小説《カローン、エリス、冥王星 …破壊するもの》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作/ザグレウス…世界の果ての恋愛小説26ブログ版







カローン、エリス、冥王星

…破壊するもの




《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。

Prelude in A minor, 1913, Joseph-Maurice Ravel


《in the sea of the pluto》連作:Ⅱ


Χάρων

ザグレウス









…ああー…と。不意にジウが何かを想い出したように、場違いないな長い声を立てて、そして、ハオは私の背後、私にしがみついたままにジウに手を振った。ジウは、私たちが関係を持ったのだと、そう想ったに違いなかった。ジウだって、ハオの事はよく知っているはずだったし、私だって、ハオに、その身体的な特徴のせい以前に、その傾向があったことなど、十年以上前から知っていた。

ジウはそして、私とハオから眼を離さない。「…シャワー、」と、「浴びたんだ。」

言ったハオは、ジウを見つめて、その眼差しには明らかな彼への軽蔑がある。

私たちが入り込んだふたつめの居間に、フエの姿は見当たらなかった。…奥にいますよ。

ジウが言った。私とすれ違いざまに、「…奥さんだったら、その、」…奥の、…

「寝室?」言って、ヘルメットを脱ぐ私を見つめる。何かを、必死に想い出そうとしているかのようなその眼差しに、一瞬「奥の…」私は在り獲もしない知能障害の兆候を感じた。

私は不意に、声を立てて笑った。「なに?」唖然としたジウがつぶやく。

私はヘルメットをテーブルの上に置く。「…なんなんですか?」

…え?と、その、口からこぼれた私の吐いた音声に、私が曝していた戸惑いを、私は聴き取った。「なに?」

ハオは、微笑みながら私を見つめていた。ヘルメットを片手にぶら下げたまま、ジウの背後、寄り添うように立って。

そのたたずまいに、私が不意に感じて仕舞った、ハオに裏切られたような想いを、私は表情には出さずに苦笑する。…在り獲ない。と、そんな事は知っている。ジウは、結局は、ハオに利用されているに過ぎなかった。「なにが、…なに?」

そう言う私に、ジウが、後れて、「だって、…」つぶやくのを「ハナさん、…」聴いた。「何で笑うの?」

んどぅしてわらぃまずか

私たちは、ジウを見つめながら。

「なんで、笑えるのか、その、意味知りたいんだけど。」答えようもない私は、答えようもなく、答える気もないままに、むしろハオを見る。私は微笑んでいる。「…ねぇ、」

そっと、「教えてくれないすか?」忍び笑うように。

おすぃぇてもらぃぇまずか

…なにを?…と、ややあって、ようやく言った私を、ハオは笑った。「…かみあってないでしょ。」ハオはつぶやく。

「…お前ら」

花々が伐採のときに痛みを感じたとするならばわたしは

忍び笑いを、奥歯に時に

屠殺者だったのだろうか?

咬み殺しながら、…まじで

…まさか

「ね?」

あなたを微笑ませるための、最期の祈りの

お前ら、…「さ」

花々だったのに

…ね?

「咬み合ってないから。」

感覚器を研ぎ澄ました花々は憩いのときさえ知らない

「分かってないでしょ。」ジウは、私に言った。私を明らかに軽蔑して、そして、その、穢いものから眼をそらしたがりもせずに、むしろひとつの容赦ない自虐として見つめたような、そんな、自分勝手な痛みを感じさせる眼差しを私にくれるが、…まじで、と、

「…全然」ジウは言う。

ずぇんずぇん

「なにを?」

「まじで、あんたくそ」…だったら、

まずぃぜぇっあんたくぅそ

「さ。」…ね?「むしろ、…」

…さ。

「わからせてくれない?」私は

つぶやきの声がいつか

言った。「あんたみたいなのを売国奴って言うんだよ。」ジウが

連鎖して

つぶやく。まるで、哀れな

いつしかそれらがもはや轟音でしかなくなったら

私に、限りもない同情といつくしみをこめて、しかも、

わたしはついに

すでに

立ち去るでしょう

私がもう手遅れに過ぎないことを熟知しきっていることを隠そうともせずに、「まじで、…」教え諭すように。

どうして世界はかつて轟音を鳴らしてある以外に在り獲なかったのか

「わからせてあげる。」もう、「俺らが、…」ね?「てか、」遅いけどね。「俺。」ぜんぶ、「俺が、…」ね。「この、」手遅れだけどね。「ね?」

すべてのもがあまねく

俺が、ですよ、…「どういう」

沈黙をかたくなに

…ね?

