小説《ラルゴのスケルツォ》イ短調のプレリュード、モーリス・ラヴェル。連作:Ⅲ…世界の果ての恋愛小説⑩/オイディプス
ラルゴのスケルツォ
Scherzo; Largo
《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。連作:Ⅲ
Prelude in A mainor, 1913, Joseph-Maurice Ravel
Οἰδίπους ἐπὶ Κολωνῷ
十年前に実家に、七年ぶりに戻ったのは、仕事でベトナムに行くからだった。当分の長い間の渡越になるはずだった。
もともとは、ベトナム進出するという縫製企業のための、現地コンサルが私の仕事だった。日本に飽きていたし、あの東北の地震のあとに繰り返される、一連の日本人の雰囲気から、逃げ出したかった。
変わることなど出来ない日常のルーティンの中で、何とかしてそれ以前と以降の違いを、必死になって自分の中に造ろうとしているようにさえ想われた。
地震から、ではなくて、日本人から逃げ出したかった。帰ってこないですむ口実さえ作れるなら、そのまま海の向こうの流れ者になってしまいたかった。
さらに、倫理のように喧伝される絆のフレーズに、ではなくて、それをさかんに消費しながら何を変えるわけでもない日本の、日本人の風景自体が、いたたまれなかった。
それは、私にとっては、あまりにも孤立して、いじましすぎていたたまれない風景だった。
実家に帰ったのは、両親に会う必要があったからではない。マンションを引き払った後の住民票を移転させる必要があった。
それだけに過ぎない。
父親が脳梗塞で倒れたことは知っていた。
大学を出た年に、ちょうどかぶって倒産した父親の会社の後始末が、結局は親族の殆どを敵に回すことになって、彼らがいつのまにか孤立無援になって仕舞っていることも知っていた。
何度か帰ったときに、確認したのは、彼らの完全に和解した、お互いにささえあって二人だけで生きている、うつくしくもけなげないかにも夫婦らしい夫婦の姿だった。まるで、生まれて初めて、彼らはやっと結ばれたように。
あるいは、再び。あるいは終に。あるいは、…いずれにしても。
そこに私の入る隙はなかったし、入りたいとも想ってはいなかった。結局は、大学進学で親元を離れてしまえば、彼らを全く顧みなくなった私は、ひょっとしたら、彼らに傷つけられ、彼らを嫌悪していたのかも知れなかった。
もはや、そんな感情の生々しさなど、離れ離れになって仕舞った自由の故に、まったく無効になって仕舞っているにすぎないその時に、寧ろリアルにその感情のかつて存在していたに違い事実が、目の前にちらつくのだった。
私は、彼らを憎悪していた。だから、彼らを棄てて仕舞ったのに、違いない。
そうとしか解釈できないが、それが本当かどうか、私はわからない。いずれにしても、最早母親に求められることもない私の肉体は、魂は、存在は、結局はやにさがってしっぽを降るしかない女たちのために、きまぐれに濫費されるしかなかった。
ときに、心からの愛をも、彼女たちの誰かに捧げて仕舞いながらも。そんな私に対して、くそだよ、と、言われたならば、その通りだと、笑って承認をくれたに違いない。
広島。その外れの岡山との県境の町に、そのときの実家はあるはずだった。
初めていく場所なので、それがどこなのか、全くわからない。
福山駅で新幹線を降りて、そして、地上に降り立つ。空気に、記憶がある。当たり障りのない、いかにも日本的な、くすんで色あせたような光の色彩にも。
行き惑う。
あまりにも久しぶりに来た町なので、懐かしく、見慣れない。懐かしさが執拗に眼差しの低い部分に漂い続けるのだが、明確な記憶の鮮度さえないそれは、ただ、奇妙な質感をだけ残した。
一瞬、すれ違った、腰を曲げて、誰も乗っていない車椅子を引いて歩く老婆に、道を聞こうとして口籠る。日差しがその耳たぶに斜めに刺して、干からびたような、渇いたその。
かさついて。
いくつのシミの色彩を曝し。
におったのは、干草のような、日に乾いた衣類の立てる干からびて毛羽立った匂いだった。聴いたところで。
老婆の肩をたたこうとした腕は行き所をなくして停滞し、彼女に聴いたって。…と。
誰も知るわけがない。何を?
