小説《紫色のブルレスケ》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作/オイディプス…世界の果ての恋愛小説④









紫色のブルレスケ

…散文

Burlesque màu tím









《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。連作

Prelude in A mainor, 1913, Joseph-Maurice Ravel









Οἰδίπους ἐπὶ Κολωνῷ













いずれにしても、ヴィーは美しかった。その生みの母親に、禁忌にふれた家畜以下の扱いをされながらも。

あのヴィーに比べれば、あきらかに劣って失敗作じみた不細工さをこそ感じさせて仕舞いながらも、あるいはチャンも、たとえばヴァンと同じ程度には美しいのかもしれなかった。とはいえ、美しいと言い切ることはクイには出来ない。みじめな失敗作を、まるで自分が美しすぎて存在して仕舞ったことへの無償の代償として、ヴィーが生産して仕舞ったのだと、そんなふうにしか想えないチャンは宿命として、母親譲りのあけすけな戯れに、だれかの慰み者にされるよりほかはないはずだった。

できそこないの生まれ変わりのようにしか見えない。クイには為すすべもない。

フエがゆっくりと、指先を差し込んでいけばチャンは受け入れる。***、ただ、何の意味もなくふれて仕舞うような、なんの意志も感情も感じさせない触感の向こう、チャンはかすかにだけ息を吐きながら、いつものように、***********。そこにしばらく停滞して、やがては抜き取られた指を差し出して、ユイの鼻の先に自分の******指先をちらつかせたときに、背後に恥じて目を伏せたままのユイが、ただ、苦痛と、葛藤をだけを感じていることをは知っている。…ほら。

見て。

好き?…ユイは、自分を決して愛しはしない。フエは知っている。はっきりと。あざやかで直接的な認識そのものとして。たぶん、どこかでいつか彼が、激しく、あまりにも焦がれ仕舞った彼女のせいで、罪に辱められたことさえあったというのに。ユイが壊した彼女の身体。崩壊した心。

彼の暴力を、彼が報復のリンチを食らった後にも、なんども夢にさえ見た。あれほど欲しがって、そのせいで**の身体をさえ受け入れて死んでいかねばならなかった彼は、そして、女の子だからフエをは愛さない。知ってる。それでもフエが、彼を愛していることは事実だった。奇妙な、頭のおかしい少年。

十六歳のフエの、曝された褐色の肌を眼差しにいれ、そして近づいた彼女がその色づいた皮膚の匂いをさえ嗅がせて見ても、ユイが男になれないことをは知っている。汗にまみれた Tính ティンが、脱ぎ捨てたTシャツのしたから曝した無防備に灼けた上半身には、あれほど男を曝して仕舞うにもかかわわらず。

少しも美しくない、小太りの、にきびだらけのユイの、その男らしくも筋肉質な胸にふれようとしたときに、ユイは激しく仕草だけで拒絶した。差し込んだ、フエの寝室の高い通風口からの光にふれて、不意にまばたいて仕舞いながら。言葉もなく。言って仕舞うよ。

ティンに。つぶやく。

あなたが従わないのなら。そう、…と、言葉にもならずに、わたしを愛さないなら。

想う。独り語散るように。悲しかった。

フエはユイの、おびえた犠牲者の眼差しにただ嗜虐的な情熱を感じ、体内を煽らされながら、ただ、皮膚の下に巣食った悲しみにだけ、悲しんだ。まるで、零度の温度を持ったような、氷を皮膚の下に滑り込ませたような、悲しみそれ自体の存在の触感。あなたは私を愛さない。わたしがなにをしたとしても。

泣いても。

叫んでも。

ひざまづいても。

ひだらに足を広げても。尻を振って見せても。

あなたの目の前で内臓を切り裂きだして仕舞っても。首を掻ききって止め処も無い獣の絶叫のうちに、鮮血を噴きだして仕舞っても。

あなたは愛さない。色彩のない男が、張り付いた天井で血を流しているのは知っている。それも、わたしを愛さない。

昏い、あなぼこ、けっして、あなたもそれも、私を愛しはしない。まるでそこに存在しないかのように、目にも触れてはいないかのように、その、色彩をなくしたフエが、フエを見つめながら両目から血を流した。下に向って。どこまで、どこまでも、その鮮血を下に、下に、ただ堕としつづけながら。言葉もなく。穴が開いただけの昏い口から、その鮮血を吹き出しもしないで。なぜ、と、想う。なぜ、フエは、愛さないの?なぜ、わたしをあなたは愛さないの?フエの指先が、ユイの唇に触れる。虐待されたいとしい存在は、からだをこわばらせてただ引き攣ける。

