小説《わたしを描く女》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作/ディオニュソス・ザグレウス…世界の果ての恋愛小説①




連作の後半部分に入っていきます。

この作品は、90年代の歌舞伎町と千駄ヶ谷を舞台にしています。

千駄ヶ谷、つまりは原宿と新宿と代々木の間の、明治神宮の森につつまれたところ、ですね。

アパレル街として有名なところですが。

そこで、歌舞伎町でホストを遣っていた当時の《私》が、ある言語障害を抱えた女の絵のモデルをする事になって…と言う物語です。

転生だとか、存在論だとか、そういったモティーフが全開になって行きます。


ザグレウスというのは、ギリシャ神話の神様です。まず、ゼウスの奥さんの姦計に逢ってタイタン族に八つ裂きにされて食い荒らされる、と。

哀れんだゼウスが残った心臓を引きずり出して食べた、とか、膝に縫いこんだ、とか、いずれにしても、そうやって転生したのがかの有名なディオニュソスである、ということで、ザグレウス=ディオニュソスの物語が、古代ギリシャ周辺の輪廻転生説の根拠になっている、…らしいですね。

ちなみに、ディオニュソス神、かのニイチェ云々を抜きにしても非常に興味深いペルソナで、そもそも神・人混血で、さらには両性具有で(…だから、この人の絵を描くとき、普通、丸っこい女性的な身体表現をします。)、しかも、姦計に堕とされた結果とは言え、育ての両親による兄弟殺し(子供殺し)の結果に狂気に陥った事がある、とか、言葉・芸術の神オルフェウスを八つ裂きにしたのはこの人の神格獲得後に生まれた信者の女たちである、とか、言い出せばきりがない興味使いペルソナです。


そういえば、日本のアマテラス・スサノヲというのも、実はどこかでそれぞれに両性具有的な気配があります。


いずれにしても、そんな、ザグレウス・ディオニュソス神話に影響された眼差しが、以下続く一連の小説を支えています。


気に入っていただければ、嬉しいです。


2018.11.11 Seno-Le Ma









わたしを描く女

…散文









《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。連作

Prelude in A mainor, 1913, Joseph-Maurice Ravel









Διόνυσο, Ζαγρεύς

デュオニソス、ザグレウス















白い猫がルーフバルコニーの先の、あわい雲翳が切れた日差しの直射に足を踏み出そうとして一瞬、戸惑った。ゆっくり、移動する直射のきらめきが猫の足先を、なんの音饗もないままに追い詰めていく。ためらいの中に静止し、猫は思いあぐねて振り返って、長い、裏声の、歎くような声を立てて鳴いた。雄か雌かは知らない。振り向いた猫は、その刹那に何かを私に訴えたが、私は眼差しの先に発された性急で切実なその訴えの意味を聴き取れ獲はしなかった。

《おしりをつきだして》

葉、…よう、と、「…妹なの。」北浦愛が私に紹介したその二十五歳の女が、彼女たち姉妹だけが住む広いペントハウス、そのリビング・スペースの、全面白い絨毯敷きの床の上にたたずむ。何の表情もなく、とはいえ呆然とするでもないままに。入り口から各部屋まで敷き詰められた、毛の長い白い絨毯。自分の目の前で、奴隷じみてひれ伏して、のけぞって、犬のように尻をだけ突き上げた全裸の私の鼻先に、覆い被さるようにして彼女はスケッチブックを突き出すのだった。冴えた眼差しだけを曝して

《ひれふす》

ただ、見つめるだけの女。

《べったり》

匂うほどに美しく、

《のけぞる》

これみよがしなほどに

《べちゃー》

色づいて、

《へしおる》

なまめき、悩ましく

《ぎゃくむき》

そのくせ

《うでをあげる》

眼差しのどこにも

《いぬ》

なんの媚もない。

《ゆびへしまげる》

冷酷なまでに。いわば

《うでこわす》

零度の眼差し。

《はんたいによじる》

私に焦がれた

《ぎゅうううう》

内側に燃え立った欲望も

《ねじあげる》

いじましい愛も、なにも

《ちぎれるまで》

ない。姉の眼差しが曝していたようなものは、なにも。

そして、それ、《おしりをつきだして》、と。私は彼女の意向に従おうと努力したが、

《もっと》

背後、眼差しの捉えない先に、愛の笑い声が立った。

「大丈夫?」愛は言った。あられもなく、そして無様で見苦しい家畜状態の私に。…ねぇ。「写真撮っていい?」私は愛の笑い乱れた声を聞いた。

斜めに差し込んだ、朝のふかい窓越しの陽光が私の、一糸もまとわない素肌にじかにふれていて、春、桜さえもいまだに咲かせない空気は醒めた涼気を含んだままに、皮膚の上、日差しはほのかに固有の温度を放つ。「…知ってる?」