私の実家の所在地など。そんな事は当たり前だ。どこに、そんな人間がいる?いきなり、…すみません。僕の実家、知ってますか?そんな人間なんて。
何が、知られていないのだろう。
私はタクシーを止める。
運転手に教えた住所はなかなか見つからなかった。時々ドライヴァーは振り返って、なんらかの手がかりを求めるのだが、…なにか、ないですか?
目印とか。…
行ったこともない場所に、そんな手がかりなどあるわけもない。私は苦笑いでもするしかない。途中でドライヴァーは自分からメーターを止めて、場所を確認し、最終的には広い道路だけが広がったその周辺の、疎らな家屋に訪ねこんで道を聞いたりした。「ここまできたら、ね。…もう、運命共同体だからね。」ドライヴァーは笑った。何度も車を止め、同じような道を行き来する。
途中、故郷の町を通り過ぎた。何の感興もわかない。感興をわかせるには、あまりにも離れすぎていたか、あるいは、記憶のないままの感興をわかせるほどの長い時間を離れていたわけでもなかった。奇妙なほど、昔そこに住んでいたことがある、あくまでも他人の町でしかない。
すぐ側にまで接近しあった低い山の際に生まれたその町は、いくつかのよく整備された道路を走らせ、疎らではあっても家屋を点在させて、田んぼなのか畑なのか、生産性があるのかないのかよくわからない、とりあえずの耕地を曝す。いずれにしても、そこに人々が住んでいる以上は言うまでもなく立派に一つの町を形成しているのだし、そして、そこに町内会もあれば市役所もあるに違いことは、その雰囲気が伝えるのだが、奇妙なほどに、外に人がいない。
むしろ空気が汚染されてでもいて、外出禁止令でも下されているかのように。ときに、本当に珍しくすれ違うのは車で、日差しを浴びたフロントグラスはそのきらびやかにさえ見えた反射光によって、人間の姿などかき消してしまうから、そこに人間が乗っていることをは、視覚は明示されない。
外気の触れているそこに、人々は誰も姿を現さない。
なんども人のいいらしいその50代らしいドライヴァーは、当時三十歳を少し超えた程度だった私に、媚美いるような眼差しを何度もくれて、てれくさそうに話しかけ、侘び、とはいえ、それは、このドライバーのせいでないことは、誰の目にも明らかだった。
干からびそうな河が流れて、その向こうには田んぼが広がり、山道を特に上昇し、下降し、広大な更地…かつては住宅があったかもしれないその、なにもない土地が広がっては、とはいえ、家屋は途絶えることなくまばらな群れを成す。
険しい獣道と言うわけではない、整備されきった地方の町の公道なのだが、あまりにも空気が希薄すぎて、どこに何があって、どこに誰がいるのかわからない。
もちろん、分かってはいる。そこに入りこめんで生活すれば、そこが明確な情報にあふれた、むしろ最強音で轟音を鳴らす記号の膨大な群れに埋め尽くされた騒音都市に他ならないことなど。
経験的には。とはいえ、眼差しはただ、何の情報も曝そうとはしない希薄さだけをしか捉えない。
はじめて行くにすぎないそこは、かならずしも私の実家とは言獲なかったし、そして、なにもそこで生まれ育った経験があるわけでもなかった私にとっては、しかし、いずれにせよそんな風景の中に生まれてきた私に、私は哀れみを感じるしかなかった。その町に、ではなくて。
私にとっては、見ず知らずの風景であっても、誰か他の人にとっては、私の生まれ育った町も、この町も、区別が出来ないほどに《同じ町》に過ぎないはずだった。
その時の、私がまさにそうだったように。
父は笑っていた。久しぶりに会った彼は。どこまでも、痴呆的なまでに人のよさそうな、そして、半身不随で運動しなくなったからだ、と母は言ったが、太ってパンパンに膨らんだその、実年齢より老いさらばえた60前の男。
