小説 op.5-02《シュニトケ、その色彩》中(三帖) ⑤…地の果てで、君と。









シュニトケ、その色彩

三帖









ギィさん、と、確か皇紀は呼んでいたミャンマー人の

頭部が、どこから侵入したのか誰も

気付かなかった銃弾によって、横殴りに

吹き飛ばされたとき、愛が大袈裟に驚いたのを、

この世界の終末が、いまさらに到来したことに恐れ

私は

おののいた眼差しで

うざったく感じた。次の瞬間、私の至近距離で

鼻をすすった愛を殴り飛ばして、息を詰まらせた

愛が一瞬、白目を剥いた。









「これは、革命じゃありません。」

髪の毛。確かに

「クーデターでも、ましてや」

皇紀のそれはTrangのそれとは

「テロでもない」

比べようもないほどに、鮮やかな

「それらは、政治でしょ」

光沢を湛えて美しい。たしかに

「単なる政治手段。暴力としての、ね?」

確実に、と

「我々がもくろむのは政治じゃない」

見惚れさえした。かならずしも

「だから、いかなる意味に於いても」

見詰めたわけではなかったが視界の

「我々の行為は、既存の…」

端に意識され続けたその

「…親父に似てきたね」

いきなり、そう言った私に、皇紀が戸惑った

眼差しをくれた。

「そっくりじゃない?

言ってること」

その瞬間、私の頬を殴りつけた皇紀の

こぶしは感じたに違いなかった。わたしの

奥歯の硬さを。

口の中を、破れた粘膜が

流した血の味が穢した。

鉛のような、その

味覚と

匂われさえしないにも拘らず

執拗に感じられた

自分の血の臭気。

何を、びっくりしてんだよ、と。

笑ってしまいそうだった。Trang、その、影と日差しに分断されている頭部の、見開かれた巨大な目と、そして、あ、のかたちで静止してしまった、その。

皇紀が、ヤバイね、

と、耳打ちしたときには、半数以上の会員は

銃殺されていた。投降を求める音声が、少なくとも

「…なにが?」

二箇所から、拡声器を使って投げつけられたが、今の

時代に、なぜ、こんなに声がわれる拡声器など

使ったのだろう?他の

「もう、もたないよ。そろそろ…」

選択はなかったのだろうか?皇紀は、一瞬だけ、微笑を

投げかけてくれたが、もはや、私の

姿など、その瞳がとられては

「…てか、腹なんか切ってる余裕ないだろうな。」

いないことなど気付いていた。もはや、彼女が

見ているのは、自分が見ている風景以外には

なかった。目に映るもの

「残念ながら、…ね。」

すべてに、自分の姿を無防備に曝し乍ら。









口。

唇。

わめき声。

それは私のものだ。Trang のものではない。ましてや、ハナエ・ホアのものであるわけが。

慎重に伸ばされた指先が、震えながら、Trang のそれに、触れる。

顔に刻まれた、日差しと影の境界をなぞった。

まだ、温度を持つ。

それに驚いた指先は、一瞬の硬直を見せた。


なんで、と、皇紀は言った。こんなこと、するんですか?

瑞希に用意させた銃器を使えるように手入しながら、その

慣れた手つきが、逆に、奇妙な滑稽さを

「なんで?」

感じさせたのは、彼らが

「…ん?」

私も含めて、戦争など

「あなたが誘ったからでしょ」

一度たちともしたことがないにも拘らず

「誘ったけど、誘いに乗ったのは、」

指先は、学ぶのだった。

「…なんで?」

勝手に、人間を

「断ればよかったのに」

破壊するためのそれらの

「断って欲しいの?」

整備の、合理的で

「…どう?」

正しいやり方を。

「何が?」

おもろいように、私の

「気分は、どうですか?」

指先さえもが

「…僕の?」

器用にオイルをなじませ、

「嫌われ者になる気分は」

解体された機関銃をャン、と

「たぶん、日本人だけじゃない、おそらくは」

確か皇紀が呼んでいるフィリピン人が

「世界中の良識ある人間が僕らを」

組み立てながら、義人に何か

「軽蔑せざるをえないわけでしょう?」

耳打ちする。義人が

「…たぶんね」

笑った、その笑い声は、なぜ

「どう?」

あんなにも見事に笑って見せるのだろう?この世界に何も

「気分は…」

苦痛など存在しないと、そんな

「世界中を敵に回す気分は?」と私が言ったとき、…んん、と


「世界中があなたの敵ですよ」


鼻先で小さな笑い声だけ立てて見せたものの、皇紀の

私を見詰めた眼差しが、震えもせずに


「世界中は、あなたを、世界最低のくそと見なします」


「いいんじゃない?」それはそれで、と

私は言う。いいよ。


「救いようがないよね」言って、皇紀は


それは、まぁ、それで。


いかにも快活に笑った。

まー。









まー、Ma… ま、まー Ma,

Ma、…と、何度か意味もなく、口先に私の名前らしい音声を何度か刻んだ跡で、子どもを腕に抱えたまま、Trang は私の顔さえ見ない。

眼差しの先に、大通の、…その、主幹道路。

この町を貫く、数本のうちの一つ、滑走するバイクの群れ、とろくさい車。その音響。

「何?」

言った私に、答えもしなかった。建築途中のままに放置されている、…この、半年くらいの間。ずっと、その、コンクリートの地肌と鉄筋を空に向かって曝した、背後の、未完成のマンションの廃墟のようなたたずまい。日陰はそこにしかなく、Trang はその、日陰に逃げて行くに違いない。

子どもが、…どこからどう見ても、単なるベトナム人にしか見えない子ども。彼女は汗ばんでいるかも知れない。直射日光に背を向けた、Trang の体だけが、かろうじて遮ってやっていた。


サトウキビのジュースを。

私はそれを二つ買いに行くために、大通を渡る。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000