愛。

北浦愛。地味な三十女。倒れかけのアパレル会社の女社長。

彼女はいつも、…まじで

「…笑っちゃう。」神経質で、どこかささくれだったやわらかさを撒き散らすアルトの声で、ちいさく「…ねぇ」ささやくように言葉を吐いた。子供のときからそれが礼儀作法だと教え続けられでもしたかのように。どんなときも。誰かへの罵倒も。私への、欲望にまみれた愛の言葉も、町で不意に見出した馬鹿な女への侮蔑も、単なる趣味として無差別に投げかける嘲笑、あるいは会社の部下に彼女が突然曝す怒り、あるいは容赦もない憎しみも。その小声の極端な繊細さが、ときに私を倦ませた。

家畜みたい、と愛は言って、笑った。「…まるで。…あんた、…」

…ね。老いさらばえはじめた女。窓越しの日差しに肌を曝す。部屋の中は恥らいを感じさせるほどに明るい。愛の、頭の先からつま先まで真っ白い肌。文字通り雪のような。年増のヴァージン・スノウ。日差しの中で、文字通りきらめきさえしているかもしれなかった。歳の離れた姉妹。姉に、妹の葉に似ているところはどこにもない。葉は、耳が聴こえないから?、あるいは彼女が失語症だから?、それとも何らかの知能障害のせいか、身体または精神的な疾患のせいなのか、その唇から言葉など話しはしない。ただの一言も。…あんた、馬鹿?そんなたわいもない一言さえも。…死んだら?それは愛の口癖だった。会社の、彼女の従順な家畜たちに対する。

私は自分の無理やりな姿勢のために、言葉を発する気にもなれない。ただの一言たりとも。だから、私と、葉と、愛しかいない部屋の中で、言葉の群れなど、その口から吐き出し獲るのは愛しかいない。北浦愛。九十年代、歌舞伎町のホストだった私の客のひとりだった。もはや前世紀の話だ。愛は小さなアパレル会社の二代目のオーナー社長だった。会社は50歳前で早世した父親から数年前に引き継いだ。父親が千駄ヶ谷の三丁目に購入した中古ビルの、社屋兼賃貸マンション兼住居が彼女たちの棲家だった。70年代に変わった建築基準法ののせいで、今や違法建築にすぎない六階のペントハウスから、明治神宮の森の、都市空間の中に唐突に拡がる樹木の赤裸々な緑色の浪立ちが、向こうにまで見えた。

私は葉が、そのスケッチブックに鉛筆で書く端整でちいさく丸まった文字のとおりに、彼女の望んだままの姿勢をとってやろうとした。私の胸は絨毯に押し付けられて、自分の体重自体に苦しみ、うつぶせた姿勢はのけぞって、骨と筋肉を軋ませながら尻を挙げ、首が反って、空中を後ろ手に掻いた腕が不快な汗に濡れていた。私の顔はいつか苦悶の表情を曝し、不自然に曝された、文字通りうす穢い家畜か屈辱的な奴隷じみた肛門と、尻を無理やり支えた太ももは露骨に筋肉を痙攣させる。反り返って引き上げられた腕は、何にも支えられないままに空中に痙攣するしかなく、何とかしてそこに停滞しようとし、決して一直線に延ばされることが不可能なことなどだれでもが当たり前に知ってさえいながらも、それでもまっすぐ伸ばされようとして間歇的な、筋肉と筋の引き攣けをやめない。体の中がふるえる。何かにすがる足の爪が爪先立って、必死になって絨毯を掻いた。体中は汗ばみ、まみれ、皮膚はその下の、限界を超えた筋肉の発熱にむせかえるしかない。ぜんぶ、と、言いかけて愛がもう一度、不意に噴き出して仕舞った笑い声に言葉を淀ませた。それら、「…ねぇ、」言葉。

聴いた。

「馬鹿みたい。ぜんぶ、丸見えなんだけど。」

愛の言葉を私は聴く。「穢いとこも、」…あんた、「ぜんぶ」言って、わざと笑い転げてみせた愛が、背後、私の眼差しが捉え獲はしないそこに座りこみ、私の曝された体を見つめているのは知っている。彼女が金と、とりあえずは新品のスーツとカルティエのリングで買った私の体を。愛は私に抱かれた、あるいは、私を抱いた後のその私とふれあった感触を、いまだにその剝き出しの肌に名残らせていただろうか?