皮膚が、肥満のためにか、何のためにか、びっくりするほど瑞々しかった。それに比べれば、かたわらの母など、干からびた《ひもの》に過ぎない。
ダイエットさせてるのよ、いま。
母が言う。すると、…父。
笑う。彼が、何を言っているのかはわからない。ああー…と。うん
あん。
ああー
あーあああなあーん
あなーゅう
んああー
声を耐えて笑いながら、ひたすらに。
いつくしんで、いつくしんでもいつくしみたりない、その、とはいえ、十分に満ち足りてさえもいるその母の眼差しに見つめられながら、父は。自分勝手に、そんな事は不可能なくせに、自分だけで起き上がろうとしさえして、
数ミリの頭部の上昇で力つきて。
ふたたび、枕にうもれた。子供じみたアニメ柄のバスタオルでぐるぐる巻きにされたそれ。
頑張って、と、笑いながら母は言った。むしろ、父がすでにその数ミリに力尽きて仕舞っているのを確認した後に、ゆっくりと、ただ、やさしく、「がんばって、…ね。」…ねぇ、と、私に確認し、何かを促す声を立てるが、眼差しは私をは捉えない。「…ね。」
父は何の反応も示さずに、私を見ながら、その眼差しの先には、私の慮るようなひそめられた微笑が捉えられていたに違いない。報われているのだろうか?
想った。
彼らは、もはや留保なく。…あるいは、報われて仕舞ったのだろうか?為すすべもないほどに、彼ら、痛みをさえともなった、かつて、お互いの周囲に棘を張り巡らして、お互いの存在を確認しあっていた、単に為すすべもなくあらゆるものに対して破壊的であったに過ぎない彼らは、そんな過去の、未だに私にとっては鮮明な記憶でさえあった、その記憶。それ自体が偽造されたものに過ぎないとばかりに、やさしさ。
ただ、やさしさのうちに、すべて、報われて仕舞ったのだろうか?なにに、報われたのか、何の定かな手がかりさえないままに、あるいは、微笑みが空間を満たす。
しかし。そして空は。
朱に染まった空は、それは、ただ、いま、空間に夜明けの時間が訪れていることを明示だけして、何も語りかけはしない。目覚められた眼差しが捉えた、その、正面に見えた壁の通風窓の、小さな枠の向こうに見えるちいさな空の、雲を東から斜めに色彩に穢した、その。
傍らの、複雑に身を曲げて寝息をたてるフエには眼差しを与えずに、皮膚。
褐色の皮膚は、そこで未だに暗いままの室内の明度に染まっているに違いなかった。どうせ、途中でやめて仕舞うのに。
毎晩。…毎夜。
その結果を求めているわけでもなくて、あの、ホアが死んで仕舞った後にも、なぜ、それをしなければならないのか、その必然さえ感じられないままに、かさねられあって、力尽きもせずに、飽き果てた疲労感の中に、やがては眠りについてしまう。
服を着て、外に出て、だれもいないことは知っている。そこにはただ、自分のそれ以外には人の気配さえない空間が広がって、今のただっ広い空間のどこかに猫が鳴く。
野生を失わない家猫の。
あの、子供を生んだ真っ白い、その。
姿を探すが、見当たらない彼女を、数秒間、その声がしたはずのバイクの影に探してみるが、不意に反対側の背後から、足元をすり抜けていく彼女には、私の鈍感さへの嘲笑さえもない。
シャッターを開けて日差しを差し込ませ、背後に彼女の長い、泣き声を何度か聞いた。バイクを出せば、裏庭の脇にたたずむ彼女の子供…6ヶ月くらいのその、雌雄も知らない、黒猫が私に泣き声をくれながら親しんで接近しようとして、不意に、私の顔を見留めれば警戒する。想いあぐねて、壁にからだをななめにこすってその身体をみずから愛撫してみながら再びの、憑かれたようなためらいがちの接近を見せるが、不意に立てられた耳と、まん丸な眼差しが、おびえと警戒を曝して、踏み出しかかった足の先を一瞬奇妙な方向に着地させた。