守ったときであっても

「どういう人間か」

じょうぃうにんずぇんか

もう一度、声を立てて笑う私にジウはもはや表情を崩さない。「あんた、くそ。くそだから、だからくそに教えてあげる。」…俺ら、「世界、変えるからね。」俺ら、…「革命集団だからね。」…最期の、「ね?」革命集団だからね。…

聴き耳を立てるでもなく私は彼の声を聴くのだが、寝室からはフエの気配さえ匂わない。「こう考えて欲しい、あんたたちのすべては間違っていた、と。」…ね?「結論から、先に、…」話し、さ、…「いいですか?俺ら、」…若干はしょるけど。「リアルに皇道派だからね」…ってか。

Real…んにこうぞぅおうはでずぃから

「忠孝そのもの。」…わかる?「俺ら、ね?」知ってる?「てか、…まじ」忠孝…「俺。あくまで、」ちゅうぼうじゃないよ。「基本、」ちゅうこう、「俺。」…ちゅう「要するに、」…ね?「俺、」こう…「目醒めたからね。」

「何に?」…だから、…っさ。と、そしてジウは笑った。

「忠孝にだよ。」ややああって、表情を、あるいは居住いを律儀にただして、「…まじで。」ジウは言った。「…俺にはね、目的、あんの。」笑う。

むぅくてっぃ、あります

眼差しでだけ、そして、ハオはソファに座った。「鮮明な目的。及び美学。…的な?」

…違うな。

「論理?倫理?」

なにそれ?と、想わず言った私の、笑いかけた早口のささやきをジウはもはや聴かなかった。「ありえないんだけど、…」ジウは眼差しを横にずらして、とはいえ「俺、…さ。」何かを見遣るでもなく、「ね?」やがては私を見つめ返すしかない。「サムライなんだよ。」

ジウの背後でハオが立てた笑い声を私たちは聴いた。「本気にしてないでしょ。」声を忍ばせて、ささやきたてるジウの声に、…こいつ、…「ね?」その、「馬鹿なんだよ。」早口に言ったハオの音声は、私が馬鹿なのかジウが馬鹿なのか、明確な意味を聴き取らせはしなかった。

「ハナちゃん、茶化してない?」

「なんで?」…笑ってるから、と、ジウは言い、罵るわけでもなく、確かに私は笑っていた。微笑むのではなくて、こバカにしたような、そして、私は、愉しくて仕方なかったのだった。おかしくて、たとえば、眼の前で私公認のいたずらを仕掛けている子供の戯れを見ているような、そんな気さえする私は、ジウ自身、代わり映えのない同じような笑みをもはや耐えられずに曝していたのを眼差しに確認する。「日本人って馬鹿。右翼とか。…あれ、単に、陛下を利用して自分のおべんちゃら言ってるだけのマニア集団じゃん?」…違う?「俺、…」ら。「…俺ら?」てか俺。「…は、」ね?…でも。「あくまで、違うからね。」

「何言ってんの?」

「神道精神についてだよ。」ジウが終には声を立てて笑い、自分ひとりが立てた笑い声が、空間に消えていくのを彼は聞いた。「てか、さ。」…んー…「よく知らないんだけど。実は。ま、」ね。「ま。」ほぼほぼ、「つまりは、」…さ。「ま、…」いわゆる…「実際、神道的な?」ほぼほぼね。…ま「神道そのものだよ。」

「なに、したいの?」

「陛下の御ために死にたいんだよ。」

私は、ジウの言葉に惹かれるように声を立てて、哄笑以外のものではない笑い声を笑うのだが、ジウは私にその充足の暇を与えずに、むしろそれを嫌がったように言葉を「…馬鹿。」投げかける。「まじで、」矢継ぎ早に。「…てか、」

