北一輝《日本改造法案大綱》【復刻】①緒言 …燃え上る図書館
数日間、北一輝の《日本改造法案大綱》を復刻して書き起こして行こうと想います。
歴史資料として、です。インターネットだと、「青空文庫」でも読める資料なのですが、当時の検閲の伏せ字部分が余りにも多くて、その実態がよく分からないという不満があります。
全体主義、というものがありますが、北一輝を読むと、特にその初期の《国体論及び純正社会主義》ですが、日本においては当時の先端科学がもたらした視野における生命観のゆらぎに端を発してるように想えます。
《私》というこの存在が、それ固有の固有性においてひとつの生命体である、という生命認識に対する揺らぎ、です。
人体とは多細胞生命体なので、細胞ひとつひとつを生命としてみなすならば、もちろん《私》はそれ自体複合生命体と言っていいわけですが、ならば、それに伴って、人類ないし《国家》という大きな単位も一つの複合生命機構としてみなし獲るのではないか?…という感性です。
つまり、全体主義はなにも中世暗黒時代的な迷妄によって生み出されるものではない、ということです。
いま、わたしたちが、《私》とはひとつの《魂》の固有の存在なのだなんどと言って仕舞えば、留保なくスピリチュアリズムか宗教かになって仕舞うので、わたしたちはかならずしも北一輝たちの全体主義から遠く離れてはいない、はずなのです。
また、北一輝が推し進めようとした《天皇の神格としての君臨》というのも、彼の政府が議会制を取る以上実際には《象徴天皇制》にほかなりません。
書き起こし底本は《昭和参年拾二月弐拾日 印刷 昭和参年拾二月弐拾五日 発行》の《普及版》です。編集兼発行者には西田税と書いてあります。
また、底本の伏せ字部分は《昭和十年五月 警保局保安課『国家改造論策集』 秘 No.141》によって、復元しました。国会図書館デジタルで原書の画像公開版が閲覧できます。
ミシェル・フーコーの有名な言葉で、図書館は燃え上る知性の収蔵庫なのだ、とか、そんな言葉がありましたが、かつてささやかれた、あるいは叫ばれた、さまざまな言葉の群れを、《燃え上る図書館》として、一度耳を澄ましてみようと想うのです。
あるいは、現在及び未来を構築するために。
日本改造法案大綱
底本は《昭和参年拾二月弐拾日 印刷 昭和参年拾二月弐拾五日 発行》の《普及版》である。
編集兼発行者には西田税、印刷者には長井良之とある。
ちなみに定価は壱円である。
また、[ ]内は《昭和十年五月 警保局保安課『国家改造論策集』 秘 No.141》によって、底本の伏せ字部分を復元したものである。
ことわるまでもないが、これはあくまで時代資料であって、現在規準に於ける明らかな差別的用語の散見もそのまま移してあるが、今現在それらの語が明らかに意味する差別的意味を容認するものではない。
および内容について附言すれば、時代ごとの批判なくして読むに耐えるほど、ある書物の生命に永続性などありえないこと事など、いまさら言うまでもない。
普及版の刊行に際して
日本改造法案の普及は吾等多年の期望であったが、何事も思ふに任せぬことばかりであつた。