妹が重度の知能障害を抱えていたのをいいことに、その眼を気にする必要もなく愛は、一枚の下着さえ身につけないままに素肌を曝し、そのとき、だれの眼差しにもふれられてはいない肌をひとりで、窓越しの陽光にだけ見せ付けていた。その、華奢にすぎて色気さえ私には感じさせなかった貧弱な肉体を。

かならずしも、愛を破綻させてやろうともくろんだわけではなかった。そんな憎しみの必然性さえ、私にはなかった。すでに愛の会社はゆっくりとその成績を、底もなく下降させるばかりだったし、先代の従業員たちの大半は、独立するか離反するかしていた。後に残った牙のない家禽たちに、状況を変える力などなかった。早朝の6時。愛につれられてここに来たときに、ビルの一階ですれ違ったひとりの従業員の、そのたたずまいがすべてを物語っていた。彼はビルの前でスズキのバイクを転がしながら、「…なべ。」背後からそんな、高圧的なささやき声をかけた愛を戸惑いながら振り向いて、そして、微笑んだ。

家畜の微笑み。…もう、

いじめないでくれませんか?そんな。

「真鍋っていうの。」彼に、その意図があったとは想えない。とはいえ、彼の、その「三十ちょい。…おっさん、」眼差しは愛の姿を捉えたその瞬間に「まじで使えない。」あからさまに被害者の色彩を帯びて、「…死んだほうがいいんじゃん?」と、愛は私に耳打ちする。

香水と、さっきまで飲んでいたシャンパンの匂いが、彼女の体臭を隠していた。その髪の毛の執拗な匂いまでは隠しきれないままに。

「お前も死んだら?」私は言って微笑み、…ひどっ。耳元に、媚いてすねた愛の声を聴いた。

「…あれ、休日出勤だよ。仕事終んないから。…馬鹿でしょ。彼女もいないし暇だからさ。…童貞なんじゃない?気持ち悪いの。あいつ。ごみだから。…」

ひそめられた声に嗜虐がやどって、いつでも、愉しそうに話した。愛は。だれかをなじり倒すときには。酒と香水の匂いと、明らかに夜の世界の男だった私をはべらせた、早朝の愛からむしろ、愛その人自身を悲しんだようにやさしく眼をそらして、真鍋、と呼ばれたその、印象に残りようもないことだけをあざやかに曝した地味な男は、いちど、ちいさく頭を下げた。

いずれにしても、彼女たちにすでに未来はなかった。愛は残されたものを片っ端から浪費するばかりで、なにも生み出しはしなかった。だれもが、本人さえもが、もうすぐすべてが破綻して、彼女たちの行き場所などなくなって仕舞うことを自覚していた。潰れるのが眼に見えている女、そんな女の相手をしてやることは頭のいい仕事とは言獲なかった。売り掛けにしたところで、いくら私に残すか知れたことではなかった。もっとも、そんな、所詮は帳簿の紙の上だけのものを、握りつぶして仕舞うのはた易かった。歌舞伎町のホストの、二十五歳だったその私は、そのとき、上原慶輔という名の、二歳年上の友人がオーナーだったホスト・クラブを一緒になって経営していた。…無理。と、私が投げ出して遣りさえすれば、私の男だった慶輔は微笑みだけで、なにも言わずに二本線を引く。その他のホストには他の客の分からあてがって遣る。それで終る。そして、慶輔は私に口付ける。いつものように。

私のその仕事も、愛のそれとは違った意味で、かならずしも未来がある仕事であるとは言獲ない。当たり前のことだった。私の肉体が老いさらばえて、私の容姿が醜く老醜をきざみ始めて仕舞えば、後には何も残らない。もちろん慶輔にも。お互い様、と、私は一階の駐輪場に消えていく真鍋の後姿に想ったのだった。未来のないのはお互い様だ、と。自虐さえふくまない、単に当然の事実して。

葉は私に、ときに、想い出したようにその、温度のない眼差しをくれるばかりで一切、なにも、描きはじめようとはしない。

むしろいたずらに私を放置して、室内を移り気に彷徨ってみせては、終には飽き果てたのか、窓の近くにひとりたたずみ、バルコニーのほうを見やった。その眼差しに彼女が何を捉えているのか、わずかな予測さえも私にはできなかった。知性のない女。とはいえ、美しい。瑞々しいほどに自分の、黒ずくめの衣類が隠した肉体が女のそれであることを、誇示しもせずに曝し出し、そして言葉もなければ、温度もない女。おそらくはいつものように、無造作に時間を持て余していただけ猫さえもが、室内の事象のすべてを見棄てて、すでにどこかにたち去って仕舞っていた。もはや午前が終りかけた鮮明な日差しだけが、すこしだけ荒れたバルコニーの上をやさしく照らした。