…さ。

「知ってる?陛下のために命を捧げますって、あれ、背理なの。分かるでしょ。小学生レベルの論理学ね。」…って、言うの?「だってさ、」…かな?「陛下じゃないから。陛下不在だから。所詮自分勝手な忖度の世界だからね。でも、陛下への忠義ってそう言うことよ。だからさ、もう、全部嘘なの。忠義果たそうとしたら、それ自体すでに陛下…神なる陛下陛下への裏切りっちゅうかね。…」

「…お前馬鹿?」

「実際、俺らの…ま、俺ね。俺の遣ってることって間違ってるわけ。実際。神なる陛下がさ、その御真意…ての?それ、ま、同じようなライン添ってるってか、ま、心から一致してたとするじゃん?」ね?「でも、俺、間違っても陛下じゃねぇし、だからさ、結局俺の独断じゃん?」…違う?「だから、陛下への裏切りじゃん。」つまりさー…「だから、俺ら、…」わかる?「…おれ、が、俺がさ。」わかってんの?「忠義ちゅうぎの、のたまうのってのはさ」まじ、きれるよ俺。「それって、」…わかってる?「もう、完全アウトなの。」…俺、ただの韓国人じゃん?

ジウが声を立てて笑うその

はぁんぐぉっくずぃんでぃすから

後姿を、ハオは見つめていた。ただ、微笑んで、そして、なにも言おうとしていなかったハオが不意に、「笑うよね。」言った。

「こいつ、普通に右翼なの。」

「…違うから。」振り返ったジウは罵るように喚き、そして、ふたたび笑い崩れる。「いっしょにしないで…」せんずりマニアの集団と「俺、…ら。原理主義者だからね。」一番分かってるでしょ。「きれきれの、…」ね?「超…」ハオさんが、「俺らハイスペック系」一番。「原理主義者。」

別に、ジウを嘲笑う気はなかった。真摯に彼の言葉を聴いているわけではなかったが、かならずしも、こバカにしていたわけではない。とはいえ、私の浮かべた笑みが、いよいよその気配を堪えられなくなっていたことにも気付いていた。「…ね?」

俺ら、ね?

「てか、俺?」

死ねるからね、…てか、

「死ぬからね。」

「天皇のために?」

…そう、御為。ただ、「…そのためだけに。」ジウは言って、微笑み、私に目配せした。

その目配せに、何を忍ばせ、何を暗示しようとしたのかは分からなかった。いつか、私は彼に同意した、たんなる賛同者にすぎなく、彼の眼差しには捉えられていたのには気付いていた。なにも、ジウ自身にも鮮明には意識されないままに。むしろ、ふたたび、あえて、彼を理解しないハオのために、ジウは言葉を重ねているように見えた。「陛下に直面したとき、…」論理的に、「絶対に不可能なんだって、」…ね?「そう」ろんり、てき、に、ね?「気付く」

「そう演算される…と?」

「なにそれ?要するに、普通に、不可能じゃん?天皇でもない人間に決断は無い。」いい?「ないんだよ…」絶対に、…「ない。」在り獲ない「から、さ。」…んー…「俺が右翼だっていうんなら、既存の奴らは右翼でもなんでもない。あいつらこそは唯のオナニーだって言うのは、やつらのが陛下抜きの皇道だから。」あり獲る?…ね、「ないないないない」まじ、…「だから、あいつらなんてのは、」陛下抜きの「ね?」皇道精神なんて。「なにやっても、ま。…所詮オナニー」御方ありきだよ。…まずは。「例えダイナマイト口にくわえて吹っ飛んだって、あいつら陛下の存在に直面せずに適当に遣ってるだけだから、…だから、あいつら単なるあほな政治団体。くそ政治結社。」…じゃん?「直面してるからね、俺ら。」てか俺って、…「だから、俺がほんとの右翼だって言うなら、あいつら唯の在野の政治ごっこ。不満たらたらの単なる既存社会のありがちな構成分子。報われないマイノリティ。あほくさ。」

…どうでもいいんだよ。と、不意にハオは言った。ハオはもはや、ジウがなんどもしていたに違いない知れない彼の話を、かならずしも聴いていたわけでもなくて、ソファに横たわったまま、彼は天井のほうを眺める。知っている。「こいつら、…ね。」その眼差しが捉えているはずのもの。「てか、…」色彩をなくしたその「こいつ。」顔を見たこともない、「ただの、…」老人。「ただの、」血を流す、その「ね?」色彩をなくした翳り、「マゾなの。」…アン。