海。16歳の誕生日のとき、チャンがせがむがままになんども口付けて遣った。わざと、夕暮れた海の周囲のまばらな人目にふれさせながら。腰に、浪が崩れてからだをぬらす。飛沫は頬にさえ飛び散って、匂うのは潮の匂い。海水に冷めたチャンの皮膚、そしてかみの毛の、それらが混濁することなく一緒くたになった、その、それら、匂い。

ユイの服を脱がせた。午後の深い日差しが、通風孔から漏れ入るだけの室内にはいつでもやさしい光しか入ってこないし、そして風は揺らぎようもない。台風の日にさえも、風は入ってはこれないのだから。ユイはなすがままに目を開いたまま、仰向けに素肌をすべて曝しながら、もはや覗き込むフエを見つめ返そうともしなかった。

その眼差しの殆ど全部を、すでに占領されているにもかかわらず。戸惑う女。堕として、叩き割って仕舞って水のたっぷりと入ったグラスを、堕として、戸惑い、なきそうな表情を曝してフエを見る女、褐色の肌、フエと同じ、その、そして堕ちる。堕ちる女。

フエはその唇をむさぼって、舌を這わせ、見つめる女。フエを見つめながら、空から堕ちていく女。ユイ。彼は、からだのうえにひざまづくように覆い被さったフエのするがままに、そして、開かれた手のひらはなにものをもつかもうとはしない。フエの鼻先がそれにふれて、匂いをかぐのを。そして、垂れ堕ちた彼女のかみの毛はユイの下半身を隠した。それ以上のことは想いつきもしないままに、フエは至近距離の眼差しにそれを見つめるもの、それに指先をふれて、いたずらにいじってみせればそれは覚醒していくしかない。唇に、それをふれた。くわえ込んで、舌の先にふれた。やがてあの少年に言ったのだった。フエは、覚えているの?

忘れたでしょう?口の中に、覚醒していくもの。

してあげたでしょう。愛もなければ、…あなたに。容認された快感さえないままに。

忘れたの?美しい少年は、その背後に白い鳩の無数の羽ばたきの騒音をざわめかせながら、そして何も言わないままに、フエは、口の中に感じた。ユイ。

自分を愛しすることなどありえない単なる女の子。ティンに、同じ事をされたらどうするのだろう?喜びのあまりに失心さえして仕舞うに違いない。そんなこと、ありえないにしても。からだの上で服を脱ぎ捨てていくフエを、ユイは眼差しには入れようとはしない。

その視界を、覆い被さって覆い尽くして、埋め尽くしてさえやりながら、自分をは決して愛さなかった男。あなたは私を殺して仕舞うのね、と母は言った。向いの壁にめり込んだ、見たこともない若い男の色彩のない顔を見た。

ハン。母親。昏く、色彩の喪失。ユイのそれが覚醒しているうちに、フエはそれを誘った。なかなか入ろうとはしないそれを、なんとかして半分まで感じることが出来たときに、あきらかに馴れない痛みのような感覚があった。それは、痛みそのものに過ぎなかったも知れなかった。どうしてもそうとは想えなかった。ゆっくりと、ふたたび眠り込もうとするそれに、フエは抗った。男は横向きに、鮮血を垂れ流す。水平に。その両目から。涙もないままに。ユイは泣いているに違いなかった。泣き顔も涙さえもなく、ただ、表情をなくした顔を曝して、そして、それが、すべてを破綻させて白濁して仕舞った意識の中に、ただ言葉もない悲しみのような皮膚感覚にだけ、苛まれるでもなくただ触れられるとき、その、消失された表情そのものが、人間の本当の泣き顔に違いないとフエは想った。葛藤があった。わたしはユイを壊して仕舞う、と、その破壊の鮮明さに恐怖さえ覚えながら、フエはゆっくりと腰を動かしてみる。

かき混ぜるように。血があふれる。口からも。目の前の色彩のない男。年齢さえ分からない。見たこともない、たんなる昏い翳りにすぎない、ハン。

肉体。

悲しくてしかない魂が、快感のような充足を感じ始めるのを自覚した。体内で眠りついて、あやうく外れそうになるそれに押し付けて、ただ、悲しみが皮膚の下、筋肉の上に張り付く。目覚めたままの肉体が、その感覚を下腹部の奥に勝手に研ぎ澄ませて、かすかな快感の息吹きに染まってみようとする。私はかなしい、と、フエはなんどもそれだけを頭の中に