きらめきだった光の群れ。想いあぐねて、それにふれる寸前にその至近距離に停滞して仕舞ったような、そんな、その、降り注いだ光の鮮やかさ。背後、あるいは正確には、突き出された尻の穴の向こうで、胡坐をかいた愛が自分でだけで、いたずらじみた笑い声を立てながら、最新型の携帯電話で画像を撮った。立て続けに何枚か。

愛は華奢で、基本的には取り付く島もないほどに凜とした女だった。綺麗で、ただただ整然と綺麗で、むしろ地味にしか見えないほどに整然としていて、そして、彼女に女の色気を感じることは一切出来ない。店の中で何本ものシャンパンを開けたところで、その行為に何らかの過剰を感じさせることもなく、あるいはいちどたりとも酔いつぶれて乱れようともしない。戯れに、歌舞伎町にはびこった慶輔がいつか、チャイニーズのハオから廻させた薬物をその体内に流し込んでみたところで、その、午前十時の窓越しの陽光の中にさえ、愛はほとんどなにも変わったようには見えなかった。あの、渋谷のルーフバルコニーの部屋、理沙がいなくなった後に、私たちが住み始めた部屋の中で。

たとえその内部に、溶かされた白い粉が引き起こした、いかなる意識のやわらかな、そして同時に破滅的な魂の溶解が起こっていたとしても。愛、という、その澄ました女がさっき、終に初めて私を抱いたときも私は、彼女が私のようなホストをなど買って仕舞ったことに、どうしようもない違和感をしか感じなかったのだった。明け方、私の見ている前で、そのリビングの隣の、その隣の隣の彼女の部屋に私を連れ込んで、「…ね。」空に曝されていた朝焼けの光を、「…ね?」迷いもなく引き開けたカーテンから引きずり込む。愛は、振り向き見もせずに自分の服を脱ぎ捨てて行った。…ほら。

ね?

愛は言った。背中が微笑む。ややあって不意に振り向いた、無表情な、あるいはむしろ表情を喪失して仕舞った愛は、想いだしたように私を見つめて、…どう?

「綺麗でしょ。…わたし」愛が笑った。声を立てて。

ベッドにあお向けさせた私を脱がせて、自分勝手にまたがる。朝の、崩壊していく朝焼けの光が、愛の白い皮膚に、かすかな色彩をなにかの名残りとしてだけかすかに与え、…さわらないで。さらけ出された肌にふれようとした私を、言葉で拒絶した。やさしく、諌めるように。言う。愛は、お願い。…ね?「さわらないで。」…わたしが、「ね」…さわって、「…ん。」…あげるから。

「…いい?」

ささやいた、その表情もない愛の為すがままに、私はすべてを任せてやった。

終ること、果てること。到達すること、それらそのものを執拗に禁じたような、長い長い、いかなる意味においても頂点になど絶対に向おうとはしないふれ合うだけの行為。体内にふれることも、体内に入り込んで仕舞うことも。それらさえもただ、肌と肌がふれあっていたという事実が、曝されていたにすぎない。私の体に初めてふれた愛の指先の息づいた触感に、肌に押し付けられてふれた彼女の肌の触感に、それが、彼女の行為がいつでもそうであるに違いないことを予測させた。愛の、終末と達成を拒否する生殺しの流儀。

《くちあける》

不意に目の前に差し出された葉の文字の、意味が私には一瞬、わからなかった。…朽ち明ける?上から覗き込んだ葉の眼差しに、そして彼女に差し向けられた私の眼差しは、縋るような切迫した色を持っていたに違いない。その、無理な体勢のせいで。葉の頬は、かすかな笑みさえをも浮かべようとはしない。筋肉の、ひきつりそうな鈍い苦痛が、もはや私の眼を涙ぐませていた。…朽ち果てる?

…打ち明ける?

葉は、不意にその姉によって塗られた真紅の口紅に染められた悪趣味な、あばずれた唇を、容赦もなくあんぐりと開けて、…ほら。

葉の眼差しが言う。

…馬鹿なの?

ほら。…ね?

…わかる?私は、口を開けた。その瞬間いやおうなく、喉の、首の、皮膚と筋肉に引きちぎられそうな痛みが目醒めた。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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