斯の版は同志田中操君の努力によりて刊行せらるゝものである。田中君は一下級船員である。本書を天下に普及せんと欲するが為に、同君は五年僅かなる賃銀を積んで此度の出版費を提供された。吾等は、君の深甚なる志願と不断不屈の努力に対して無限の感激敬意を捧ぐる者である。
三年前、編纂者は著者の意をうけて第三回の公刊領布をしたことがあるが、田中君の普及版は其れに同じいものである。只異なる悦ぶべき点は、六年前公刊の時に当局から伏字にせされた改造行程の手段方法の部が、此度其の大部分を解除されたことである。この事は、別に隠れたる同志増田一悦君の努力によるものである。併せて茲に感謝の意を表する次第である。
昭和三年十月
編纂者 西田 税
凡例
一、此ノ改造法案ハ世界大戦終了ノ後、大正八年八月上海ニ於テ起草セル者ナリ。「極秘」ヲ印シ謄写ニ附シテ未ダ公刊ニ至ラザル時、九年一月発売領布ヲ禁ゼラル。書中ニ存スル削除部分ハ公刊ニ際シ官憲ノ削除シタルモノナリ。
ニ、固ヨリ削除セラレタル一行一句ト雖モ日本ノ法律ニ違反セル文字ニ非ザルハ論ナシ。恐ラクハ単ナル行政上ノ目的ニ出デシト信ズ。従テ何等カ不穏嬌激ナル者ノ伏在セルカニ感ジテ草案者ニ質問照会スル等ノナカラムコトヲ望ム。二三枝ヲ折ルモ大樹ハ損傷サレルコトナシ。
三、奈翁戦争ガ十八世紀ト十九世紀トヲ隔セル如ク十九世紀ノ終焉二十世紀ノ初頭ハ真ニ世界大戦ニ一大段落ヲ以テ限ラルベシ(世紀ノ更新ヲ十進数ニ依リテ思考スベカラズ)天ノ命、二十世紀ノ第一年ヲ以テ此ノ法案ヲ起草セシメタルヲ拝謝ス。従テ前世紀ニ続出シタル旧キ哲人等ノ誤謬多キ革命理論ヲ準縄トシテ此ノ法案ヲ批判スル者ヲ歓ブ能ハズ。時代錯誤トハ是ナリ。昔者娘ヲシテ其ノ母ニ背カシメンガ為メニ来レリト云ヘル者アリ。
四、「註」ハ固ヨリ説明解釈ヲ目的トセルモ、語辞悉ク簡単明瞭時ニハ只結論ノミヲ綴リシ者アリ。第二十世紀ノ人類ハ聡明ト情意ヲ増進シテ「然リ然リ」「否ナ否ナ」ニテ足ル者ナラザルベカラズ。現代世界ヲ展開セシメタル三大発明ノ中火薬ガ人類ヲ殺スヨリモ甚シク、印刷術ノ害毒全世界ノ頭脳ヲ朽腐シ尽クセリ。為メニ簡明ナル一事一物ヲモ迂漫ナル愚論ナクシテ解悟スル能ハザル愚態ハ阿片中毒者ト語ル如シ。日本改造法案ノ起草者ハ常然ニ革命的大帝国建設ノ一実行者タラザルヲ得ズ。従テ其レガ左傾スルニセヨ右傾スルニセヨ前世紀初頭的頭脳ヨリスル是非善悪ニ対シテ応答ヲ免除サレンコトヲ期ス。恐ラク閑暇ナシ。
大正十二年五月
北 一輝
日本改造法案大綱目次
緒言(一)
巻一 国民ノ天皇(一)
憲法停止―天皇ノ原義―華族制廃止―普通選挙―国民自由ノ恢復―国家改造内閣―国家改造議会―○○○○○○○○○[皇室財産の国家下附]
巻二 私有財産限度(十七)
私有財産限度―改造後ノ私有財産限度超過者―在郷軍人団会議
巻三 土地処分三則(二七)
私有財地限度―私有地限度ヲ超過セル土地ノ国納―土地徴集機関―将来ノ私有地限度超過者―徴集地ノ民有制―都市ノ土地市有制―国有タルベキ土地
巻四 大資本ノ国家統一(三八)
私人生産業限度―私人生産業限度ヲ超過セル生産ノ国有―資本徴集機関―改造後私人生産業限度ヲ超過セル者―国家ノ生産的組織―其一銀行省―其二航海省―其三鋼業省―其四農業省―其五工業省―其六商業省―其七鉄道省―莫大ナル国庫収入