Em buồn

繰り返し、庭でブーゲンビリアは匂っているに違いない。いつものように。一年中、ずっと花々を咲き散らせ、散らし撒き、撒き散らしながら、花々。むらさきがかった、紅。台風を遠い向こうの、はるかにその姿をさえ向こうの島国の上にいただいた空が、ときに突風をなげながら、浪は高い。荒れて、おびえるチャンはいつもにもましてフエに縋りついた。自分よりも背が、わずかでも低く、そして自分にくらべれば、もっと、比較にならないくらい軽いはずのフエ。羽交い絞めにするようにすがり付いて離れようとしないチャンの、むさぼる唇が彼女の唾液の匂いを撒く。潮が匂う。潮には容赦もなく、それを口にしてはいけない破滅的な匂いがする。4月30日、南部解放の日が来るたびにチャンは破滅を、もはや実在としてその体内に感じた。

祖国統一戦争の、あるいは独立戦争のフィルム。それらの白黒の荒い映像がブラウン管になんども映り、流され、繰り返されて、戦勝の日。無数の、穢い死者たちの破壊された肉体をその周囲に、夥しくも撒き散らして山積みにした果て日。破滅のときが、常にかならず体内に巣食っていることを明示させてやまない日。クイの顔。もはや、加齢の皺なのか、ケロイドの引き攣りなのか、それとも手術痕なのか、その区別さえつかない、生まれてきたときからそうだったのだとしか想えないほどにその顔の半分に定着して仕舞った、破壊された残骸。いまだに生きて、生き生きとした豊満なヴァンの白い皮膚に口付けさえする、そして、決して、美しさではなくて。圧倒的な醜さと表裏を一体にせざるを獲ない、あの、例えば圧倒的な海が暗示した美しさではなくて、むしろ惨めな単なる綺麗さを、チャンは求めた。

白黒のフィルムが、あるいは破滅したチャンの顔をさえ、明らかに圧倒的な美しさそのもに染め上げて仕舞う、狂気としか想えない美しさの、留保なき暴力性をではなくて、情けなく自分で慰めでもするしかない、見苦しいばかりの綺麗さを。

フエの褐色の皮膚。ただ、綺麗で、つるつるして、穢らしくみじみな発情の対象にでもして仕舞うしかないもの。ふれる。やわらかく、生き物の匂いを発し、その単なる臭気に似ているだけの鼻にふれるもの。垂れ流される汗のうす穢さ。綺麗、でしかない、くずのようなもの。圧倒的に醜く、穢く、破滅的で、すぐさまなにもかもを一緒くたに殲滅して仕舞う、美しさを、いつかすべて焼き尽くして仕舞いたかった。例えばチャンを、その、死に損ない美しいチャンを。

美しい破滅の穢らしさを。その、無数の美しさの散乱を、例えば泥まみれの戦場に見つめたかもしれないその眼差しが捉えた美しさの実在の、それら、ことごとくのすべてを。突き出した尻に、そして、褐色のフエの指先。なぜて、差し込んで、もてあそんで見せて、時には声を立てて笑い、哄笑するようなそれ。

綺麗なフエ。褐色の肌。チャンの眼差しに、手の油に白濁を曝したガラス越しに人々が見える。チャンは口を覆う。無数の。同じ人種。ベトナム人たち。そう、自分を呼んでいる人々。人間たちの群れ。息遣う。チャンは。彼らは繁殖し、そして、自分のからだの、細胞の群れの繁殖を、チャンは感じた。

美しい人々。

ガラス越しに映る無造作に日に灼けた美しい人々が笑いながら何かを罵った。コンクリート敷きの前面道路に日が照ってどうしようもなく輝けば、美しい。粘膜に、ささやくようにかさなっていく触感があって、綺麗に。留保もない反抗として、犯罪的なまでに綺麗であること。綺麗?

Đẹp không ?

と、チャンが、やがてベッドの上に、自分の指先をあてて、それを押し拡げて見せようとしたときに、

Bẩn

穢い、とフエはつぶやき終わりもしないうちに声を立てて笑い

mùi

くさい、と、嗜虐的にさえ笑ってみせるフエに尻を振ってやりながら、ハンがフエをひっぱたいたとき、フエは十七歳になっていた。市場の小さな売り場で、山積みにした仏教小物を売っていたハンが、めずらしく昼下がりに店を閉めて午後三時、帰ってきた彼女が半開きのドアの、娘の部屋に入って行って、見留めたのは裸のフエとユイだった。終ったあとで仰向けのユイは何の悪びれたふうもなく英語の教科書を開いていて、その傍らにフエは苦悶の表情を浮かべて、身をひん曲げながら寝息を立てていた。ドアが不意に開かれた瞬間に、何が起きたのか良く理解できないままにユイは、ややあって飛び起きて、ベッドの上に自分の衣服をかき集めようとしたが、それらはフエが床に投げ棄てて仕舞ったままだった。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000