小説《カローン、エリス、冥王星 …破壊するもの》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作/ザグレウス…世界の果ての恋愛小説27ブログ版
カローン、エリス、冥王星
…破壊するもの
《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。
Prelude in A minor, 1913, Joseph-Maurice Ravel
《in the sea of the pluto》連作:Ⅱ
Χάρων
ザグレウス
「あの半島で、俺が、…」朝鮮人が、だよ?「天皇陛下万歳なんて言ったら、頭おかしい」って、いう、か、「もはや、」…さ「ね?」病院送りだよ…むしろ。「廃人認定終了、的な?」でも、…「ま、」実際ね。…「実際、そそられる。売国奴になるっていうのは。国を…要するに、既存政府の方針とそれに伴う教育の成果としての国民の共通価値観及び感性…みたいな」ないし、…さ。「歴史、とか。」認識としての歴史あるいは、国家的教育ようするに洗脳工作もしくは単に事実としてそこにある事件の群れ含めて、…さ。「なんか、こう…」全部。「ぜー…ん、」ぶ。「裏切ってやるの。売国奴として。まじ、歴史に名を残す売国奴として。もう、」あれだよ。「もう、倫理も美学も教養も知性もあったもんじゃない」…くそだよ。「ね?」むしろ、「さよなら。」くそ。「グッバイ朝鮮、くたばっちまえってね。」
「笑う。」私は言った。
「確かに俺の目的の一つはさ。」
「なんか、…笑える。」そう言った私の
「売国奴になる事なの。なに?」
「…お前、なんか、…」言葉など
「卑劣なっていうか、」…さ。「ね?」
「笑える。」だれも、
「史上最悪の売国奴。」
聴いてはいなかった。
「…わかる?」
私は声を立てて笑っていた。
「そりゃ、日本のあほな右翼だって俺らのこと糞かって言うよ。ガイジンじゃん?普通に。外の人つまりようするに陛下に縁もゆかりのない人、早い話が外人って」…ね?「朝鮮人同胞も糞だって言う、和人も糞だって言う、とどのつまりは誰にとっても糞の売国奴なんだけど、それってやばくなくない?…けどね。」と、言ったジウは、息をついた。
…ね?
ふかく、息をつき、
「ね?」
私とハオを見比べて、嘆息。
…もう、
あからさまな嘆息と、その
「ね?」
曝される彼の
…んー…
むしろ自分勝手にあまやかな孤独。
「何がしたいの?」私は言った。「なにって?」ジウは答えた。「お前、…」と、ジウの表情には、私が何を言っているのかわからない、あるいは、幼児的に見えた眼差しが浮んで、「何言いたいの?」私は言った。
「お前、なにがしたいの?」
「正しいことがしたい。」
「正しいこと?」
「普通のこと。普通に、普通の、正しいこと。」
「…なにそれ。」その、私が笑い崩れながら言った言葉など、ジウはもはや聴いてなどいなかった。「例えばさ、北朝鮮とか、…知ってる?…韓国は糞だと、アメリカは糞だと、日本は糞だと。で、国交、的な?」笑う。お互いにさ。「そういう、あれで、」国って、国だって「アメリカの悪口言わなくなったら、」認めてないのに、「韓国の悪口言う。」国交なんてするのな。「韓国の悪口言獲なくなったら、」戦争含めて。「日本の」あほくさくない?「悪口言う。」…じゃない?「そういうの、糞じゃん」
「小学生的認識に基づく小学生的義憤だよね、それ。」
「じゃなくて、現実そうじゃん。俺ら、違うから。」
「何が?」
「俺ら、」…俺。「仮想敵国ないからね。」鬼畜米英アンチユダヤアンチイスラムアンチべトコンないし陰謀論的なね。
で?、と、その、不意につぶやいたハオの一音節には、私だけが振り向いた。「敵は無い。基本。打倒すべきものはなにもない。基本。ただ、論理的必然においてのみ、俺らは自裁する。」
「吹っ飛ぶの?」
「吹っ飛ばすの。」…そう、…ね?「そうなんだよ。」…そう、と。ジウは一人で自分に相槌を打っていた。「今にいたる人類の不明の歴史…てか、不明にして錯誤にして故に不毛そのものが現在に至るまでの人類そのものだったんだから、当然俺は、人類の不毛なる不明を悟った瞬間に人類を裁く。人類は、…たった一人の俺が、その本質的な不明に気付いた瞬間に滅びる。」
「なにが不明なんだよ。」