飼いならされないままに、人間と共生した猫の、複雑な英知の戯れが、その、私にいまだに雌雄さえ知られないままの小動物の内部を引き裂いて、私の目の前に自分勝手に自分の肉体を戯れさせれば、私は微笑むしかない。
バイクを走らせる。
午前6時。日曜日の。まだ早い。路上には殆ど誰もいなければ、まだ、無人の都市にすぎないその空間の、走らされる6車線の広すぎる道路沿いに乱立した低いビルの群れの、自然な青陰に染まった躯体を、東の空が投げつけたオレンジ色の朝の色彩が単なる暴力として、その先端だけを薄くきらめく朱に破壊する。首の先だけちょん切って回ったような、その、朝日の破壊。
その夜、実家で、結局はどこにも行かずに母と、父と、単にテレビを見ながらすごし、とはいえ、かならずしも見られているわけでもないテレビの、眼差しに聞こえただけの音声は、もちろん、かならずしも聞かれているわけでもない。
それでもときに、薄い笑い声を立てもする母の、そのかすれた笑い声が耳に残る。
狭い十数畳程度の居間に介護ベッドが添えつけられていて、母親はその脇に蒲団を敷いて寝ているようだった。ときに、その介護ベッドで寝ている、と言った。
いちいち、その日蒲団をそこに敷いて見せたのは、久しぶりに見る息子の前での他人行儀なせめてもの分別、と言うものだったのだろうか?私の蒲団も敷いてくれたあとで、二階に、お前の部屋がある、と言った。
お前が帰ってきたときに取っておいた部屋があるけれども、そこで寝るか?
拒絶も、同意も、何をも下す必然もない私が当然の戸惑いをただ曝していると、不意に申し訳なさそうな気がして、もしそこで寝たいなら、と、言う。
一時間くらい後にしてくれ。
どうして。
いま、荷物部屋になっていて、片付けなければならない。
私は声を立てて笑い、しかれた蒲団の上に横たわった。
父親は、二時間も前にもう寝ていた。
一日に何時間、寝ているのだろう?無為が、もはやゆっくりと彼の知性と呼ばれるもの、その、脳細胞の活動を、痴呆と呼ばれる状態に、図らずも水で薄めていくように近付けていることが、手に取るようにわかった。
母に悪気があるわけではない。そんな意図さえもそもそもない。私からの仕送りもないのだから、結局は自分でなんらかの仕事をしなければならず、喫茶店でバイトしているのだと言った。
他人より安い自給で、スイーツを作る。地方の若者向けのスイーツには、私などより遥かに詳しかった。
その、しわとシミに塗れた手で。
50歳半ばの。
老醜?…確かに。
薄暗いだけの空間に、眠気さもが訪れずに、母はすでに寝入っていた。結局のとこは、想い出話に値するものは殆ど枯渇していたので、殆どなにも会話などされることさえなくて、時間の中に、ただ接近して、同じ空間に生息して、そして力尽きたように眠る。
十八歳に至るまでの、膨大な時間の共有があったはずなのだが、口に出して語られ獲る記憶など、殆ど想いつかないのだった。あるいは、あまりにも希薄な共生だったのかも知れない。至近距離で、肌と肌さえ、粘膜と粘膜さえふれあわさりながらも。
それでも、不意に、私は想った。彼女は、最終的に許されるべきだと。私は、彼女たちに許しを与えてはいなかった。そんな気がした。
私にすでに棄てられて、そして、今も棄てられているままなのだった。体をゆっくりとひっくり返し、父の、無骨な介護ベッドの上のいびきを聞く。
身体のどこかの機能が、明らかに破綻しているかのような、その。とっくに寝息を立てている母親の、無造作にはだけた毛布の中に入って、彼女を抱いた。
やがては目を覚まして、取り戻されていく意識の明度の気配の中に、彼女は私を抱きしめはじめる。
やわらかく。
あなたが望んだものだろう?
