小説 op.5-02《シュニトケ、その色彩》中(三帖) ⑦…地の果てで、君と。









シュニトケ、その色彩

三帖









「何に、なりたい?」

お前は?言った私に、「君は、何になるの?…生まれ変わったら。」

「愛?」

うなづきながら微笑む私に、「何にもならないよ」

「何で?」

「知ってるから。」…生まれ変わりなんて、存在しない事。

諭すように…愚かな、馬鹿な、愚鈍な、私を諭すように、愛は、その、聴く。

わたしは、彼女の声を。

聴いた。









寄せ集めの机ででたらめにバリケード化されたドアが、何かの爆弾で吹っ飛ばされる。

煙の向うから銃弾が飛んでくるのを待つ。背後、ヘリが窓の外、すれすれの至近距離に接近している。

待ちきれなかった。彼らの発砲など。

振り向いた私は、拾い上げた機関銃を向けて、乱射する。

ヘリに向かって。

その轟音と、空中に静止しした躯体の、かすかなブレの連続。

叫び声さえ立てない。

見た。感じられた反動。胸に。

背後で発砲される音響の、一斉の掃射を聴く。





* *




愛は、いつも、ささやくように笑う。

どんなときも。あの、母親を殺して仕舞ったときですら、落ち着きを取り戻した後で、私に笑いかけて見せたその強がった笑顔から聴こえたその笑い声は、あの、ささやき声を乱して、重ねたような音色。

誰からもかわいげがないと言われたに違いない、ふてくされたような顔つきを、そのまま日差しに曝してまぶたを一瞬直射した、バイクの反射光に瞬く。見る。その、通り過ぎるバイクの、ミラーのきらめき。

声を立てて笑った私を咎めさえしない。

柿本さんはね、と、その頃はまだ、私のことを苗字で呼んでいた。出会ったばかりの。…死にかた、結構やばいよ。


…柿本さんは。聴く。…ね?その。

鼻にかかった笑い声。…その。…ね?

ん。…「本望だね。」私は言って、相手にしない。

「むしろ、…ね。」どうせ、死ぬなら。

未来が見えるんです、言った。いつだったか、会ってすぐ、愛は。深刻な顔をして、「頭、変?」言った私を、藤井加奈子は見向きもしないで、「なに?」

「未来見えるらしいじゃん」…あー、…ね。

それ。…ん、

って、…んー。

「何?」

加奈子の、堀が深いとはいえない顔にも、日差しは翳りを作った。

いつもだから。あの子。「ずっとそう、もう、ずっと、」と、ずぅー………っっと。うんざりしたような声を作りながら、加奈子は微笑む。「…何て?」

「何が?」

「なんて言った?」

「…え?」

「あんたの末路。」笑う。Trang の目の前で、故意にすれすれに「…何て?」接近された唇から、吐かれた「まんこやろうの末路は、」息に、かすかな「…どうだって?」匂いを感じさせる。「…んー」口臭と言ってしまえば、その繊細な、微妙な匂いに対して失礼な気さえする。匂う。かすむような、潤いのある、体臭とはまた違った、その。

「血まみれで吹き飛ぶって。」言った瞬間に笑った加奈子の、大袈裟な笑い声が、向うの Nhgĩa-義人を振り向かせた。

…ん?

なに?

短パンだけで、日差しに肌を曝し、海岸。

ダナン市。都市の片面をすべて海に支配された観光都市。

光る。義人の病んだようにさえ見える純白の皮膚が、白い照り返しをさえ、まぶたに与えた気がする。

皇紀は、彼のいわゆる《非=工作員》の煽動のために、サイゴン経由で韓国に渡っていた。それは、Nhgĩa-義人が私に耳打ちした。

重大な秘密であるかのように。

「いいじゃん」…ね?

何が?「馬鹿、」…見たいの?俺が、血まみれで吹っ飛ぶの?

