレリ。政治ハ人生ノ活動ニ於ケル一小部分ナリ。国民ノ母国民ノ妻タル権利ヲ擁護シ得ル制度改造ヲナサバ日本ノ婦人問題ノ凡テハ解決セラル。婦人ヲ口舌ノ闘争ニ慣習セシムルハ其天性ヲ残戒スルコト之ヲ戦場ニ用フルヨリモ甚シ。欧州婦人ノ愚味ナル多弁、支那婦人間ノ強奸ナル口論ヲ見タル者ハ日本婦人ノ正道ニ発達シツツアルニ感謝セン。善キ傾向ニ発達シタル者ハ悪シキ発達ノ者ヲシテ学バシムル所アルベシ。コノ故ニ現代ヲ以テ東西文明ノ融合時代ト云フ。直訳ノ醜ハ特ニ婦人参政権問題ニ見ユ。（国民ノ生活権利参照）。

国民自由ノ恢復。従来国民ノ自由ヲ拘束シテ憲法ノ精神ヲ毀損セル諸法律ヲ端廃止ス。文官任用令。治安警察法。新聞紙条例。出版法等。

註。周知ノ道理。只各種閥族等ノ維持ニ努ムルノミ。

国家改造内閣。戒厳令施行中現時ノ各省ノ外ニ下掲ノ生産的各省ヲ設ケ更ニ無任所大臣数名ヲ置キテ改造内閣ヲ組織ス。

改造内閣員ハ従来ノ軍閥、吏閥、党閥ノ人々ヲ斥ケテ全国民ヨリ広ク偉器ヲ選ビテ此ノ任ニ当ラシム。

各地方長官ヲ一律ニ罷免シ国家改造知事ヲ任命ス。選任ノ方針ハ右ニ同ジ。

註。徳川ノ君臣ヲ以テ維新革命ヲナス能ハザル同一理由。但シ革命ハ必ズシモ流血ノ多少ニ依リテ価値ヲ決スルモノニ非ズ。少モ外科手術ニ於テ流血ノ多量ナル理由ヲ以テ少量ナル者ヲ不徹底ナリト言フ能ハザルガ如シ。充実強健ナル壮者ナリ。露西亜支那ノ如キハ全身腐肉朽骨ノ老□患者ナリ。古今ヲ達観シ東西ニ卓出セル手術者ノアラバ日本改造ノ如キ談笑ノ間ニ成ルベシ。

※□には、現在ハンセン氏病と呼ばれる病気の差別的名称が遣われている。

国会改造議会。戒厳令施行中普通選挙ニ依ル国家改造議会ヲ召集シテ改造ヲ協議セシム。

国家改造議会ハ天皇ノ宣布シタル国家改造ノ根本方針ヲ討論スルコトヲ得ズ。

註一。（空白［これ国民が本隊にして天皇が号令者となる所以。］）権力濫用ノ「クーデター」ニ非ズシテ国民ト共ニ国家ノ意志ヲ発動スル所以。

註二。是レ法理論ニ非ズシテ事実論ナリ。露独ノ皇帝モ斯カル権限ヲ有スベシト云フ学究談論ニ非ズシテ日本天皇陛下ニノミ期待スル（空白［国民の神格的信任］）ナリ。

註三。現時ノ資本万能官僚専制ノ間ニ普通選挙ノミヲ行フモ選出サルゝ議員ノ多数又ハ少数ハ改造ニ反対スル者ヨリ選挙費ヲ得タル当選者ナルヲ以テナリ。但、戒厳令中ノ議員選挙タリ議会開会ナルヲ以テ有害ナル候補者又ハ議員ノ権利ヲ停止スベキヲ得ルハ論ナシ。

註四。（空白［斯かる神格者を天皇としたる］）コトノミニ依リテ維新革命ハ佛国革命ヨリモ悲惨ト動乱ナクシテ而モ徹底的ニ成就シタリ。再ビ（空白［斯かる神格的天皇］）ニ依リテ日本ノ国家改造ハ露西亜革命ノ虐殺兵乱ナク、独逸革命ノ痴鈍ナル徐行ヲ往過セズシテ整然タル秩序ノ下ニ貫徹スベシ。