「皇道精神の絶対的不可能性がだよ。」…ね?「天皇陛下以外には決断し獲るものがいないこと自体。天皇陛下は御みずからによる決断権を破棄されたが故に天皇足りえていること自体。そして天皇に忠孝忠義を果たさなければならないこと自体。つまりは、天皇制自体の明白な論理的不可能性自体。…」…ね?「忠孝とは決断だから。故に、その時点で唯一の決断者たる陛下を貶めている。故にいかなる忠孝も忠孝にあらず。陛下の、天の皇帝であらせられているのは、現実的な政治支配権を放棄されているが故だ。御みずから決断される陛下は天の帝にはあらず。人の国、人の世、つまりは政府ないし既存政権のひとつに堕すことになる。それは陛下自らの自死である。つまり、いずれにしてもすべては不可能だ。人類とは結局は破綻の産物に過ぎない。…燃え滾る忠孝精神は死ぬしかない。」
てか、…と。
不意にそう言った、その
「…ね、」
私に、ジウは、「なんか、…」さ。
流し目をくれた。
「宗教くさくない?」
「…っぽい。」ハオは笑った。だから、…「ね?」…だから、「さ。こいつさっきから、俺とか俺らとか言ってんじゃん?あれ、わかる?忠孝とか言ってんの、こいつだけなの。ほんとは。あとは、マニアックな宗教マニアだけだから。」
「違うから。」…と。「それだけじゃねぇから。」ジウは言う。…それだけの…「違いじゃねぇから。」吐き棄てるように、もはや歯軋りする隙さえもなく。
…なんか、ね。
ハオはつぶやく。
「自分勝手な、…さ。」
その声には、耳元でささやかれたような気配があって、「わけのわかんない、…ね。」事実として、「革命集団…」ハオ自身には「…的な?」至近距離の誰かの耳元にささやいていたつもりだったのかも知れない。しかし、
「たいしたことないよ。」
それなりの距離に隔たっている
「実際、こいつら、」
私たちにとっては、それは
「戯れてるだけだから、…いわば、」
結局は、自分勝手に色づいて、
「さ」…ね?いわば、「…だよ?」
他者には何の必然もなく色づいたようにしか
「子犬がきゃんきゃんさ、…」
見えない
「てかむしろ」…んー…
そのなまめかしい眼差しとあいまって、
「きゃんきゃんさえ言わずに、」…さ。
他人の自慰を見せ付けられたような
「ただただ…」ね?
ただ単に
「絡み合ってあそんでるだけ。なんか、」
聴き取り難いだけの小声に過ぎない。
「見苦しいの。」
それをいちいちハオに教えてやるほどの愛着は、ジウにも、私にも、在りもしないことをハオは気付いていたのだろうか。
「…まじで。」
ハオは、哄笑以外の何をも意味しない笑い声を、ときにその喉の奥に立てながら、それでもあからさまにいつくしんだ眼差しをジウに時に向けていた。とはいえ、私たちはハオの言葉のすべてが、ジウの存在など気にかけずに、私にたいしてだけ発されていることなど知っていたので、ジウは自分が盗み見されながら、自分の噂話を自分の耳で聴かされている気がしていたに違いない。…この人。
と、ジウは言った。
「なにも分かってないから。」
「何が?」言った私を、ジウは見遣りもしない。ただ棄てられた眼差しは床の上のどこかを這って、「結局は、あいつら…」ま、「俺の、…ね?」あいつらも、「んー…」結局、「…と。」皇道精神の何たるかも分かってない糞の集まりだけどね。「ただ、…」とはいえっ、…「俺の魂に焦がれてるから。」
ハオが声を立てて笑った。もはや、ハオはジウへの…あるいは、最初からそうだったのだが、容赦もない軽蔑を隠そうともしていなかった。ハオは、想うがままに笑い転げた。私は、ハオが痛ましかった。ハオの、自分勝手なその笑い声が。憎しみさえ感じられない、ただただ愚かなものへの慈しみをだけを私に残して、そして、ハオはその眼差しに、鮮明にジウをいつくしんでいた。
「俺らって、」ね?「基本、」は、…さ。「求道精神のあつまりなわけ。めちゃくちゃ…」まじ「くっそ。…」まじ、くっそ「真面目だからね。」まじ。「基本。」ぜんっ、…「俺の論理に」ぜんっぜん、…「賛同してるわけよ。」まじだから、…
「不可能性って奴?」
「わかってんじゃん。」…でも、と、私は言う。
ジウが言い終わらないうちに。「なんかそれって、昔のキリスト教神学とかさ、そういういびつなのと一緒じゃん。」なんか、「あんじゃん、そういう小難しいの」…笑うんだけど。「知らないけどさ。供犠がどうのこうのと、」まじで。「なんか、生理的にやらしーやつ。」
「実際、」ハオがつぶやく。私に教え諭すように。上半身をもたげて、「そういう既存宗教の家に育ってる人が多い。…そういうのに、なんか、傷めつけられたとか、救われたとか、なんか、ほかにも、個人的には全然関係ないんだけど、ま、まわりに普通に普通の宗教遣ってる人がいたとか、…家族とかに。」