「お尻り突き出して、ぶってくださいって。女王様お願いしますって。」アンは、「報われない自分たちを自己憐憫してるよくあるお利口さん集団。」言葉もなく、

「…言えてる。」と、言ったのはジウだった。…血を流す。

アンは。

「まじでそう。…おれ、…俺とか。」

アンは、言葉もなく天井にへばりついて、血を流していた。

「くそだから。」

その両眼、そして口から、もはや、なにものをも見い出せはしない穴ぼこの眼差しを曝して。

「まじでくそだからね。」

一人で、そこに。色彩をなくしたアンは。

「てか、」…さ。「この人、実は何もわかってないけどね。」

「その気もない。」ハオは言って笑った。「お前らなんか、分かりたい気もしないわけでもないわけでさえもなく、まったく、ない。」

ジウが立てた笑い声を、私は聴いた。「こいつ、朝鮮人…韓国…北朝鮮?…てか、ようするに、…半島の。」

「脱北二世。」ハオを諦めたジウは、私を振り向き見て、そして、ひと想いにそう言った。「ハナちゃんはへらへら笑ってるけどね。俺、…ら、…。ら。…そう。脱北の人間。」

「ゆがんでんだ」言って笑った私を、ジウはあらためて微笑みながら見つめ、私が、あきらかにジウを痛めつけ、悲しませ、義憤にさえかられるようになるように、ただそのためにだけ、ジウを罵ってやりたい、と。そんな嗜虐的な感覚に苛まれていることを、ジウはたぶん、もう、気付いてさえいた。…ほら。

もっと言えよ。ジウの澄んだ眼差しが、そうつぶやいていた。もっと、傷付けて御覧よ。

…ほら

思いつく限りの差別的な罵詈雑言で。

…いま

「…大変だったね。」…同情する。

ぼくは傷

私は、そうつぶやいた。…やめてよ。ジウが言う。「ほくそ笑んでるよ、ハナちゃん。」

癒されはしない、あざやかに

「こいつらってさ、」と、「てか、朝鮮半島の、」…ね?と、

引っ掻かれたいつかの傷痕

そう言うハオは、「なんか、在り獲ないから。」ジウをななめに見つめていた。「そういう、…ね?彼らにとっては、こういう…なに?皇道精神?忠義?とか、なに?」天皇陛下万歳八紘一宇玉砕OK殲滅ハラキリ武士道フジヤマ的な?そういうの…「から、…さ。むしろ、…」

「だから、こんなこと言ってるだけ。」…じゃ、…「ない。」ジウは「決して。…そうじゃない。」ささやく。誰かの耳元にささやきかけたかのように、そのくせ、かならずしも誰に向けたというわけでもなく。「ハオさんにはわからない。」

「でも、さ。」…つまり、「そういうことじゃん?」笑ったハオの眼差しには、笑みなど影さえも浮ばない。「…確かに。」ジウが、言葉を継いだ。

不意に、ハオは想い出していた。死んでいくく姫の眼差し。

「あの半島で、俺が、…」朝鮮人が、だよ?「天皇陛下万歳なんて言ったら、頭おかしい」って、いう、か、「もはや、」…さ「ね?」病院送りだよ…むしろ。「廃人認定終了、的な?」でも、…「ま、」実際ね。…「実際、そそられる。売国奴になるっていうのは。国を…要するに、既存政府の方針とそれに伴う教育の成果としての国民の共通価値観及び感性…みたいな」ないし、…さ。「歴史、とか。」認識としての歴史あるいは、国家的教育ようするに洗脳工作もしくは単に事実としてそこにある事件の群れ含めて、…さ。「なんか、こう…」全部。「ぜー…ん、」ぶ。「裏切ってやるの。売国奴として。まじ、歴史に名を残す売国奴として。もう、」あれだよ。「もう、倫理も美学も教養も知性もあったもんじゃない」…くそだよ。「ね?」むしろ、「さよなら。」くそ。「グッバイ朝鮮、くたばっちまえってね。」

「笑う。」私は言った。

「確かに俺の目的の一つはさ。」

「なんか、…笑える。」そう言った私の

「売国奴になる事なの。」






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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