やさしく。
何かを許そうとしたかのように。
想う。私は。焦がれ、望んでいたはずのものだろう?あの頃には与えられなかった、そして与えられていると意図的に錯覚していたに過ぎないものだろう?
指先が時間の劣化をなぞり、匂う。劣化した体臭。
彼女だけは、嗅ぎ取っているに違いない。その私の体臭を嗅ぎ取らない私の嗅覚は、他人の体臭だけを嗅ぐ。
ただ、劣化だけを曝す、その。
空間に漂う異物の立てた微かなにおいさえも含めて。
違いが、わかるだろうか?想った。かつて、与えられたものと、今、まったき許しとして与えられているものとの明確な違いを?
やがて、私がその体内に与えたものが、なにかの気まぐれで受胎させることでもあったとしたら?
その、ありえないに違い妄想じみた感覚に、微笑みながら目を閉じたままの彼女を撫ぜた。
何も言わないまま、その手のひらの愛撫を受け入れながら、彼女は息遣う。息をひそめて。
かつて、何が起こっていたというのだろう、と、想った。その、行為の間中。
私たちは、何をしていたのだろう?
そこに傷などあったのだろうか?
痛ましさや、葛藤。
苦しみ。
懊悩。
怒りに、そして、…何が?
それは犯罪でさえありえなかったに違い、と、空白に似た実感の、その明晰さにだけ、満たされたのだった。
何も見なかった気がした。何もない、廃墟のような空間に、ただ一人で、でさえもなくて、つねに誰かと戯れながら、その廃墟以前の荒廃した、むしろ未生成の空白のなかに、目醒めていて、そして。
母は下から、私の頭を撫ぜた。
彼女は、私の、たぶんあの頃と同じ、と、彼女にはそう認識されたに違いない子供じみた行為を受け入れ、そして、彼女は私に許しを与えてくれたに違いないなかった。
なんの罪が?
そこに。…かつて、許されるべき何の罪があったのだろう?あるいは、そこに、いずれにしても愛と言うものがあったのだったならば?
愛?
あるいは。
愛。…いつか、愛は私たちを留保なく破壊した。
何を捉えているのか。
その、閉ざされるしかなかった眼差しは。
そのまぶたの下で。
微笑んで見下ろした眼差しを見あげた。確か、十二歳の私は。どちらが、飽き足らなくなったのか。はじめて彼女が施したその、彼女によって通過儀礼とされたそれの数日後には。もう、そうするしかないと想ったのは、どちらだったのか?美紗子は追い詰められた表情をさえ曝して、そして、同じその眼差しが私を哀れんで見下したような煽情を曝す。しなさい。無言のままに、つぶやく。お前の求めているものを、その手につかみなさい。聴いた。お前の、…息遣い。求めているものを。
あげよう、と、犠牲に臥そうとする、その、眼差しが煽情する。つかみなさい、ここに、目の前にある、その、匂う。お前の欲したもの、獲ればいい。感じられたのは、…それを。他人の体温。発熱した、その。壊れて仕舞え、死んで仕舞えと、明確な憎悪が渦巻いて、この目の前の穢らしいもの。破壊を。もっと、無慈悲なまでの、と、望んでいたのは美沙子の、取り返しようもない死をさえこえた完璧な破壊だったにもかかわらず、絡みつく腕に絡め取られながらも、壊れて仕舞え。頭の中につぶやき続けながら下から腰を動かし続ける十二歳のときの、いつかの夜の、不意に眼差しが捉えた暗やみの中に確認される天井クロスのその。
…白。
2018.08.15.-8.19.
Seno-Lê Ma
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