…まぁ、…彼らは、
「ね?…単なる新興宗教。」
まぁ、ね。そうジウは独り語散て、「でも、そんな事はどうでもいい。」俺は、…「俺は、…ね?」…わかる?「まじだから。」
見せたげなよ、と、ハオは言った。もはや、ハオが私たちの会話に飽きているのはその声の気配だけで分かった。ハオは、ソファに座りこんで、うつむき、何もかもが歎かわしくて仕方がないのだと、そんな気配を全身に曝しながら、「ハナチャンに、」…お前、…「お得意の、あれ、」好きだろ?…お前、「いつもの。」見せびらかすの。
「やれよ。」と、やがてハオは言った。
ジウを見やりもせずに。
ジウは初めてハオを振り返り見て、そして、一瞬、おののきをその目に赤裸々に曝した。…ねぇ、「俺。」
その、つぶやかれた声は、いかなる震えもないままに、
「もう、…」さ。「…あれ、」
ただ本人の
「…遣りたくないんだけど。」
おののく細やかな心情の震えをだけ色づかせる。「…二度と。」
遣れよ、とも、遣るな、とも、ハオはなにもジウには命じなかった。ハオは、もはや、自分が此処で何をしているのか忘れてさえいるかのように、…ねぇ、と、ただ、無意味な問いかけを私に曝し、「ハナちゃん…」ささやく。
「…幸せ?」く姫の死に際して、ハオは惜しみなく号泣した。
ジウは、決心がつきかねていた。とはいえ、おそらくはハオの命令は絶対だったに違いなかった。ややあって、何のきっかけもなくジウは、テーブルに投げ出されていたビニール袋の中の、剝き曝しに手をつけられさえしていなかったマンゴーの中から、果物ナイフを手に取った。
あるいは、それはフエがジウに剝いてやって、そのままになっていたのかもしれない。ビニールの中をかき混ぜた一瞬、たかっていた蠅がジウの突っ込まれた手を迂回して、急速度で、その腕の周りを旋回したのを私は懐かしいものを見るような、意味の分からないやわらかな心情にかられながら、見つめていた。私はフエと過ごした日々を、懐かしく想っていた。
果肉に濡れて、乾きかけたナイフを、ジウは自分のTシャツで無造作に拭いた。表を、裏を、一度、二度、そして、顔を挙げ、ハオを見つめたジウの眼差しにもはやためらいはなかった。…ねぇ。
「よく見てよ。」ジウは言い、感じる。違和感。その、私に対して宣告したに違いない言葉を、なぜ、彼は無関係なハオを見つめながら言わなければならないのだろう?ジウのさらした無防備な脆弱さを、…容赦もないあからさまなひ弱さを、私は哀れむしかなかった。「…見せてあげる。」
ジウは、左手のほうの、ぐるぐる巻きの包帯を解いて、床に投げすてた。残酷なほどに、なんども刺し貫かれたに違いない、いまだ生乾きの傷痕が曝された。
手のひらの丁度真ん中に、骨を迂回して差しぬかれたのだろうそれは、皮膚自体が、あるいは筋肉組織自体が、もはや完治をなど放棄しているかのように、肉の残骸のたたずまいを無防備に曝す。もう、…と、壊れていますよ。そんな、耳元の至近距離にささやかれた人称のないささやきを、一瞬、鮮明に聴いた気がした。
左手の平を、ジウは真ったいらに開いた。そして、ナイフの切っ先をそのやわらかい、血が止まったというだけで癒えてはいない傷の真ん中に当てると、ゆっくりとナイフを差し込んでいった。血がにじんだが、流れ出しはしない。それを、不思議なものを見る感覚で見つめながら、私は、その彼が感じているはずの苦痛の絶叫を、耳の奥に聴いていた。
そんものが、聴こえていないことなど知っている。
ジウむしろ眼を見開いて、そのくせだれをも見つめずに、自分を恥じるような色を曝して伏せられた目線を床にそのまま投げ棄てて、そして、ハオの胸元から上は上気していく。
まるで、なににも慣れていない少年が、初めての快感に恥らいながら、ついに上り詰めようとしているかのように。痛みと、陰湿ないやらしさと、気の抜けた茶番じみた滑稽さと、そして、にもかかわらずだれの血の流れ出してはいない不可解さへの穴が開いたような物足りなさが、共存することなく私の眼差しの中にあった。
ジウは、ナイフを根元にまで突き刺した。
果物ナイフとは言え、刃渡りは10センチくらいあった。手のひらに刺し貫かれて仕舞えば、それは、巨大で赦し難い異物としての存在感をただ、私の視界の中に曝した。…まじで、と。
「気持ちいい。」
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