巻五 労働者ノ権利(五一)
労働省ノ任務―労働賃金―労働時間―労働者ノ利益配当―労働的株主制ノ立法―借地農業者ノ擁護―幼年労働ノ禁止―婦人労働
巻六 国民ノ生活権利(六三)
児童ノ権利―国民扶養ノ義務―国民教育ノ権利―婦人々権ノ擁護―国民人権ノ擁護―勲功者ノ権利―私有財産ノ権利
巻七 朝鮮其ノ他現在将来ノ領土ノ改造方針(八八)
朝鮮ノ郡県制―朝鮮人ノ参政権―三原則ノ拡張―現在領土ノ改造順序―改造組織ノ全部施行セラルベキ新領土
巻八 国家ノ権利(一〇五)
徴兵制ノ維持―開戦ノ積極的権利
結言(一二九)
参考論文目次
『支那革命外史』序文
ヴェルサイユ会議に対する最高判決
ヨツフエ君に訓ふる公開状
『国体論及純正社会主義』序文
第三次公刊「改造法案」序文
日本改造法案大綱
緒言
今ヤ大日本帝国ハ内憂患並ビ到ラントスル有史未曾有ノ国難ニ臨メリ。国民ノ大多数ハ生活ノ不安ニ襲ハレテ一ニ欧州諸国破壊ノ跡ヲ学バントシ、政権軍権財権ヲ私セル者ハ只龍袖ニ陰レテノウノウ其不義ヲ維持セントス。而シテ外、英米独露悉ク信ヲ傷ケザルモノナク、日露戦争ヲ以テ漸ク保全ヲ興ヘタル隣邦支那スラ酬ユルニ却テ排侮ヲ以テス。真ニ東海粟島ノ孤立。一歩ヲ誤ラバ宋祖ノ建国ヲ一空セシメ危機誠ニ幕末維新ノ内憂外患ヲ再現シ来レリ。只天佑六千万同胞ノ上ニ控タリ。日本国民ハ須ラク国家存立ノ大義ト国民平等ノ人権トニ深甚ナル理解ヲ把握シ、内外思想ノ清濁ヲ判別採捨スルニ一点ノ過誤ナカルベシ。欧州諸国ノ大戦ハ天其ノ驕慢乱倫ヲ罰スルニ「ノア」ノ洪水ヲ以テシタルモノ。大破壊ノ後ニ狂乱狼狽スル者ニ完備建築団ヲ求ム可ラザルハ勿論ノ事。之ト相反シテ、我ガ日本ハ彼ニ於テ破壊ノ五ヶ年ヲ充実ノ五ヶ年トシテ恵マレタリ。彼ハ再建ヲ云フベク我ハ改造ニ進ムベシ。全日本国民ハ心ヲ冷カニシテ天ノ賞罰斯クノ如ク異ナル所以ノ根本ヨリ考察シテ、如何ニ大日本帝国ヲ改造スベキカノ大本ヲ確立シ、挙国一人ノ非議ナキ国論ヲ定メ、全日本国民ノ大同団結ヲ以テ終ニ天皇大権ノ発動ヲ奏請シ、天皇ヲ奉ジテ速カニ国家改造ノ根基ヲ完ウセザルベカラズ。
支那印度七億ノ同胞ハ實ニ我ガ扶導擁護ヲ外ニシテ自立ノ途ナシ。我ガ日本亦五十年間ニ二倍セシ人口増加率ニヨリテ百年後少クモ二億四五千万人ヲ養フベキ大領土ヲ余儀ナクセラル。国家ノ百年ハ一人ノ百日ニ等シ。此ノ余儀ナキ明日ヲ憂ヒ彼ノ凄惨タル隣邦ヲ悲シム者、如何ゾ直訳社会主義者流ノ巾着的平和論ニ安ンズルヲ得ベキ。階級闘争ニヨル社会進化ハ敢テ之ヲ否マズ。而モ人類歴史アリテ以来ノ民族競争国家競争ニ眼ヲ覆ヒテ何ノ所謂科学的ゾ。欧州革命論ノ権威等悉ク其ノ浅薄皮相ノ哲学ニ立脚シテ終ニ「剣ノ福音」ヲ悟得スル能ハザル時、高遠ナル亜細亜文明ノ希望ハ率先其レ自ラノ精神ニ築カレタル国家改造ヲ終ルト共ニ、亜細亜連盟ノ義旗ヲ翻シテ真個到来スベキ世界連邦ノ牛耳ヲ握リ、以テ四海同胞皆是佛子ノ天道ヲ宣布シテ東西ニ其ノ範ヲ垂ルベシ。国家ノ武装ヲ忌ム者ノ如キ其智見終ニ幼童ノ類ノミ。
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