「いーよ、いい。それ、いいー…」自分勝手に独り語散る加奈子は、義人の肩傍らの、自分の娘を見る。

地元の人間たちは誰も水着など身につけず、短パンとTシャツでそのまま入ってしまうこの海で、いかにも外国人風に、水着を着せられた、その。愛。

藤井愛。

美しいとはいえない。鼻がひしゃげすぎている気がする。日差しの下で、光線を味方につけることさえ出来ないその素顔は、醜くはないが、明らかに不出来だった。

一瞬、猜疑心に駆られた眼差しを私と加奈子に交互にくれ、義人は愛に泳ぎを教えてやるはずだった。

水が怖くてしかたのない愛に。

顔を洗うのにさえ、時間が掛かる。

毎朝の営み。息を止め、決意する。おびえた眼差しが、何かを探してさまよう。何を探しているわけでもないことなど、本人が一番よく知っている。

恩寵を期待している。水に、顔をつけなくてすむ、その、意味不明な何かの恩寵を。そして、仕方なく、諦めのうちに、ややあって決断する。

待つ。









決断が実行される時の到来を。

苦しくなった息を継ぎ、蛇口をひねった水の流れ、その音響だけを聴く。

愛は耳を澄ませた。

感性をならし、どこかで麻痺させた後に、指先でその水流に触れた。

指先に触れる、水の流れがそこにある。

視界の端にだけ、その留保なき実在を確認した。

指先で、運ばれた水滴が、愛の唇を湿らせる。

…水を飲むときでさえ、目を閉じなければならないのに。

晴れた空の下に、海が広がっていた。

一思いに顔が水をかぶったとき、愛は凄惨な表情を曝して、荒らげながら、息を継いでいた。

空港に、おトモダチ的な子を迎えに行くの、と加奈子は言った。その、私がいないと駄目な子だから、と、私は気付いていた。加奈子が、何かの嘘をついていることには。明らかにその眼差しにはたくらみがあって、何も、大きな問題ではない。いつもの癖だった。他人を嘲笑って見せるような、いたずらな、そんな。

ダナン国際空港まで、早朝、迎えに行った加奈子はなかなか帰ってはこなかった。あるいは、すでに、わたしは彼女が迎えに行っていること自体を忘れていた。空港からホテルに「明日、あさ、」帰ってきたときに、「早いんだよ」思い出したのだった、私は「…なんで?」加奈子が「迎えにに行くから。」掛けてきた「…空港に」電話に「…来るんだよ」その、めずらしい「誰?」音声通話。何?「おトモダチ的な?そういう存在、みたいな…ね?」帰ってきた。…え?「なに、それ」だから、…さ。「あいつ、わたしが」空港から。「いないとだめだから。」ああ、と、私の「何にも出来ない。」想いだした?その「…自分のお尻もふけないんじゃない?」声を聴く。加奈子は、「…舐めてやらないと。…ね?」一瞬沈黙し、「猫ちゃんみたいに」…会う?「生まれたての、」いつ?「…ね。」いま。…なんで?「ずいぶん年増の子猫ちゃんだから、…」暇だから。それに、時間が「…ね、………ん。」もたないんだよね、この子と二人でいても。と、加奈子は言った。傍らの少女を顎でしゃくって見せて。

いかにも地味な少女だった。何歳?

14…だっけ?

「柿本さん、…」愛は、言った。愛って言うの、この子「柿本、…」愛?「まさや、さん…」そう。

愛する、の、愛。

「会ったこと、あった?」不意に振り向いて、愛を見やり、視線も外さないまま、不意に私は加奈子に言った。「…ん?」

「俺、この子と」

愛は微笑むのだった。やっと、私に会えたように。

ふたたび、ここ、日本を遠く離れた、異国の地で。やっと。「…ないない」未来が見えるんだよ、この子。

加奈子の笑い声を聴く。…あたるよ、結構。わざと立てられた加奈子のその「見てもらう?あんたも、」笑い声はいつも不快にさせる。「将来、どんなに」私を。「不幸な人間になるか?」

「ばか」

「絶対、そう」

「なんで?」

「だって、くずじゃん?…人間の。」愛は、表情さえ変えずに、私に上目越しの微笑をくれ続け、笑っていてさえも、この少女にはかわいらしさがなかった。「…でしょ?」いつも、下半身が重くて仕方がないと言いいたげに、左右にぐるぐると、尻を揺らしながら、歩いた。二本の足で立って、地面を這うように。

なにか、現地の食べ物、食べたいって。言った加奈子に従う。タクシーを捕まえて、Bún ブン という現地食を食べに行くのだが、「ほんとの、現地食でいいの?」タクシーの外の風景に「いんじゃん?…喰わないのよ」一瞬たりとも視線を投げないまま、「空港でも、なにも」スマホのゲームが音を「…なーんにも、」鳴らす。「まともな料理、いっぱいあるのに。」…外人向けの、…ね。

Bún の中に入った、骨付きのまま砕かれた豚肉を口に含んだ瞬間に、愛は吐いた。





Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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